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98 沈みゆく船

 ◆


「お帰りなさいませ、殿下」

「カイル。一応ディクソン伯爵に話を通してきたよ。あまりいい顔はされなかったけどね。多分兄上から僕をロッキングチェアに縛り付けておけと命令されているんじゃないかな? さすがに事情が事情なんで、駄目だとまでは言えなかったみたいだけれど」


 ブルーム城内にあるルメロの私室。

 夜も更けてきた頃、ルメロとカイルの間にひっそりとそんな会話が交わされていた。


「左様でしたか。それでご出発はいつ頃になされますか?」

「明日の昼頃には出発したいかな。それと僕たちが王都ドガにたどり着く頃にはおそらく戦闘も終わっているはずだから、連れていく兵士は一個小隊で充分だろうね。それ以上の兵士を連れて行ったら、兄上に変なふうに受け取られてしまうかも知れないから」

「いくらシアード殿下とはいえ、その程度で叛意があると難癖を付けてくるのは無理があると思いますが?」

「早馬を出してこちらの用向きを伝えておくつもりなので、大丈夫だとは思うけどね。念のためだよ」

「そうですか。了解しました。それでジュリアス閣下のほうは順調に?」

「ん? そっちはちょっと微妙だったかな? 味方の中に裏切り者が居るかも知れないと匂わせることには成功したはずなんだけど、叔父上は今回のことをあまり大事おおごとにしたくないみたいなんだよね」

「なんともジュリアス閣下らしいお考えですな」

「僕には生ぬるい対応だとしか思えないけどね。ともあれ叔父上を味方にするという点ではおおむね順調だと言えるかな。多少予定が狂ってルーカスを早めに処分するはめになったけど」

「それは仕方ないかと。今のタイミングでルーカスに口を割られれば、殿下がグラン領を手に入れることが難しくなってきますので」


 呆れたようにそんな言葉を口にするルメロ。

 マガルムークの将来ためとはいえ、自分が殺されかけたことまで穏便に済ませようとするジュリアス公爵の言動がルメロには理解できなかったのだろう。


 ともあれ、現時点でルーカスに余計なことを喋られてしまうのはマズい。

 王子といっても庶子に過ぎず、自分の領地も直属の兵士も持たないルメロにはどうしてもグラン領が必要だったからだ。

 むろんアンドリュース伯爵との関係を維持したまま、ほかの有力貴族を取り込んでいき、最終的に玉座に就くという選択だってなくはない。

 が、その場合には王とは名ばかりで味方の貴族たちの傀儡にされる可能性が高い。その選択はルメロとしてはあり得なかった。


 なので、本来であればルメロとクリスティーナが婚姻関係を結んでからアンドリュース伯爵の所業が露見する段取り。予定よりも早くカリドの毒の存在に気付かれてしまったせいで、ルメロとしても計画の一部変更を余儀なくされていた。


「まあね。でも逆に考えれば、このことがのちのち有利に働いてくるかも知れないんだ。ルーカス暗殺に関与できる者が居るとすれば、それは僕かディクソン伯爵ぐらいだろ。毒殺の可能性があると叔父上に忠告した僕が、尋問中ルーカスに手にかけるのは不自然だし、叔父上だって内心はディクソン伯爵辺りが怪しいと思っているはずなんだよね」

「ジュリアス閣下がどこまでシアード王子に疑いの目を向けるかですね」


 ルメロの顔にいかにも狡猾そうな表情が浮かぶ。

 そもそもアンドリュース伯爵の計画自体が、邪魔なジュリアス公爵を排除するとともに、その罪をシアード王子になすりつけようというもの。

 その計画を知ったルメロが、この際アンドリュース伯爵を処分してしまおうと考え、アンドリュース伯爵の行為が露見するように仕向けているわけだ。

 ただし、そうなるとアンドリュース伯爵と繋がりの深いルメロまで疑われ兼ねない。

 そのためにも、いち早くカリドの毒の存在に気付いたルメロがジュリアス公爵に忠告し、完全な第三者を装う必要があった。


「まあ、そっちは上手くいったら儲けものぐらいの感覚かな。それよりもサイード導師の邪法にどう対処するかが問題だね」

「あの後様々な文献を調べましたが、邪法に対してはおそらくイシュテオールの聖印が刻まれた品が有効的ではないかと。確実に効果があるとまでは断言できませんが。それにしても我々に邪教徒だと露見するような真似をするとは……」

