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90 イシュテオールの枷

 カイルに案内されて部屋に入ってきた女性が俺と目があった瞬間その場に立ちすくむ。

 その女性は来客中だとまるで思っていなかったらしく、困った様子で顔を伏せたままルメロに対して謝罪の言葉を口にしていた。


「も、申し訳ありません。お客様がお越しになられていたとは知らずに……。ルメロ様、のちほどまたお伺いさせていただきますね」


 そう言って優雅に頭を下げ、部屋から辞去しようとする女性をルメロが引き止める。


「ちょっと待ってよ、姉様。ちょうどいい機会だから彼らのことを紹介しようと思い、姉様のことを部屋の中に招き入れたんだからさ。実をいうとさきほど姉様に話したエルセリアの大切な友人というのが彼らでね」


 そんなルメロの言葉に一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに俺たちのほうへ向き直すと、スカートの裾を軽く持ち上げたままお辞儀をしてくる女性。


「マガルムークへようこそ、エルセリア王国からお越しの方々。私はルメロ様の義姉で、名をリミエル・サージェナ・ジェス・マガルムークと申します。何卒よしなに」

 

 名前にマガルムークが付いているし、ルメロの義姉ということは間違いなくこの国の王女だろう。

 本来であれば、俺たちが気安く話しかけていい相手でもない。

 とはいえ、俺はへりくだった態度を取ろうとも思っていなかった。

 それどころかこの先マガルムークの貴族と顔を合わせる機会があっても、それほど卑屈になる必要はないと思っている。

 この世界の人間は身分が低い人間を軽んじる傾向がある。俺が変に謙れば、相手もそういう対応をするだけ。

 それよりも俺たち兄妹のことを古き民らしいと匂わせて、ある程度対等な存在だと勘違いしてもらったほうが何かと都合がいいってわけだ。

 そんなわけで俺とラウフローラもソファから立ち上がると、リミエル姫に対して普通に挨拶を返すことにした。


「こちらこそ、リミエル殿下。ルメロ殿下とは懇意にさせていただいているディーディーと申す者です。隣にいるのは妹のローラです」

「初めまして、リミエル殿下。私はローラと申します」

「ディーディー様にローラ様ですか。何でもルメロ様と大変親しくされておられるとか。ルメロ様から大切なご友人だと伺っております」

「ルメロ殿下からそう言っていただければ私としても有り難いかぎりです。僭越ながら私のほうもルメロ殿下のことを大切なご友人だと思い、お付き合いさせてもらっています」


 そんな当たり障りのない挨拶を交わしながらも、俺はずっとリミエルの赤い瞳が気になっていた。

 つい先日、ウーラから俺がアグラである可能性を指摘されたばかり。

 そのアグラへの貢物とされる女とこんな場所で対面するはめになったのだ。まったく動揺するなというほうが無理な話だろう。


 マトゥーサ人の血がマガルムーク王家の中に流れていたことにも少しだけ驚かされたが、そちらはあり得ない話でもない。

 古い時代には広大な領土を有していた文明。

 その血が密かに外部の王家の中にも受け継がれていることは充分に考えられる話だ。

 が、俺がリミエル姫に惹かれていたかといえば、正直そうでもない。

 なかなかいい女だと思っただけだ。それにリミエル姫のほうにも特に変わった様子がなかった。

 リミエルの顔には好意的な表情こそ浮かんでいたものの、客人に対するものとしては至って自然な反応だろう。

 そんなわけで俺はウーラの予想が外れていたことにある意味ほっと胸を撫で下ろしていた。


「それで姉様。何かお話がおありになって僕の部屋を訪ねていらっしゃったのですよね。やはり叔父上の件ですか?」

「え、ええ。それはそうなのですが……」


 そう言ってリミエルが俺たちのほうをちらりと見てくる。

 おそらく俺たちに話を聞かせてもいいかどうか悩んでいるのだろう。


「俺たちは席を外しましょうか?」


 そこまで重要な話だとも思えなかったが、部屋の外からでもラウフローラが盗み聞きすることは可能だ。

 現にブルーム城内に入ってからは拾える範囲にある会話をラウフローラが盗み聞きしている状態で、こっそりマガルムークの情報収集をしている最中だった。

 といっても、そこまで広い範囲を拾えるわけでもなく、壁1枚隔たれた部屋の中で交わされている密談の内容を把握できる程度だったが。

  

