表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/121

88 マガルムーク王家の影

 ◇


 目抜き通りを抜け、ブルーム城に向かって整然と行進していく正規軍の兵士たち。

 その兵士たちに街角に居並んだ住民たちが歓声を上げながら手を振っており、ロッキングチェアの町は喜びで溢れ返っている様子だった。

 

 無事に帰ってきた息子の姿を軍隊の中に確認したのか、ホッと胸を撫で下ろした様子の中年女性。

 住居の2階から恋人らしき兵士に大声で呼びかけ、いまにも窓から飛び出しそうな勢いの若い女性の姿も見かける。


 戦争に勝った相手は同じマガルムーク人。

 けっして手放しで喜べる状況ではないはずだ。

 複雑そうな表情を浮かべた住民がまったく居なかったわけでもない。

 それに平民からすればマガルムークの王位に誰が就こうがあまり関係のない話。

 モーライズ村を襲った惨劇についても現時点ではこの町に伝わっていないはずなので、マクシミリアン侯爵があそこまで非道なことをする人間だとは思われていないのかも知れない。

 むろん、そうした者にしたところでこれでようやく平和な生活に戻れるという思いがあってもおかしくない。

 ロッキングチェアの住民たちの顔にはおおむね肯定的な表情が浮かんでいる様子だった。


「ルメロは? 今のところ目の前の大通りを通った様子がないが」

「さあ? いち早くブルーム城の中に入ったんじゃないのかしら?」

「王都ドガへ向かった可能性は?」

「それはおそらくないでしょうね。直属の部隊がこっちに戻ってきているみたいだから」


 フランテール湖畔にて見事反乱軍を打ち負かした正規軍。

 マクシミリアン侯爵はあれ以上の隠し玉を持っていなかったようで、俺が首なしを倒したことにより勢いに乗ったルメロ率いる左翼と、シアード王子の本隊に挟撃される形になり、徐々に押されていった反乱軍は日が落ちる前に敗走したそうだ。

 その直後、グールの掃討に手間取っていたドールマン卿率いる右翼も反乱軍の後方から襲いかかり、壊滅状態になった反乱軍の中心部に少数の護衛兵に守られたマクシミリアン侯爵の姿を見つけたという流れらしい。

 ただし、その場では殺されずに、捕まったあとブルーム城へ移送されたという話だったが。

 もちろん俺とラウフローラの身代わりはその途中で名誉の戦死を遂げている。


 そんな具合にマクシミリアン侯爵が捕まった時点で勝敗は決したのだろうが、王都ドガにはいまだ反乱軍の残党が残っている様子。

 そのために正規軍は軍勢をふた手に分け、シアード王子率いる本隊がそのまま王都ドガの解放へと向かい、残りの軍勢はロッキングチェアの町へ戻されたらしい。

 

 王都ドガ解放という華々しい役目からルメロが外されたのは、手柄を上げすぎたせいか?

 シアード王子からすれば、これ以上ルメロに手柄を立ててほしくないはず。

 王都ドガにはまだ反乱軍の残党が存在しているとはいえ、抵抗するほどの力は残されていないだろう。おそらくシアード王子の本隊が王都ドガに到着すると同時に、降伏という流れになるはずだ。


 マクシミリアン侯爵に勝利し、堂々と王都ドガへ凱旋するシアード王子。

 その場にルメロは必要ないというわけだ。

 ただし、戦場で会ったときにルメロがこの後ロッキングチェアの町へ戻るようなことを話していたので、単にそういう段取りだっただけなのかも知れないが。


 いずれにせよ俺とラウフローラはルメロから言われたとおり、ロッキングチェアの町を訪れていた。

 といっても、あのあとすぐに帰らず、ロッキングチェアの町に立ち寄ったのは、マガルムーク国内の情報収集のためだ。

 現在、ロッキングチェアの町やそこに隣接しているブルーム城の中には王都ドガから避難してきた貴族要人連中が数多く滞在しているという話。

 どうせなら今後のためにもそいつらの情報を入手しておこうってわけだ。

 というのも、ルメロ以外にもマガルムーク貴族と何らかの繋がりを持っておいたほうがいいと俺は考えているからだ。

 ルメロにこれだけ味方しておいてなんだが、ギフトの話のときルメロに嘘っぽい反応が見られたことがちょっとだけ気にかかっているということもある。

 まあ、疑っているというより、油断のおけない相手だと認識しているといったほうが正しいだろうが。  

 いずれにせよ、ルメロ以外の選択肢や交友関係を広げておいたほうが無難だろう。

  