「きっと僕にはバレても構わないと思ってるのさ。悔しいけれど、サイード導師には僕の性格を見抜かれているっぽいね。相手が邪教徒だろうが何だろうが、僕に利益をもたらす存在ならまるで気にしないということをね」


 そう言って自嘲気味に笑うルメロ。

 とはいえ、本心ではまるで気にしていない様子であったが。


「それにしてもマトゥーサ人の秘薬はすごいね。あれほどカリドの毒で苦しんでいた叔父上が、今ではほぼ健康な状態に戻っているんだから。今にもベッドから起き上がって王都ドガへ向かいそうな勢いだったよ。それに不思議な魔道具の数々もね」

「それほどの効果が?」

「ああ。多分あの秘薬がなければ、叔父上は助からなかったんじゃないかな? しかも、我々にとっては貴重な薬や不思議な魔道具の数々を惜しげもなく分け与えてくれたんだ。ディーディーたちにとって、あれは取るに足らないものなんだろうね」

「古代文明の遺産というわけですか……」

「戦場でディーディーが使っていた剣だってそうさ。我々には理解が及ばないアーティファクト級の魔道具をいくつも所持していると見て間違いなさそうだね」

「そうなると、ますます彼らを敵に回したくありませんな」

「大丈夫。何と言ってもディーディーは太陽の属性だからね。僕が彼のことを裏切らないかぎり、味方でいてくれるはずさ」


 ルメロの顔からさきほどまで浮かんでいた冷酷そうな一面が消える。

 そのあとに残されたのは人懐っこくお人好しそうなルメロ王子としての仮面だった。


 ◆


 エルセリアの遠い沖合を荒波をかき分けながら、北へ北へ向かってひたすら真っ直ぐ突き進む一隻の大型船。

 海獣が潜むという深き海を避け、海岸線に沿ってそう遠くない沿岸を航海するのがこの世界における船乗りたちの常識だったが、その大型船は無謀にも陸地から遠く離れた沖合の海を航路していた。

 その大型船の船長兼ゴードウィン海運商会会頭であるドラガン・ゴードウィンが海獣の存在を甘く見ていたわけではない。そうしたほうが港町ポートラルゴまでたどり着く日数を何日か短縮できたからだ。

 かといって、積んでいる商品が日持ちしなかったわけでもない。単に彼らの懐事情や食料の残り具合が怪しかっただけだった。


「この分なら明日辺りには港町ポートラルゴへ辿り着けそうだね。珍しく、おっ父の判断が正しかったってわけかい」

「あったりめえよ。この俺様をいったい誰だと思ってやがるんだ」

「ふんっ。商売に失敗して一か八かの賭けに出たくせに、ずいぶんと偉そうじゃないか。そもそもこんな危険な目に遭っているのは、誰のせいだと思ってるのさ」

「くっ……。そりゃおめえ、商売ってもんは良いときもありゃあ、悪いときだってあるもんだからな。結局は最後に大当たりを掴んだ人間だけが笑うんだわ。見てろよ、ルカルナ。俺様がポートラルゴで一発当ててやるからよお」


 そう言って毛むくじゃらの顎髭を触りながら豪快に笑うドラガン。

 そんなドラガンの様子を見たルカルナのほうはといえば、相変わらず不安そうな表情を浮かべたままで、しまいにはため息まで吐く有り様だった。


「はあ……。そう上手くいくかねえ。仮に今積んでいる塩がすべて売れたとしても、一息付けるかどうかってところじゃないか」

「ふふふ。ルカルナよ、その耳をかっぽじって良く聞きやがれ。これがなんと港町ポートラルゴに近付くにつれ、ボードウィンの天秤が徐々に大きく振れ始めてんのよ。しかもこれまでにない激しさときているんだわ。こりゃあポートラルゴで大儲けできる機会に遭遇するってことよ」

