リッカの不安。
放課後になった。シャーロットは自治委員会を休むことを許され、教職員寮に向かっていた。
モルゲンと話があった。リッカの処遇についてだ。
「失礼します。シャーロット・ジェムです」
「あ、シャーロット。入って入って」
先客がいた。アルトの声だった。彼がドアを開けてくれた。モルゲンはまだのようだった。
「兄貴が呼び出しくらっててさ。俺が代わりに鍵もらったってわけ」
アルトが鍵をちらつかせてきた。
「それでアルトが。……リッカ?」
「……シャーリー」
リッカは部屋の隅っこで縮こまっていた。申し訳なさそうにもしていた。
「ごめんね……。僕が、僕が迷惑かけちゃって……」
「違うよ、リッカ。私の責任だから……!」
「ううん、僕が……」
尻尾が垂れ下がった犬を、抱え上げたのはアルトだ。
「はい、ストップ。二人ともこのへんで。モルゲン大先生がどうにかしてくれたんだからさ」
「わわっ、アルト」
そのままリッカを揺らす。リッカも安心したのか、少し笑っていた。
「……兄貴来る前に話しとく。リッカ、妙に緊張してたのかね。眠れてなかったり」
「……僕、アルト見たらおしっこ出ちゃった」
「言わんでいいっての。俺が言わなかったのに」
アルトを見て安心したのか、リッカは出したのだろう。
「ま、ご飯とか食べてくれたけどさ。兄貴相手だと緊張してたんかねー。圧すごいからね、あいつ」
「……そっか、リッカ。アルトに会えて良かったね」
モルゲンに懐いてないようには見えないが、緊張感は残ったままなのだろう。今回の件で思い詰めていたのも相乗したのか。それはリッカ本人にしかわからない。
「……本当はね、私のところに戻ってきてほしいよ。でも、ごめんね。リッカ、冬休みが終わるまでは―」
今すぐにでも抱きしめて部屋に連れて帰りたい。ただ、今回はシャーロットも問題とされていた。これは彼女に対する罰でもあったのだ。
「エーデル村のおばあちゃん。そこでお世話になってもらえるかな。そこなら、モルゲン先生のお世話にならなくてもいいって」
不安がないわけでもない。前回のループでは、村の人達は変貌していたからだ。ただ、それはシャーロットが容疑者として確定してしまったからである。最悪、シャーロットと離れていればリッカも安全のはずだ。
「……うん。僕、おばあちゃんのところでいい子にしている」
「わかった。ごめんね、リッカ。本当にごめんね……」
もっとしっかりしていれば、もっとリッカといられたのだ。シャーロットは後悔が残っていた。
「……はい、パス」
「わっ」
突如触れたモフモフした感触。アルトがシャーロットの顔面に押し付けてきたもの。リッカだった。
「兄貴来るまで。シャーロット占拠しててもいいから。俺は指くわえてみてるから」
「もう、アルト……」
アルトの優しさに感謝しつつ、シャーロットはリッカを抱きしめた。リッカのぬくもりが愛おしかった。それが、冬休みが終わるまで会えないとなると寂しい。シャーロットは寂しかった。それは、このモフモフも同じこと。二人は耐えるしかなかった。
「リッカごと抱きしめてぇ……」
「―っと、遅くなったな。アルト何してんだ?」
腕を彷徨わせている弟を指摘したのは、兄であるモルゲンだ。彼が呼び出しから戻ってきたようだ。
リッカも近くの椅子に飛び乗った。自分は抱っこされてませんけど?といった顔だった。モルゲンからしたらバレバレだろうが、彼は見なかったことにしてくれた。
「モルゲン先生。この度は大変なご迷惑をおかけしました……!」
「いいって、シャーロット。ただな、俺もそうだし。お前もそうだ。リッカのこと、なあなあにしていたからな。冬休み明けたら、正式に手続きしような?そうしたら、リッカも堂々と学園にいられるだろう。守ってももらえる」
「……はい」
過ぎてしまったことは仕方ない。今度こそちゃんと守ろうと、シャーロットは誓った。
「―じゃあ、行くか。エーデル村だろ}
「はい。よろしくお願いします」
モルゲン自身もリッカの緊張が伝わっていたのだろう。エーデル村で世話になるのが良いと判断したようだ。モルゲンの付き添いにより、エーデル村に向かうことになった。
「俺も行こっと。エーデル村のギルドにも寄っておきたいし」
