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92 謀略の黒い影

 ◇


 ロッキングチェアの町を出た俺は、途中からエアバイクに乗って南下中だった。

 その移動中、イヤーカフを通じてラウフローラから連絡が入る。

 俺はエアバイクを自動運転に切り替えると、ラウフローラからの通信を受けていた。


『兄さん、今話しても大丈夫そう?』

「ああ、こっちは特に問題がない。現在はアケイオスと一緒にエアバイクで移動中だ。ローラ、そっちはどんな具合だ?」

『あの後、城主のディクソン伯爵とも面会したわ。ルメロ王子がエルセリアから連れてきた腕の良い治療師という触れ込みでね。そのおかげで個室も充てがわれたので、ジュリアス公爵の部屋や自分の部屋の近くなら、ある程度自由に動けるようになったわ。ただし、反乱軍が捕まっている地下や、城主の部屋がある2階部分は警戒が厳しくて無理ね』

「無理をする必要はないぞ。俺たちが知らないだけで、防犯用の魔導具みたいなものがあるかも知れないからな。重要人物の顔や名前をリストアップするだけで充分だ」


 エルパドールが調べたかぎりでは、一般庶民の間にそこまで複雑な魔導具は出回っていない様子。

 とはいえ、それらが魔導具のすべてってわけでもあるまい。

 当然ながら価値がある魔導具のほとんどは貴族や裕福な商人たちが秘蔵しているはずだ。

 特にアーティファクトと呼ばれる魔導具は、一般に出回っている魔導具とは一線を画すものらしく、その効果のほどが定かではないという話。

 そんなふうに魔導具について確実な情報を得られていない以上、安易に立ち入り禁止の場所に侵入させることは避けておいたほうが賢明だろう。


『わかったわ』

「それでルメロの反応はどうだった?」

『微妙ね。初め毒物の話をした際に、リミエル王女のほうには驚きの反応がちゃんと現れていたんだけど、ルメロ王子にはほとんど反応が現れなかったの。そこだけを見れば怪しさがあるのだけど、それと同時に動揺もまるでしていなかったのよね。ルメロ王子が指示していることだとすれば、少しぐらい動揺してもおかしくない場面でしょ?』

