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89 強いられた絆

 ◆


 港町ポートラルゴの北に位置する新港建設予定地では、現在急激なペースで原野が切り開かれていた。


 何と言ってもジークバード伯爵肝煎(きもい)りの開発計画だ。

 賦役という形ではなく、賃金のほうもジークバード伯爵からきちんと支払われている。

 それに新しい港ができれば、エルセリア辺境の田舎町に過ぎなかった港町ポートラルゴも交易の中心地として栄えるはず。それに伴って自分たちの生活もより豊かになるだろうという計算が住民たちの中にあったのかも知れない。

 町の住民は皆一様に協力的で、派遣されている兵士や手に職がなかった者だけでなく、仕事を早めに切り上げて原野を切り開く作業に参加する住民も見られたほどだった。


 とはいえ、本来であれば木を一本切り倒すだけで数時間はかかるであろう重労働。

 そのうえ開拓した土地を整地する必要もあったので、残った切り株の抜根や岩石の掘り出し作業も行わなければならない。

 ある程度形を整えるだけでも半年以上、道を作ったり新しい港や倉庫などを造成したりとこの辺り一帯を完全に開発するには数年ほどかかってもおかしくない作業だった。


「それにしてもものすごく便利な魔導具ですな」


 ストレイル男爵から感嘆の声があがる。

 その感嘆の声は一緒に視察に訪れたディアルガー提督に対して向けられたものだった。

 ストレイル男爵の目に見えていたのは、まるで誤って竜が木に噛み付いているような光景。

 竜の長い首から伸びたふたつのあぎとが大木をがっちりと掴んで固定させており、口の中から現れた刃のようなものが一瞬のうちに根本から大木を切断していた。

 それだけではない。

 そのあと竜が首を捻ったかと思うと、あぎとについていた回転盤のようなもので大木を横方向へとスライドさせ、ちょうどいい長さに切断している様子もある。

 邪魔な枝を払われる作業もそのとき同時に行われているらしく、またたく間に何本もの丸太がその場に積み重なっていた。


「セレネ公国では一般的に使用されている砕竜車という魔導具ですよ。何でもエルセリア王国には竜車のような魔導具があまりないとか?」

「竜車ですか? 魔導具でもあれほど大掛かりなものになると、私は見たことがありませんね。初めてあれを目にしたときには大型の魔物かと勘違いしたほどですよ」

「ははは。我が国においても闇の中で本物の竜と間違えて驚く人間が居るぐらいですからな」

「ということは、セレネ公国にはああいった竜車が多いのでしょうか?」

「ええ。セレネ公国では古くから盛んに魔導具の研究が行われていましたから。近年では大型化した竜車のような魔導具が数多く流通している状況です」

「そうでしたか……。提督、是非ともあの竜車を私どもに売っていただきたいのですが」


 ストレイル男爵がそう口にする。

 砕竜車は木の伐採作業だけでなく、切り株の抜根や岩石の掘り出し作業も難なく熟している。

 それに邪魔な木や岩がなくなり、ところどころ穴が空いた地面を地竜車という魔導具が土をかき起こしながら真っ平らにしている様子もある。

 そうして集まった余分な土砂を崖側に落とすことにより、ポートラルゴへ続くなだらかな斜面も徐々に出来上りつつあった。

 

 そんな様子を視察していたストレイル男爵はこんな便利な魔導具なら高額であっても購入したいと思ったらしい。

 新港の造成だけでなく、ほかの土地の開拓にも使えるはず。

 現在、エルセリア王国側の人間が担当している作業は丸太の運搬や地竜車が均したあとの土地の整備。

 砕竜車や地竜車の操作をしているのはセレネ公国の人間だったが、あの様子ならエルセリア王国の人間にも扱えるだろうとストレイル男爵としては考えている様子だった。

 実際に砕竜車のほうはハーベスタという重林業用車両、地竜車のほうはマルチホイールローダーという土木建設用車両で、操作方法もこの世界の人間にも扱えるぐらい極めて単純なものであったが。

 

「申し訳ない。あれは非売品ということで」

「売却のほうは難しいと?」

「ええ、そうなります。魔導具でも冷凍保存庫のように使用用途が限られているものならば構いませんが、竜車は兵器としても使用可能ですので」

「なるほど、確かにあの竜車なら攻城兵器としても役に立ちそうですな。そういうことならば仕方ないか……」

 

 砕竜車や地竜車を購入することができれば、今後どれほど未開地の開発が楽になるか。それに薪の値段も今よりぐっと安くなるはず

 現在不足している塩についても、海塩を作る最終工程として大釜の中でかん水を一晩中煮詰める必要があったため、大量の薪が必要。

 したがって薪の値段が下がれば、その分海塩の値段を下げられることにも繋がってくる。

 ――ストレイル男爵の頭の中ではそんな計算があったに違いない。

 肩を落とし、あきらかにガッカリしたような様子がストレイル男爵には浮かんでいた。


 といっても、ディアルガー提督から断られたあと、ストレイル男爵はそれ以上はしつこく要求することもしなかった。

 ジークバード伯爵から、ディアルガー提督の機嫌を損ねるような真似はするなと厳命されているからだろう。

 それにセレネ公国が提示してきた木材の価格も現在のエルセリア王国における価格に比べれば遥かに格安。

 そもそも砕竜車や地竜車という魔導具は木材や鉱石を扱っている商船に積まれていたものという話で、それらの商団が木材や鉱石類を安価で提供できているのも、現在目の前にある光景を見れば一目瞭然だった。

