94 色仕掛け
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ラァラの家で恋人との逢瀬をしっかりと楽しんだ俺は、次の日グランベルを介してエルセリアに居るバルムンドと話し合っていた。
ジェネットの町でもう一泊ぐらいはしていく予定で、日中は特にすることもなかったせいだ。
急に予定が狂って暇を持て余していることもあるが、こうなるとコルトに言われたラァラに会いたくて足繁く通っているんだろという言葉も否定できなくなってくる。
実際にラァラはかなりいい女だ。
容姿が俺の好みだっただけではなく、性格だって男の理想そのもの。
愛情も深いし、母親のような包容力もある。
俺としても居心地が良過ぎて、ついラァラのところへ立ち寄ってしまっている一面があるのは否めない。
とはいえ、さすがに1週間ずっとラァラの家で世話になるわけにもいかない。
というか、このままではラァラに甘えて自堕落な日々を送ってしまいそうなので、隣で寝ていたラァラに買い出しに行くとだけ言い残して、朝早くから出掛けていたぐらいだ。
そういったわけで、現在俺は再びベルナルド商会を訪れていた。
昨晩、冒険者たちから聞いた話はすでにグランベルにも伝えてある。
それでサルジウスが見つかるとはあまり考えていないが、もし怪しい人物を見かけたらマークしておくようにと。
『エルセリア王国との折衝は順調なのですが、2点ほどディーディーにお知らせしておきたい話がございます』
「ん? なんだ?」
『まずひとつ目はセントルーア商会のロジャーから贈られた奴隷の件です。奴隷たちには現在当たり障りのない小間使いの仕事を任せているのですが、その際に新港建設予定地で働いているセレネ公国の者や、セレネ公国の商人に対して色目を使っている様子がございまして』
「色仕掛けか。それはある程度こちらでも予測していたことだ。放っておいても害はないと思うが? それで奴隷たちはバルムンドには接触してこないのか?」
『ええ。屋敷の者にはまったく色目を使ってきませんね。というか、孫六が奴隷たちのことを敵視しているみたいなので、あまりそばに近付けないようにしていることが関係しているのかも知れませんが』
「エレナのときみたいにか?」
『いえ。奴隷たちがそばに近付いただけでも威嚇しますので、苦手というよりも異常に警戒している様子ですね』
「ふーん、あの人懐っこい孫六がね……」
『一応、エルパドールからはロジャーがエルセリア王国と繋がっている可能性は低いという報告を受けております。エルセリア王国と関係がないようであれば、奴隷たちが気に入らないと文句を言ってロジャーの元に送り返しても問題にはならないかと』
「いや、そこまでする必要はない。とはいえ、あの孫六が警戒しているのは多少引っかかるな。それと、どうしようという気なのかも出来れば知っておきたい。敢えて引っ掛かったフリをしてみるか?」
『それならマヤと同じようにウーラに自動機械を操らせてみますか?』
「そうだな。虚実、混ぜ合わせながら情報を漏らしてみるのも手かも知れん。その結果ロジャーという商人がどういう動きをするかで、おおよその意図が掴めるはずだ」
奴隷たちがセレネ公国の人間に限定して色仕掛けをしているということなら、そこから何らかの情報を得ようとしている可能性が高い。
とはいえ、それ自体はそこまで危険視しているわけでもない。
そもそも自動機械やドール相手には色仕掛けなど通用しないし、出てくる情報は俺たちが作った架空の話に過ぎないからだ。放っておけばそのうち奴隷たちも諦めざるを得ないはず。
ただし、孫六が過剰に反応しているのが気になる。こちらから少しだけアクションを起こしてみるのも良いかも知れない。
『わかりました。それともう1点。ストレイル男爵からエレナ嬢をレッドの結婚相手にどうかと打診されました』
「あん? 俺にか?」
『はい。おそらくジークバード伯爵はレッドの素性に気付いているものと思われます。レッドのことを名指ししてきましたので』
「ちっ。ギフトか?」
『或いはアグラ関連かも知れませんね。いずれにせよ、レッドがセレネ公国内における重要人物であることを、ジークバード伯爵が気付いていなければこんな話にはならなかったのではないかと』
「だが、それならそれで自分の娘をまるで人質のように俺に差し出してきたということにもなるが?」
