前世を彷彿させる男。
王立ブルーメ学園。初等部、中等部、そして高等部で構成されている。正門から臨める大型の校舎が、高等部のものだ。石造りの荘厳なる建築物は歴史を感じさせる。門は閉じられており、制服を着た門番兵も滞在していた。他にいるのは――。
「え……」
シャーリーの鼓動がより速まっていく。門の近くで待ち構えているのは――。
「!?」
何者かに口元を塞がれる。そのまま茂みへと引きずり込まれた。
「……ごめん、シャーリー。乱暴だったね」
「ふぁふふぉ!」
口を塞がれれてしまったので、シャーロットはまともに呼べなかった。ちなみにアルトと言った。
「あ、可愛いんだ」
「んんっ」
「っと、苦しいよね……ここからは、小声でね?」
萌えている場合ではないと、シャーロットの口を解放した。体勢は引きずり込んだ時からの、後ろから抱きしめたままだ。
「……」
シャーロットは落ち着かなかった。この体勢もどうにかしてもらおうと目で訴えるも。
「いやー、下手に動くとさ。バレるというか?」
シャーロットの訴え内容を理解したうえで、アルトは白々しく断ってきた。
「んー……。ほら俺、門限過ぎてるでしょ。あそこにいるの、――うちの先生なんだけど」
「先生」
シャーロットはどきりとした。――先生という響きで彷彿させられるのは、あの男性だ。
いや、とシャーロットは自身を戒めた。あくまでこの学園、アルト達の先生であると。冬花にもシャーロットにも関係のない人のはずだと。
はっきりと姿は認識は出来ていなかった。ならば、盗み見なれど今度はしかと見てみよう。シャーロットはそう考えていた。
「……?」
門の近くにいたはずの男性がいない。
「あれ、アイツ消えた?」
アルトも目撃しているのだ。幻ということもない。
「帰ったんならそれはそれで。にしても、シャーリー?俺のこと追っかけてくれたん?嬉しいな」
「くすぐったいって。ほら、このへんで。ね?」
後ろから抱きしめたまま、アルトは頭をすり寄せてきた。くすぐったいのも本当だが、他にも理由があってシャーロットは離れて欲しかった。
「えー……ひっさびさにハグ出来たのに……。ああ、離れたくないぃ……」
「いや、もういいでしょ?」
「いやいや。くっついちゃったらさ、もうネ……?」
アルトはまだイヤイヤしていた。いつになく粘る。
「いいから、アルト。離れて――」
「――とっとと離れろよ」
「!」
シャーリーは首を振った。自分はこんな声も低くもドスもきいた声はしていないと。
二人を覆うのは大きな影だ。その人物は二人を立って見下ろしていた。
「……」
シャーリーは顔を上げると、息を呑んだ。この人を前にして、シャーリーは心臓が竦み上がるばかりだ。
二人の前に現れたのは大人の男性だ。ウェーブがかった黒髪は真ん中で分けられている。彫りの深い顔立ちは色気もあり、どこか気怠そうで。そして退廃的でもあった。
いかにもな好青年だった片桐とは対称的だった。似ても似つかわないはずなのに。
「どうして……」
シャーロットにもわからない。どうして。――重ねてしまうのか。
「そいつが失礼した。困ってただろ」
「いえ……」
どうしてこうも結びつけてしまうのか。
「……ううん」
皇 冬花は願った。――片桐ともう会うこともないように。この男は生まれ変わりではない。片桐とは無関係のはずだ。今はそう信じることにした。
「あの、ご心配かけました。この子とは知り合いでして。こう、悪ふざけというか」
傍目から見ると、アルトが嫌がる女生徒に強要しているようにもとれた。この男は先生とも言っていた。放っておけない状況だったのだろう。シャーロットは穏便に済ますことにした。
「……うるせえな。邪魔すんなよ。さっさとどっか行けよ」
「!?」
