86 内乱の終わり
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その場では激しい一騎打ちが繰り広げられていた。
女性兵士も加勢しようと弓を引き絞っていたが、仲間らしい男の兵士と首なしのふたりが激しく動き回っているせいで、なかなか的を絞りきれない様子。
悲鳴を上げるように何度も何度も交差する首なしと兵士の剣。
その首なしが持っている剣にルメロは見覚えがあった。
かつてガウルザーク将軍が使っていた大剣と似ていたからだ。
一方男の兵士が使っている剣も漆黒の刀身が特徴的。
リグルズといえば魔剣グラヴが有名ではあったが、なにせ遠い昔から語り継がれてきた伝承だ。どのような見た目かまでは正確に伝わっておらず、兵士の持っている剣がそうなのかルメロにもわからなかった。
ただルメロの目にはどちらの剣もアーティファクトであるように見える。流れるような剣の軌道を青白いマナの光が追いかけていたからだ。
それと両者の技量にはそれほど差がないように思える。
いや、単純な剣の技量でいえば首なしのほうがはるかに高かっただろう。が、それを覆してしまうほどの鋭さが兵士が振るう剣からは感じられた。
と、そんなふたりの戦いの隙を見て、女性兵士からも援護の矢が放たれる。
が、その矢は首なしの鎧を貫通できずにそのまま跳ね返されていた。
そんな様子をルメロやカイル、そしてルメロを守るためにそばに残っていた兵士も固唾を呑んで見守っている様子。むろんいまだ戦闘中であり、ほとんどの兵士はそんなことにかまける暇などなく、敵味方に分かれて戦っている様子だったが。
「ルメロ様。あれが英雄リグルズの生まれ変わりだと噂されている兵士ではないかと……」
ルメロの隣に居たカイルがそんな言葉を口にする。
「へええ。彼が噂の人物だったとはね。それにしてもいったいどういうつもりなんだろうね?」
「はい? どういうつもりとは?」
「カイル。あれは多分ディーディーだよ」
「え?」
「おそらく間違いないと思う。征服者の星の持ち主で、属性まで太陽となるとそうそう居るとは思えないからね」
「ルメロ様のギフトに引っかかっていたのですか?」
「うん。一瞬だけね」
「ということは、リグルズの生まれ変わりの正体はディーディー殿だったと。ドレイクを倒せるほどの強者であることは知っておりましたが」
「だけど、何でそのディーディーがマガルムークの戦の場に? それに僕に手を貸す気なら正体を隠す必要なんかないように思うんだけど」
「はっ。もしやエルセリア人とは真っ赤なウソで、元々ほかの貴族からの回し者だったのでは?」
「そんなことはないと願いたいけど……」
ルメロとカイルがそんな会話を交わしているうちにも、ふたりの一騎打ちには少しずつ変化が訪れていた。
首なしが剣を大きく弾かれたことにより、その場でたたらを踏む。
そして兵士がさらに一歩踏み込んで漆黒の剣を振るうと、首なしの鎧中央に大きな傷跡を残していた。
さらにひと振り、ふた振りと。
剣を打ち合うたびに兵士のほうの剣が鋭さを増しているのは、ルメロだけでなく誰の目にもあきらかだったはず。
そしてついに兵士の攻撃が首なしの身体をまともに捉えていた。
くるくると回転しながらがら落下し、地面へと突き刺さる大剣。
兵士の攻撃により、首なしの右腕が大剣を握ったままの状態でガントレットごと斬り落とされていたからだ。
右腕を失くした首なしがそれでも残った左腕のみで兵士のことを掴もうとする。
が、その左腕も結局は漆黒の剣で軽々と斬り落とされていた。
両手を失った首なしに対し、兵士が真正面から力任せの一撃を振るう。
首なしの鎧がその剣を弾くことはなく、その場に残されていたものは真っ二つになった首なしの身体だった。
「すごい……」
ルメロの口から感嘆の声が漏れる。
といっても、そう思ったのはルメロだけではなかったはず。カイルやルメロのことを守るために残っていた兵士たちも皆似たような想いだったに違いない。
少なくともまだ戦いの最中だというのに兵士たちからは歓声が沸き起こっていたぐらいだ。
