雪の朝(SIDE:ユウ) − 2
どのくらい時間が経ったのだろう。
暖気にのって、ふわっと香ばしい香りが鼻をくすぐる。
気がつくと私は、見知らぬ暖炉の前にいた。
(……ふわふわであったかい。死んで天国に来ちゃったのかな……。)
先ほど極寒の地で死にかけた私に暖炉とは。
死ぬ前に欲しかった。
なんて思っていると、だんだんぼやけた視界がはっきりしてくる。
視界と共に思考もクリアになってきたのでふと自分を見下ろせば、
なんと猫の姿のままだった。
どうやら生き延びたようだ。
この身体中にグルグル巻きにされたタオルと毛布のおかげで、身体もだいぶ温まっている。
指先は……なんかジンジンするから霜焼けになっちゃったかな。
ともあれ、生きててよかった。
誰かわからないが、助けてくれた方にお礼を言わなければ。
そう思い室内を見回してみると、こちらに背を向けて座る人間が目に入った。
きっとあの方が助けてくれたのだろう。
タオルからするりと抜け出して、足元に近づいていく。
スーッと足の間を通り過ぎて机の下まで来た時、人間が驚いた様子でこちら側を覗き込んできた。
「そこにいたのか……びっくりさせるなよ。」
優しそうな、男性の声だ。
何語かわからないけど意味が伝わるのは、<リト>だからかな?
「にゃあん(驚かせてすみません)。」
返事をすると、彼は驚いて目を見張った。
人間の言葉に返事したみたいだもんね、返事したんだけどさ。
この様子だと、少なくとも彼は猫に好意的な人間のようだし
せっかくだからちょっと近くで観察してみるか、と膝に飛び乗る。
そして彼の顔を見上げて、既視感覚えた。
水のように透き通った、グレーの瞳。
(あれ? この瞳は、あの時の……)
初めてピリト村に来た時に見た、あの瞳のような気がした。
さらにじっと覗き込んでみると、陽の光が当たって、少し青みがかった色のようにも見える。
なぜか目の前の彼が固まって動かないのだけれど。
あまり気にせず、これ幸いとじっくり瞳を観察させてもらう。
(ほんとに綺麗だな〜。 てか、まつ毛長!!!)
興味深くてじっとりと見つめ返してしまったからか
ふい、と目を逸らされてしまったので、瞳以外も観察してみることにする。
白い肌に、透き通った黒い髪、整った眉目。
世に言うイケメンってやつである。
しかもこんなに綺麗な顔、前世にも滅多にいなかったんじゃなかろうか。
テレビで見たような、化粧しているアイドルたちと並んでも遜色ない美しさ。
肩幅がしっかりしているので、立ったら背も高いのだろうか。
そんなことを考えながら全体をまじまじと観察していると、ふと彼の手が私の頭に伸びた。
自然と身体が身構えてしまったが、手が触れた瞬間の優しい温もりに、すぐに身体の力が抜ける。
(きもちい……)
一定のリズムで波に揺られるように、ふわふわとした気持ちになる。
人間に撫でられるってこんな気持ちなんだな、とぼんやりとしつつ、
ふとモフ助のことを思い出して少し寂しくなった。
でも撫でてもらうと、この寂しい気持ちもじんわりと溶けて行くようで心地いい。
そうしてされるがままでしばらくまったりしていると、
「元気そうで良かったよ……。」
と彼がつぶやく。
さっき拾ったばかりの猫にそんな事言ってくれるなんて。いい人だ。
「……んにゃー(ありがと)。」
彼を見上げてお礼する。
ふと、チラリと視界の端に映ったお皿に目が行った。
とてもいい匂いがする。
「にゃー(食べたいなあ)……。」
気持ちが通じたのか、彼は私をそっと膝から下ろすと
ミルクのようなものを温めて出してくれた。
ちろりと舐めてみたが、ちょっと臭い牛乳みたいな味であんまり美味しくない。
しかも、もわっとした湯気が臭みを際立たせてくる。
せっかく用意してくれたところ申し訳ないが、それ以上飲むことはできなかった。
口の中に嫌な匂いが残って気になったので、机の上にあるお皿の残りを口直しとしていただくことにする。
(人間の食べ物もちょっとくらいなら食べても大丈夫だよね……?)
何より美味しそうな匂いに我慢できず、ついスープの残りをペロリと舐めとる。
(……??!?!?!?! 美味しい!!!)
無我夢中でお皿の中がピカピカになるまで舐め尽くす。
あまりにがっつきすぎて周りが見えていなかったので、
急な物音に驚いてひっくり返りそうになったところを彼がひょいと助けてくれた。
滑って首根っこ掴まれて宙ぶらりんって……。
恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
「食後のお水をどうぞ。」
私の様子が可笑しかったのか、彼は笑いを噛み殺しながら優しい目をしてそう言った。
(うっ……笑顔が眩しすぎる….!!)
チラリとみたイケメンの微笑みは破壊力が凄まじかった。
思わず赤面して顔を逸らし、お水をいただく。
正直まだお腹が空いているので、本当はもう少しスープを飲みたい。
(……旅は恥のかき捨てだ!!もういっそ、とことん恥をかいてやる!)
そう開き直って、彼に向かって物欲しげな顔で鳴いてみる。
そう、スープのおかわりが欲しいのだ。
彼は察しがいいようで、(食い意地が張っている私をひと笑いしつつ)目論見通りスープを出してくれた。
もう恥もクソもない。
笑われていることなどどうでもいいや、と開き直ってスープをあっという間に平らげてみせた。
一気に水とスープを飲み干したので、お腹はたっぷたぷの水っ腹だ。
おかわりもお水ももらってすっかり満足した私は、満足げな顔の彼を横目に
(イケメンの微笑み、イイ……癒される……。)
などと夢見心地で思っていたら、そのまま意識を失った。




