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74 安住の地にて

 ◇


「提督、後のことは頼みましたよ」

「はっ。姫様」


 港町ポートラルゴの桟橋。

 その桟橋ではバルムンドとストレイル男爵が並んで、セレネ公国へと一時帰国する運びになった俺とラウフローラのことを見送っていた。

 交渉相手であるディフリード男爵はすでに王都エルシアードへ向けて旅立っており、ジークバード伯爵もエレナを伴い拠点であるリンガーフッドのほうへと戻っている。

 先日の会食のあと、ディフリード男爵やジークバード伯爵と何度か協議を重ね、諸々の条件に関して合意に至っていたからだ。


「ストレイル様。此度の尽力、大変感謝致します。おかげで友好的な関係が築けそうですわ」

「そう仰っていただければ幸甚こうじんの至り。アルフォンス男爵の一件でフローラ様には大変不快な想いをさせてしまったのではないかと、未だに気が気でなかったもので」

「私も少しだけ感情的になりましたからお互い様ですね。エルセリア王国からの正式な謝罪もいただきましたし、今後のためにも先日の件は忘れましょう」

「左様でございますね。今後両国が良い関係を築いていくことこそ、何よりも重要ですから」


 細かい点に関しては多少譲歩したところもあるが、概ね満足のいく結果に終わっている。

 あとは王や議会などの承認を得た批准書ひじゅんしょを交換すれば、セレネ公国とエルセリア王国との間に正式な国交が結ばれるという流れ。

 そのために俺たちも魔導船ヴィクトーリア号へ乗船し、セレネ公国まで行って帰ってくる……という体を装っているわけだった。


「ストレイル様には商人たちの我が儘にまで配慮していただき、非常に感謝しております。おかげで積んできた荷物を無駄にせずに済んだと、皆喜んでおりましたわ」

「何の。実を言えば私も商人どもにせっつかれていたというのが本当のところでして」

「まあ! そうなんですの?」

「はい。早くセレネ公国と商売をさせてほしい、せめて提督殿へのお目通りだけでも、と商人たちからの嘆願が後を絶たなかったものですから」


 ストレイル男爵やジークバード伯爵からの強い要望によって、食料品に関しては批准書交換を待たずに取引できることになっていた。

 正直なところ、こちらとしてはそこまで重要な部分ではなかったのだが、表向きは困っているような顔をしていたので、おそらくストレイル男爵が気を利かせたのだろう。

 まあ、商人たちが列をなして待っているという話も本当のことらしく、ジークバード領内のみならず、他領からも耳の早い商人が次々に港町ポートラルゴへと駆けつけているとの情報が入っていた。

 それもこれもエルセリア王国を乗り気にさせるため、俺たちが流した情報にエルセリアの商人たちが食いついた結果だったが。


 おそらく現在供給量が不足している塩が目的だろう。

 マガルムークの内乱はいまだ収まる気配がない。

 ほかの商会に先んじて塩の取引が出来れば、かなりの利益が見込めるはずだ。少しでも目端の効く商人ならそう考えてもおかしくはない。

 ディフリード男爵が食料品に関してだけ事前取引を認めたことにしても、マガルムークの混乱がまだまだ長引くものと睨んだせいなのかも知れない。


 それと、すでに新港予定地の開拓のほうも始まっている。

 といっても、こっちはこのまま予定どおりに事が進むと判断したジークバード伯爵が、木の伐採や整地を先に始めてしまっただけだが。

 

「あら。ずいぶんとモテモテのご様子ね、提督。だからといって、あまり財貨を溜め込まないようにね」

「姫様。ご冗談を」

「ふふふ。それでは私はこれで。といっても、船旅が順調ならひと月か遅くてもふた月以内にはまたお会いすることになると思いますけれど」

「道中、呉々もお気を付けください。セレネ公国の方には要らぬ心配だとは思いますが、深き海には危険な海獣が数多く生息していると聞き及んでおりますので」

「わかっていますわ、ストレイル様」


 ストレイル男爵と別れの挨拶を済ませたのち、ラウフローラの手を取り艀船へと一緒に乗り込む。

 孫六をエルセリアに置いていくことにしたのは、このあとラウフローラとふたりで再びマガルムークへ向かうからだ。


 北に向かわせたピットは、かなり離れた上空で俯瞰視点になるような位置に留めてある。

 マナ動力炉に気付かれる恐れがあることに加え、戦時中はどうしても警戒が厳しくなることを考えて、不必要に近付くことを避けているからだ。

 それに、エルセリア王国のほうを優先していたためピットを向かわせたタイミングが遅く、反乱軍がガルバイン砦を占領し、現在はそこから東へと軍を進めていることもわかったが、いかなる状況でそうなったのかまでは不明だ。

