デレしか存在しない。
「……リヒトさん。腕時計素敵だね」
リヒターに送られている途中、会話がないのは変わらずだった。いや、変わっているところがあった。リヒターがずっと見つめているのだ。シャーロットの一挙一動を、愛しそうに見つめながら。
居たたまれなくなったシャーロットが、口に出してしまった。これは前回空振りで終わった会話だとわかっていてもだ。
「ありがとうございます、シャーロットさん。褒めてもらえて嬉しいです」
「うん……」
ただ褒めただけだ。それも雑談程度のものだ。それでもリヒターは大層喜んでいる。
「掃除しに行った際に、私の生家で見つけたものです。―ああ、私、孤児なんですよ。リヒター家に引き取られました」
「おいおい、リヒター!?」
後ろで聞いていたモルゲンが仰天した。教師である彼は事情を知っていたが、いきなりシャーロットに話すことでもないだろうと。リヒターは構わず続ける。呼び捨てになっていても気にしない。
「どちらかが所有していたのか、記憶は定かではありません。ですが、私は妙に心惹かれました。この美しいデザインもそう。着けていると落ち着くのもそうです」
リヒターはまた腕時計をさすっていた。金色のそれは、古めかしくも上質だった。リヒターは大切に丁重に扱っていた。
「うん、素敵……」
シャーロットもそうだ。繊細な細工、それでいて手入れも大変そう。面倒くさそうなそれは、まるで彼のようで―。
「ええ、あなたなら構いません。―どうぞ、触れてください」
「うん……」
本当に美しい時計だ。シャーロットは目を輝かせながら触れようとした―。
「シャーロット」
「!」
落ち着いた大人の男性の声だ。名を呼ばれたシャーロットは手を止めた。
「……モルゲン先生」
邪魔をされた。そういった眼差しをリヒターは教師に向けていた。
「っと、シャーロットさんだったな。悪い悪い。それ高そうだぞ。壊したら弁償大変そうだぞー?」
「そ、そうですね。危ない危ない」
迂闊に触って壊したら大変ということもある。ただ、シャーロットは別の意味でも危機感を覚えていた。
「ふう……。そうそう、カイゼリン様」
カイゼリンの話題を出しておけば間違いないだろうと。
「カイゼリン様も素敵だよね。美しさももちろんのこと、誇りも高くて。本当に憧れます」
「カイゼリン様も確かに美しいですが、本当に美しいのはあなたです」
「!?」
シャーロットも、後ろのモルゲンも驚愕した。この男は躊躇いもなく言ってきたのだ。
「何もおかしなことは言ってませんが。事実を言ったまでです」
「その、フォローとか大丈夫だよ?あと、カイゼリン様より美しいはさすがに、盛り過ぎというか」
「世間一般からみれば、カイゼリン様の方が美しいとはなるでしょう。ですが、私からしてみればそうではありません」
「……あの、リヒトさん!」
おかしいおかしいとは思っていたが、本格的にリヒターの様子がおかしい。シャーロットは改めて確認することにした。
「私達、本当に初対面だよね?さっき会ったばかりだし、私のこと知らなかったでしょ」
「あなたのことを知らない……」
「うん」
シャーロットの方はもちろん知っている。だが、このリヒターは初対面だ。こんな前から知っているような態度をとってくるのが、不可解だった。
「それか、あれかー?一目惚れか?……違うな、前から『知っていた』のか」
モルゲンの声は這っていた。目も据わっている。
「……一目惚れでもなく、会ったのも先程が初めてです。ただ」
リヒターは腕時計に触れていた。彼はシャーロットを見つめながら告げる。
「どう形容したらよいのか。私のこの想いはまるで。―積もりに積もり続けて、溶けなくなったもの。上手く例えられなくて申し訳ないです」
ただ、それは確かなもの。リヒターはそう言った。
「リヒトさん……」
シャーロットのこのざわつく感覚。覚えがあるものだった。頭の中で警鐘が鳴っている。これはかつての経験、体験が教えてくれているものだ。これ以上は。―危険であると。
「……シャーロット」
モルゲンも焦っている。彼女の呼び方どころではない。このまま先に進めていいものかと、モルゲンは今すぐにでもこの場から彼女を連れ去りたくなっていた。
「―ああ、シャーロットさん。自治委員会は多忙を極めております。冬休みも近いことですし。私の補佐を務めてくださる方を募集しております」
リヒターはのっけから自治委員会入りの提案をしてきた。彼は手を差し出してきた。
「私は……」
シャーロットの出す答えは―。
「うん、私でよければ。務めさせてください」
結局は自治委員にならなければ、未来は切り開かれないと信じ、リヒターの手をとった。
「ええ、ようこそ。―私の自治委員会へ」
リヒターは嫋やかに笑った。シャーロットはただ、綺麗だと思った。
「もう、誰も邪魔はさせません。私達の世界ですから」
繰り返しの日々において。代償というものがあるのなら。
『―雪みたいだね。積もって、積もりつづけていく。でも、雪みたく溶けない。ずっと残ってるの』
それが彼からの思い、愛が含まれているとしたら。不用意に積もり、積もらせてきてしまったとしたら。
もう溶けもしないとしたら。終わりがないのだとしたら。
代償とはなんなのか。何が代償だというのだろうか。
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ルート突入です。




