森の住人
[初めまして<リト>! 僕はリスのポチだよ!よろしくね!]
黒くてつぶらな瞳がこちらを覗き込んでくる。
リスなのにポチって犬みたいだな〜 と思いながら挨拶を返す。
「ニャウニャウにゃ!うにゃにゃにゃウー!(よろしくね!私は優!)」
[わざわざ声に出さなくても伝わるよ〜 それにしても綺麗な声だね]
「にゃ?!(えっ?!)」
ポチが不思議なことを言う。
声に出さなくても伝わる?
ポチは超能力でも持っているのだろうか。
頭にいくつもはてなマークを浮かべながら、ポチの瞳を覗き返す。
[ユウは念話したことない? 今僕がやってるこれだよ!]
言われてみれば、ポチは先ほどから鳴き声のようなものを発していない。
[僕たち動物は、相手に〇〇って伝えたいと考えながら相手を見ると、念で伝えることができるんだよ]
……なんと。
そんな便利なことがあるのか。
[えーーテステス。ポチくん聞こえますか? ……ってこんなんで本当に聞こえ]
[うん!聞こえてるよ<リト>!]
[マジか!]
[うん!マジ!]
すごい。
動物界ってこんな感じなの? それとも異世界だから?
気になることは尽きないが、それよりも一番気になることが。
[ていうかポチくん?さん?
なんでさっきから私のこと<リト>って呼んでるの?]
[ポチでいいよ。 ごめんねユウ。でもつい癖でそう呼んじゃうのさ。]
[癖? 私以外にも、その<リト>がいるってこと? <リト>ってなんなの?]
[いや、今世の<リト>は君だけだよ。 <リト>は<リト>さ。]
今世の……<リト>?
理解が追いつかない。
何を聞いたらいいのかわからず、困った顔でポチを見つめていると、ポチが何かに気づいたように空を見上げた。
[いけない、そろそろ日が暮れる。 家まで送るよ。]
陽が翳り始めたせいか、帰りの道は行きとは全く違う景色に見えた。
(これはひとりで帰ったら確実に迷子になってたな……)
私の前を足早に進むポチの小さい背中が、やけにたくましく見える。
ポチは前を向いたまま、急いで帰る理由を教えてくれた。
この森は夜になると、棲んでいる動物も迷ってしまうほどに暗く、混沌としているのだという。
何も見えないので近くの動物に念話を飛ばすこともできず、立ちこめるモヤのせいで気配も読み取れないそうだ。
モヤモヤで真っ暗の森…… 想像するだけでも少し不気味である。
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森を抜ける頃には空が少し暗くなっていたが、なんとかモヤのない<もふ花>エリアまで戻ってくることができた。
この景色を見てホッとするなんて不思議だ。
まだ来たばかりの土地だけど、仕事から自宅に帰ってきた時の安心感にも似ている。
花畑をぼーっと眺めて放心状態になっていると、ポチがじゃあね!と踵を返す。
[今日は時間がないからもう帰るけど、<リト>のこともそれ以外も、困ったらなんでも聞いてね!]
そう言い残して、ポチは足早に森へ帰っていった。
(あぁ、そういえば結局<リト>のことは聞けずじまいか〜)
ポチの背中を見送って、私も自宅?である<もふ花>へ帰ることにした。
(そういえば今日、池の水しか飲んでないな……)
そう思って、帰るついでに小さな果樹園のようになっている一角に寄った。
猫は木登りなんてお手のもの。
ひょいっと登って、いい匂いのする果実を1つ地に落とす。
りんご……のような果実だ。
香りも似ているし、生のまま食べられそうなので今日の食料にしようと思う。
人間のように掴める手ではないので、道中は転がして帰った。
面倒かと思いきや、意外と楽しかった。
(とはいえ別に、空腹で倒れそうって感じでもないんだけどね……)
森の中を走って戻った割には、空腹感はあまりない。
何も食べていないのに不思議と力はみなぎっていて、疲れも眠気も感じなかった。
(まだ生まれたばかりだから、体の中にエネルギーでも蓄えられてるのかな?)
なんでこんなに元気なのか、お腹が空かないのか。
あれこれ考えているうちに<もふ花>に到着したので、答えは出ずじまいだった。
とりあえずもふもふの中に入って休もうかな、と転がしていたリンゴのようなものから目を上げると……
……なんか<もふ花>がでっかくなってる?!!