 なので途中でアケイオスと合流し、実際にどうなっているのかこの目で現状を確かめてみるつもり。


 自分たちに関係してこないことについては極力この世界への干渉を控える方針だが、かといってマガルムーク全土が戦火にまみえるような事態になるのを放っておくのもマズい。

 事と次第によっては裏でこっそり手を貸すことも考えているぐらいだ。

 それに隠れ里エルシオンに行って亜人たちの様子を確認したり、ジェネットの町でラァラとも会っておきたい。


 俺たちを乗せた艀船が桟橋から少しずつ離れていく。

 ストレイル男爵とバルムンドの姿が小さくなっていく様子を見つめながら、俺は港町ポートラルゴと静かな別れを告げていた。


 ◆


「姉ちゃん。こっちにも卵があったよ」


 鶏舎の隅に転がっていた卵を拾い上げながら、プッチが嬉しそうにそんな声を上げる。

 ただ、その場に居たのはレミとプッチだけではない。

 お揃いの作業着に身を包んだ亜人の子供たちが、大騒ぎしながら鶏の卵を拾い集めている様子があった。

 産卵鶏の世話が子供たちに与えられた仕事だからだ。


 といっても、そこまで大変な仕事でもない。

 午前中、地面に残っている卵を拾い集め、産卵用ケージからベルトコンベアで流れてきた卵と一緒に専用の容器に入れる。

 その状態で洗浄用の魔導具の中に入れると、しばらく待てば洗浄されて日付けが刻印された卵が出てくるので、それを食料保存庫のほうに持っていくだけ。


 水やりや餌やりは魔導具が勝手にやってくれるので、大変なのは鶏糞の後始末ぐらいか。

 その後始末にしても40人近い人数でやるので、子供たちといえどそこまで時間がかかるようなこともなかった。

 むろんそれらの魔導具は亜人の子供たちにとってどれも見慣れぬもので、使い方を説明されただけだったが。


「鶏がもし地面を掘り起こしていたら、元に戻しておくのよ」

「うん」


 この鶏舎は平飼いといって、地面の上を自由に動き回れるような造りになっていた。

 ほとんどの鶏は産卵用ケージ内で卵を産むが、中には地面の上にそのまま卵を産んでしまう鶏も居るので、その卵を子供たちが拾い集めている最中というわけだ。

 産卵用ケージから運ばれてきた分も含めれば、すでに200個以上もの卵が集まっているだろうか。

 毎日鶏がたくさんの卵を産んでくれるおかげで、プッチやレミもここエルシオンに来てから3日に1度ぐらいは卵を食べているほどだ。

 それどころか午後の休憩時間には卵や砂糖、小麦粉、オーロックスの乳などを使った貴重なお菓子が出されることもある。

 子供たちが嬉しそうに卵を拾い集めているのも、そのことが大いに関係しているのだろう。


「これだけ拾えば今日もおやつを貰えるかな?」

「駄目よ、プッチ。こんな贅沢に慣れてしまっては。今はまだ卵を売り出す準備が整っていないので、自分たちで食べてしまってもいいと言われているだけだろうって、大人たちはみんなそう言ってるでしょ?」

「でも、姉ちゃん。ラングル様はまだまだ鶏の数を増やすつもりだって……」

「そうかも知れないけど、私たちがいつまでも食べられるとはかぎらないの。それにジーナ様も仰られていたでしょ。あまり甘い物の食べ過ぎはよくないって」

「うん……」

「それにね。あんなにも美味しいんですもの。きっと商品としてよそに売ったり、ご領主様に献上するためとかで試しに作らせてもらっているだけよ」

「それじゃあもうプリンは食べれないの?」

「さあ、どうかしらね? プッチがいい子にしていれば、もしかしたらいただけるかも。ご飯やおやつに何を作るかはすべてジーナ様が指示しておられるので、お姉ちゃんにもわからないわ」


 このエルシオンに来てからというもの、亜人たちは腹いっぱいになるほどのごちそうを毎日のように食べていた。

 さすがにガリガリの身体つきが肉付きの良い状態に戻るには、まだかなりの時間がかかりそうだが、それでも血色のほうはだいぶよくなってきている。

 これまで空腹に喘いでいた亜人たちからすれば、お腹いっぱい食べ物を食べられるというだけで幸せなのだろう。


 だからなのか――、

 まるで宝探しのように卵を探し回る子供たちの笑顔がその場には溢れていた。


 ◆


「ジーナ様。どう頑張っても足のほうがピクリとも動きませんし、自分の身体がもう駄目だってことぐらいよくわかっております。ワシのことは放っておいてくだされ」


 治療院のベッドに横たわった亜人が、すぐそばにある椅子に腰掛け容態を診ていたジーナへ話しかける。

 その亜人は魔物騒動の折に大怪我を負った妖狐族のラウ老人だった。

 ゼントの口ぶりではあまりもたないだろうとの予想だったが、アケイオスから渡された薬でここに来るまで何とか小康状態を保ち、現在は治療院に運び込まれていた。


「何を馬鹿なことを言ってるの。それを判断するのは治療師であるこの私の役目よ」

「ですが、ワシはどうせ老い先短い身。ワシなんぞに貴重な薬を使っていただくのは、少しばかり心苦しく」

「いい? あなたの足はこのまま治療していればいずれは動くようになるし、少なくともあと20年は健康な状態でいられるわ。そのことは私が保証するわよ」

「あと20年……」

「私の言うことが信じられないっていうのならそれでもいいわ。だけど、たとえどうだろうと、あなたも若様の農奴になったことには違いないからね。本当に動けなくなるまでは若様のために働きなさいってことよ」