「前回もおっ父はそんなことを言ってたけどさ、結局は悪いほうに傾いただろ。まさか今回もまた悪いことが起きるんじゃ……」

「馬鹿を言うな。こうして航海も無事終わりそうじゃねえか。これだけ上手くいってんだから、今度こそ好機が待っているに違いねえんだわ」

「その言葉が信用できないって言ってるのさ」


 と、いつもの調子でドラガンとルカルナがやりあっているそのとき。

 マストの天辺にある見張り台に登り付近の海の様子を観察していたロンが大声でドラガンのことを呼んでいた。


「ドラガン船長。前方に小島がある。進路からはちょっとだけズレているが」

「ちっ。そいつはマズいな。近くに浅瀬があるかも知れねえ。モース、取舵いっぱいに舵を切れ。小島を大きく迂回してから北上するぞ」

「取舵いっぱい、了解」


 舵手であるモースじいさんにそう命令したあと、ドラガンとルカルナのふたりは船首のほへ向かっていく。

 そしてふたりが船首付近まで近付くと、ロンが叫んでいたとおり前方に小さく島のような影が見えてきた。


「珍しいね。この辺り一帯は深い海溝ばかりだと思ってたんだけど」

「ツイてるぜ。これが真夜中だったら、いくら目が良いロンでも気付かなかった可能性があっからな」

「ん? というか、あの島ってなんか動いてないかい?」

「そんな馬鹿な。島がひとりでに動くはずねえだろ。代わり映えのしない風景をじっと眺めているとよお、たまに目の錯覚を起こすことがあるんだわ。きっとルカルナもそれだな」

「お、おっ父。本当に島が動いてんだよ。ゆっくりとこちらへ向かってきているんだってば」


 ドラガンの目には豆粒ほどにしか見えない島だ。

 相当な速度でこちらへ近付いてこないかぎり、島が動いたようには見えないはず。

 ルカルナがロン並みに視力が良いことも知っていたが、あまりにもおかしな話にドラガンはルカルナの言葉を頭から信じようとしなかった。


「船長! てえへんだ! あれは島なんかじゃねえ。ど、どうやらあいつは海獣みたいだ。真っ直ぐにこっちに向かってきやがる」

「なっ!」

「ほら、見ろよ。だから私が動いているって言ったじゃないか」

「そんなことを言ってる場合じゃねえだろ。モ、モース。取舵いっぱいのままだ。全速力で海獣から逃げるぞ!」


 一時的に舵をほかの船員に任せて様子を見にきたらしいモースじいさんにドラガンが怒鳴り声をあげる。

 そしてドラガン自身も舵のある船尾に向かって、波に揺れる甲板上を走り出していた。


「どけっ! 俺が舵を取る。お前たちは武器を構えろ」


 船尾にたどり着いたドラガンがすぐさま舵を掴むと、船員たちに武器を持つように促す。

 といっても、海獣を相手にできる武器が何かあるわけでもない。

 船員たちが持っているのはせいぜい弓か槍ぐらい。

 そういった武器が海獣に通用するかどうかはわからなかったが、ドラガン自身がこれまで間近で海獣に接近した経験がない。たとえ気休めに過ぎないとしても船員たちに武器を持つように指示するしかなかった。