そこかしこから英雄リグルズを称える声が巻き起こり、その声を聞いた反乱軍の兵士が逃げ出そうとする姿も見られた。
「英雄リグルズが首なしのガウルザーク将軍を打ち倒したぞ。皆、残りの反乱軍を根絶やしにするんだ!」
どこからともなく上がったそんな言葉に、正規軍の兵士たちが勢い立って残った反乱軍へと襲いかかっていく。
「ルメロ様。ここが攻め時かと」
「ああ、どうやら本隊のほうも動き出したみたいだ。我々も全力で攻めよう」
今が好機だと踏んだルメロの指示により、ルメロのことを守っていた兵士たちまで味方の助勢に駆け付けていく。
「それにしても彼らを敵に回したらマズそうですね。私ではとても歯が立たないかと。剣の技量だけならどうにか太刀打ちできる隙が見つかるかも知れませんが、あの剣は本当に斬れ味が良過ぎる」
「もしかしたら剣のほうは本物の魔剣グラヴなのかもね」
首なしのほうを見ると上半身だけはまだしぶとく動いている様子だったが、これなら一般の兵士でも何とかなるはず。
そんな首なしにトドメを刺そうともせず、後ろを振り向いてこちらへやってくる男女ふたりの兵士の姿がルメロたちの視界には映っていた。
「ルメロ様。念のため、少しだけお下がりください」
カイルがそう忠告して、ルメロを庇うように前方に立ち塞がる。
カイルとしてもさすがにこの場でディーディーがルメロに何かするとは考えていなかったが、わざわざあの兄妹が戦場にやってきた思惑が掴めなかったせいだ。
が、そんなカイルの心配は杞憂に過ぎなかったらしい。
ルメロのすぐそばまでやってきたふたりがその場で恭しく膝を折ると、ルメロとカイルだけに聞こえるような小声で話しかけてきてきた。
「俺たちが手を貸すのはここまでだ」
頭を下げたまま、ディーディーがそんな言葉を口にする。
おそらく周囲の兵士たちからは首なしを倒した兵士がルメロに対して臣下の礼をとっているように見えていたはずだ。
「ディーディー……なんだよね?」
「ああ、そうだ」
「やっぱり。でも、これはどういうことなんだい? 僕に手を貸してくれたってことは今の言葉でわかったけど」
「早い話、すべてお前の手柄にしろってことだ。俺たち兄妹はこのあと死んだことにするのでな」
「死んだことに?」
「そうだ。里の秘密なんで詳しくは話せないが、このあとそういう仕掛けがあるとだけ理解してくれればいい。ようは俺たちふたりのことを、ルメロが雇った傭兵だったなり、ルメロの家臣だったなりと偽ってもバレないってことだ。そうすれば俺の活躍はお前の功績ということになるだろ?」
「そりゃそうだけど……。だけど、いったいどういう風の吹き回しなのか多少気になるね」
「正規軍が手痛い敗北を重ねたと聞いてな。こうして救援に駆け付けたってわけさ。ルメロからすれば余計なお世話だったのかも知れないが、俺に借りをひとつ作ったと思ってくれ。後日ルメロがこの貸しを返してくれればいい」
「そういうことだったら事前に僕に話してくれても良かったのに」
「そうはいっても俺がジェネットの町に到着したのはルメロが出発したあとだったんでな。それにここに来るまでエルセリア人の俺が手を貸すべきかどうか悩んでいたってのもある」
「なるほど。そういうことか。だけど僕にその借りを返せるかどうかわからないんだけど?」
「そこまで大きな貸しだとは俺も思っていないので安心しろ。マガルムークの内乱が早く終わってくれないと俺たちも困るという理由だってある。岩塩の取り引きだってずっと滞ったままだからな。それに以前ルメロから家臣に誘われたのを断っているだろ。あのときの償いの意味も含まれているのさ」
「そういうことなら僕にとってとても有り難い話になるけど、ディーディーはそれでいいのかい?」
「良くなければこうやって手を貸したりはしない」
「それは今後も僕の味方になってくれると受け取っていいんだよね?」
「それ以外に受け取りようがあるか?」
「いや。そういうことなら承知した。というかディーディー、本当に感謝するよ」
