おかみさんの愛
あの朝から、雪は三日三晩降り続いた。
森の中が暖かいのであまり実感がなかったが、真冬のこの時期にはこんなことも珍しくはないようで
彼は驚きもせず、備えていた食料をうまくやりくりしてほとんど外出せずに過ごしていた。
一日だけ出かけた日はあったが、パンを抱えてすぐに帰ってきた。
「おかみさん」という人が作ったものらしい。
嗅がせてくれた香りがなんとも香ばしくて、ついついかじって怒られてしまった。
「うまいものがよくわかってるじゃないか!なかなかの食通だな。」
と呆れ顔で笑われたが、食の好みが同じだとご飯の用意が楽じゃない?と開き直る。
猫らしさより自分の好みを優先した結果、同じ食事を食べているわけだが
おかみさんも「猫には残り物を食べさせておけばOK」的なことを言っていたそうだ。
おかみさん、ナイスアシストである。
そんなわけでこの三日間はほぼまるっと彼と過ごしているのだが、この期間仕事は無いようだった。
農作業なら冬季はやっていないのか、はたまた雪で休みなのか。
転生しても仕事のことなんか気にするなんて、自分は根っからの社畜だなとため息をひとつ。
久々に人間と過ごしたから、ついうっかり人間だった頃を思い出してしまった。
そして雪が止み、久々に青空が見えた今朝。
おかみさんと呼ばれる女性が訪ねてきた。
トントンッと元気なノックが響き、返事を待たずして挨拶と共に勢いよくドアが開かれる。
ちょうどテーブルで彼と朝食を共にしていたので、二人して扉の方を見やった。
「あら、お食事中ごめんなさいね。噂の子猫ちゃんも、おはよう。
最近は元気そうで何よりだわ。何か心境の変化でもあったのかしら?」
「別にどうということはないですよ。
ただ子猫を拾ったので、しっかりしなくてはと思ってはいますが。」
「まあ…素敵ね♡ 守るべきものができた時に人は強くなるものなのよ!
あなたにも守るべき存在ができたのね……」
そうして始まったおかみさんのトークは、まさにアンストッパブルだった。
どうやら息子さんがいるようで、小さい頃の愛らしさから、成長の喜び、涙なしでは語れない愛のメモリー(彼の成長譚)について、澱みなく、延々と語っている。
一向に終わる気配のない息子ラブストーリーに、食事の手を完全に止められてしまった。
動くに動けない、どうすれば良いのかと向かいの彼の表情をチラリと盗み見ると
まるで菩薩のような顔つきで、絶妙なタイミングでおかみさんの話に相槌を打っていた。
(あぁ、これは、すでに何度も聞かされてるやつだ……)
彼の相槌は、話をどんどんスピードに乗らせてスムーズに前進させる。
話したいことを満足いくまで話させ、それでいて最小限の時間でこなすという
おばちゃんの世間話スルースキルとしてはかなりの上級のテクニックだ。
(しごでき上司をみているかのようだ……)
ある意味勉強になる、興味深い会話テクを見せつけられていた私は
ここまでずっと、自分が猫であるということがすっかり頭から抜けていた。
だから見事エピソードを完走したおかみさんが上機嫌に放った、次の一言でびびった。
「それにしてもこの猫ちゃん、私の話をご飯も食べずに聞いていたわ。
まだ子猫なのに、本当にお利口さんなのね!まるで人みたいだわ!」
この人鋭!!こわ!!おんなの勘こわ!!!
「確かに、たまに表情や動きに人間味を感じますね。
猫は人と同じ動物ですから、個性というものでしょうかね。
ちょっと野生味がないというか、ぼーっとした子だとは思います。」
彼はくすっと笑いながら、能天気にそう言った。
いや、こいつは鈍いな。
でも鈍いやつに拾われてよかった。色んな意味で命拾いした。
でもぼーっとした子は心外だな、と思い彼を見やると
「ほらまた、心外って顔してます。」
とふっと笑っておかみさんに言う。
図星なのが恥ずかしい。が、なんでわかるんだ……