「おっ父。駄目だ。だんだんと近付いてきているよ」

「くそっ。なんちゅう速さだ」

「ど、どうする? このままじゃ追いつかれちまいそうだけど」

「ちくしょう! ボードウィンの天秤が激しく振れていたのはこいつのせいだって言うのかよ」

「そ、そんな嘘だろ。この船よりデカいなんて……」

「お前ら! 攻撃できる距離に近付いたらありったけの矢を打ち込め。何としてでもあいつを船に近付けるんじゃねえぞ」


 ドラガンがそんなことを言っている間にも後方からグングンと船に近付いてくる海獣。

 その姿は船よりもはるかに大きく、まるでお伽噺に出てくるドラゴンのような容貌をしていた。

 丸々と大きな胴体から伸びる長い首。その首の先にある恐ろしげな双眸が獲物を見つけたことを喜んでいるかのようにギラリと光る。


 そんな海獣に向かって一斉に船員たちが矢を放ち、槍を投げ始める。

 が、矢や槍が突き刺さった形跡はない。

 船員たちの攻撃はまるで海獣に効かなかったらしく、槍や矢がむなしく海中に消えていっただけだった。


 と、そのとき。

 ドンっという衝撃が走り、船が大きく揺れる。


「くっ。あいつ、船尾に体当たりしてきやがった。ルカルナ。海に投げ出されちまったやつはいねえか?」

「だ、大丈夫みたい。でも、どうしたら……」

「クソが。何でこんなにも不運ばかり続くんだよ。ボードウィンの天秤さんよ。頼むから、いい加減収まってくれねえか」


 そんな願いもむなしく、ドラガンのギフトであるボードウィンの天秤は依然として激しく揺れ動いたまま。

 そればかりか、ドラガンの身体にも海獣による二度目の体当たりの衝撃が伝わってきていた。


「船長! マズいことになった。船尾の船倉に小さな穴が空いて、そこから浸水し始めてる」

「何だと! 何でもいいからとにかくそこら辺にある物を詰めて、穴を塞ぐんだ」

「今やってるけど無理だ。どんどん海水が入ってきやがる」

「ちくしょうめっ。だったらそこはもう諦めろ。皆、急いで船首のほうへ退避するんだ」

「おっ父。すぐにまた海獣が体当たりして来るはずだよ。あの速さじゃ避けようにも避けれないし、いったいどうすれば……」

「ルカルナ。おめえ、たしか泳ぎが達者だったよな。岸まで泳ぎ切る自信はあるか?」

「はあ? さすがに無理に決まってんだろ。ここからじゃあ海岸線も見えないんだ。というか、おっ父はどうすんだよ。そこまで泳ぎが上手くなかったはずだろ」

「ご先祖さんが残してくれた船だ。俺はこの船と運命を共にすらあな」

「だったら私も残る」

「ルカルナ……。すまなかった。全部俺の判断が悪かったせいだ。こんなはずじゃなかったんだがよお」


 船はすでに半分近く沈みかけているような状態だった。

 今のところ海に投げ出された船員は居ない様子だったが、それもおそらく時間の問題だろう。

 それどころか次の海獣による体当たりで、船が大破してしまうことだって考えられる。そんなドラガンたちを嘲笑うかのように一度船から距離を取っていた海獣が、猛烈な勢いで再び接近していた。


「来るぞ! 皆、海に落ちないよう船にしっかりとしがみついておけ!」


 ドラガンが大声で叫ぶ。

 そしてルカルナを庇うように背中から覆いかぶさると、船首の縁にがっしりとしがみつくドラガン。

 が、そんなドラガンの声は海獣の絶叫の前にかき消されていた。

 

「は? なんだ? いったい何が起きた?」


 いくら待ってもやってこない衝撃に、ドラガンが振り返って後方を確認をする。

 と、そこに見えたのはプカプカと海上に浮かんでいる海獣の姿だった。

 あれほどの勢いで船に接近してきたというのに、海獣はその途中で止まったままの状態。

 しかもまるで死んだように海獣はピクリとも動いていなかった。


「船だ! ドラガン船長、船がこっちにやってくるのが見えるぞ。きっとエルセリアの船だ。俺たちは助かったんだ……」


 そんなロンの言葉がドラガンの耳に聞こえてくる。

 と同時に、どこからかドン、ドンという大きな音が鳴り響き、ドラガンの目にもこちらに向かってくる大きな船が見えてくる。

 そんな状況になっても、依然としてボードウィンの天秤は激しく左右に振れ続けたままだった。

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