<リト>
ピリト村を後にした私たちは、来た道を少し西に逸れて
池の南側を通るルートで戻ることにした。
今朝は出発するのが早かったから、まだ陽も昇りきっていない。
帰りを急ぐ必要はないので、ちょっとした探検というわけだ。
[行きのルートはリスの縄張りを通ったから、帰りは鹿たちの縄張りを覗いていこう。]
ポチが何の気なしに発した言葉に、少し驚く。
[え、この森ってリス以外もいるの?]
[いや、さすがに、リスだけの森なんて聞いたこともないよ!!]
ポチが呆れ顔で振り向いた。
実際に言っておいてあれだが、確かに自分でも変なことを言ったと思う。
でも、この森に転生してからというもの、動物はリスにしか会っていないのだから
そう思うのも仕方ないじゃんか。
[だってリスの森って感じだったんだもん……。]
[惜しいな、正確には<リト>の森だよ。]
[……え、<リト>? ……ってことは、私?の森???]
[まあ、そういうことになるね。
最近はもっぱら<迷世の森>って名前が巷の主流みたいだけどね。
動物たちにとっては、ここは昔も今も<リト>の森さ。]
昔からこの名前……。
そういえば昨日、私のことを今世の<リト>と言っていた。
[ねえポチ、<リト>って私が生まれる前にもいたの?]
[うん、そうみたいだよ。僕は話でしか聞いたことがないけどね。
ずっと昔からこの森が<リト>の住む森だったから、この名がついたんだって。]
なるほど、だから<リト>の森なんだ。
森の名前になったり、世代にひとりしか生まれないってことは
<リト>はただの動物ではない、変わった存在なのだろうか。
変わった存在といえば、昨日から違和感のあることが一つ。
[ねえポチ、その、<リト>って普通の動物じゃない…よね?
私昨日からほぼ何も食べていないのに
どれだけ動いても疲れないし、お腹も空かないの。]
[うん、僕ら動物とは少し違うね。
<リト>は猫の姿をした神子だと伝えられていて、
水さえあれば生きることができると聞いたことがある。
あと、栄養は神聖なものから得ているって話だけど……
きっとリトトリルの近くに住んでいるから、その影響じゃないかな?]
まあ詳しいことはわからないけどね、と付け加える。
私もよくわからないが。
元気でお腹が空かない理由はなんとなく理解した。
とりあえず変わった存在で、
水だけで生きることができる……って、霞食って生きる仙人か!
というか……
[リトトリルって何?]
[リトトリルは、黄色い蕾を持った大きな植物のことだよ。
とても神聖な花で、<リト>に深い関わりがあるとされているんだ。
君が今住んでいる、ちょうど森の中心にあたる花園に咲いているよね。
あそこは代々<リト>が住む場所だとされているんだ。
神聖な場所だから、僕たちはその領域を犯さないように過ごしてる。
だから森の境目からそちら側には行かないんだ。」
私の自宅はリトトリルという名前らしい。
なるほど、スター状態の次は、家までチートということか。
自分を生み出した花が神聖なものである、と言われてみれば、
確かに黄金色の毛が神々しいような気がしないでもない。
なんとなく暖かみがあって癒されるあの感じも、神聖といえば神聖かも。
何はともあれ、そんな素敵なマイホームを得られてよかった。