名門学園からの推薦状。
郵便配達人が渡してきたのは、金縁に花があしらわれた豪華なデザインの手紙だった。こんな立派そうなものを送ってくる相手、シャーロットには覚えがなかった。
ソファのところまで戻ってくると、アルトが体育座りで顔を埋めていた。まだ顔が赤い。
「アルト……?」
「俺、君のこと大事にしたいから。こう抑えてる」
「そう……」
「でも、門限ギリギリまでは居座りたいから。こうしてる」
「うん……」
その状態は、アルトが望んでのことならば。彼のことは置いといて、シャーロットは手紙を開封することにした。
「――推薦状?」
「ん?」
シャーロットが口に出すと、アルトも反応した。シャーロットが彼を見ると、アルトは再びうずくまった。
シャーロットは文面を確認した。その後、顎に手をあてて考え込んでいる。
その内容は信じがたいものだった。シャーロットが予想だにしていなかったものである。悪戯かとも思ったが、国章もある。正式なものと考えるのが自然だった。
「……アルト。相談に乗ってもらっていい?」
「はいはい、喜んで!」
即レスでアルトが飛んできた。許可を得たものとして、手紙を覗き込んできた。
「なにこれ。イタズラ、でもないか」
そこは既にシャーロットが反応済みだ。
「むしろイタズラの方が理解できるというか」
何の考えがあって。何の企みがあって。シャーロットに送られたものなのか。内容はこうだった。
――シャーロット・ジェム。貴公を王都ブルーメ学園高等部に招き入れたい。
あとは、入学試験も免除し、中途編入という形をとる。入学費含む費用は学園持ち。入寮も可能との事だった。好条件には違いなかった。
「いきなり入学って……」
シャーロットは困惑していた。この美味しすぎて怪しい話もそうだが、学生生活もそうだ。「……」
冬花の時は、特に高校生時代となると。片桐一色であり、ろくに交友関係も築けなかった。恋に溺れていた当時は多幸感溢れていたが、冷静になった今では複雑な心境でもあった。
今更行ったところでどうなのか。学園生活なんて、憧れもしない。友達を作ろうなど――。シャーロットは推薦状を断る気持ちに傾いていたが。
「えー。シャーリーと同じ学校に通えるってことぉ? うっしゃ、こんなんもうね?毎日デートじゃん!常時いちゃつき放題じゃん!」
アルトはひとしきりはしゃいだ後、シャーロットの顔を覗き込んだ。
「って、俺は単純に喜ぶけどね。……怪しくもあるからさ。裏もあるかもしれないし、君に危ない目にも遭ってほしくない」
「そうだよね……。うん、やっぱり――」
そう、アルトもこう言っている。やっぱり断ろう。シャーロットは伝えようとしたが。
「でもシャーロットは? チャンスかもしれないんだよ。君がどうしたいか、教えてほしいんだ」
アルトは真剣な表情で問う。
「答えはどっちでもいいよ。どっちを選んでもさ、俺はシャーロットの力になるだけ」
「アルト……」
彼が本気で考えてくれている。それにシャーロットも応えたかった。
「……一晩、考えさせてほしいんだ」
「ん、わかった」
アルトは彼女の髪をゆっくりと撫でた。小さい頃はしょっちゅうだったが、久々だった。シャーロットはその感触に懐かしくも照れくさくもなってしまった。
「っと、何気にシャーリーの髪触っちゃった。へへ、へへへへ……」
自分の手と、シャーロットの髪を見て。アルトは一人ニヤニヤしていた。シャーロットは若干引いた。昔はシャーロットからも触っていたこともあるが。それでもだ。
「まあ、一晩といわずさ。もうちょっと考えてもいいと思うけどね。――じゃ、俺帰るね」
「うん」
このままアルトが帰るのかと思われたが。
「えへ」
「えへ?」
アルトは舌を出して自分の頭をコツンとした。あざとくわざとらしいポーズだ。これは何かやらかしたな、とシャーロットは察した。
「えへ、だって! シャーリーかわえぇぇぇ! ねえ、ポーズつけてやってみて! ねっ!?」
ほら俺の真似をして、とアルトは息を荒くした。
「アルト」
シャーロットは名前だけ呼んだ。その目は冷たかった。
「うう、わかったよ。……門限、過ぎちゃた」
「あ」
