二日目
(……こんなに寝覚めがいいのはいつぶりだろうか。)
鼻を掠める心地良い草の香りで自然と目がさめた。
会社、労働、といったストレスから解放されたからか。ベッドのおかげか。
はたまた猫になったためか。
もちろん体調もすこぶる良い。
ぐーっと伸びをして大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。
早朝の森は少し冷えて、澄んだ空気が気持ちいい。
(おお…… 幻想的……)
昨日とはまた違う、朝の森の表情。
花畑や家の周りには朝靄が立ちこめ、その向こうではモヤと入り混じる。
モヤの神秘的な色が朝靄に反射して、森の空間全体を仄かに明るく照らす。
昼間の落ち着いた雰囲気とは違った神々しさだ。
思わず時間を忘れて見入ってしまい、いつの間にか朝靄は姿を消していた。
(今日は何をしようか、)
といっても、相変わらず空腹感はお留守だし
猫になったらやってみたい事なんて特に考えていなかったので
これと言ってすることがない。
日がな一日寝そべって自堕落に過ごすというのも
これからはいつでもできてしまいそうだしな、と思案しながら
昨日来た道を歩いていると、
[おーーーーーーい!ユウーーーー!おーはよーーーーーーー!!]
昨日の彼がどこからか叫んだ。
どこにいるんだろう。
念話飛ばしてくるってことは見える範囲にはいるはずなんだけど……
「ウニャウニャーーーー!(ポチどこー!)」
[真正面の木! みて!]
目の前に木などない。
ちょうど昨日のりんごもどきの木を通り過ぎたところだ。
[もっと先の方! 森の端っこのとこだよ!]
ここから森に入るまではまだ少し距離がある。
森の方へ歩きながら、じーっと目を凝らして真正面の方向を見てみると、枝の上で手を振るポチが見えた。
[あ! いたーーーー!]
ーーーーーーーーーーーーー
ポチと合流し、今日も森を一緒に探検することにした。
聞きたいことは山ほどあるし、他にすることもない。
今日は、昨日ポチに出会った池を通り過ぎて 村の方まで案内してくれるらしい。
[村ってことは、人間がいるの?]
[そうだよ! 人間を知っているんだね]
知っているも何も前世である。
しかし、この世界の人間の姿を見たら
この場所を推測する手がかりになるだろうか。
ここがどこか分かったところで、特に何をするでもないのだが。
万が一現代だったら、地球の裏側からでもモフ助に会いに行かなければ!!
決意を胸に歩を進める。
森に入って数十分、そろそろ昨日の池が見えてくるかというところで、ポチの傍の木枝がガサガサッと揺れた。
ぴょこっと顔を出したのは、1匹のリスだ。
[ポチ、おはよう。 そっちの不思議な子は誰だい?]
[テナ!おはよう! こいつは<リト>のユウだよ!ユウ、こっちはテナだ。]
[!! 初めましてテナ。ユウです。よろしくね。]
[この子が……! よろしくねユウ]
ポチ以外の動物に初めて会って少し驚いたが、よく考えれば森で全く動物を見かけない、気配を感じないというのは不気味だ。
ポチ以外の動物の気配が感じられないのは、この森のモヤのせいだろうか。
モヤに慣れているテナの方も驚いていたけど、ポチ曰く今<リト>は私だけだから、幻の生き物を見た!っていう驚きかな、きっと。
この辺りにはちょうどリスたちの縄張りがあるのか、
テナと別れた後も数匹のリスたちとすれ違った。
[おうポチ! 元気か!]
[やあツナ! そっちもな!]
[おはようポチ! 隣の子は昨日話してくれた<リト>かな?]
[そうそうサナ! こいつ!ユウって名前なんだ。ユウ、こっちはサナだ。]
[ユウ! よろしくねユウ!]
[うん! よろしくねサナ!]
相手の気配を読みづらいため、初めは声が聞こえると驚いてしまっていたが、村に着く頃にはすっかり慣れて動じなくなった。
(それにしてもリスばかりだけど、ここはリスの森なのかな……?)
ーーーーーーーーーーーーー
途中休憩しつつも歩みを進め、2時間弱。
ようやく目的の村にたどり着いた。
[ユウ、お疲れ様! ピリト村に到着だ!]
到着した場所は、よくある田舎の村だ。
ただ、前世日本の田舎で見たような茅葺きや瓦屋根の建物はなく、レンガのようなものを積み上げて作るスタイルがほとんどである。
こんなに森に近いのに、木造の建物は一つも見当たらない。
なんで木で作らないの?と
率直に思ったことをポチに聞いてみたら
そんな命知らずな奴はピリトにはいないよ、と笑われてしまった。
なんでも、この森は<迷世の森>と呼ばれ、
人間たちにはたいそう恐れられているらしい。
確かにモヤとか雰囲気が少し不気味だもんね。
もう少し近くに移動して、じっくり村を観察してみる。
建物の横には薪が積んであるところが多く、焚き火の跡がそこら中にある。
建物の他に、井戸のようなものや炊事場も見えた。
さらに情報を得るために森の端まで近づこうとした時、
ふと視線を感じて、視界の端に見えた建物を仰ぎ見る。
すると石造りの建物の中から、ガラス窓越しにこちらを見ている人間がいた。
ガラスに光が反射してよく見えないが、水のように透き通った瞳と目が合う。
びっくりして思わず木陰に隠れた。
一瞬目があっただけなのに、瞳の色が頭から離れない。
それに、その色はポチの瞳の色とも似ているような気がした。
[ユウ、急にどうしたの! 大丈夫?]
私の様子に気づいたポチが後ろから駆けてくる。
眼前に迫るポチの瞳を覗き込んだ。
やっぱりなんとなくだけど、似ているような気がする。
[なんでもないよ。 ただ、人間に見つかったような気がして。]
[そりゃ大変だ、とりあえず今日は帰ろう!]
[うん、ごめんね。]
そんなこんなで目的地に到着して早々、私たちは帰路についた。