「なるほど。微妙ってのはグレーってことか」

『どのみち、バイタルの反応はあくまでも参考程度にしかならないわよ。元々ルメロ王子があまり驚いたり、動揺しないタイプというだけかも知れないから』

「それはわかってる」


 そもそもそれでどうこうなどと綺麗事を言うつもりもない。

 地球の歴史上でも幾度となく繰り返されてきた権力争いと一緒ってだけだ。

 多少やり方が卑怯だったところで、最終的に勝ち残った者が自分にとって都合の良い歴史へと修正するだけ。

 特に庶子に過ぎないルメロのような立場であれば、邪魔な王族を排除しようとする動きを見せてもおかしくない。

 まあ、毒殺という手段が俺の好みではないし、本当にルメロの仕業なら見方も多少変わってくるが。


「それでジュリアス公に毒を盛った犯人は捕まえたのか?」

『ええ。ルメロ王子がすぐに動いていたわ。怪しい人物を捕えて尋問しているようだったけど、黒幕のほうはいまのところわかっていないみたい』

「王族暗殺なんていう大それた謀略を仕組んだんだ。実行犯が黒幕の名を知らない可能性も充分に考えられるな。そのほかに何か掴んだ情報はあるか?」

『そうね。あとはルメロ王子の元に何人か地方貴族が訪れていたってことぐらいかしら?』

「話の内容は?」

『単なるご機嫌伺いよ。これと言って重要そうな話は出なかったわ。一応、名前と顔は覚えておいたけどね』

「そうか、わかった。こっちはジェネットの町に立ち寄ったあと、エルシオンで数日ほど暇を潰す予定でいる。その間の連絡は緊急事態が起きたときのみでいいぞ」

『了解』


 そこで通信を切る。

 とりあえずこれ以上の予定変更はしなくても大丈夫だろう。ジュリアス公爵の治療をしたあと、エルセリアへ帰るだけだ。

 当初はロッキングチェアで多少情報を得られればいいぐらいに考えていたが、ジュリアス公との繋がりを得られたという予定外の収穫もある。

 これで権勢がルメロ以外の者の手に渡ったとしても、ある程度マガルムークに干渉できるはず。

 俺はそんなことを考えながら、エアバイクを再び手動へと切替え、ジェネットの町へ向かっていった。


 ◆


 現在エルセリア王国内の南部貴族を取りまとめているダリ・ラウドール・ロレーヌ伯爵。

 海を挟んでいるものの、ロレーヌ領はエルセリア王国の中では比較的ラーカンシア諸島連邦に近い場所に位置している。

 そのおかげか古くから貿易を中心に栄えており、彼の祖父の時代にはすでにエルセリアにおける一大勢力となっていた。

 そのため多くの弱小貴族がロレーヌ伯爵の庇護を求めており、ロレーヌ伯爵は時の権力者であるラグナヒルト宰相ですら無下に扱えぬ存在になっていた。


 そのロレーヌ伯爵の居城であるキュステブルク城と、城下町であるヴァイツェンシュタットの町は現在多くの来訪客で賑わっている様子。

 ここ最近ではキュステブルク城も大広間までが一般に解放されており、平民ですら入って良いことになっていた。むろん平民といっても、ある程度有力な商人などに限られていたし、城の入り口で用向きを確認されることには違いなかったが。

 とはいえ、ほかの城に比べれば極めて異例な対応だろう。

 普通なら御用商人だったり、有力者の口利きでもなければ城に入ることを許されなかったはずなのだから。

 それだって裏口からこっそり入って、手早く用件だけを済ませてすぐに出ていかなければならなかったはずだ。

 それだけではない。

 そうやってキュステブルク城に入った者たちの間では、とある噂話がまことしやかに囁かれていた。


 ――もしその場で気に入られれば、リアネ様とお近づきになれるチャンスがある、と。

 もちろん相手はロレーヌ領きっての淑女と噂される伯爵令嬢。

 お近づきになれるといっても、二言三言挨拶を交わす程度のはず。それでもほとんどの平民にとって光栄極まりないことには違いなかったが。

 それに万が一のこともある。

 身分の違いなど当然のごとくわかっていなければおかしいのに、リアネ本人に気に入られやしないかと自分の息子を連れて挨拶にやってくる商人も中には居るほどだった。


 ――が。

 そんなキュステブルク城のリアネの私室。

 そこには現在ひとりの男性が裸の状態でベッドの上に横たわっている様子があった。


 豚のようにブクブクと醜く太った腹回り。

 それに頭部のほうも少しだけ禿げあがっており、髪に薄っすらと白いものまで混じっている様子。

 そんなとうてい魅力的とは思えない男性の上に跨り、同じく全裸の格好でくねくねと腰を動かしている女性も居た。

 ロレーヌ伯爵のひとり娘であるリアネだ。

 そして男性のほうはどうやらエルセリア南部地域を拠点としているセントルーア商会の会頭ボルクス・オードンのようだった。


 見た目には親子ほども年が離れていそうなふたりだ。

 実はふたりが恋仲だったなんていう噂は一度もたったことがないし、身分差から考えてもそんな光景は絶対にあり得ないはずだった。


 それにどうにも様子がおかしい。

 リアネと繋がっていることでボルクスの顔にはずっと享楽にふけっている様子が浮かんでいたが、それ以外はほとんど反応が見られない状態。それどころか肉体的には何となく衰弱しているような雰囲気もある。

