教師の兄、問題児の弟。
「……」
男は観察するかのように見ていた。眉を寄せながらである。そこで、彼は下す。
「――アルト・モルゲン。度重なる規則違反。本日の門限を超過している件もそうだな。教師の権限をもって、謹慎処分を言い渡す」
「……は?」
「今日はもう終わるからな。明日から三日だ。自室待機にはしておいてやるから」
「……はあ。独房行きよりかはマシか。わかったよ、大人しくしております」
「話が早くて助かるな」
この二人で話が進んでいく。シャーロットは視線を送る。度重なる規則違反とはどういうことかと。常習犯だなと。アルトは可愛こぶってごまかしていた。
「……」
「うう、冷ややかなお目目なんだ……」
シャーロットは凍てつくような視線を向けた。これは一度話した方が良さそうだった。シャーロットは尋問する気満々だった。アルトは震えていた。
「――シャーロット・ジェム」
「!」
男に名を呼ばれた。シャーロットは彼に意識が向く。
「……」
ただ名を呼ばれただけだ。それなのに、こうも心が反応するのか。してしまうのか。
「どうした? お前はそうじゃないのか?」
「……失礼しました。合ってます」
黙ってしまったのを、相手が気にしているようだった。そう、今はシャーロット・ジェムだ。シャーロットは笑顔で返事をすることにした。うまく笑えていたかはわからない。
「お前の件は承知している。俺はアインスト・モルゲンだ。高等部の教師をしていて、アルトの実兄でもある」
「はい。私はシャーロット・ジェムと申します」
「……わかった。よろしく頼むな」
男は、シャーロットをしばらく見たあと微笑んだ。
「そちらの件ですが」
よろしくとは言われた。シャーロットは言いづらいが、それでも正直に話す。
「まだ、入学を決めきれていないんです」
「どうしてだ? 悪い話じゃないだろ?」
男は目を丸くしていた。とても意外そうにしていた。シャーロットからしてみれば、即決できる話ではない。
学園に通うとなると、店のことが疎かになってしまうからだ。
「あーあ、先生はわかってないなー。シャーリーは自分の店が大事なんだよ。ゆくゆくは俺達の店になるけどさ?」
恐怖状態から復活したアルトが、マウントをとってきた。これは教師なら知らないと思っていたが。
「ああ。お前の店は存じているよ。そこは考慮している。やることさえちゃんとやってくれていれば、放課後や休日開業してくれていい。寮も強制ではないからな。自宅から通いでも問題ない」
「いいんですか……?」
「学業を疎かにしなければな」
学園側は事情を考慮してくれたようだ。さらにこうも提案してきた。
「お前が迷っているというなら、もっと知ってもらうまでだ。明日は、まだ休日か。店が終わってからでいいよ。校舎の案内をさせてくれないか?」
「はあ!? いや、そんなん俺でしょ!俺の役目でしょ!」
シャーロットが返事をするより早く、アルトが割って入ってきた。立候補もしてきた。
「謹慎三日」
「ぐはっ!」
ぼそっといった男に、アルトは多大なダメージをくらわされた。
「なんの……。何が何でも抜け出してやる。シャーリー、待ってて……!」
「アルト。そこはちゃんとしよう?」
「がはっ!!」
アルトはトドメをさされた。可愛いあの子からであった。
「あの、お忙しいでしょうから。私、許可さえいただければ一人でも。もちろん、お声がけはちゃんとしますから」
入学前に校舎を見て回れるのは良い機会だ。といって、教師という忙しそうな立場の人に、時間を割いてもらうこと。シャーロットは気がひけていた。一番の本音というと。
この男と行動を共にすることを極力避けたかったのだ。
「案内するといったらする。野放しにする方が、俺の責任問われるからな」
「それは、確かにそうですね……」
シャーロットは見学する側だ。失礼がないように教師がついていた方が、安心はする。この男がどうのこうのは、この際置いておいて。
「……つかさ。この教師、必死じゃない? なに、そんなに一緒に回りたいの? シャーリー可愛いから? まさか、惚れた? 狙ってる!?」
復活が早いアルトがぶっこんできた。淫行教師はやめて、とシャーリー側が目で圧をかけてきた。アルトはすっと目をそらした。対抗策を練ってくるところが憎たらしい。
「はははっ」
笑いだしたのは教師である男だ。何事かとシャーロット達は彼を見た。
「教師と生徒とか。……はは、ないだろ」
そう言った彼は。笑いながらも、淀んだ目をしていた。
「ま、普通の教師はそうだよね。あー、淫行教師じゃなくて良かった。あ、でも俺が教師だったとしても、シャーロットのこと好きになるけどね。つか、贔屓しちゃうね」
教師として兄は当然のことを言っていると。それがわかった上で、アルトは個人的な意見を述べていた。
だが、シャーロットはそうではない。胸に突き刺さる。
――教師と生徒とか。……はは、ないだろ。
片桐に実際に言われている気がしてならなかった。冬花の頃の記憶が苛んでくる。
「……シャーロット? 顔色悪いよ?」
「ううん、大丈夫」
アルトは心配そうに顔を傾けてきた。
「貴重なお時間の中、感謝致します。極力ご負担かけないようにしますので。よろしくお願い致します」
シャーロットは深々と頭を下げた。相手は同じ教職だ。片桐どうこうは考えない。赤の他人と考える方が、彼女自身も気が楽だった。相手が教師と生徒、線を引いているなら尚更だ。
「ああ、よろしくな」
相手がどんな顔をして言っているかも、この際良かったのだ。シャーロットはここらで顔を上げた。
「あー……。シャーリー? コイツの魔の手が迫ったら俺を呼んでね?駆けつけるから」
「謹慎の身で?」
「あー、うるさい。そんなん愛の力でどうとでもなるっての。……じゃ、いこっか」
同じ手は食わないと、アルトは得意げだった。その流れでシャーロットの腕をとった。
「……おい、謹慎処分」
謹慎処分もといアルトが、シャーロットをどこかへ連れていこうとしていた。男は指摘する。
「残念でしたー。俺の謹慎は明日からですー。普通にこの子を寮に連れてくだけだよ。もう寮の準備できてるんでしょ?できてなくても、女子寮の人にお願いするだけだし」
シャーロットは吹雪の中帰る覚悟はあったが、アルトが許しはしない。女子寮で一夜を過ごすことを提案してきた。
「……それは、まあ」
それは男も納得するしかなかった。シャーロットはまだいいのかと遠慮しているが、アルトの力押しでお世話になることにしたようだ。
「じゃあ、そういうことで!いこ、シャーリー」
「うん、お願い。……あの、ありがとうございました」
「いいって! お礼とかしなくていいんだよ?あんなヤツに」
「そういうわけにも」
いいからと、アルトに腕を引っ張られていくシャーロット。残された男に会釈をして、その場を去っていった。
「……シャーロット・ジェム、か」
男は呟いた。