「じゃあな。俺たちはこれでお役御免だ。もしこの先また強敵が現れたとしても、死んだことになっている俺たちは手を貸せないんでな。とはいえ、ここまでお膳立てしてやったんだ。戦争に勝てませんでしたなんてのは勘弁してくれよ」
「もちろん勝って見せるさ。というか、これでエルセリアに帰ってしまう気じゃないだろうね?」
「そうする予定だが……」
「何か急ぎの用事でもあるのかい?」
「いや。そういうわけでもないが」
「だったらロッキングチェアの町のほうへ立ち寄ってくれない? この内乱が終わったあとにでも、ふたりで会ってきちんとお礼を述べたいんだ。この戦争に勝っても僕はしばらくの間、ロッキングチェアの町から動けそうにないからね」
「わかった。考えておく」
ディーディーがそれだけ言うと妹のローラらしき兵士を引き連れてその場から去っていく。
その姿を目で追いかける兵士もその場には何人か居たが、さすがに戦争の只中なのに実際に追いかけようとする人間までは現れなかった。
そしてディーディーたちの姿が完全に消え去ったあと、ルメロがいたずらっぽく口を開く。
「カイル、どうやら僕には強運が味方しているみたいだ。なにより古き民が味方に付いたってのはこの先大きいよね」
「はい。天がルメロ様にマガルムークの玉座を差し出しているのかと」
「だけど、この内乱に勝利しなければ何も意味がない。せっかくディーディーがここまでお膳立てしてくれたんだ。それをきちんとものにしないとね」
「はっ。必ずやルメロ様に勝利を献上いたします」
ルメロの顔から焦燥の色が消える。
まるで歯が立たなかった首なしという脅威が消え去ったからだろう。
首なしのせいでけっこうな被害を受けたとはいえ、今ならまだ正規軍が盛り返せる状況。
それにディーディーという頼もしい人物が味方に付いたこともある。ルメロからすれば一気に将来への展望が開けたような気分になってもおかしくない。
が、そんなルメロの瞳にはどことなく暗い影が宿っている様子だった。
◇
「戦況のほうはどうだ、アケイオス?」
静まり返った森の中。
マガルムークで果たすべき仕事を終えた俺とラウフローラは、その森の中でアケイオスと合流し、あとはルメロに任せて静観を決め込むことにした。
マガルムークの行く末を俺が決めていいものかとあれほど悩んでいたわりには、自分でもやり過ぎだったんじゃないかと思うほどの戦果を上げているはずだ。
まあ、それも仕方ない。
マクシミリアン侯爵のような暴君にマガルムークの王になられたらマズいし、俺たちにとっては繋がりのあるルメロにマガルムークの権力を握ってもらったほうが都合がいいのだから。
首なし2体を俺が倒したことにより、今後は正規軍有利に戦況が運ぶはずだ。
とはいえ、これで勝敗が決したわけでもない。
現在戦場に駆り出されている両軍の兵士数にはほぼ差がない様子だったし、まだ何か奥の手を反乱軍が隠し持っている可能性だってある。
が、これで正規軍が負けるようなら仕方ない。これ以上はさすがに手を出し過ぎだろう。
「遠目からのピット映像になりますが、どうやら正危軍のほうがだいぶ押し込んでいるみたいですね」
「俺たちの身代わりは?」
「現在は味方の兵士とともに敵軍の兵士を倒し回っている最中です。あとは良いタイミングを見計らい、少々無茶な突撃を仕掛けて殺されるだけですね」
「あとで身元がバレないだろうな?」
「簡易的な顔面整形を施してありますので、外見から露呈する恐れはないかと。ですが、ギフトか何かで個人が特定できるとなってくると、話が変わってきてしまいますが……」
「それは仕方あるまい。イレギュラー要素すべての対応策を取っていたら切りがないんでな」
そんな感じに現在の状況を俺とアケイオスで話し合っていたそのとき――。
俺は不意にラウフローラからの足払いを食らい、その場で視界が真上を向いていた。
と、同時に俺の頭があった場所を何かが通り過ぎる。
それが鎌のような武器だと気付いたときには俺はみっともなく地面に尻もちをついていた。
「貴様らか? こそこそと我の邪魔をしている鼠は?」
突然、静まり返った森の中にそんな不気味な声が響く。
いつの間にか俺のすぐ目の前にある空中に影のような黒い存在が浮かんでいた。