「そう。アルトも用があるなら行く?」
「うん、行きたい行きたい―」
前のめりになるアルトの襟首をつかんだのは、モルゲンだった。それも笑いながらだ。
「ここまで見逃してやったんだぞ?そろそろ補習に戻れよ、な?」
「アルト……」
アルトは抜け出していたのだという。心配してくれた上でだろうが、シャーロットとしても彼には補習に向かって欲しかった。
「うう……。真面目にやってれば良かった……」
「そうだぞ、アルトー?積み重ねが大事なんだ」
うんうんと頷くモルゲンを、アルトは恨めしそうに見ていた。この勝ち誇った顔が腹立たしいと。が、ここで彼はめげない。シャーロットを見て、にこりと笑う。
「まあ、そこは愛の力でね!課題という課題を、とっとと終わらせてやるんだ!!内職上等!」
「内職って。教師の前で言うなよ……」
「言うけど?つか、兄貴の授業でもやるし」
「本人の前で言うなよ……」
ばれないようにやるし、とアルトは開き直っていた。
「ちゃんとやってさ。―大晦日前までには、動けるようにしておくから」
「アルト……」
来るべき日に向けて、アルトも動いてくれるようだ。シャーロットも、モルゲンも頷いた。
「俺も、今年は学園に残るからな」
モルゲンは通常ならば、年末は不在となっていた。それが残ると言っていた。
「は?兄貴、いいの?……いや、そうしてもらうわ」
どこに戻るか知っているであろうアルトも、さすがにそうしてもらうことにした。
「シャーロット。―例の男が店に限らず、こちらに訪れる可能性もある」
「はい」
前回の死因の一つでもあったのは、大晦日前日の真夜中の来訪者。シャーロットの魔力を求めた男だ。シャーロットが学園に通っていることも、突き留めてくる可能性だってある。
「提案だ。―俺の部屋にいてくれ」
「!」
モルゲンは真剣な顔をしていた。モルゲンとしてはこうだ。その男が何をしでかすかはわからない。それならば、ずっと部屋に一緒にいてもらって守ろうというのだろう。
「……兄貴、それって」
「もちろん、お前が同席してくれたっていい。どっちでもいいぞ」
アルトがいたとしても。いなくとも。女生徒を部屋に一晩泊める。洒落にならないだろう。
「どう呼ばれたって。首になったっていい。―お前を守れるなら」
「先生、どうして……」
「言ってるだろ。お前を守れたら、それでいいって」
それでもシャーロットはわからないままだ。そこまでする意味が。ただ、彼の覚悟は伝わった。お願いします、と頭を下げた。
「……僕は、僕も戻りたい」
リッカが震える声で言った。
「リッカ……。大晦日終わるまで。ううん、冬休みの間。おばあちゃん家でおとなしくしていてね」
「わかった……」
リッカが力になりたいのはわかっている。現に力になってくれてもいた。それでも、今回は実態がつかめていないのだ。リッカにも大人しくしてもらうしかない。
「―いいよぉ。リッカちゃん、おいでー。ばあばと一緒にいようねぇ」
エーデル村に着くと、早速老婆の元に向かった。彼女はリッカの訪れを歓迎してくれた。リッカも尻尾を大きく振っていた。
「んー、可愛いねぇ。このまま、ばあばの家の子になるかい?」
リッカは尻尾を振っていた。ぶんぶん振っていた。
「リッカ……」
「ふふふ、この冬休みが勝負さね。ばあばの家の子になるかの……」
老婆の目が光った。シャーロットは本気かと慄く。
「なんてね、ばあばジョークよ。リッカちゃん、ご主人様戻ってくるまで頑張ろうね」
「……わん」
リッカはちらりとシャーロットを見た。寂しそうな目だ。
「……ありがとうございます。リッカのこと、よろしくお願いします。こちら、リッカの食べ物です。保存のきくものですが、他にもかかると思いますのでご請求ください。あとは―」
お世話になる人に、自宅から持ってきたものを渡した。老婆は笑って受け取った。
シャーロットは何度も礼をしながら、去っていった。リッカも尻尾を振りながら見送った。
村の入り口で待っていたモルゲンにも挨拶すると、二人は学園へと戻ることとなった。
お読みいただきましてありがとうございます。
リッカは裏のおばあちゃんにとても懐いています。