「いや、大丈夫。姉様、ディーディーたち兄妹は言うなれば身内のようなものなんです。下手なマガルムーク人なんかよりも全然信用の置ける相手ですよ」

「いえ、別にディーディー様たちのことを疑っているわけでは……」

「現在叔父上が病に伏せっていることなら、このあとどうせ話すつもりだったので喋っても構いません。ディーディーには隠し事をするつもりがまったくないのでね」

「ルメロ様がそこまで仰られるのならば……」

「ええ、ディーディーたちについては僕が責任を持ちますので」

「わかりました。私、ルメロ様にお願いしたいことがございまして」

「ん? なんでしょうか?」

「ロザーナ叔母様とポール卿のことです。このあとルメロ様が王都ドガへと赴くようであれば、おふたりの安否を確認していただきたいのです。そしておふたりがご無事でいらっしゃるようであれば、ルメロ様の口からジュリアス叔父様の容態をお伝えしていただきたい、と」

「ああ、そういうことですか。それはいっこうに構いませんが、そんなにも叔父上の容態が思わしくないと?」

「申し訳ありません。それは私の口からは……」


 ルメロの叔父がジュリアス公爵だということは当然知っている。

 が、そのジュリアス公爵が重篤な状態ということについては俺も初耳だった。

 エルセリア王国の情報入手を優先し、マガルムークに関しては後回しにしているのが現状。

 ウーラアテネが転移した場所がエルセリア王国により近かったので、仕方ないっちゃ仕方ないが。

 ただ、マガルムークの公爵が危ない状態だという話なら、リミエルが俺たちに聞かせなくなかったことにも納得がいく。

 むしろルメロのほうが少しばかり浅慮に見えるぐらい。

 といっても、あれは俺たち兄妹からの信頼を得るために、計算ずくでそう言っているだけだろう。

 それぐらい俺たちのことを信用しているというアピールに過ぎないはず。


 とはいえ、そのことでルメロに文句を言える立場でもない。

 もちろん俺がルメロを気に入っていることや、マクシミリアン侯爵よりマシな人間に見えることがまったく関係していないわけでもないが、結局のところ俺たちにとって都合のいい相手という理由で、こちらもルメロに味方しているだけだったからだ。


「それならば治療師は何と? 僕も叔父上が病に倒れたと聞いて気になっていたのです。ロッキングチェアに到着してすぐにシアード兄上から戦場へ赴くよう命令されたので、叔父上に挨拶する暇もなかったのですが」

「治療師様も出来得るかぎりの手を尽くしておられるそうです。ですが、どうもお薬があまりお効きになっていないみたいで。最近はひどく咳き込んでおられるご様子です」

「そうですか。やたらと咳き込むとなると、肺患いなのかも知れませんね」

「ええ。治療師様もおそらくはそうでないかと」


 公爵が病気ということならおそらく俺たちが治せるはずだ。

 それが出過ぎた真似であることもわかっているが、ここにいるルメロやリミエル、そして公爵本人にも恩を売っておく良い機会。

 それにジュリアス公の治療という名目があれば、情報収集のために俺たちが多少ブルーム城内をうろついたとしても怪しまれないはず。

 そう思った俺はそれとなくラウフローラに目配せをする。

 おそらく今の会話の流れから、俺が何を考えているのかラウフローラなら察しているはずだ。


「兄さん。たしか肺患いによく効く薬が里のほうにまだ残っていたはずよ」

「そうなのか。だが、どこの馬の骨かもわからない俺たちみたいな人間がマガルムーク王家の方に薬を渡すわけにもいかないからな」


 わざとルメロたちにも聞こえるような声でそんな会話を交わす俺とラウフローラ。


「すみません。肺患いに良く効く薬があるというのは本当なのでしょうか?」

「リミエル殿下……。確かにあることはあるのですが……」

「そういえばジェネットの町でもディーディーは見知らぬ亜人相手に、高価な薬を分け与えていたよね?」

「ええ。ジーナという優秀な治療師が里に住んでいて、住民たちのために様々な薬を置いてあるんです。あのとき亜人に渡した薬も万が一のことを考え、そこから持ってきたものでして」

「なるほどね」

「ローラ。その薬が肺患いの人間に対して有効であることは間違いないんだな?」

「ええ。手遅れの状態でないかぎり、ほぼ治せるはずよ」


 実際にどんな病気なのか現段階では不明だが、こちらにはある程度治せる見込みがある。

 最悪、未知の病気やウイルスの類いだったとしても、一時的にNBSによる延命治療を施しておいて、その間に治療法を見つけることは可能だろう。 

 

