84 宝剣ディラーン
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「けっして無茶をするな! 敵軍を一気に突破させないことだけに専念して、ゆっくりと後退していけばいい!」
戦場ではそんなカイルの檄が飛んでいた。
その檄に従い、味方の兵士たちは敵兵を挑発しながらも、じりっ、じりっと少しずつ後退している様子。
ひと当てしては距離を置き、またひと当てしては距離を置いてと、敵側にもあきらかに時間稼ぎだととわかる動きをしていた。
左翼に展開していたルメロの部隊にはこれまであまり被害が出ていない。
それにカイルの指揮能力だって確かなものだ。劣勢には違いなかったが別の戦い方だってあったのかも知れない。
が、所詮は多勢に無勢でしかなかった。
現在相手をしているのはマクシミリアン侯爵が率いる本隊。
しかもルメロは部隊の3分の1をゲンペルー男爵に率いさせてシアード殿下の救援に向かわせている状況。下手をすれば一気に蹂躙されることだってあり得る話だった。
確かに多少の時間稼ぎは出来ている。
が、ひとりまたひとりと、その場に倒れ伏していく味方兵士の姿を目にしたカイルは相当に焦りを隠せない様子だった。
「ルメロ様! そんなに前線にお出になられていては危険です。もっと後方へお下がりください!」
前線を抜けて近付いてこようとした敵兵を剣で刺し貫いたあと、足蹴にして剣を抜きながらカイルがそう叫ぶ。
とはいえ、ルメロが勇み立って前線へ出てきたわけではない。
徐々に戦場が東へ東へと移っているうちに、その場からほとんど動かなかったルメロが前線に押し出される形になっただけだ。
本来なら味方が後退する動きに合わせてルメロも移動するべきだったのだろうが、ルメロとしてはここで引くわけにはいかなかった。
この場で少しでも勇猛なところを見せておく必要がある。その評判だって必ずやこの後に繋がってくるはずなのだから。
そんなルメロの姿が兵士たちの目には豪胆に映っていただろうが、実際にはそこまで肝が座っていたわけでもない。本当は戦場の雰囲気に呑まれていたぐらいだ。
なにしろここまで至近距離で戦闘に巻き込まれたのはこれが初めて。
敵兵の剣が直接届く範囲にはいなかったが、弓矢や投槍なら充分に当てられる距離だ。
マガルムークとドゥワイゼ帝国の小競り合いの場に第1王子グレコイシスに随行して激励に訪れた経験ならあったが、そのときにはただ砦の上から両軍の戦闘の様子を眺めていただけ。
こんなにも身近に死を感じた経験はこれが初めてだったのだろう。ルメロの身体はかすかに震えている様子だった。
「ルメロ様!」
「あ、ああ。ぼ、僕のことは放っておいて構わないから、カイルはそのまま指揮を執り続けてくれ」
「そんなわけには参りません。私の一番重要な任務はルメロ様をお守りすることですから。いずれにせよ、全体的にもう少し後退したほうがいいかと」
「まだやれそうかい?」
「そろそろ限界です。それにこの兵力差では適度に距離を空けておかないと一気にやられてしまいますので」
「わ、わかった」
そんなカイルの指示を受け、近くに居た伝令がラッパを吹き、突出していた兵士たちに後退の指示を出す。
と同時に、後方に控えていた弓兵隊も矢を番えていた。
元々ゆっくりと後退しながら戦闘を行っていたが、ここに来て正規軍の兵が一気に距離を取ろうとしているのだ。
そんな動きを敵だって見逃すはずがない。反乱軍は背後から追撃して襲いかかろうとする動きを見せていた。
その反乱軍に向かって味方の弓兵隊からは山なりの矢が雨あられのように放たれる。
味方が後退するのを援護するためだ。
といっても、それでまったく味方に被害を出さずに後退できたわけでもない。
