下校途中の襲撃、モフモフによる犯行か。
「―失礼するよ、シャーロット君。リヒター君もいるよね?」
女子寮長の声だ。彼女がノックしてきたので、リヒターが迎え入れた。
「シャーロット君の調子はどうかな?」
「ええ、大分落ち着いてきました。休めさえすれば、問題はないかと思われます」
リヒターが代わりに答えてくれた。そのことに安堵はするも、寮長は浮かないままだった。
「すまないね。そのまま聞いていてほしい。報告だよ。―君のリッカ君についてだ」
「リッカ!?」
シャーロットは起き上がろうとしたが、リヒターに目で制された。大人しくしているようにと。
「……順を追って、説明するよ。まず、カイゼリン女史の下校時。リヒター君、一緒に帰ってなかったようだね」
「……」
そう、リヒターは病人のシャーロットを送り届けていた。彼は何も言わない。
「女史の帰寮途中。迎賓館に至るまでの道にだね、彼女は襲撃にあった」
「カイゼリン様が……!」
さすがにリヒターも目を見開いていた。
「……まあ、リッカ君にね」
「リッカが……?そんなはずは……」
あの子に限ってと、シャーロットも反論しようとしていた。
「ごめん。端的に話すよ。リッカ君は、どうやら逃げ回っていたようでね。捕まえた当時、怯えていたようだから」
「ああ……」
『うん!僕、隠れながら行ってきたよ!ドキドキしたけど、楽しかった!』
あの時のリッカは笑っていたが、本当は怖かったのだろう。もしかしたら、とシャーロットは思った。自分には散歩に行ったと嘘をついて、夕方出なかった日もあったかもしれない。
「逃げ回るほどって……」
今でもリッカにある悪意に、シャーロットは静かに怒っていた。
「運悪く出くわしたのが、女史だよ。前を横切っただけと、お伴の人らが証明してくれたけどね。ただ、女史は腰を抜かしてしまってね。もう、騒ぎも騒ぎさ。相手が財閥の令嬢でもあったからね。―野放しにしたのも問題視されていたよ」
「!」
シャーロットは愕然とした。そして、当然とも思えた。これは自分の責任問題だと。リッカは何も悪くない。自分が悪いのだと。カイゼリンへのお詫びとともに、シャーロットは頭を下げに行こうとしていた。
「……私、カイゼリン様のところに参ります。リッカは、リッカは悪くないから」
今度こそ起き上がったシャーロットは、赴く気でいた。それを止めたのは寮長だ。
「っと、シャーロット君。……ごめんね、結論から話すべきだったね。一応だけど、解決してるんだよ。モルゲン先生のおかげでね」
「え……」
寮長とリヒターが目配せをした。リヒターが彼女を寝かせる。
「先生が場を治めてくれたよ。カイゼリン様のケアもそう、リッカ君も自分が監督責任を持つって。それと追いかけまわしていたのは、初等部の子たちでね。上手く諭してくれたそうだよ」
「モルゲン先生が……」
やれ淫行教師だ、やれ大人げないだ。言われもする。それでもモルゲンは教師だった。
「まあ、ほとぼりが冷めるまではね。君はリッカ君には会えないというね。……私達も、うちの姉さんたちもだけどね」
くっと寮長は涙をぬぐった。
「リッカ……」
これこそ自業自得だとシャーロットは思っていた。モルゲンのおかげで大問題にならなくて済んだのだ。しばらく会えないくらいで、自分が悲しめる立場ではないと。そう戒めた。
「モルゲン先生が解決してくださったのです。あとはお任せしてもいいのでは?」
「うん……」
リヒターの言う通りだ。シャーロットも頷いた。
「リッカ様の件は便宜を図ってはみますので。せめて、冬休みの間は共にいられるようにと。さすがに冬休みが終わる頃にはもうよいでしょうし」
「いいの……?」
ただでさえ、リヒターは大変なのだ。これ以上負担をかけてしまうことになる。それに、彼にとっての第一は。―カイゼリンだろうと。
「そうだ、カイゼリン様……」
シャーロットは彼女の名を口にした。
「―そうだよ。リヒターさん、カイゼリン様のところに行ってあげて。私はもう大丈夫だから。リヒターさんのおかげで」
シャーロットは自分の面倒を見てる場合ではないと考えていた。そもそも、充分よくしてもらっているのだ。
「……大丈夫、とは。まだ顔色を悪くしておいて」
「リヒターさん……」
リヒターはまだシャーロットのことを心配していた。ただ、シャーロットを見つめていた。ごほんと咳払いをしたのは寮長だ。
「カイゼリン女史は、弱っておられたよ。リヒター君のことを呼んでいたってね」
悪意のない襲撃だったとしても、カイゼリンからしてみれば衝撃的だったのだろう。そんな不安な時だからこそ、側にだっていて欲しいはずだ。カイゼリンにとってもリヒターは大切な人だと。シャーロットはそう思った。だからこそ。
「本当に、必要とされていると思うから。側についてあげてほしいんだ」
「……私は」
シャーロットを見つめていた視線は、どこか揺れ惑っていたのに。彼はすっと表情を戻した。
「―私は、『リヒター』ですから。かしこまりました、ジェム様。お大事になさってください。夜遅くまで失礼致しました。それでは」
リヒターはそう言うと颯爽と去っていった。彼の姿を見た女子寮長の感想はこうだ。
「おおー、マジモードだねぇ。やっぱり、カイゼリン女史のことになると、彼、変わるねぇ」
「……やっぱり、そう思います?」
「思うよ!前から話題で、有名だったからね。あの二人は主従を超えた関係であるとね。ああ、尊い……」
「わかります、尊いですよね」
あの二人を見たらそう思うだろうと。シャーロットは共感しあえる同士がいたのだ。
「ふふ。さ、シャーロット君。安静にしてくれたまえよ。ご飯もあとでもっていくからね」
「ありがとうございます……」
寮長も退室し、静かになった。シャーロットは仰向けのまま、天井を見上げた。
「……」
シャーロットは何か、大事なことを見落としているような。そんな気がしてならなかった。
『……わからなくなってまして』
『……見つけられるような気がするんです。とうの昔に失っていた『私』を』
リヒターが零した言葉。まるで、自分を見失っているかのような言葉たちだ。
「リヒターさんは……」
カイゼリンが大事で、好き。愛してさえいるのかもしれない。でなければ、あそこまで彼女に全てを捧げられないだろうと。そのはずなのに。
リヒターの本当、望むこと。それは、カイゼリンと共にいられるはず。そのはずなのに。
何かを見落としているような気がしてならない。
「リッカ……。モルゲン先生のところなら、安心だけど……」
足元にいつもあるはずのぬくもりが、今は無かった。
「……乗り越えなくちゃ。なんとしても、カイゼリン様には生きていただかないと」
リッカも。アルトやモルゲンも。そして、シャーロット自身も。生き延びる未来のために、今だけは休息をとり、これからに備えることにした―。