「ディーディー様、ローラ様。出来ればそのお薬をお譲りいただくわけには」

「どうする、兄さん?」

「そうですね……。薬を譲ること自体は構いません、リミエル殿下。ですが、効果のほどは保証でき兼ねますよ」

「はい。それでも構いません」

「だけど、ディーディー。それって貴重な薬なんじゃない? それともディーディーのところではありふれた薬なのかい?」

「貴重な薬なのは間違いないと思います。私も治療師のジーナに頼まれて、材料となる素材を集めに行ったことならありますが、そのときにけっこう苦労した覚えがあるので」

「だったら、あまり無理を言うわけには……」

「いえ、けっして二度と集められない素材というわけでもないのですよ。それでお力になれるようなら、こちらとしては何も問題がありません。ただ、そもそも本当に肺患いかどうかの判断が付いていない状態かと。健康な人間に対して害がある薬ではないのですが、ジュリアス閣下の容態を実際に診てみないことには……」

「となると、一度治療師のジーナ様に診ていただく必要があるのですね」

「いえ。実をいうと妹のローラが治療師のジーナにずっと師事しています。おそらくローラでもどのような病状なのかの判断ぐらいは付くはずです。ローラ、どうだ?」

「はい。大丈夫だと思います。ジュリアス閣下の症状を診れば、私でもおおよその容態がわかると思いますので」

「というわけです。どうされます、ルメロ殿下? それもこれも私たちのことを信用していただかないと始まりませんが」

「いや、ディーディーたちのことは信用してるさ。そういうことなら申し訳ないけどお願いできるかな?」

「わかりました」

「兄さん。できれば一度宿のほうへ戻りたいのですが。病状を調べるための魔道具がたしか鞄の中にあったはずなので」

「ああ、わかった。ルメロ殿下、リミエル殿下。今妹が話したとおりです。すぐに戻ってきますので」

「うん。無理を言って本当にすまないね」

「ディーディー様、ローラ様。何卒よろしくお願いいたします」


 そう言ってルメロたちに一礼し、俺とラウフローラはルメロの部屋を一度辞去する。

 そしてラウフローラと一緒に長い廊下をしばらく進んだその場で、俺はふいに立ち止まった。

 そこで改めて周りに誰も居ないことを確認する。

 ラウフローラと密談するためだ。

 宿に魔道具を取りに行くという言葉はふたりきりになるための口実でしかないのがあきらか。

 おそらくラウフローラに何か話したいことがあったのだろう。


「何かあったのか?」

「ちょっとだけルメロ王子の反応が気になってね」

「やはりローラも感じていたか。俺の気のせいかと思ったが、ジュリアス公を治療することをあまり歓迎していないように見えたな」

「ええ。嘘を吐いているような反応ともまた違うみたいだったから、歓迎はしていないけれど渋々了承したって感じかしら? となると、元々関係が良好ではなかったのか、或いは……」

「マガルムークの玉座を狙うのに邪魔ということなのかもな。いずれにせよ、ルメロからすれば余計な真似だった可能性はある」

「だったら治療を止めておく?」

「いや、ルメロだけに肩入れするつもりはない。この先、絶対にルメロが裏切らないという保証はどこにもないからな。そうして情報屋のマフォットを信用した結果、痛い目にあわされたんでな」

「でも、ルメロ王子のことは気に入ってるんでしょ?」

「ああ、ルメロが裏切らないかぎりは味方でいるつもりだ。とはいえ、俺がルメロに味方したのは、そのほうが俺たちが動きやすくなると思ったからだぞ」

「そうね。わかったわ。それとリミエル王女のことだけど」


 と、その場でラウフローラが俺の顔を見上げる。

 まるで重要なことでも宣告するかのようにラウフローラは重々しく口を開いていた。


「俺のほうは特に何も感じなかったぞ。リミエル王女のほうの様子も至って普通だったしな」

「ええ。兄さんのバイタルにはほぼ変化が見られなかったわ。感情という不確かなものだからバイタルの状態だけでは何とも言えないけれど、好意を寄せる相手と対面したときに起こる一般的な肉体的変化が見られなかったわね」

「そうだろうな。となれば、これでイシュテオールに操られているのではないとはっきりしたわけだ」

「いえ、残念ながらリミエル王女のほうはそうではなかったわ。あきらかに兄さんに対して何かを感じていたはずよ」

「ん? そうは見えなかったが?」

「きっと感情を隠すのが上手いんでしょう。あれが兄さんに対する好意かどうかまではわからないけれど、バイタルの反応がラァラさんとほとんど一緒だったわ」

「ちっ。どいつもこいつもイシュテオールにお膳立てされている相手ってわけか」

「そうなるわね」

「まあ、いい。気に食わなかろうがなんだろうが俺に何かできるわけじゃないんでな。それならいっそのことそれを利用させてもらったほうが賢いのかもな」


 それが神によって定められたものならば仕方がない。

 リミエル王女の感情が俺たちに対して有利に働くのならむしろ進んで利用すべきだろう。

 俺はそんなことを考えながら再び長い廊下を歩き始めた。

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