表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/121

96 蝕む神々の影

 ◇


 朝目覚めた瞬間、温かい肌の感触を感じた俺は、すぐ隣で女が寝ていることを思い出す。

 半妖精族のミリシアという女だ。

 ややほっそりとした体つきに透き通るような白い肌。

 ミリシアはぱっと見少女のような外見をしていたが、年齢を尋ねたところこれでも21歳だという話。

 これは何もミリシアに限った話ではなく、ラァラと同じぐらいの年齢だろうと思っていた族長のサリウティーヌも30代後半らしい。半妖精族という種自体が年齢不詳の容姿をしているようで、実際よりも若々しく見えるという特徴があった。


「ご主人様、お目覚めになられますか?」


 ベッドの上で俺が身じろぎしたことに気付いたのか、全裸のまま俺の身体にピッタリ寄り添っていたミリシアがそう問いかけてくる。

 そんなミリシアの瞳は、昨夜の情事の際と変わらず俺への崇拝と恋慕の情で満たされている様子だった。

 そこにオドが関係しているのは間違いない。

 艶っぽい吐息を漏らしながら俺の顔をうっとりと見つめてくるミリシアの視線がそのことを如実に物語っている。

 むろん俺がエルシオンの領主であることも少なからず関係しているのだろうが。


 いずれにせよ俺が領主という立場を利用して、ミリシアに手を出したことは否定できない。

 が、夜伽の分の手当を出すという約束で、半妖精族から希望者を募った形だ。


 断っても構わないし、それで扱いが変わることは絶対にないとジーナからしっかりと念を押されているはず。

 それでも拒否する者はひとりとして現れなかったらしく、族長のサリウティーヌまで、ご主人様が構わないのならと手を上げていたという話だ。

 まあ、半妖精族は女性しか生まれないらしいので、男性に求められること自体に抵抗がないというか、そもそもの価値観からして違うのだろう。

 そんな中でも特にこのミリシアが意欲的だったらしく、こうして俺の夜の相手を努めることになったわけだ。

 そして今回滞在する間、ミリシアとサリウティーヌのふたりが交代で夜の相手をしてくれることになっていた。


「いや。今日は特に予定がないので、このまましばらくゆっくりするつもりだ。ただ少しだけ腹も減ってきているし、喉も乾いたな。ミリシア、何か食べるものと飲み物を持ってきてくれ」

「かしこまりました。すぐにお持ち致します」


 そう言ってミリシアがそっとベッドから出て行く。

 と、可愛らしい白い尻が俺の視界を横切り、入浴用のガウンを羽織って寝室から出て行くミリシアの姿が見えた。


「で、どうだった?」


 ミリシアが寝室の扉の向こう側へ消えるのを確認した俺は、誰も居ないはずの空間に向かって話しかける。

 相手はミリシアではなくウーラだ。

 俺の肉体に何か異常があった際すぐにジーナが入室してこれるように、ウーラがずっと俺のバイタルをチェックしているはずだ。


『現時点では肉体的な影響は現れておりません。通常の性交渉における消耗度合いとほとんど変わらないかと。それと残念ながらオドの存在や流れのようなものはこちらでは確認ができませんでした』

「そうか……。オドのほうが空振りなのは仕方ないが、ミリシアが影響を受けているのはおそらく事実だろうな。初めてのわりに過剰な反応を示していたからな」

『他者と半妖精族とのサンプルがないとその判断は難しいかと。半妖精族という種が元々そういう性質なだけかも知れませんので』

「そりゃそうだが。というか、俺のほうに一切影響はなかったんだよな?」

『おそらく問題ないはずです。何かお気になる点でも?』

「いや、気になるとまでは……。ただ、まるでひと晩うん百万円もする高級娼婦を相手にしている気分だったんでな」


 正直、途中から俺のほうがミリシアの身体に夢中になっていたぐらいだ。

 半妖精族の相手が早死するなんてのは根も葉もない噂話だろうと軽く考えていたが、もしかしたらその辺りが関係しているのかも知れない。

 見た目も若々しいし、こんな嫁を貰ったら健康な男なら誰でも毎日のように励んでしまうはずだ。


『お気に召されたのならミリシアやサリウティーヌのふたりだけでなく、ほかの半妖精族も寝所に向かわせましょうか?』

「何だ? やけに半妖精族のことを勧めてくるが、データ収集ならミリシアひとりでも充分だろ?」

『いえ、相手は半妖精族でなくても構いません。是非ともディーディーにはこの世界で子供を作っていただきたいのです』

「ん? それはあれか? 生物学的な探究心からって感じか?」

『探究心も多少はありますが、主に私やドールたちの存在意義のためにです』

「存在意義? お前たちのか?」

『はい。銀河系への帰還が不可能だと確定した場合、我々はこの惑星の住人として定住する選択を選ばざるを得なくなります。そうなった場合に私やドールたちが命令を受け入れられる相手はディーディーか、その子孫ということになりますので』