 いずれにせよ薪の価格が下がることには変わりないのだから、ストレイル男爵としても下手にごねる必要がなかっただけなのかも知れないが。

 

「いやあ、それにしてもまったくもって素晴らしい魔導具の数々ですな。セレネ公国の方々からすれば、我が国の文化や魔導具が劣っているように思えても不思議ではありませんよ」

「そんなことありません。我々セレネ公国とは辿ってきた歴史が違うせいで、目新しいものをそう感じるだけかと。こちらもエルセリア王国の文化を素晴らしいと感じているのですから」

「そう言っていただけると嬉しいかぎりですな。そうそう。話は変わりますが、実はディアルガー提督にひとつご相談したい儀がございましてな」

「相談ですか?」

「はい。ご相談というのは他でもないエレナ様に関する話なのですが」

「ん? エレナお嬢様に関することですか。私に相談するということはもしかして私どもと関係している話だと?」

「ええ、そういうことになりますね。実を言うと現在エレナ様の嫁ぎ先として、セレネ公国のお方はどうかとジークバード伯爵様がお考えになっているらしく。とはいえ、これはまだ本決まりとまでは言えない内容ですので、話半分に聞いていただきたいのですが」

「話半分とはいえ、それはまた何とも思いがけない話ですな」

「いやはや。提督におかれてはそうでございましょうが、エレナ様はそろそろ婚姻を結んでも良いお年頃。ジークバード伯爵様としてはエレナ様の嫁ぎ先にずっと頭を悩ませていたところだったのです」

「ほほう」

「あのとおり見目麗しいお方でもありますので、エルセリア王国内の他領の有力貴族からも縁談話を数多くいただいているような状況でして。ただし、そちらにエレナ様を嫁がせるのはいささか問題がございます」

「ふむ。それはどうしてなのか私がお聞きしても?」

「はい。本来であれば他国の方にお話すべき内容ではないのですが、これをお話しないことには納得していただけないと思いますので。早い話、我が領と中央との力関係をこれ以上崩したくないとジークバード伯爵様はお考えなのですよ」

「なるほど、そういう話ですか。出る杭は打たれると昔から申しますからな」

「はい。それでなくてもセレネ公国との友誼に恵まれたジークバード領は中央から少しばかり疎まれている状況。そこにエレナ様と他領の有力貴族との婚姻まで加わってしまうのはあまり好ましくないというわけです」

「事情はわからなくもありませんが、それならセレネ公国の人間でなくてもいいのでは? ご領地内にもエレナお嬢様に相応しいお相手が数多くいらっしゃるはずですよね?」

「何のしがらみもない良いお相手となってくると、それがなかなか。ジークバード伯爵様からすれば臣下に嫁がせることになるわけですから、それはそれで色々と難しい面があるらしいのです」


 そこまで聞いたディアルガー提督が熟考を重ねるように腕を組む。

 ディアルガー提督としてはストレイル男爵が話した内容もわからなくはなかったが、完全には納得がいっていない様子。

 ストレイル男爵の話にはどことなく取って付けたようなこじつけ感があったし、そのことをあまり隠そうともしていない。

 まるで裏に何か含むものがあることをわざわざ相手に伝えているかのような話し方にも思えた。


「ふーむ。そのようなお話をいただいたことは本国にお伝えしますが、こちらもエレナお嬢様のような高貴なお方の相手となるとなかなか」

「いやいや。そこまで身分が高い方でなくても構わないとの話です。むしろそのほうが中央を刺激しませんから」

「それはまあそうでしょうが」

「そうそう。レッド・グリーンウッド大佐などはいかがでしょうか? 年格好もエレナ様とお似合いのご様子。それにここだけの話ですがどうやらエレナ様が現在気になっている男性だとか」