『はい。それほどセレネ公国との関係を重要視しているのではないかと。レッドの立場に気付いていることを、わざと我々に伝えようとしているフシも見受けられましたので』
「ふーん、そういうことならそこまで問題にならないような気もするな。それにしても、あのやんちゃなお嬢さんを俺の嫁にね。単なる厄介払いのような気がしなくもないが……」
『それでどのようにご返答なされます?』
「今のところは何とも言えないな。しばらくは適当に返事を引き伸ばしておいてくれ。1週間後にはそちらに帰るんで、考えるとしてもそれからだな」
『承知いたしました』
俺の素性に気付かれたのだとすれば非常に厄介だ。
幸いにもジークバード伯爵が友好的な人間だったおかげでそれほど問題にならずに済みそうだが、これがもし敵対している相手だとすれば、セレネ公国の弱点をさらす結果にも繋がってしまう。
かといって、おそらくギフトやアグラなど未知の能力のせいだろうし、こちらとしては対処のしようもないのだが。
バルムンドからそんな報告を受けた俺は、奴隷たちへの対応をどうするかどころの話ではなくなっていた。
◆
現在、港町ポートラルゴの東側にある海岸に近い広場では多くの商人たちの姿でごった返していた。
エルセリア各地から買い付けに訪れた商人たち。
下船を許され、ようやくエルセリア王国内で商売できるようになったセレネ公国の商人たち。
普段は大通りのほうで店を開いているポートラルゴの住民ですら、わざわざ広場のほうまで出張して、商品を並べている有り様だった。
いまだ両国間に正式な国交が結ばれていない状態だったため、商売するにはストレイル男爵とディアルガー提督両名の認可が必要ではあったものの、それとて形ばかりのこと。
揉め事を起こさないようにと睨みを利かせているだけで、今のところ認可が下りなかった商人は居ない様子だった。
「その分、こちらは割り高でも塩を買い取ると申しているではありませんか」
「無理なものは無理ですよ。現在、価格の改定は全面的に禁止されているのですからね。そんなことをすれば、私どものほうが商売できなくなってしまいます」
「ですが、私個人はまだひと袋も塩を購入していないのですぞ。これではあまりにも不公平ではないですか?」
「リカルド殿が個人的にお使いになられる程度の分量なら小売することが可能ですよ。そこまでは禁止されておりせんので」
「いや、そういう話ではなく。何故、私とは取引していただけないのかと?」
「ですから、さきほども申し上げたとおり、ヴェルザー商会様には今月の割り当て分をすべてお買い上げいただいております。そのため今月はこれ以上お売りできないというわけです」
「それは我がヴェルザー商会のサイモンが購入した分のことでしょう? それは私には関係がない話ではありませんか」
「ええ、そうかも知れません。ですが、塩の独占、寡占を防ぐために各商会の規模に応じて、あらかじめお売りできる量が定められておりましてな。そのためにもさきほどのように鑑札を提示していただく決まりになっているのです。ヴェルザー商会内でどなたが、いかほどの量を購入するかは当方は与り知らぬこと。その点は内々で話し合って解決していただかなければ」
「くっ、サイモンのやつめ。抜け駆けしおって」
セレネ商人の口から出たそんな言葉にリカルドが口汚く言葉を吐き捨てる。
おそらくリカルドは商会ごとに購入量の制限があることを知らなかったのだろう。
品質の良い塩が安価で購入できるという噂を聞きつけ、急ぎ港町ポートラルゴまで駆け付けてはみたものの、それ以外の情報はほとんど入手していなかったものと見える。
「来月になれば、また塩をお売りすることもできますので」
「来月ですか……。そうそう。実を言えばこのリカルド、常日頃からアルトワ男爵様と懇意にさせていただいておりましてな」
「ほほう、アルトワ男爵様ですか?」
「ええ、そうなのですよ。ご主人がこの後、エルセリア王国内でご商売をなされる際にも色々と便宜を図れると思うのですが……」
「なるほど、なるほど。そうなってくると、多少話が変わってくるかも知れませんね」
「そうでしょう、そうでしょう。アルトワ家といえば、エルセリア王国有数の名門ですからね」
「それではこう致しましょうか。アルトワ男爵様からストレイル男爵様宛に一筆したためていただき、その旨をディアルガー提督様にもお伝えしてもらえれば、特別にリカルド殿の分をご用意するという形で。むろんヴェルザー商会様の割り当てとは別枠になりますので、来月ヴェルザー商会としてさらにお買い上げいただいても結構ですよ」