「俺が死んだあとも子供の命令なら受け入れるってことか?」

『はい。そういうことになります』

「ちょっと待ってくれ、ウーラ。人工頭脳が自身の存在意義を気にするなんてあまり聞いたことがない。すまんが、一度思考回路の整合性チェックをしてみてくれないか」

『わかりました。思考回路、整合性チェック……オールクリアです。どこにも異常は発見できませんでした』

「そうか……。疑って悪かったな」


 そうは言ってみたものの、どこか釈然としない気持ちがある。

 俺が死ぬと同時にウーラは活動を停止するだけ。

 当たり前にそうなるだろうと予想していたからだ。

 地球上でなら再利用されて新たな主を迎える可能性もあるが、今の発言は自ら次の主を欲しているようにも聞こえた。

 その思考が人間臭いというか、人工頭脳が持たないはずの自我に等しい感じがする。むろん擬似的で高度な思考のせいで、人工頭脳にも欲求衝動があるように見えてしまうことがあるので、一概に今の発言がおかしいとまでは言い切れなかったが。


『もしかして私がイシュテオールによる思考誘導を受けているのではないかとお疑いなのでしょうか?』

「ああ、正直なところそうだ。だが、思考回路のほうに異常はなかったんだろ?」

『はい。ですが、絶対に思考誘導されていないと証明することは不可能です。私自身が根本から作り変えられているとすれば、異常を発見することはできませんので』

「ふっ。俺の心配性がウーラにも移ったか?」

『いえ、あくまで可能性があると言っただけです』

「可能性ね。だが、そうだな。この世界に根を張る可能性があるのはウーラの言うとおりだろう。もし俺に子供が生まれたら、この世界を滅ぼさないようにとだけはしっかり言い聞かせておかないとな」


 そもそもこの世界の人間との間に子供が出来る可能性は極めて低いはずだ。

 が、けっしてゼロではない。

 人工頭脳やドールはたとえ権限を譲られたとしても地球人以外の命令には耳を傾けないはずで、俺の子孫ならその条件にも一応は当て嵌まるというわけだ。

 が、俺の死後まで自らの存在意義を欲するというのは少しだけ違和感がある。

 そこにイシュテオールが絡んでいるのではないのかと疑っているわけだ。

 

 と、ちょうどそのとき扉の外からミリシアが運んできたらしい配膳用の台車の音が聞こえてきた。

 多少疑問が残ったままだが、イシュテオール関連についてはいくら考えたところで答えが見つかるわけでもない。

 そもそもが俺にアグラの役目を果たさせるために、イシュテオールが半妖精族を与えた可能性だってあるのだ。かといって、その贈り物を突っぱねたところで何か得られるものがあるとも思えないが。

 ガウンをまとったミリシアの姿が見えたところで、俺はウーラとの通信を一旦切ることにした。


 ◆


 エルセリア北西部に位置し、肥沃な田園地帯が広がっているジークバード領。

 西側には良質な魔晶石を産出するゴルヴィナ山脈が南北へと連なっており、北へしばらく向かうと大断崖地帯が天然の要塞として立ちはだかっている。

 ジークバード領はドゥワイゼ帝国とマガルムークの2カ国と領地が接しているためにエルセリア王国全土の防衛線のような役割を担っていたが、そんな天然の要塞があったおかげで比較的攻め込まれにくい土地柄でもあった。

 実際に歴史をかなり古くまで遡らなければ、エルセリア王国が他国に侵攻された記録はない。

 逆を言えば、ドゥワイゼ帝国方面への主要街道が王都エルシアードからそのまま西へ向かい、ゴルヴィナ山脈の裏側を通るルートに限られていたために、交易の中継地点として栄えることもなかったが。

 そうはいっても、領内に広大な平野部を有しており、良質な魔晶石の産出により経済活動のほうも活発。

 ジークバード伯爵がエルセリア王国内において絶大な権力を握っているのは、エルセリア王国の人間なら誰もが知っているような事実だった。


 現在、そんなジークバード伯爵の拠点であるリンガーフッドの町から港町ポートラルゴへ向かって白鷺騎士団が長い隊列を形作っていた。

 その先にはジークバード伯爵本人や娘であるエレナの姿も見える。

 まもなくセレネ公国との間に正式な国交が結ばれる予定だったためだ。

 