 時折ピクピクと痙攣するその姿が、ボルクスがまるで瀕死の状態であるようにも見受けられた。


 そのせいで、もしこの場にほかの者でもいれば、リアネがまるでオドを吸うという妖精リャナンシーのように見えていたかも知れない。

 とはいえ、リアネはあきらかに妖精リャナンシーではなかったし、その子孫と言われる半妖精族のようにも見えない。

 その姿は至って普通の人間にしか見えなかった。

 リアネが絶世の美女であることを除けばだが。

 と、そんなリアネの口から誰に言うともなく呟きの声が漏れる。


「だいぶ穢れてきたみたいだけれど、どうやらまだまだのようね。たしかロジャーと言ったかしら? あれのほうがまだ素養があったわね」


 リアネがそう口にしたあと、急にボルクスの身体から離れる。

 そしてボルクスにはもう興味を失くしたとばかりに、薄衣1枚をその身に纏っただけで黙って自分の部屋から出ていった。

 そのせいで主人が消えた部屋にひとり取り残されてしまうボルクス。

 普段は商会員たちから恐られているセントルーア商会会頭の顔は、そうなってもしばらくは愉悦の表情が浮かんだままだった。


 ◆


「ベルエルミナ様、リアネでございます」


 そう言って恭しく頭を下げたリアネが、父親であるロレーヌ伯爵の部屋にひとり静かに入っていく姿があった。

 が、すでにその部屋の主はロレーヌ伯爵ではなくなっている様子。

 本来の部屋の主であるロレーヌ伯爵が、まるで犬のように床に四つん這いの格好になって、ベルエルミナのことを崇拝の眼差しで見上げていたからだ。


「リアネ、ボルクスの蠱惑こわく(*1)は済んだ?」

「あともうひと息というところにございます、ベルエルミナ様。ですが、あの男は穢れもたいしたことがなく、あまりベルエルミナ様のお役に立ちそうにはないかと」

「そう、あの男は期待外れだったというわけね。まあ、いいでしょう。この男のように穢れが少ない者でも、使い道ならいくらでもありますから」


 そう言ってロレーヌ伯爵の頭を足の裏で思い切り踏むベルエルミナ。

 が、そんなことをされているというのに、ロレーヌ伯爵の顔には喜びの表情が浮かんでいた。


「わかりました。それとベルエルミナ様のご命令どおり、例のセレネ公国という国に特に穢れが濃い者を10名ほど潜り込ませることに成功したそうです」

「セレネ公国ね……。まさか海の向こう側にそんな国が存在していたなんて驚きだわ。その者たちには慎重に動くように伝えたのでしょうね?」

「はい、すべてベルエルミナ様の仰せのとおりに。ですが、ベルエルミナ様ほどのお方が一度も聞いたことがないとなれば、単に新しく興った小国というだけなのではないでしょうか? それほど注意する必要がないように私には思えますが?」

「それならば問題がないのだけど。もしかしたらほかの貴人が関与しているかも知れないでしょ。さすがにケイゼルやラランカシャの仕業ではないと思うけれど」

「ほかの貴人様がベルエルミナ様に敵対される可能性があると?」

「けっしてないわけじゃないわ。盟主の座のためなら平気で味方の貴人を裏切ったり、足の引っ張り合いをするのが当たり前の世界なのですからね。それに貴人の多くが狭間の牢獄に捕まってしまったために、ザルサス様が新たな貴人をお選びになられた可能性だってなくはないわ」

「そうなのですね……」

「そのような要らぬ心配をするより、あなたはザルサス様からいただいたその力で、穢れの持ち主をひとりでも多く増やしなさい。殿方のものを下の口でくわえ込むのが、あなたにはお似合なんですからね」


 そんなベルエルミナの侮蔑的な言葉にリアネがうっとりとした様子で微笑む。


「はい。お父様もまだまだ穢れが足りない様子。ベルエルミナ様、お父様を少しだけお借りしてもよろしいでしょうか?」

「ふんっ。好きになさい」

「うふふ。お父様、ベルエルミナ様から特別にお許しをいただいたわ。リアネの寝室のほうでいっぱい楽しみましょうね」


 そう言ってリアネがロレーヌ伯爵の髪を掴んで無理やり引っ張る。

 そんなリアネに一切抵抗する様子も見せず、ロレーヌ伯爵は四つん這いの格好のままで自分の部屋から這い出ていった。




*1) 蠱惑 人の心を、あやしい魅力でまどわすこと。魅了。

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