「そうなのですか? そのような雰囲気を私はあまり感じなかったのですが」

「お付きのマーカスにも確認したので間違いございません。エレナ様はああいった気性ですので、好みの男性にはいささか過激な反応を取ってしまうことがあるらしいのですよ」

「なるほど。一応レッドにもそのような話があったとだけは伝えてみますが……」

「それで現在レッド殿に奥方が居たりなどは?」

「いや。現在独身であることは私も知っております。が、それ以上のこととなると。もしかしたら本国のほうに決まった相手が居るのかも知れませんな」

「そうですか。まあ、ジークバード伯爵様のほうはレッド殿が相手なら最悪第2夫人、第3夫人でも構わないと仰られていますので」

「まだ本決まりではなく、話半分ということでしたよね?」

「それはそうなのですが、私としては是非とも前向きにご検討していただきたいと。今後のジークバード領とセレネ公国の関係をより強固なものにすることにも繋がりますので」


 そういってストレイル男爵が軽く頭を下げる。

 話半分といったわりには、ストレイル男爵は積極的に婚姻関係を勧めているようにしか見えない。

 そのことを少しも隠そうとしていないのだから、逆に害意がない話であるようにも思えたが。

 そんなストレイル男爵の隣ではディアルガー提督が少しだけ困った様子で、ふぅっとため息を吐く様子があった。


 ◇


「本当に良かったのか? 城の中に俺たちなんかが入ってしまっても」

「もちろん、大丈夫さ。ディクソン伯爵にもエルセリアからの大切な客人を招待すると、きちんと断ってあるからね」


 俺とラウフローラは現在ブルーム城の中に滞在していた。

 俺はいかにも高級そうなソファに深々と腰掛けており、目の前の机の上にはメイドが淹れてくれたマテ茶が置かれていた。

 エルセリア王国との交渉の場でこういう雰囲気にも多少は慣れたつもりだが、小悪党に過ぎない俺にはやはりどこか場違いな場所のような気がしている。

 マガルムーク内の情報を多少集めるためにグレゴリー爺さんのパイプ亭に2,3日泊まるだけで、そのまますぐにジェネットの町へ戻るつもりだったのだが。


 現在こうなっているのも宿屋にルメロが現れたことにより、あのあとちょっとした騒動になったからだ。

 ロッキングチェアの町へ凱旋したときにでも見かけたのか、どうやらルメロの顔を見知っている住民に見つかったらしい。

 あれはルメロ王子ではないのかと誰かが声をあげた途端、町中の人間がグレゴリー爺さんのパイプ亭の周りに集まってきたように俺の目には映っていた。


 一応その場でも今回の助力に対するお礼をルメロから言われたのだが、これでは落ち着いて話もできないということになり、そのままブルーム城へ移動したという流れだ。

 その際ルメロは城門を守っていた兵士たちに、俺のことを大切な客人なのでルメロがこの城に滞在している間はそのまま黙って通すようにと命じていたぐらい。

 だが、ブルーム城の主はルメロではなく、ディクソン伯爵。

 いくらこの国の王子とはいえ、ルメロが他人の城でそんな勝手な命令を下してもいいのかと俺のほうが不安になったほどだ。

 まあ今回の内乱における結果で、それだけルメロの権力が増したってことなんだろう。城門を守っている兵士たちも直立不動の体勢で、ルメロからの命令に対して素直に頷いている様子だった。


「なら、いいが。といっても、再び俺たちがこの城を訪れることはそうそうないと思うぞ」

「僕のほうも今回の戦がすべて片付いたら、王都ドガへ移動するはずだと思うけどね」

「グラン領からは離れるのか?」

「いや、完全にはそうならないと思うよ。多分、行ったり来たりするんじゃないかな。まあシアード兄上の腹積もり次第にはなるだろうけど」

「そうか」

「ディーディーたちが王都ドガを訪れる機会があったら、そのときには遠慮なく僕のことを呼んでくれてもいいからね」

「さすがにそうもいかないだろ。本来であれば俺みたいな平民がこうして気軽に話しかけていい相手でもないんだ。たとえルメロが良くても、周りの人間が黙っちゃいないからな」

「ディーディーは僕の大切な友人なんだ。誰にも文句は言わせないさ。だってまた僕が危険な状況に陥ったら、ディーディーはきっと助けてくれるはずだからね」


 臆面もなくそんなことを言い放つルメロに俺は苦笑する。

 それでも思わず味方してやりたいと思わせる魅力が、ルメロのどこかにあるような気が俺はしていた。


「それにしても見事な腕だったよ。ディーディーが凄腕なのはわかっていたけど、さすがにあそこまでだとは思っていなかったからね。それに剣のほうもさぞや名のある名剣なんでしょ? アーティファクトであることは間違いなさそうだけど」

「あれか? さあ、どうだろうな? 先祖代々受け継がれてきた剣ではあるらしいが」

「魔剣グラヴじゃないのかってみんなは噂してたけどね」

「グラヴというと、英雄リグルズが持っていた魔剣か。生憎リグルズとはまったく関係がない剣だと思うぞ」

「そうなんだ……」


 俺とルメロがそんな他愛もない会話を交わしていたとき。

 部屋の外からメイドが扉をノックする音が聞こえ、ルメロに来客があることを告げてくる。


「ん? 誰だい? カイル、僕は忙しいからしばらく会えないと言っておいてくれないか?」

「リミエル様が尋ねてこられたと言っていたように聞こえましたが」

「姉様か。カイル、やっぱり待って。リミエル姉様なら部屋に招き入れてもいいから。ディーディーにもリミエル姉様のことを紹介しておくいい機会だと思うんだよね」

「承知しました」


 ルメロがそう言うなり、すぐに扉のほうに向かうカイル。

 そして扉の隙間から部屋の外の様子を確認したあと、カイルはある女性を部屋の中に招き入れていた。


 美しい女性だ。

 どことなく儚げで、優しそうな雰囲気もある。

 だが、俺は部屋の中に入ってきたその女性と目があった瞬間、その赤い瞳に吸い寄せられそうになっていた。

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