本当に疲れていて、負担をかけられている人。
「ジェム様、どうなさったのですか。このような時間に」
「私は忘れ物を取りにきただけ。このような時間って、リヒターさんこそじゃない」
「……ああ、そちらのペンですね。こちらで保管し、明日確認しようと思ってました」
「そっか。お騒がせしました。で、こんな時間まで残っていたの」
「危ないですよ、ジェム様。いくら学園内といえども、夜間外出は控えたほうが良いと思いますが」
「……リヒターさーん?」
この男は自分もこんな時間まで残っているのに、あえてスルーしていたのだ。シャーロットは合点がいかなかった。
「それ、私達がやりきれなかった分でしょ」
「……ええ、まあ。ですが、あなた今やってくださったのですね。ありがとうございました」
リヒターは素直に認めた。やはり彼は残って仕事をしていたのだ。
「全部じゃないけど。なので、私も残ってやってもいい?」
「……それは、あまり賛成はできません。あなたに負担をかけたくないのです」
リヒターはこれは素直に承諾しなかった。シャーロットは溜息をついた。
「私だって、リヒターさんに負担をかけたくないよ。こんなにも疲れているのに」
「……お疲れなのは、あなたでしょう」
「……」
リヒターがシャーロットの顔を覗き込んだ。彼の視線が、シャーロットの目元にいっていた。
「顔に疲れが出ております。人にとやかく言う前に、ご自身が休まれてください」
「……リヒターさんこそ、そうじゃない。人のこと言えないって」
「言い返すようになりましたね」
「うん。本当のことだし。話やすくなったのもあるのかも」
最初は気まずい相手だったが、随分と打ち解けたものだとシャーロットは思えていた。
「……最初の頃は、私を険しい顔でしか見ていなかった。そんなあなたが、ですね」
「険しい顔って。それは誤解というか。……緊張とかはしていたけど」
「そうですか。ただ、険しい顔は否定はしません。それこそ、私も言えないのでしょうね。目つきが悪いとは言われますから」
「いや、目つきが悪いとかじゃないよ。リヒターさんの目って―」
鋭くもあり切れ長でもある目。迫力があるとも思っていたそれだが、今のリヒターはどうだろうか。とても、穏やかな目で彼女を見ていた。こんなにも―。
「あれ……」
このような眼差しだったのか。いつからかもわからないほど、彼女を見る目は自然と優しいものとなっていた。
「まあ、良いです。私の目つきは親譲りですから。気に入ってもおりますし」
「そうなんだ。うん、素敵だね」
リヒターが満足してそうだったので、シャーロットも笑って答えた。彼が両親が大好きなのも微笑ましく思えていた。
「……はい、素敵です」
リヒターは思いを込めてそう告げた。シャーロットを見つめながらだった。
「それで、リヒターさん。やっぱり私もやりたい」
「……っと。それは、賛成しかねるのですが」
「お願い、今日だけ。明日は、皆さんにも割り振ろう?」
「え……」
シャーロットの提案にリヒターは逡巡していた。シャーロットは続ける。
「この量、一人でやるのは大変だと思う。皆さん、リヒターさんの為なら喜んでやるんじゃないかな。私だってそうだし」
「あなたも、でしょうか。……いえ、何でもありません。私が頑張れば良い話です。あなた方に負担を強いるのは―」
リヒターはどこまでも遠慮していた。そこまでやってもらうこともないと思っているようだ。
「リヒターさん、気づいてないの?皆さん、リヒターさんのことを慕っているんだよ。リヒターさんが頼んだら、喜んでくれるんじゃないかな」
シャーロットは違うと思っていた。自治委員たちは本気でリヒターを慕っていると信じていた。
「ですが、それはあくまで建前だけでかと」
リヒターは鵜呑みにはしなかった。
「ああ、なるほど……」
確かにその可能性もなくはない。仕事を押し付けるわけにもなるので、委員たちも乗り気ではない場合もあった。シャーロットはそれならそれでと答える。
「……うん、建前だったらごめんね。そうだったら、私に回してね。リヒターさん本当に大変そうだから。本当に負担を減らしたくて、減らしたくて」
シャーロットの本音だった。あの寝顔や寝言を見て、その思いは強くなった。
「そうしたら、あなたが休める。気も抜けるかなって思って」
あの姿も、彼の一面であり。安らげる姿なのではないかと。
「……ジェム様」
リヒターは思案するが、すぐに考えを決めたようだ。こう告げる。
「本日もやはり、私が残って片付けます。ですが、明日からは。―少しは他の委員も頼ろうとは思います」
「リヒターさん!」
シャーロットは喜んだ。彼がそうしてくれたことがとても嬉しくもあった。
「もちろん、断られたら。あなたが穴を埋めてください」
「うん、わかった」
「委員会終了後も、ずっと。私と二人きりです。……ずっと」
「う、うん」
リヒターが妖しく笑ったので、シャーロットは不安になった。それでも口にしたことは取り消したりはしない。
「……まあ、そうなるとまずいのは私なので。なんとか協力は願い出ます」
「……?きっと、大丈夫だよ。皆さんなら。リヒターさん信頼しているから」
「私を、ですか」
「そう、リヒターさん」
リヒターが不安になることもないだろう。彼は自身が思っている以上に信頼はされているのだ。
「うん。それじゃ、残りも終わらせよう」
「……ジェム様。私はこれがフラグのように思えてなりません」
結局シャーロットは残ることになった。この日、二人は残って業務を終わらせることになった。




