真夜中の来訪者、まさかの。
迎賓館前の庭園にて歓談している、ドレス姿の美しい女性。―カイゼリンだ。専用服姿の彼女も美しいが、着飾られた彼女はより輝きが増していた。
シャーロットは思ったより早く、カイゼリンの無事を確認できた。茂みに隠れたまま、観察を続ける。カイゼリンは護衛に囲まれていた。厳重なる警備だ。彼女は元々令嬢だ。これだけ守られてるのは当然ともいえた。
「あ……」
後方に控えていたのはリヒターだ。彼もまた礼装服だった。カイゼリンの様子を見守っていた。シャーロットは安心した。彼がリヒターとして、カイゼリンの傍にいてくれたことを。
「……」
これで良かったのだ。なにも胸を痛めることもないと。シャーロットは立ち去ろうとしたが。
「!」
リヒターと目が合った。―その時の彼の表情はというと。
「……」
シャーロットは気のせいだと思っていた。気のせい、自分と思い間違いでなければ。そうでなければおかしいと思っていたのだ。リヒターがあのような。―蕩けるような表情を浮かべるものかと。
ただ、目が合ったのは確かであり。リヒターの事だ、訝しんでくるだろう。シャーロットは今度こそ立ち去ることにした。
「……」
リヒターからの視線が止まない。シャーロットは落ち着かない中、去ることとなった。
それからもシャーロットは見回りを続けた。夕暮れが綺麗な空だ。元々の人が少ない校内であった。時々巡回兵とすれ違うくらいだ。気が付けば学園の外れの方まで来ていた。
「あれだけついているのなら……」
もしかしたらであるが、リヒターが口をきいてくれたのかもしれない。あれだけ守られていて、かつカイゼリン本人も。―リヒターも気をつけてくれているなら。
今回はこのまま乗り切れるのだと。シャーロットはそう思えてきた。なら、今日は自室待機。本番であろう明日の夜はモルゲンの元へ。あの来訪者とさえ接触しなければ良いと―。
「―失礼します。シャーロット・ジェムさんですね?」
「……!」
淀んで濁り切った声。不吉な声。―真夜中の来訪者その人が、今。シャーロットの目の前に現れた。
「ど、どうして……」
彼がやってくるのは、明日のはずだった。それが突如、こうして現れたのだ。
「至急の用件につき、あなたの元へ直接参りました。報酬は惜しみません。―一刻の猶予もないのです。どうか、聞き入れてください」
「……」
「依頼内容は、―あなたの魔力で人を殺めることです。相手につきましては、契約成立時にお話します」
「なんてことを……」
シャーロットは体が竦んでいる。声も震え、こうして立っているのがやっとだ。殺したい相手はカイゼリンだろうとふんでいた。―なら、この男の素性を明らかにするしかない。
「……不審者ですね。―自治委員として、あなたを拘束します」
「なっ」
シャーロットは氷の魔力を発動させると、男の足元を氷で固めた。その次に、男の腕を掴んでひとまとめにさせる。そこもまた、氷の力で固定させた。
「巡回兵に引き渡します。―その前に」
この男が、おそらく元凶だろうと。シャーロットはその覆面も剥いでやることにした。
「や、やめてくれ……!」
「……あなたが言うの」
今更乞うても遅い。この男のせいで、とシャーロットは怒りを目に灯していた。その顔をこの目に焼き付けてやると、男の顔を今、露わにした。
「……」
二重のくっきりとした目ながらも、心労でもあるのか隈がすごい。頬も痩せこけている。青白い顔の中年男性だ。知り合いにもいそうにない、シャーロットの知らない顔だった。
「……あなたの顔は覚えました。まあ、未遂で良かったとしか」
「な、な、なにを言うのだ!」
男の声は普通の声になっていた。あの覆面が変声器の役割をしていたようだ。
「といっても立派な犯罪ですので。失礼します」
シャーロットは走っていった。さっき巡回兵を見かけた場所まで戻っていく。あのまま男と二人きりでいても、自分が共犯扱いされかねない。それなら、早く第三者に見つけてもらいたかった。シャーロットは急ぐ。
「……あれ?」
走っても走っても。巡回兵の姿を見る事はなかった。不自然なくらいだ。巡回兵も、他の人も。誰一人として、シャーロットは見かけはしなかった。
「はあはあ……」
迎賓館近くまでやってきた。ここならさすがに人がいるはずだろう。シャーロットは無礼承知で足を踏み入れようとしていた、その時だった。
いくつものビラが宙を舞う。見覚えがあるそのビラに書かれていたのは。
「ど、どうして……」
鳴り響くのは、拡声器による声。
『シェリア・カイゼリン令嬢殺害事件。犯人はシャーロット・ジェム。発見次第、ただちに報告せよ。―なお、生死は問わない』
「……!」
まただ。またしてもシャーロットは犯人とされてしまった。しかも単独犯だ。ばらまかれたビラにあるのは、シャーロット一人の顔写真だった。
「……生死問わずって」
なら、生き残る可能性もあるのか。いや、それは甘い考えだと、シャーロットはすぐに悟った。
聞こえてくるのは、『死神』がやってくる音、いくつもの足音が、荒々しい足音が近づいてきた。
「金糸雀隊……!」
シャーロットはせめてと逃げようとする。ここで彼らに掴まった時にはもう。
「!」
距離はあっという間に詰められていた。一人の金糸雀隊がシャーロットの前に剣を向けていた。―終わりか。
「……」
いつもの金糸雀隊。手練れの者。―毎回、シャーロットにトドメを差す者。
「……?」
その剣は、わずかながらも震えているようだった。シャーロットに向けられたままだ。
「―何をしているのです!」
「あ―」
焦れたのは、他の隊員だった。その者が放ったのは魔力。風の刃が、―シャーロットを切り裂いた。心臓部にも直撃し、シャーロットは倒れていった。意識が遠のいていく。
「……」
去っていくのは、金糸雀達だ。用済みといわんばかりだ。亡骸のシャーロットはしかるべきところへ引き渡されるのだろう。
命が消えゆくなか、シャーロットは思っていた。―今回は皆が犠牲にならなくて済んだと。
「わん、わんわん!」
閉じようとした目に、子犬の姿が目に映った。鳴き声も、遠くに感じる。これは、優しい幻だろうか。
「……シャーロットさん!?……何故ですか、何故あなたが!!」
いつの間にやってきたのか。リヒターの慟哭も。―これもまた、幻なのだろうか。
命を終えたシャーロットには、わからないままだった。