 本当はシアード王子の為人ひととなりを知る良い機会だと考えたのだが、当てが外れそのまま王都ドガに向かってしまったので、そこは諦めるほかない。

 そのほかで比較的情報を得ておきたい相手となると、ここブルーム城の主であるディクソン伯爵辺りか。

 ディクソン伯爵はマガルムーク北東部を領有する大貴族らしく、シアード王子からの信任も厚い様子。少なくとも現在のマガルムークにおける重要人物であることだけは間違っていないはずだ。


 とはいえ、それらはどちらかといえばディーディーではなく、レッドのほうの役目。

 今回はそこまで時間をかけるつもりもないので、知己ちきを得ることまではせず、ラウフローラに顔と名前を覚えさせておく程度のつもりだった。


「それでどうする? この様子では城まで会いに行っても門前払いを食らうような気がするけど?」


 ラウフローラがそう言ったのもブルーム城の警備が予想以上に厳重だったせいだ。

 兵士たちに付いていった町の住民が衛兵に追い払われていたぐらい。

 現在、反乱軍の捕虜や謀反の張本人であるマクシミリアン侯爵がブルーム城内に幽閉されているためだろう。 

 そのため初めに考えていたラウフローラにこっそり城内に忍び込こませ、貴族連中の情報を探ってくるという案は俺も引っ込めざるを得なかった。


「そうだな。俺たちが泊まる宿を衛兵に教えて、ルメロに伝言してもらうしかないか。ルメロから呼ばれてやってきたのだと話せば、さすがに伝言ぐらいならしてくれるはずだ。もし2,3日待っても反応がないようなら、そのときには諦めて帰ればいい」

「1週間とちょっとぐらいなら余裕があるわよ」

「いや、ルメロと会えないのなら今回はそれで構わない。ほかの貴族の情報にしたって、今のところそこまで重要度が高いわけでもないしな」


 のんびりと落ち合う場所を決めていられるような状況ではなかったので、会えなくても仕方あるまい。

 それにロッキングチェアの町に立ち寄ったのはあくまでもついでだ。

 情報を得る機会ならこの先いくらでも訪れるはずだし、何ならセレネ公国から正式に使者を送って接触を図っても構わない。

 もちろん俺が直接出張るとルメロに正体がバレてしまうので、エルパドールかバルムンド辺りに任せることになると思うが。


「わかったわ。それじゃあ先に宿屋探しね」

「どこかに良さげな宿屋はあったか?」

「さっき町の住人に聞いてみたら、グレゴリー爺さんのパイプ亭がお勧めですって。一応場所のほうも確認済みよ」

「飯が美味いといいんだがな」

「どうかしらね? 殘念ながらジェネットの町にあった天翔けるアヒル亭とそこまで変わらないはずだと思うけれど」


 ラウフローラとそんな会話を交わしながら宿屋へ向かう。

 大通りではいまだにロッキングチェアの町の住民たちが兵士たちに向かって喝采を送っている様子があった。


 ◆


 ブルーム城にある一室。

 現在、ブルーム城全体が喜びに満ちた熱気と喧騒の中に包まれているというのに、何故かその部屋だけはじめっとした重苦しい空気が漂っていた。


 それというのも、ベッドに横たわったまま苦しそうに咳き込む男性の姿があったせいだろう。

 そのそばに置かれた椅子にちょこんと腰掛け、心配そうに男性の様子を見守っている女性の姿も見える。


 一見したところ、ふたりの関係は祖父とその孫娘のように見えてもおかしくなかった。

 が、実際には孫でも親子でもなく、男性のほうがジュリアス・フォート・ジェス・マガルムーク公爵。

 そして女性のほうはジュリアス公の姪にあたるリミエル・サージェナ・ジェス・マガルムーク姫だった。


 ジュリアス公本人は王都ドガでの反乱から運良く逃げ延び、ここブルーム城に一旦身を寄せたものの、その後ほどなくして調子を崩してしまい、こうしてずっと床に臥せっているような状態。

