リヒターのうたた寝。
シャーロットが補佐の補佐としての日々、それに慣れた頃だった。忘れ物をしてしまったので、もう一度校舎に戻ってきたのだ。
「あれ」
とっくに活動は終了しているのに、まだ部屋の灯りがついていた。シャーロットはゆっくりと扉を開けた。
「リヒターさん?」
残っていたのはリヒターだった。彼はカイゼリンと共に帰ったと思われたが、また戻ってきていたようだ。机にあるのは積まれた書類だ。おそらくだが、残って片付けようとしていた。
しかしリヒターは、―うつぶせになって寝ていた。
「失礼します」
シャーロットはまず、自分の忘れ物のペンを持った。昔から愛用しているものだった。あとはリヒターを起こそうとしたが。
「すうすう……」
リヒターは熟睡していた。あまりにも気持ち良さそうに寝ていた。起こすのも罪悪感が生じそうなものだった。
「……」
シャーロットは上からこっそり書類を見た。今日の委員会でやっていた業務のものだった。終わったものかと思っていたが、実際は違っていたようだ。毎度までいかなくとも、リヒターが残って処理をしていたのか。
「……負担、掛け過ぎちゃってるんだ」
シャーロットはそっと彼の隣に座った。これは自分達の仕事でもあったのだ。シャーロットは愛用のペンを使って、静かに取り組むことにした。
「……んん」
リヒターが体をよじらせていた。彼は起きたのだろうか。なら、シャーロットは彼任せだったことを第一に詫びようと思っていたが。
「……お父さん、お母さん」
「え……」
リヒターの寝言のようだった。彼は良い夢でもみているのか、無邪気な笑顔となっていた。
「……うん、うん。最近、すごく楽しいんだ」
とても幸せそうに、会話しているかのようだった。彼は夢の中で自分の両親に会っているのだろう。
「あはは、くすぐったい。またそうやって、頭撫でるんだから……」
本当に頭を撫でられているかのようで、彼は笑っていた。
「……」
いつものリヒターはそこにはいない。無邪気で、子供のような彼がそこにいた。いつまでも笑っていたかと思われたが。
「……馬鹿だな。もう撫でてくれることなんて、ないのに」
「……!」
彼から笑顔は消えていた。シャーロットは切なくなった。目の前にいるのは、あのリヒターではない。幼い子供の気がしてならなかったのだ。小さな小さな男の子が泣きそうでいて。
「……大丈夫だよ」
撫でてあげたくなっていた。その子に泣かないでと、慰めたくなっていた。シャーロットは手を伸ばして、彼の髪に触れようとする―。
「……ジェム、様?」
リヒターは目を覚ました。起ききれてないようだが、シャーロットのことは認識していた。彼女が今、自分を撫でようとしていたことも。
「な、何もしてない。何もしてないから」
シャーロットは真っ青になりながら、その手を引っ込めていた。自分は何をしでかそうとしたのか。
相手はあのリヒターだ。カイゼリン第一で、堅物の男である。あの幼さは、単に夢の中で童心に帰っていたのだろうと。シャーロットは冷や冷やしていた。
「……そう、ですか」
「そうそう」
リヒターは目をこすっていた。これ以上は言ってこなかったので、シャーロットも安心した。