声がしたのはシャーロットの背後から、つまりアルトからだった。これまた這うような声だった。いや、本当にアルトかと。シャーロットは自分の耳を疑ったままだ。
「はいそうですか。ってならないだろうが。――俺はお前の兄だぞ」
「うるさいんだけど、クソ兄貴」
この険悪な雰囲気もそうだが、この二人はただの教師と生徒ではない。察するに二人は。
「アルト。お兄さん、いたの?」
「……え。ああ、まあ、うん。血のつながりだけのね」
アルトは気まずそうにしていた。
「ごめんね、シャーリー。俺、こわかった? ……オニイチャン、苦手でさ」
「あ、うん。驚きはしたけど。恐くはないよ。そういうとこもあるよねってとこ」
「あー、シャーリー事務的ぃー。でも、包容力みがあって好きぃー」
アルトはここぞとばかりに、さらにシャーロットに抱き着いていた。拘束が強まり、いよいよもって逃れられなくなってきた。
「……いい加減離すか。手荒にいくぞ」
男性は瞬時にアルトの背後に回ると、ヘッドロックをかけた。油断したところだったので、アルトは無防備だった。かなり苦しそうだ。
「くっ……。それでも、俺は、この手を離さない!」
アルト本人はいたって真剣だった。彼は苦しかろうとシャーロットを抱きしめていたかったのだ。意識が落ちる寸前でもだ。
「アルト……」
ただ、そうなると力も弱まる。当然、シャーリーがすぐにでも離れられるくらいまでになった。
「アルト、離れるね」
「ああ、シャーリー!」
世は無情だった。アルトは涙目だった。
「ったく。手を焼かせるな」
男はアルトを解放した。手をパンパンと叩くと、立ち上がった。
「……ほんとに、クソだな」
アルトは忌々しそうに言っていた。男は特に気にもせず、シャーロットの前に立つと左手を差し出した。
「弟がすまなかった。ほら、立てるか?」
「……」
何も考えずに、その手をとりそうになった。シャーロットは気を取り直す。
「いえ、お心遣いありがとうございます」
シャーロットはその手をとることはなく、礼だけ伝えた。自分で立ち上がった。
「プークスクス」
後ろで嘲笑っているのはアルトだ。ざまあ、とも言っていた。
「……」
楽しそうなアルトと違って、シャーロットは何とも形容しがたい気持ちになっていた。
男性が手を差し伸べた時。嫌でも視界に入ってしまったのは、――左手の薬指にある指輪だった。
この男性は誰かと将来を約束している。そう考えるのが自然だった。
シャーリーは俯いて考える。いいではないか。相手はよく知りもしない相手なのだ。それで終わる話かと思いきや。
「あの……?」
「……」
男からも視線があった。男もまた、シャーロットの薬指を見ていたのだ。彼女のにも確かにある。意味合いとしては異なるものだろうが。
「……」
男からの視線が落ち着かない。男はずっと見ているかと思われたが。
「ああ、悪かった。気になったものでな」
「あ……。いえ、こちらこそすみませんでした。不躾に見てしまいまして」
「いや……」
男は何か思索にふけっていた。シャーロットは自分の視線が疎ましかったかもしれないと、さらに謝ろうとするも。
「あー、そこの淫行教師?シャーリーのこと、ナンパしようとしてる?あー、駄目駄目」
「誰が淫行教師だ」
アルトは悪気がないのだろう。男はともかく、シャーロットに対しては。彼には前世のことは話してもいない。
「……」
シャーロットにとっては心臓に悪い冗談だ。まだ心臓がどきどきしている。
「まあ、この指輪が調子に乗ってるのも今だけだし。俺が予約してるから。ね?」
シャーロットの手を掴むと、アルトは薬指に触れた。そのままシャーロットに目を合わせてきた。
「ね?って言われても」
「あー、照れてる照れてる」
ポジティブ変換をしたアルトは、上機嫌だった。兄のことで最悪だった気分も盛り返していた。