 ジュリアス公の家族はいまだ王都ドガに囚われている状況らしく、姪にあたるリミエル姫がジュリアス公の看病をしているという状況だった。

 

「叔父さま。お薬の時間ですよ」


 リミエル姫がそう言って、陶器で出来た薬が入っているらしい器を渡そうとする。

 が、その薬を受け取る前にジュリアス公はリミエル姫に問いかけていた。


「ゴホッ、ゴホッ……。外の様子が騒がしいようだが、戦いのほうはどうなった? シアードは勝ったのか?」

「ええ、叔父さま。見事、反乱軍を打ち破ったそうです。あとは王都を奪還するだけだとか」

「そうか。シアードやルメロなら兄上の仇を取ってくれると思っておったが。あとはロザーナやポールが無事で居てくれることを祈るのみか。ゴホッ……」

「大丈夫ですわ。叔母さまたちも無事に違いありません。早く病を治して一緒にドガへ戻りましょう」

「リミエル……。ひとつだけ頼まれてくれないだろうか?」

「はい? 何でしょうか?」

「おそらくワシは長くない。最後にひと目だけでもロザーナの顔を見たかったが、どうやらそうもいかないらしい。もしこのあとロザーナたちと会う機会があれば、ドガから救い出せなかったことをワシが謝っていたとリミエルの口から伝えてほしいのだ」

「叔父さま……」


 そんなジュリアス公の言葉に対し、リミエルはそんなことはありませんとはっきり口に出せなかった。

 ジュリアス公の容態を診た治療師の話では、おそらく今年の冬は越せないだろうという見込み。一緒にドガに戻りましょうという言葉も所詮は気休めに過ぎなかったからだ。

 その前にリミエルが王都ドガまで赴き、ロザーナ夫人やジュリアス公の息子であるポール卿を連れてくることも考えたが、そのふたりにしても生死が不明の状況。そのため、動けないジュリアス公の代わりに自分がふたりをドガから連れてきますなんてこともリミエルとしては言い出せなかった。


「ふふっ。叔父さまは今、病で気が弱っているだけですよ。お薬をのんでいれば必ず良くなりますからね」


 リミエルが笑いながらそう言うと、ジュリアス公に薬をのむように再び促す。

 そしてジュリアン公を安心させるためになのか、にこやかに微笑むリミエル。

 だが、そんなリミエルの赤い瞳にはどことなく憂いを帯びている様子が浮かんでいた。


 ◆


 ルメロとカイルは現在、ブルーム城の長い廊下を大広間へと向かって歩いていた。

 戦いに勝利したシアード王子がそのまま王都ドガへ向かったことと、ドールマン卿がマクシミリアン侯爵を虜囚にしたことをほかの貴族連中にも知らせるためだ。

 当然ながらそれらの情報は伝令から逐一ディクソン伯爵に伝わっているはずで、形ばかりの報告でしかなかったが。


「カイル。悪いんだけど、今からディーディーがロッキングチェアの町にやって来ていないか、宿屋のほうをひと通りあたってみてくれないか?」

「はっ。承知しました」

「すまないね。それでもしディーディーがここに来ているようなら、手が空き次第すぐにこちらから訪ねるからと言っておいて」

「よろしいのですか? 戦果の報告後も様々な貴族の方たちからの接触があったりと、お忙しい身になられるかと思われますが」

「多分そうなるだろうね。ここぞとばかりに自分のことを売り込んでくるんじゃないかな? 元グレコイシス派の貴族は特にね。まあ、そっちのほうは後回しにしても構わないだろう。今はディーディーへのお礼のほうが先だ。彼だけは何としてでも味方に付けておきたい」

