雪の朝(SIDE:ナギ) − 1
私はあの日からも変わらず、森を見ていた。
今でも思い出すと胸が高鳴る。
あの神秘的な光を帯びた、瑠璃色の瞳。
たまに夢にまで出てくるほど、その瞳の輝きはぼやけることなく鮮明に脳裏に焼き付いていた。
不思議なことに、あの日を境に毎夜悩まされていた悪夢がパタリと途絶えた。
眠れぬ夜を過ごすことはほとんどなくなり、少しずつ人間らしい生活リズムが戻ってきたように思う。
生活が整うと心も整うのか、神経過敏になったり気分が沈むことも少なくなった。
とはいえ今の自分が置かれている状況も、自分の身体も、何も変わったわけではないのだが。
ただ少し、生きることに前向きになった気がする。
単にあの瞳の主に興味が湧いただけなのかもしれないが、
無意味に生きることに耐えられなかった自分には、良い機会だったのだろう。
最近は食料調達の際に、品物を選ぶようになった。
腹が膨れるならなんでも良いと思っていたが、どうせ食べるならうまい方がいい。
この辺りは畜産や農業が盛んで、王都のベーカリー街の有名店も小麦の買い付けに来るほどだ。
意識して辺りを歩いてみれば、そこかしこから焼きたてのパンの香ばしい香りがする。
少し前までは外に出ても何も感じられなかったが、鼻腔を蕩かすなんとも言えない香りに脳内が支配される。
空腹だとこの香りにやられて、ついつい近場で済ませてしまいがちだが
今日は先日買い出しの際に目をつけていた店まで我慢しなければ。
あの時店頭に並んでいた照り焼き肉のサンドはかなり美味そうだった。
照り焼きのタレと、肉の脂の甘い香りを思い出して思わず涎が出る。
先日のパンのお礼に、おかみさんにも一つ買って行こうか。
そんなことを考えながら小走りで店に向かった。
そうして日々を過ごしてはいたが、
あの日から待てど暮らせど、瞳の主に再会することは叶わなかった。
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今朝は一段と冷え込んで、今年初めての雪が降った。
冬の訪れを告げる小さな雪たちが、ふわふわと地面に降り立つ。
寒い。ベッドから出たくない。
……が、いつまでもこうしているわけにはいかない。
素早く飛び起きて上着を羽織り、
寒さに凍えながら暖炉に火を入れる。
椅子に座り、だんだんと安定してきた暖炉の火をぼんやりと眺めながら、
今日は何を食べようかと思案していると、
窓の方でことっ、と物音がした、気がした。
振り返って窓の辺りを確認するが、何もない。
風に吹かれた木の葉でも当たったのだろうか。
よくあることなのでいつもは気にならないのだが、
今日は何故か無性に外の様子を見たくなり、外套を羽織って表に出た。
風は強くないようだ。
さっきの音は聞き間違いかな、と思いつつ窓の方へ回ってみると、
窓枠の下の茂みに、何かある。
!!!!!
よくみると、一匹の猫が静かに横たわっていた。
少し驚き、思わず駆け寄る。
幸い目立った外傷は見受けられないが、猫の身体には少しずつ雪が積もり始めていた。
屋根もない窓辺だから寒かろうに、動かない様子を見ると行き倒れか。
猫の毛並みがやけに艶やかに見えるので、村の誰かが可愛がっているのだろうと思い
一時的に保護しようと手を伸ばす。
……まだ温かい。
持ち上げると軽く柔らかな感触で、まだ子猫のようだった。
素早く猫を外套の下に入れて包み込むと、急いで家に戻ることにした。