ただし極力被害を抑えている様子で、ルメロの軍勢は一度マクシミリアン侯爵の本隊と距離を置き、見事体勢を立て直していた。
先日ルメロからの奇襲にあったせいでマクシミリアン侯爵としても何かあると警戒したのかも知れない。
一瞬だけ両軍の間にも膠着状態が生まれている様子だった。
「思っていたより味方に被害を出してしまいました。ルメロ様、申し訳ありません」
「敵の本隊相手に時間を稼ぐのがこちらの目的だったんだ。ある程度被害を被るのは仕方ない。そんな状況にしてはカイルはよくやったほうさ。それより兄上のほうはどんな感じだい?」
「すぐに確かめてみます。伝令、報告を!」
そのカイルの言葉を聞き、即座に伝令が駆け寄ってくる。
「本隊の様子は?」
「はっ。いまのところ完全にはグールの掃討が済んでいない様子ですが、反乱軍が動き出したという情報が伝わったため、少しずつこちらへ向かって前進している模様です。まもなく本隊も見えてくるころかと」
「ドールマン卿が率いている右翼の動きは?」
「おそらく反乱軍の後方へ迂回するつもりではないかと。途中で報告が途切れたため、詳細はわかりませんが」
「ルメロ様、どうなされますか?」
「そうだね。本隊に迎撃の準備が整ったようなら、これ以上ここで粘るのも馬鹿らしい。だけど、こっちはこっちで南側からの攻撃を続けたほうがよさそう気もするけど……」
「ええ。そのほうがよろしいかと存じます」
反乱軍は西から東へと攻め込んできている。
ルメロの軍勢が一旦引けば、その後は東側から前進してくる正規軍本隊とぶつかることになる。さすがに正規軍本隊を無視してルメロの軍勢を追うわけにはいかないはず。
そこに南側からも再度ルメロが軍勢をぶつけようという作戦だろう。
そんな会話をカイルとルメロが交わしたそのとき――、
「出たぞ! ガウルザーク将軍の亡霊だ。みんな気を付けろ。ガウルザーク将軍の首なしが現れたぞ!」
どこからともなくそんな叫び声が上がっていた。
◇
どうやってこんなにも多くのグールが本陣へと雪崩れ込めたのか、俺には少々疑問だった。
確かに辺り一帯には深い霧が立ち込めているので視界も悪かったはずだ。
が、哨戒任務にあたっていた兵士だっているはず。それがまったく気付かなかったってのもどこかおかしい。
いくら視界が悪かろうとも少なくとも何名かはグールの存在に気付き、叫び声のひとつぐらい上がっていなければおかしいはずだ。
となると、やはり魔法のようなものが関係しているのか?
まあ、そこは今考えたところであまり意味がないか。
神経毒のようなものを撒き散らされたわけではなさそうだし、一応留意しておくだけで充分だろう。
いきなりグールに強襲されたために正規軍もやや手こずっているみたいだが、それでも今はだいぶ数を減らしている様子だ。
このまま放っておいてもおそらく問題ないだろう。このまま正規軍がやられるとは思えないし、俺がグール掃討に駆け回るのも時間の無駄だ。
そんなわけで俺とラウフローラもほどほどにグールを倒しながらルメロが居る西の方向へと向かっていた。
だが、すでに正規軍本隊の前線はマクシミリアン侯爵率いる反乱軍本隊と接敵している様子。
前線では正規軍と反乱軍の一部がぶつかっており、そこらじゅうから激しい剣戟の音が聞こえている。
そんな中、俺はあるものを目にしたせいでその場に立ち止まっていた。
騎馬に跨ったひとりの敵兵の姿と、その敵兵を数十名の正規軍の兵士たちが遠巻きに囲んでいる姿だ。
それだけではなく、その場にはすでにかなりの数の味方兵士が倒されて屍になっている姿があった。
「気を付けろ。あいつは非常に危険だ。ガルバイン砦でもあいつのせいで総崩れになったぐらいだからな。全員で一斉に襲いかかるんだ」