 前回の交渉の席と同じくエルセリア王国の使者、ジークバード伯爵、そしてセレネ公国の代表者、計3名の同意の元、港町ポートラルゴで両国の批准書が交換される段取り。

 とはいえ、今回はエルセリア各地から貴族たちも集まり、盛大な式典が催される予定だった。

 こうしてジークバード伯爵が白鷺騎士団の大半を引き連れてきたのも、安全面への配慮だったり、中央から来た使者や港町ポートラルゴに集まってくる貴族たちにジークバード領の威を示すためだったりと、様々な理由が隠されていた。


「エレナお嬢様、お疲れではございませんか? 何なら一緒に私の馬にお乗りになられてはいかがでしょうか? クローネのほうは私の部下が引き連れて参りますので」


 と、愛馬クローネの背に跨り、隊列の先頭を行くエレナに突然声をかけてくる兵士がいた。

 しかも、これが初めてではない様子。

 そうやって移動中に何度も声をかけてくる兵士に対し、エレナは内心うんざりとしながらも微笑みを絶やしていない。

 その兵士というのが白鷺騎士団の副団長であるサイクスだったせいだ。

 サイクスはジークバード伯爵の重要な家臣だったし、準貴族というそれなりの地位にいる人物。そのせいでエレナとしてもあまり失礼な態度を取れなかったのだろう。

 むしろレッドへの態度から考えれば、極めて大人びた対応だったかも知れない。

 そんなエレナの顔にはサイクスのことなどまるで興味がないとはっきり書かれていたが。  


「結構です。私はクローネに乗って、ひとりのんびりと進みたいので」

「そうですか。もし少しでもお疲れになられたら、いつでも私めに仰ってくださって構いませんので」


 そんなふうにエレナがいくら追い払っても、しばらくすれば懲りずにまた声をかけてくるサイクス。

 それというのもサイクスが盛大な勘違いをしていたせいだろう。

 

 家柄が良く、容姿もそれなりに良いほう。

 それに若くして騎士団の副団長という大役を任されている男性とあらば、未婚の女性が放っておかないはず。

 それゆえジークバード領内の女性たちから絶大な人気があり、そんなサイクスが自信を持っていたのも当たり前の話だろう。

 しかし、その自信がいささか過剰だったというか、勘違いを起こす原因になっているのもまた事実だった。


 ジークバード伯爵が娘であるエレナの結婚相手として、きっと自分のことを選ぶはず。

 そんな話など一度もされたことがないのに、サイクスはそんな妄想を繰り返していた。

 年齢だって釣り合いが取れているし、身分的に考えてもエレナに相応しいのは領内で自分ぐらいのものだろう、と。

 エレナを他領に嫁がせるつもりがないとジークバード伯爵から聞いたサイクスは、その日から女遊びを控えたほど。

 といっても、身の回りの女を整理しただけで、完全に遊びの関係の女性だったり、娼館通いは相変わらず続けていたが。


 そんなサイクスの様子があまりにも目に余ったのか、サイクスが騎乗する馬に轡を並ばせたレオン団長が険しい表情でサイクスを諌め始める。


「サイクス。下の人間にはまだ知らされておらぬが、エレナお嬢様は近々セレネ公国の人間とご婚約される予定だ。今後、相手方に要らぬ勘繰りをされるような行動は控えよ」

「はい? 今、なんと?」

「エレナお嬢様はセレネ公国に嫁がれる予定だと申したのだ」 

「え? エレナお嬢様がセレネ公国の人間とですか?」

「そうだ。今回ジークバード伯爵直々にお出ましになられたのは、お嬢様のご婚約の話をされるためでもある。これはほぼ固まっている話なのだ」

「そ、そんな……」

「以前よりサイクスがお嬢様に想いを寄せていることは俺も気付いている。が、そもそもお主とお嬢様では身分が違う。お嬢様に決まった相手が居なかったので話しかけることぐらいは目をつぶっていたが、今後はそうもいかん。この先セレネ公国と良好な関係を続けるためにもな。わかるな、サイクス?」

「くっ……。わ、わかりました」


 今のレオン団長の言葉が相当にショックだったらしく、呆然とした様子で口をポカンと開けたまま馬の背に揺られるサイクス。

 レオン団長はエレナの婚約が確定しているような話ぶりだったが、実際はジークバード伯爵の意向がそうというだけ。

 わざわざそこまでサイクスに教える必要がないと考えたのだろう。


 そんなサイクスの瞳の奥に、ザルサスの穢れが影を落としたことは人間であるレオン団長には知るすべもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