 そんなジーナの言葉にラウ老人の顔が少しだけ綻ぶ。

 ジーナの言葉遣いは悪いが、ラウ老人のためを思って言っていることが伝わってきたからだ。


「本当にありがとうございます、ジーナ様。もしこの足が治るのなら、この老骨をボロボロになるまでこき使ってくだされ」

「治療院にはあなたが出来そうな仕事は何もないの。そのときになったらラングルにでも頼むことね。ただし、今はたくさん食べて安静にしていることが重要。骨も肉も栄養が不足している今の状態ではなかなか元通りになりにくいからね」

「はい。わかりました」


 と、少しだけ涙ぐんでいたラウ老人をその場に残し、ジーナが席を立つ。

 ジーナはその足で治療室まで一旦戻ると、今度はその場で待っていたサリウティーヌに声をかけていた。


「サリー。屋敷のメイドの人選は終わった?」

「はい、ジーナ様。ご要望どおり、特に見目麗しい者を5名ほど選びました。ですが、本当に私たちでよろしかったのでしょうか?」

「ん、何か問題でもあるの? あなたとその5人に若様がここエルシオンに滞在される間、身の周りのお世話を任せるつもりだけど」

「い、いえ。問題というか、ご領主様がご不快になられないかと……」

「それはもしかして、あなたたち半妖精族が特に人間から忌避されいるからってことかしら?」

「ええ、そうです」

「たしか親しくなった相手のオドを吸い尽くして、終いには殺してしまうという話だったわね。だけど、それはあなたたちの遠い祖である妖精リャナンシーの話であって、あなたたち半妖精族にその特性はほとんど受け継がれていないというふうに理解しているけど? 違うのかしら?」

「もちろん私たち半妖精族はリャナンシーとは違います。ですが、世間の人々がそう思っていないことも充分に理解していますから。それに残念ながら私たちが強いオドに惹かれることは隠しようもない事実ですので」

「ふーん、そうなの。でも、問題ないでしょ。治療院で働いてもらってからまだ何日も経っていないけど、いまのところ病人にそのような兆しもないしね」

「ですが、ご領主様がどう思われるかが心配で……」

「若様はそのようなことまったく気になされないだろうし、むしろあなたたちのその美しさなら夜伽にお呼びになられる可能性もあるわね」

「夜伽にですか?」

「もちろんあなたたちが嫌だというのなら、けっして無理強いはされないと思うので安心しなさい」

「いえ。けっして夜伽をするのが嫌なわけでは……」


 半妖精族という種族は女性しか産まれず、しかも殊のほか美しい者が多い。それにわずかながら魔法だって扱える種族だ。

 にもかかわらず、賤民として扱われているのはこの特性のせいだった。


 実際に半妖精族と結婚している亜人が居ないわけでもなかったが、運悪く旦那が早逝しただけで、オドを吸い尽くされたのだと噂される始末。

 それに物好きな貴族が遊び半分で半妖精族を囲うこともあるが、その者たちも己の勇敢さを誇示するために敢えてそんなことをしているフシすら見受けられる。

 いずれにせよ、世間では半妖精族が相方になった人物のオドを吸い尽くすというでたらめが信じられており、サリウティーヌがその点を心配するのも無理からぬ話であった。


「もし嫌だったらはっきりとそう言えば、若様ならおわかりいただけるってことよ。これはもう決まったことなの、いいわね」

「はい、ジーナ様」

「それと残りの者はこれまでどおり、治療院の手伝いや皆の分の食事を作ってもらうことになりますからね」

「わかりました。すべてジーナ様の仰せのとおりに致します」


 ジーナの強い口調にサリウティーヌが恭しく頭を下げる。

 だが、サリウティーヌの顔にはまだ少しだけ不安が残っている様子だった。


 夜伽相手として選ばれたのかも知れないことに困惑しているわけではない。

 この世界における半妖精族の扱いとしては比較的まともなほうだろう。その相手が貴族ともなれば、むしろ恵まれた境遇だとすら言えなくもない。

 そうではなく、この場所が自分たち亜人にとって相当に恵まれた場所だということにすぐに気付いたからだ。

 与えられた家だって分不相応なものだったし、そこら中に便利な魔導具があって生活が激変しているのだ。

 サリウティーヌからしてみれば、農奴になることを覚悟してこの場所にやって来たのに、いざ蓋を開けてみるとまるで貴族のような贅沢な暮らしぶりが待っていたことに戸惑っているぐらい。

 あまりにも贅沢過ぎて、何か裏があるのではないかと勘繰りそうになるほどだ。

 ただ、たとえ裏に何かあったとしてもあのままジェネットの城壁外にいることに比べれば、その裏を受け入れたほうがマシだろう。

 今、サリウティーヌの頭を悩ましているのは、ご領主様の不興を買ってこの幸せが逃げていってしまうことだけだった。

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