「た、隊長! あの魔物が持っている剣は宝剣ディラーンに間違いありません。だとすれば、やはりあれは先王陛下なのでは……」
「そんな馬鹿なことなどあるものかッ! 貴様の目にはあれが先王陛下の姿に映っているとでも言うのか?」
「ですが、たしか宝剣ディラーンはマガルムークの王族にしか扱えないという話だったはずで……」
「五月蝿い、黙れッ! 敵はおそらく宝剣ディラーンに似た剣を魔物に持たせて、我らのことをたぶらかそうとしておるに違いない。そんなこともわからんのかッ! よもや貴様、敵側の密偵ではなかろうな?」
「ち、違います。先王陛下のご遺体に対して我々が剣を向けてもいいものか心配だっただけで」
「違うと申しているであろう! あれは先王陛下などではなく、ただの魔物だ。これ以上つべこべ言うようであれば、貴様の首から上もあの魔物のように失うことになるぞ!」
「ひっ!」
すぐそばに近寄ってみるまでもない。
遠目から見てもその敵兵の首から上がないことははっきりと見てとれたし、手にしたやたらと派手な剣が青白く光っているように俺には見えていた。
鎧だってそこらじゅうにゴテゴテとした装飾が散りばめられており、いかにも何かありそうな鎧。
それらがいわゆるこの世界でアーティファクトと呼ぼれる類いの品物だろうということは俺にも予想が付いた。
アーティファクトが大気中のマナを吸収する際に発光現象を伴うという話を以前聞いたことがあるからだ。
そして敵兵が跨っている馬もまた非常に不気味だった。
気のせいかも知れないが、馬の顔がまるで人間が笑っているように俺の目には見えていたからだ。
どうやらラウフローラもその様子に気付いたようで、すぐに俺のそばまで近寄ってくる。
「ヤバそうなのが居るわね」
「ああ。どうもあれがガルバイン砦で負けた要因らしいが」
取り囲んでゆっくりとその輪を縮めていく兵士たち。
もちろん周りにはまだまだ味方の兵士だってたくさん居たが、敵兵を取り囲んだのは10名前後だろう。
その兵士たちが手にした槍を一斉に突き出す。
が、それらの攻撃が届く前に、首なしが剣を軽くひと振りしただけで槍もろとも兵士たちの身体が吹き飛んでいた。
「ローラ、今何か見えたか?」
「ええ。マナエネルギーの爆発による衝撃波を観測しているわ」
「なるほどね。それで威力のほうは?」
「エネルギー量としてはそれほどでもないはずよ。こちらのシールドを突き抜けてくることはまずないでしょうね。といっても、この世界の兵士には充分な殺傷能力を持った武器になるでしょうけれど」
真正面に居て衝撃波の直撃をもろに食らったらしい兵士の片腕が千切れ、うめき声を上げる。
ある程度距離があったにもかかわらず、敵兵の攻撃は届いていたらしい。
おそらくあれがあの剣の能力なのだろう。飛び道具とでも思ったほうがいいのか?
俺がそんなことを考えているうちに、首なしは騎馬ごと体当たりするように兵士たちの集団に突っ込んでいた。
そのまま馬の蹄に踏み潰される兵士。
青白い剣で胴体をひと薙ぎにされ、その場に崩れ落ちる兵士。
剣の斬れ味のほうも相当なものらしく、まるで鎧など着ていなかったかのように易々と兵士たちの身体が刺し貫かれていく。
兵士たちだって必死に応戦している様子だ。
が、首なしにはまるで攻撃が通じていない様子。その場にはまたたくまに味方兵士の死体が積み重なっていた。
「ちっ。やばそうだな」
「どうする? 私たちで始末する?」
「どうやらそうするしかなさそうだ。いくぞ、ローラ」
首なしに向けて、俺とラウフローラが駆け出す。
少しだけ怯んだ様子も見られる味方兵士たちの間を通り抜け、俺は首なしと戦場で相対していた。