「わかりました。それでは行って参ります」

「頼んだよ、カイル」


 ルメロに頭を下げ、すぐにカイルが今来た道を戻っていく。

 そしてルメロのほうはそのままブルーム城の廊下を大広間に向かって進んでいた。


 と、廊下の左手側にある扉がゆっくりと開かれ、その中から懐かしい人物が顔を覗かせていることにルメロは気付いた。


「リミエル姉様……」


 ルメロとは少しだけ年の離れた異母兄弟であるリミエル姫。

 リミエルとはここ数年ほど会っていなかったが、儚げで優しい面影が今もルメロの記憶の中にあった。

 グレコイシスやシアードとの兄弟仲がお世辞にも良かったとは言えないルメロが、多少なりとも心を許せたのがこのリミエルだった。


「ルメロ様?」

「お久しぶりです、リミエル姉様。姉様はメルカートの町で静養中だとばかり思っていましたよ。もしやあちらも戦火に?」

「いいえ。メルカートのほうは比較的平和な状況でしたわ。私がロッキングチェアにやってきたのは、こちらに避難されているジュリアス叔父さまの具合が悪くなっていると聞いたからです」

「なるほど。姉様はジュリアス叔父上から得に可愛がってもらってましたからね」

「叔父さまはルメロ様のことだって気にかけていますよ。もちろん私もそうですが」

「姉様ぐらいのものですよ。庶子に過ぎない僕のことをいつも気にかけてくれていたのは」

「そんなことは……。それにしてもいつの間にかご立派になられた様子で。何でも此度の戦いで華々しい戦果をあげられたとか」

「姉様にルメロ様なんて呼ばれるとこちらが恥ずかしくなってしまいますよ。昔のようにルメロと呼び捨てにしてくれて構いません」

「そうは参りません。ルメロ様はこれからのマガルムークを背負って立つ貴重なお方なのですから」

「それはリミエル姉様も同じでしょう? もはや病弱と偽り、田舎に隠れていられるような立場ではなくなっているのですからね」

「私のような人間は表に姿を現さないほうがいいのですよ」

「姉様はまだその赤い瞳のことを気にされているのですか?」

「ッ……」

「リミエル姉様。実を言うと最近僕にはマガルムーク以外の大切な友人が出来ましてね。ここだけの話、その友人の恋人らしき女性も赤い瞳の持ち主だったのですよ」

「え?」

「瞳の色なんか気にするほどのことではないと僕は言っているのです」

「ですが……」

「そもそも姉様の母上であられるレミナ様もその血筋を遡ればマガルムークの王族に繋がっています。となれば姉様だけでなく、僕やほかの王族の中にも古き民の血が流れていると考えるのが普通なのではないでしょうか?」

「ルメロ様、そのようなことを口にしてはなりません。もし誰かに聞かれでもしたら……」

「そうは言っても、僕には些細な問題でしかありませんからね。マガルムークはこの先、まだまだ混乱が続くはずです。内乱のほうはこれで一応方が付きましたが、今後ドゥワイゼ帝国がどう出てくるか? いつまでも大人しくしているとは思えませんので」

「ですが、そのような予兆はないのですよね?」

「モーザ・ドッグ同士が縄張り争いをしている間は遠くから様子を眺めているだけなのに、双方が弱ったと見るや一気に襲いかかってくる灰色狼と一緒ですよ」

「それではまだ戦乱が続きそうなのですか?」

「おそらくは……。そうなったときのためにも頼りになる味方を多く作っておかないといけませんね」

「それはエルセリア王国のことでしょうか?」

「さあ。それはどうなんでしょうか。すみません、姉様。これから戦果の報告があるので、またあとでゆっくりとお話をしましょう。ジュリアス叔父上の容態もそのとき一緒に伺いたいので」


 それだけ言ってルメロはリミエルと別れ、大広間に急ぐ。

 その後方からは不安そうなリミエルの嘆息が聞こえていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