小さな動物(SIDE:??)
(ガサッ)
……今、一瞬目が合った気がする。
男は咄嗟に椅子から立ち上がった。
窓の外を眺めながら、久方ぶりに胸が高鳴るのを感じていた。
変わらない日常。
今日もいつもと変わらず、ただぼーっと森を眺めていただけだった。
不本意な形で戦場を離れることになって、はや半年。
この村に来てからというもの、平穏な日々が一日、一日と過ぎて行く。
ただそれだけの日常が当たり前になっていた。
しかし、そんな暮らしぶりにも関わらず、私の心が休まることはなかった。
先の戦場での凄絶な日々がまだ尾を引いているのか、
意識的に休もうとしても休み方がわからない。
研ぎ澄まされたこの過敏な神経では、喧騒に包まれた王都暮らしはままならず
心配した同僚が自分の生まれ故郷に越さないか、と誘ってはくれたものの。
降り立ったこの静かな土地でも、我が身から出る心の葛藤は消えることはなかった。
眠れない日々が続いていた。
できることもなく、ただ生きている。
同僚の生家に住む母親が気を回して、何かと世話を焼いてくれるが
それがなければひとり、ひっそりと家の中で死んでいてもおかしくはない。
でも死んでもいいと思っていた。
戦場を離れたあの日から、私には見つけられないでいたから。
生きる意味も、この人生で成し得たいことも、何もかも。
全てを失った。
生きる意味も、生きるための糧も、その場所さえも。
だから何もかもが、心底どうでも良かった。
だるさより空腹が勝ち、気まぐれに食料を調達しに行く時はいつも自分に絶望した。
死んでもいいならなぜ食べるのか、食べたいと望むのか。
散々自分を嫌いになった挙句、適当なものを買って食べて、また自分を嫌いになる。
そうしてまた自分の殻に閉じこもるように、家から出ない日が続いた。
一日の大半は家の中で過ごしていた。
何をするでもなく、窓際に座って森を眺める。
村と森の境目に住んでいるからか、気がつくといつもここにいた。
見張りはいわば職業病だ。
こんなことして何になるわけでもないのだが。
その日もいつものように、窓辺から森を眺めていた。
この森は変わっている。
というのも、不気味なモヤが立ち込め、生き物の気配もないのに
木々は青々として、いかにも豊かな土壌や生態系に根ざすそれのようだからだ。
村ではあまり良い噂を聞かない森だが、不思議と悪い気配は感じない。
生き物の影も滅多に見られないので、いつも変わらないその姿は見ていてどこか落ち着く。
ぼんやりと焦点がずれ、見えているのかいないのか怪しい状態で頬杖をつく。
どこかうたた寝のような心地でいると、前方、森の中に微かな気配を感じた。
突然森から生き物の気配を感じ、はっと目を見開く。
驚きと、少しの興味が湧き上がってきた。
何かが村に近づいている。
姿勢はそのままに、神経を研ぎ澄ませる。
小さな動物の気配が二つ。
一匹はかなり村に近づいている。
手前の動物に集中して、気配がする辺りを観察すると
草陰から薄く光が見える。
おおよそ自然光の反射とは思えない、白い光。
……!!!
思わず息を呑んだ。
光の真ん中あたりに一際輝く蒼い、瞳だ。
どきり、と胸が跳ねて咄嗟に立ち上がってしまった。
目が合って驚いたのか、茂みが軽く揺れ、瞳の主の気配が遠ざかってゆく。
感じたことのない胸の高鳴りに、しばらく呆然と立ち尽くしてしまう。
動物が森から出てくること自体珍しいが
目があっただけで一気に心拍数が上がり、妙な感覚にさせられたとあっては
普通の動物ではないだろう。
我に帰ったところで急いで小屋から飛び出し、先ほどの茂みに目をやる。
すでにその気配は無くなっていたが、瞳の主が居たあたりだけ
なぜか空気が清浄というか、澄み切った神聖な気配が残されていた。
これはどういうことだろうか?と首を傾げていると、背後から声をかけられる。
「あらナギさんー! 何かあったのー?」
ちょうどパンのお裾分けに来てくれた同僚の母親だった。
おかみさーん、と後ろから彼女を呼ぶ声がする。
仕事の合間にわざわざ抜けてきたようだ。
食料調達以外で外に出るのが珍しいからか、心配されてしまったが
私の顔を見るなりニコッと笑って、
「なんだか今日はいつもより元気そうね、安心したわ。」と
笑顔でパンを渡して去っていった。




