森のオアシス
[そろそろ昨日の池が見えてきたね。
この辺が鹿の縄張りだと思うんだけど、近くに気配は感じないな……]
ポチが歩くスピードを少し緩めて、辺りをキョロキョロと見回す。
私もポチに倣って辺りを見回してみるが、それらしい影は見当たらない。
2人で鹿の姿を探しながら、少し離れた池の輪郭をなぞるように移動していると
頭上に小さな気配を感じた。
不思議に思い顔を上げると、小鳥が一羽、こちらを見ている
鳥だ!
リス以外の登場に少し興奮しつつ、念話で話しかける。
[鳥さんこんにちは、この辺りで鹿を見ませんでしたか?]
[あらこんにちは。鹿はもう少し北の、池の辺りにいましたよ。]
[ありがとう!]
池の方にいるって、とポチに伝えて池の方へ歩みを進め始めると
ポチはびっくりした顔でこちらをみた。
[……ユウ、鳥とも念話ができるの?!]
[うん、普通に話せたよ。ポチはできないの?]
[当たり前だよ!!! 普通は、同じ種類の動物同士でしか念が通じないんだ。]
[え、でもポチと私は念通じてるよね?]
[ああそれは……、自分が<リト>の血縁ってことは知っていたからね。
血が近いなら通じるかなと思ってやってみたら、できたって感じ。
あの鳥は僕の念が通じなかったみたいだし、<リト>の血縁ではないと思うんだけど……。]
そう言うと、少し考え込んでから
<リト>は全ての動物と心を通わせることができるのかもしれないね、
その方がロマンチックな気がするよ。
なーんて少しキザっぽく、雑にまとめてきた。
[てか、今日リスたちに会った時あいつらの言葉理解してたのかよ。
挨拶だけだからなんとなく話が噛み合ってるだけかと思った……。]
[うん、普通に聞こえてたよ。
わざわざ名前を紹介してくれたのはそういうことだったのね。]
ちなみに私がリスの森と感じた理由もここにあったらしい。
仲間同士でしか話せないから、リス以外はポチに話しかけてこないし
ポチと一緒にいる私がリスの森と勘違いしてもおかしくない、
モヤのせいで見通しも良くないしね、とのことだった。
そんなことを話しながら池に近づいていくと、小鳥に聞いた通り
池の手前に鹿の後ろ姿がいくつかみえる。
しかしそれだけではなく、
目を凝らせば奥の方に馬や猿、うさぎのような動物もいそうだ。
みんな、池の水を浴びたり飲んだりしている。
[ラッキー!池にたくさん動物たちがいるよ。こんなに一気に見られるとは。
やっとリス以外の動物が住んでるって実感が湧いたよ!]
いるのは鹿だけだと思っていた私は
予想を超えた光景に、嬉しくて思わず笑顔になってしまった。
しかし横では、ポチがまたうーんと唸って考え込んでいる。
[様子がおかしいな。
この池は水質もそこそこで、そんなに人気の場所じゃなかったと思うんだけど……。]
[え、そうなの? めっちゃ美味しい水だったよ?]
昨日この池で飲んだ水は、とんでもなく美味しかった。
水の味について熱を込めてポチに説明すると、
ウッソだー と言いつつ気になるのか池の方へ近づいていく。
私もまたあの水が飲みたいので、後ろからついていった。
[……! なんだこれ、めっちゃ美味しい!!!!!]
[でしょー! ほんとに美味しいんだから!]
ポチは会話もそこそこに、池の水を一心不乱に飲んでいる。
傍に置いた、頬から取り出したどんぐりの存在も忘れてしまったようだ。
私も朝からの移動で乾き切った喉を、池の水で潤す。
やはりここの水は格別だ。
ふと顔を上げると、少し離れた位置にいた馬と目が合う。
[あなたが<リト>ですね。 素晴らしい水の恵みをもたらしてくれてありがとう。
森のものは皆、あなたに感謝しています。]
そういうと頭を下げた。
周囲の動物たちも、真似をするように頭を下げる。
急にお礼を言われて理由がわからず混乱していると、横からポチが馬に話しかける。
[シノさんこんにちは。 <リト>が恵みをもたらしたってどういうことですか?]
ポチがナチュラルに馬に話しかけている。
さっきリスとしか話せないって言ってなかったか。
[ああポチ、そちらの<リト>が昨日この池で休んでから、池が神気を帯びたのです。
水は澄み切って、体や心を癒し気力を漲らせる特別な効能を持ちました。
森中に<神の水>という噂がめぐり、一夜にして森のオアシスとなったのです。]
本当にありがとう、と再度頭を下げられるものの、何かした記憶はない。
私が飲んだ時には池の水は美味しかったし、飲んだ後気力が湧くのも変わらない。
そんなことより気になることが。
[ねえポチ、なんで馬と話せてるの? 話が違うじゃん。]
[ああ、シノさんも<リト>の血族だよ。
それより昨日、この池に入ったりした? 何か考えながら触ったりとかさ。]
[うーん、入ってないよ。
強いて言えば、水を飲むときに、喉が渇いたなあとか、
飲めるような綺麗な水だといいなとか、ちょっと思ったりはしたけど……]
[……もしかして、それじゃない……?]
[……え???]
[<リト>が祈りで奇跡を起こせるって話、
聞いたことはあったけど……まさか本当だったなんて……!]
ポチが驚きで目をひんむいている。
まんまるくて大きな目がこぼれ落ちてしまいそうだ。
まあ確かに、ちょっとした出来心で神の水ができちゃたまったもんじゃないよな。
でも奇跡を起こせるって、どの程度の影響力があるんだろうか。
ちょっと気になるから色々試してみたい。
前世で見たものとかも、イメージすればなんでも生み出せるんじゃない……?
それにゲームや小説みたいに、魔法とか超能力も使えるんじゃ……と思いながらニヤニヤしていたら
ポチが怪訝な顔でこちらを見ている。
[今なんか変なこと考えてなかった?
ないと思うけど、この世の理を興味本位で捻じ曲げるのとかやめてよね?]
何この子、妙なところで鋭い。
[何言ってんの〜そんなポンポン奇跡とやらが起こせるわけないじゃん!]
あはは、はははは。
……自分でもよくわからないが、この場はとりあえずそういうことにしておこう。
相変わらずジトッとした目つきで睨んでくるポチ。
気まずい。
さあ、喉も潤ったことだし!
とかなんとか言って、私は家に帰ることにした。
今日はまだ明るいので流石に迷わないだろう、と池でポチと別れる。
鹿を見るっていう当初の目的は果たされたわけだし、
朝から動いていたので、目新しさでもうお腹いっぱいだった。
それにしても『祈りで奇跡を起こせる』なんてすごいなと思ったが、
よく考えればこの能力にはわからない点も多い。
回数制限はあるのか、どのレベルの奇跡が起こせるのか、効果は永続なのか、など
これから色々試してみて、自分で効果を確かめていかなければ。
帰り道は、これからどうやってこの能力を検証していくかで頭がいっぱいだった。
明日からどんなことをしようか、そう考えるだけで夜も眠れないほどワクワクしそうだ。