第12章:ぼくの友人関係について(3):彼らとの交流の実際
・・・処女小説『たからもの』の主人公、
高田良作君は、小学校6年のある時期まで、
ほとんどクラスメートと交流や会話がなく、
実に孤独な少年時代を過ごしていた。
では、
「彼の分身」「投影」ともいえる、このぼく本人の、実際の小学校時代の様子は・・・?
そう。
こう、わざわざ書くからには、ある程度、良作君のたどった少年史と、ぼくの本当の少年史が、
多少なりとも違っていたことは、読者の皆様にもご想像していただけることだろうな・・・。
良作君は、優しいが厳格な家庭で育ち、
5年生になるまでの幼少期には、
NHKの教育番組しか観せてもらえなかった、ということであった。
でも、実際のぼくは、
民放のバラエティー番組も、アニメも吹き替えの洋画も、バンバン視聴していた。
・・・とくに、土曜の「ゴールデン・タイム」がたまらなく、楽しみだったね♪
夜6時半から始まる、
『タイムボカン・シリーズ』→『まんが日本昔ばなし』→『クイズダービー』→『8時だヨ、全員集合』という流れは、
当時の児童たちの、オキマリの、「ご視聴コース」だった。
全員集合のあとに、サザン・オールスターズがらみの、なんちゃららの、よくわかんねぇ番組が続いていたが、ぼくは視聴しなかった。
一方で、
『おれたちひょうきん族』という番組名も、ときどき挙がっていたが、
ぼくは一度も観なかったな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・これも以前、どこかのコーナーで触れたことかもしれぬ。
ぼくは、けっして良作君のように、
「孤立無援の一匹狼」という存在ではなかった。
あれは、あくまでも創作上の設定で、
ああしたほうが、のちのちの物語の流れから、都合が良かったからなのである。
ぼくの兄弟関係を「ひとりっこ」という設定に変えたのも、まったく同様の理由からだ。
ぼくは、学校では美絵子ちゃんとよく遊んでいたが、
ときどき、自分のクラスメートとも、球技などをして遊んでいた。
それは、美絵子ちゃんだって、同じ。
お互いに、自分のクラスメートとの交流も、けっして忘れてはいなかったのだ。
美絵子ちゃんの、帰宅してからの級友との遊びの場が、おもにどこだったのかは、いまとなってはわからないが、
少なくともぼくは、
休日には、級友の家と、ぼくの家を行き来する仲だった。
・・・けっこう、楽しく付き合っていたんだよ♪
クラスの女子児童の家には、一度も上がったことはなかったけど。