「い、いや。何もそこまでするほどのことでは」
セレネ商人に体よくあしらわれていることはリカルドだって理解している。
だからといって、ここで引き下がるわけにはいかなかった。わざわざ何日もかけてここポートラルゴまで足を運んだ意味がなくなってしまうからだ。
同じヴェルザー商会に籍をおいているとはいえ、結局のところ競争相手には違いない。
そんなサイモンに遅れを取ったことは理解したが、リカルドとしてはこのまま手ぶらで帰るわけにもいかなかった。
「そうは申されましても。仮にアルトワ男爵様のお顔を立てるにしても、ディアルガー提督様まで話が通っていないことには当方にはどうにも出来ませんので。なんならディアルガー提督様に直接かけ合ってみてはいかがでしょう?」
「さすがにそれは……。い、いや。お手数をかけてしまい申し訳ない。後日、アルトワ男爵様とお会いしたときに話してみますので」
これ以上は問題になりかねないとでも思ったのか。騒ぎになって、せっかく手に入れた鑑札まで取り上げられてしまったら元も子もない。
目先の商売も大事だが、今後のことを思えばここは大人しく引くべきだろう。
リカルドはそう考え直したようで、セレネ商人に対する語気を急に弱めていた。
「いえいえ。こちらこそ塩をお売りすることができず、申し訳ありません。リカルド殿、代わりと言ってはなんですが、ひとつ耳よりな情報がございますよ」
「む? ご主人、耳よりな情報というのは本当ですかな?」
「ええ。向こうのほうに現在準備中の屋台が見えますよね」
「黄色や茶色の布をあしらった派手な天幕の?」
「それです。あれは今日から売り出させる予定のセレネ公国の特産品を扱っている商会でしてね。私がリカルド殿の立場なら是が非でも手に入れておきますね」
「本日からですか。そ、それはどのようなもので?」
「マヨネーズという調味料と、ラング・ド・シャという焼き菓子になります」
「ほほう。焼き菓子のほうはエルセリアにもありますが、マヨネーズという調味料は初めて耳にしますね」
「マヨネーズのほうは直接野菜にかけても美味しいですし、ほかにも様々な食材と合う調味料ですね。エルセリア王国でも今後流行る可能性が高いと私は睨んでいるのですが。それにラング・ド・シャという焼き菓子はセレネ公国原産のチョコレートを挟んだものだったり、クリームを挟んだものだったりと種類が豊富で、上品な甘さが売りですので貴族の方々のお口にも合うかと」
「おお。お貴族様向けの焼き菓子ですか。となると、値段のほうもさぞやお高いのでしょう?」
「いや。思いのほか手頃な値段かと。たしか試食が可能だったはずなので、この後お暇ならあの屋台に立ち寄ってみてはいかがでしょうか?」
「なるほど、なるほど。新しい調味料とお貴族様向けの焼き菓子とあらば、是非入手してみなければ。ご主人。貴重な情報、感謝致しますぞ」
今の話が新しい商売に繋がると睨んだのか、リカルドの顔に満面の笑みが浮かぶ。
貴族相手の商売とあらば、塩の売買よりもはるかに利益が大きくなりそうだと考えたのかも知れない。
「それにしてもご主人は大陸共通語がお上手ですな。セレネ公国のお方は異なる言語を使われているとお聞きしておりましたので、正直驚きましたよ」
「いやいや。私などまだまだでございましょう。ここ数ヶ月の間、船に閉じ込められたままだったので、その間必死に覚えましたがね。この先、この西大陸で商売するためにはどうしても必要になってきますので」
「素晴らしいお考えですな。西方にある小国家群の連中ときたら、同じ大陸に住んでいるというのに、数字と商品の名前ぐらいしか理解できない者もおるぐらいでしてな。ろくに大陸共通語を話せない商人と取引すると、何かにつけて問題が起きるのです」
「ほほう。西方のお方は大陸共通語とは異なる言語体系をお持ちなんですね」
「ええ、何と言っても文明のぶの字もない未開の者たちですから。おっと、向こうの屋台がそろそろ完成しそうだ。こうしてはおられません。ご主人、またの機会にお伺いさせていただきますので」
そう言って頭を下げると足早に派手な屋台へ急ぐリカルド。
その後姿を見送ることもせず、すっかりリカルドに興味を失った様子のセレネ商人がその場にはいた。




