表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

108/532

リヒターでいてほしい。

「リヒト。……ううん、リヒターさん!」

「……シャーロットさん?」

 シャーロットは席を立つ。リヒターがすっと離れてくれて助かった。衝突するところだった。シャーロットの瞳に迷いはない。はっきりと告げる。

「リヒターさんの大事な人は、カイゼリン様でしょう?」

「急になんですか」

「あなたがあの方を大事に思っているの、よくわかっているから。だから、お願いします。絶対にカイゼリン様の傍から離れないでください」

「だから、急ですと……」

 リヒターにとっては突然のカイゼリンだった。シャーロットは無理もないと思っていた。

「気を抜いちゃ駄目って話でもなくて。リヒターさんなら。一番大事なことを見失わないって、信じているから。でも、本当にお願いします」

 カイゼリンに一番近しいのは、このリヒターだ。前のループの時に彼が側にいたか、いなかったのか。リヒターがいた上で、あのような事になってしまったのか。それは不明なままだ。―ただ、リヒターがしっかりとついてくれる分、カイゼリンの生存確率も上がると信じていた。

「本当に唐突過ぎますね。私にリヒターを休んでいいと言ったあなたが」

「……それは、そうだね。だけど」

 リヒターは不服そうだ。シャーロットは迷った。どこまで彼に伝えていいのだろうかと。繰り返しの日々、自分達はループしていると話すべきか。―カイゼリンが殺されることも伝えるべきか。

「……」

 シャーロットは今回はそうしなかった。アルトの時に痛い目を見ていたからだ。アルトと同じ想いということはないと思っていても、迂闊には話せなかった。

「大晦日の迎賓館でのパーティー。ううん、その前々日からも開催で。ゲストさんがたくさん来るし、おかしな人が紛れ込むかもしれないでしょ?でも、リヒターさんがいれば、きっと―」

 シャーロットは訴える。リヒターの言葉を借りるなら、必死だった。そんな必死なシャーロットに対してリヒターは。―虚ろな目をしていた。

「―私は、リヒトです」

「ええ、わかってはいるんです。でも―」

「……それでもリヒターでいろと。そういうことでしょうか」

 リヒターは悲しそうで、それでいて泣きそうな顔をしていた。幼い子供が今でも泣き出しそうな。

「……それは」

 シャーロットは誤ったのか。今ならまだ取り返しがつく。彼をリヒトと呼び直せばいい。リヒターは彼の心の内を話してくれていた。

 それだけ信頼をしてくれるようになったこと。それはシャーロットにとっても喜ばしくもあった。それでも。そうだとしても。

 シャーロットは未来を望む為に。―カイゼリンに生きてもらわねば困る。結局は自分のためでもあったのだ。

「私は……」

 リヒターが必死だと言ってくれていた。今のシャーロットならわかる。煽っていたわけでも、馬鹿にしてきたわけでもない。心のままでいられるシャーロットの事が羨ましかった。それは自分を抑圧してきたリヒターには出来ないことだった。

「……私は」

 そんな綺麗な人間ではないのに。生き汚いだけなのに。シャーロットはそんな眩しそうに見てもらう資格はないと思っていた。―後ろめたさがないであろう、カイゼリンとは違う。

「……私の言葉で、あなたを惑わせてしまったのなら。それは本当にごめんなさい。ただ、本当に大切なことの為なら、私は」

「シャーロットさん……?」

「私は、あなたに。―リヒターでいてほしい」

 残酷な言葉だと、シャーロットは思った。きっと心を開いてくれていたんだ。リヒターからしたら理不尽さにも負けない、一生懸命な少女として映っていたのだろう。それはまやかしだというのに。

「……」

「……」

 また沈黙だ。昔のようだった。出逢ったばかりの頃はいつだってそうだった。今も偶になるこの沈黙の時間。シャーロットは慣れてもいたし、今となっては心地良くも思えていたのに。

―今はただ、苦しい。リヒターからの沈黙の訴えがあるような気がして。勝手ながらも、シャーロットは苦しくなっていた。

「―かしこまりました。カイゼリン様の警護にあたらせていただきます」

「……はい」

 これがリヒターからの答えか。彼は出会った頃の態度に戻っていた。そこには、砕けた敬語になっていた彼も。『リヒト』であった彼もいなかった。

「では、ジェム様。明日からは私も不在となります。年明けまでは、休んでいただいて結構です。英気を養ってくださいませ」

 シャーロットはこれで良かったのだと思うことにした。彼に倣って、シャーロットも態度を戻した。

「うん。……いいえ、ありがとうございます。今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします」

「はい、よろしくお願い致します」

 自治委員会を首になるというわけではなさそうだ。シャーロットは一安心するも、何を安心することがあるのか。カイゼリンに近づく為の委員会だ。続ける気などあるのだろうか。

 リヒターは送るということもないだろう。当初の頃のようだ。リヒターはカイゼリンの命の下、シャーロット達を送っていただけだったのだと。

「……」

―その程度の関係だったのだ。お互いにその程度のもの。シャーロットはそう割り切った。

「……カイゼリン様、か」

 ただ一人残されたリヒター。彼は呟いた。

 リヒターのこの昏い声は、シャーロットに届くことはなかった。


「ただいま……」

 シャーロットは誰もいない部屋に帰ってきた。ご飯を食べる気にもなれず、そのままベッドに倒れ込んだ。

「……明後日だね。その時、モルゲン先生のお世話に」

 シャーロットは呟くと、不安になってしまった。あの来訪者がまた現れるのか。あと一日ある。店に戻ることも出来るが。

「……大人しくしてる。リヒターさんがついてくれるなら」

 シャーロットは今回は不安が消えないままだ。何もかもが間違ってしまったような。このままでは自分達が生き着く先は―。

「……ううん。出来ることはやらないと」

 大人しくしていたから、殺された未来もあった。シャーロットは明日は朝ごはんをたくさん食べることにした。そして、動き回ろうと。そう考えたなら、不安も減ったようだ。シャーロットは眠りに着くことが出来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