アルトに言われて、シャーロットも気がつく。これはシャーロット側の失態でもあった。いつもならもっと早く帰ってもらっていた。
「まあ、平気平気。裏口から入るから!」
「……平気、なのかな」
「平気平気! ってことで、またね! 俺も充電できました!」
アルトはあっけらかんと笑っていた。この笑顔を見てしまったら、シャーロットもつられて笑ってしまった。
「……うん。今日もありがとね、アルト」
彼のおかげで今日も楽しい一日となった。アルトといるといつも楽しい。シャーロットはそう思いながら微笑んだ。
「っしゃ! デレいただきました!」
「デレ……」
「……シャーリー、遠い目しないで」
帰る直前までも騒々しいアルトは、扉を開けた。――扉を開けたまま硬直していた。どうかしたのかと、シャーロットも彼の後ろから見てみると。つい声が出てしまった。
「うわあ……」
外は雪が猛威をふるっていた。昨日も大雪だったが、今日の方が激しかった。
「アルト、これ危ないよ」
棒立ちのアルトもさすがに考えているのだろう。この猛吹雪の中から、そこそこ距離がある学園まで。歩きという強行をしないとならないと。
「うーん……」
泊まりを許可しない。そう告げていたのはシャーロット自身だ。
泊まりとなるとアルト相手でも気にしてしまう。アルト自身は紳士で、かつ単なる幼馴染相手に手を出してこないとしても。気にしてしまうものは気にしてしまう。
かといって、この状況で彼を帰すのも望ましくなかった。
「……泊まってく? 安全を考えたら、そうした方が」
「はい! 安全とか関係なく泊まりたいです!」
「うん、やっぱり無し」
「ええ!? 引いた? ドン引きした!?」
振り返ったアルトは興奮状態だった。息も荒くなっていた。彼のテンションは高い。
「……でも! 狼確定なので、俺は帰ります! それじゃ、また明日も来るから!」
「ちょっと、アルト!」
そのテンションを維持したまま、彼は荒れ狂う天候の中を突進していった。
「……アルト?」
アルトの姿は見えなくなっていた。彼の無茶無謀ぶりはいつものことだが、この猛吹雪の中では無理が過ぎないだろうか。
「……?」
シャーロットの胸がざわつく。手にしていた推薦状を握りしめた。彼女は何かに駆られるかのように、一歩踏み出すと走りだしていった。
「――ちょっと、大人しくしててね」
シャーリーは走りながら、手を前方に振りかざす。阻むような雪は消滅していった。これで彼女のゆく手を阻むものはなくなった。
「最初から付き添ってれば良かった!」
あの彼が戻り道でシャーロットが一人になるのを良しとしないだろうか。というか、シャーロットが失念していたことでもあった。うっかりしていた。
「アルト、いたら返事して?」
アルトだって人の子だ。この強風の中を駆け抜けられるだろうか。――どこかで倒れている可能性もある。シャーロットは見落とさないように、かつ、急いだ。
エーデル村を抜けて、シャーロットは走り続けていた。アルトの姿は無い。
雪が積もった木々は風にうちつけられている。山道を駆けあがっていく。山道の横道から入ると、ダイヤノクトの首都へと通じている。とがった三角屋根や色とりどりの建物が目を楽しませてくれる。景観が美しい都だ。その奥にあるのが、王族が住まう城である。
用があるのは、ブルーメ学園。というよりは、アルトだ。アルトさえ発見出来れば良い。
「無事に着いてるのかな」
別ルートを通ったと言わればそれまでだが、アルトは無事に寮に着いてのではないか。
山道をある程度進んだ時点で、ランダムに敷き詰められた石の舗装路となっていた。特殊な加工をされているのか、雪を溶かしていたのだ。植えられた木々の実もそうだ。ランタンのように辺りを照らしていた。
このまま進めばブルーメ学園だ。シャーロットが招待されているところである。
「……この感覚、なんなの」
学園に近づくにつれ、ざわつくのはシャーロットの心。心臓がギュッとなるようだ。
引き返した方がいい。
このまま帰った方がいい。
頭の中では警告が続いているのに。
「……」
シャーロットはそのまま歩き続けていった。




