初対面とは思えない。
今回も自治委員会を訪れる。部屋の主、カイゼリンの許可を得て、二人は入室した。迎え入れたのはリヒターだ。
「……」
やはりリヒターはシャーロットを見てくる。前回のループの時からもそうだった。リヒターに親しみを覚えていたシャーロットでも、この行動の真意は未だにわからなかった。
「……業務中に悪いな。編入生の紹介をしたい」
モルゲンもそれが気にはなっているようだが、ひとまずは会話を切り出した。
「突然の訪問をお許しください。私はシャーロット・ジェムと申します。これからもよろしくお願いいたします」
シャーロットは深くお辞儀をした。これはリヒターを参考にしてみたものだ。彼の所作は美しく、学ぶことも多かったのだ。
「ええ、よろしくね?シャーロットさん。わたくしは、シェリア・カイゼリン。この自治委員会の長を務めておりますの」
カイゼリンは委員長専用の椅子に座りながら、優雅に微笑んだ。
「はい、カイゼリン様。よろしくお願いいたします。モルゲン先生からお噂はかねがね聞いてます。とても優秀で人望も厚い方だって。長に相応しい方とも」
「まあ、おほほほほほほほほほ!」
カイゼリンは上機嫌となり、高笑いをしていた。
「……?」
そろそろリヒターから何らかの指摘が飛んでくるはずだが、一向にその気配はない。
リヒターはただ、黙っているだけだ。やたらと腕時計をさすっているのが気になるところではあるが。彼はいつまでも黙って、シャーロットを見つめていた。
「……あの、お名前うかがってもいいですか?」
知ってはいても、彼が名乗ってくれない限りはシャーロットも呼べない。黙りきりの彼に、シャーロットは困惑していた。見かねたのはカイゼリンだ。
「どうしたというのかしら、リヒターったら。ああ、わたくしが紹介しますわ。彼は―」
「―リヒト・リヒターと申します。リヒトとお呼びください」
シャーロットは驚いた。いきなり名前から名乗ってきたのだ。それ以上に驚いていたのが。
「リヒター、お前……。俺の時は断固拒否してただろうが」
「わたくしだって、遠慮していたのよ?」
リヒターとの付き合いがある二人だった。
「ええ、もちろん。お二方もそうお呼びくださいませ」
「いや、なあ……」
「ええ、まあ……」
ずっとリヒター呼びをしてきた彼らにとっては、慣れないものだ。
「どちらでも構いません。―シャーロットさんさえ、そう呼んでくだされば」
そう言った彼は、優しく微笑んでいた。その表情全てがシャーロットに向けられたもの。シャーロットは聞かずにいられなくなった。
「……よろしいでしょうか、リヒターさん」
「リヒト、です。それと私に敬語は不要です」
「……うん、リヒトさん。私達、初対面だよね?」
かなり深入りした質問だった。モルゲンも顔を顰めていた。下手したら疑惑をもたれかねない質問だ。
「はい、初対面ですね」
「……だよね」
リヒターはするりと答えてきた。特に疑問も抱いてないようだ。シャーロットの方がむしろ疑問だった。
リヒターが最初の頃にとってきた態度ではない。今の彼の態度は、それなりに交流を深めていた頃のものだ。
「そうだ、シェリア。シャーロットについて、もう一件ある」
「―その前に、私からも申したいことがございます。以前より気になっておりましたが、何故モルゲン先生は名を呼び捨てにされるのでしょうか。苗字は問題ないとして、何故でしょうか」
「いや、何故ってな。その方が親しみやすかったり、距離を縮めたりだな」
話の腰を折られつつも、モルゲンは回答していた。
「いいえ。教師としての矜持は保たれてください。名前を呼び捨てにされているのは、あなたくらいです」
「いや……」
「教師としての節度を。―何卒よろしくお願い申し上げます」
今まで一切言ってこなかったのに、何なのだ。モルゲンとしても腑に落ちないものだったが、ここで機嫌を損ねるわけにもいかなかった。モルゲンとしても、この頼み事は聞き入れて欲しかったのだ。
「……シャーロットさんがだ。犬連れでな、家族同然なんだ。禁止もされてなかったが、許可をもらえたらと思ってな」
「まあ、ワンちゃん!ええ、手続きの必要がありますが、許可はしましょう。もちろん、わたくしにも触らせてくださるのでしょう?」
カイゼリンは好感触だ。彼女が犬好きなのは承知の事実だ。これでリッカの件も大丈夫そうだ。
「はい、もちろんです。あの子もすごく喜ぶと思います」
「まあ!楽しみにしておりますわ。手続きはリヒターへ。―あとは彼にお任せしますわ。ああ、ワンちゃん、ワンちゃんですわ!」
「……カイゼリン様」
シャーロットは改めて彼女を見た。結局はリヒター任せなのだ。シャーロットは彼女のことは好いてはいるし、尊敬もしている。それでも、何とも言えない気持ちとなっていた。ここまでリヒター任せが徹底しているとなると。
「お気になさらず。シャーロットさん」
「……すみません」
カイゼリンへの目つきが険しくなっていたかもしれない。シャーロットのその目つきを、リヒターは気づいているようだ。そう、この二人が納得の関係なら、自分が口出すことも気にすることもないと。シャーロットは自重した。
「―よし。俺は生徒への態度も距離感も弁える教師だ。スキンシップをしていたことも反省する善良な教師だ。よって、俺がシャーロットさんを送っていく」
モルゲンは予防線を張ってきた。以前に徹底的に絞られたこともあってだ。
「まあ、そうですわね。では、わたくしたちは公務に戻らせていただきます。―リヒター、ワンちゃんの書類をこちらにちょうだい。そうね、どの紙にしようかしら」
「……」
「リヒター?どうなさったの?」
リヒターとしたことが、すぐに動くことがなかった。カイゼリンが命じているにも関わらずだ。
「……いえ、失礼致しました。こちらほぼ無記入でして、代替可と思われます。シャーロットさんに記入していただくことになりますが、よろしいでしょうか」
「はい。私の方で書きます。ありがとうございます」
「……敬語に戻ってますよ、シャーロットさん?」
「!?」
用紙を手渡すと同時に、リヒターは耳元でそう教えてきた。彼の目は笑んでもいた。
「……おいおい、リヒターさん?初対面だよなぁ?随分と砕けた態度をとるんだな?そんな奴だったか?」
モルゲンもさすがにおかしいと思っている。よって、柄の悪い絡み方となった。
「問題ありますか?」
「いや、問題ってな」
「私達は生徒同士です。私はあなたと違って、教師ではありません。問題はございますか?」
「ぐっ……」
立場が悪いのはモルゲンの方だった。絡み方も悪かった。
「さて、参りましょうか。シャーロットさん、送ります」
「……うん、お願い」
「はい、喜んで」
リヒターは嬉しそうに微笑んだ。シャーロットはつい見惚れてしまった。いつもなら見せるものではないものだからだ。
「……っと、俺も距離を置きつつ、ついていくからな?」
リヒターに軍配が上がりっぱなしということもあるが、モルゲンはとにかく気がかりだった。




