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72 出兵準備

 ◆


 ジェネットの町の丘陵部に虚ろげに佇む古城。

 白亜の石柱が朝靄にかすみ、背後から登った朝日が古城を照らし始める。

 そんなグラン城の一室では、朝早くからアンドリュース伯爵とその息子デニウス、そしてルメロ・ドランガル・ジェス・マガルムーク王子とその護衛であるカイル、計4名による話し合いの席が設けられていた。


「ガウルザーク将軍が戦死したと?」

「ええ。ガルバイン砦まで後退することになった際に、突如現れた黒衣の人物に一瞬のうちに討ち取られてしまったという話です」

「馬鹿な……。将軍がそう易々と討ち取られてしまうなんて」


 ルメロの背後に立っていたカイルがアンドリュース伯爵からの報告に対し驚きを露にする。

 ただルメロのほうはその報告を受けピクリと眉を動かしていただけで、そこまで感情を表に現さなかった。


「見ていた者の話では、邪法の類が用いられたのではないのかと。あきらかにガウルザーク将軍の動きがおかしかったそうですな」

「くっ。噂どおりマクシミリアン侯爵は邪法に身を染めているということか……」

「それでシアード兄上の安否は?」

「シアード殿下のほうは何とか無事だったようです。といっても、一時的に撤退したガルバイン砦もすぐに落とされ、現在の拠点であるロッキングチェアの町まで逃げ落ちたそうですが」

「そうか。そうなるとずいぶんとマズい状況になっているわけだ。それはこちらの想定にはなかった展開だね。それで、ここグラン家にも出征要請が届いたというわけかい?」

「そういうことになりますな。王国軍の兵が健在のうちに戦況をひっくり返したいのでしょう。シアード殿下にはもう少し頑張っていただけるものと思っておりましたが」


 そんなアンドリュース伯爵とルメロの会話にデニウスが疑問の色を浮かべる。


「それはいったいどういうことでしょうか? シアード殿下には早々にご退場していただいたほうが都合がよいのでは?」

「デニウスよ。現状でシアード殿下にご退場いただくのは少しばかり時期尚早ということだ」

「と、仰られますと?」

「むろん我々としてもシアード殿下にはほどほどに負けてもらったほうがいいと考えておる。そのときこそルメロ殿下がご活躍される好機だとな」

「そう。ただ、僕としては今すぐ兄上に取って代わろうとまで考えていないんだ。僕には今のところこれといった実績がない。僕のことを次代の王に推す声はそこまで多くないと思うんだよね。それにあまりこっぴどくやられると、マクシミリアン侯爵に寝返る貴族が出てきてしまうかも知れないからね」

「シアード殿下には適度に負けていただく。そして戦線が東に移ったタイミングを見計らい、南方からルメロ殿下率いる我が軍が急襲をかける、と。それがルメロ殿下と私が考えた計画だったのだよ」

「ですが、反乱軍全体の兵力と比べ我が軍は寡兵。むろん戦となれば負けるつもりなどありませんが、下手をすれば返り討ちに合ってしまうのでは?」


 いつの間にか父親とルメロの間に深い話し合いが持たれていたことにデニウスは驚く。

 とはいえ父親がルメロのことを利用するつもりでいることは間違いない。

 ふたりで考えた計画といっても、ルメロのことを信用させるためのものでしかなく、本心から協力関係を結んでいるわけではないことも頭の中では理解していた。

 ただし、デニウスの知らないところで話が進んでいたことにはあまり納得がいかない様子で、少しだけ面白くなさそうな表情が浮かんでいたが。


「サイード導師より兵糧の輸送情報が逐次送られてきている。その情報を元に兵糧を輸送中の輜重しちょう隊に奇襲をかける予定だったのだ」

「補給線が長くなればなるほど、兵站へいたんの重要性が増してくるからね。というわけで輜重隊を襲ってさっさと逃げ出すつもりでいたのさ。ひとまずは王国内での発言力を得られればそれでいいんだ。そう何度も通じる手ではないけど」

「なるほど。そういうことでしたか……」

「ただ、マクシミリアン侯爵はどうやらグールまで戦線に投入した様子。ガルバイン砦はグールの群れに襲われて酷い有様だったとの報告も届いております」

「なんですって! 父上、それは真の話なのですか?」

「うむ。確かな情報のはずだ」

「なんてことだ……」

「ふーん。でも、そんなことをすれば却ってマイナスになるだけだと思うけれど? なりふり構わなくなるような段階ってわけでもないだろうし」

「マクシミリアン侯爵が何を考えてそんな暴挙に出たのかまではわかりませぬな。とはいえ、これで日和見している貴族連中の動きも変わってくるはず。さすがにその話を聞いて反乱軍に合流しようとする者は多くないかと」

「それでもグールを使ってきたということは裏に何か理由がありそうだけれど。いずれにせよ、僕も動かなければならなくなったわけだ」

「はい。申し訳ありませんが、殿下にはご出陣していただきたく。兵の準備はすでに整えております。といっても、反乱軍のほうもガルバイン砦に立てこもり、一時的に進軍を止めている様子。そこまで急がなくても充分に間に合う計算ではありますが」

「ん。わかったよ。それとエルセリア王国のほうはどんな感じだい?」

「新しく現れたセレネ公国とやらでしょうか。そちらの件はポートラルゴに向けて間者を送りました。その者がある程度情報を持ち帰ってからになりますな。それにエルセリア商人であるグランベルとも、セレネ公国についてわかり次第こちらに情報を流してくれるということで話が付いております」

「グランベル殿か……。彼からの情報なら間違いなさそうだけれど」


 そんなことを言ってみてもルメロはグランベルのことを心の底から信じているわけではなかった。

 そもそもグランベルと接触した時期を考えれば、マクシミリアン侯爵との関係を疑ってもおかしくない状況。

 

 が、ルメロとしてはそっちは疑っていなかった。

 グランベルが征服者の星の持ち主であるディーディーと繋がりの深い人物だったからだ。

 ディーディーたち兄妹を疑っているのと同じく、グランベルも古き民、つまりはマトゥーサ人の末裔である可能性を考慮しているぐらい。

 いずれにせよ得体の知れない相手であることには違いないが、注意しなければならない相手とまでは考えていなかった。

 それというのもディーディーが征服者の星であると同時に、太陽の属性の持ち主であることが大きい。

 太陽ということは、味方になる可能性が高い人物。ディーディーと関わりの深いグランベルも味方にできると考えていいはずだ、と。


 彼らが古き民だとすれば、今更何を思って表舞台に姿を現すようになったのか。

 そこは気になるところだったが、ルメロやアンドリュース伯爵と関係を持とうとしていることは明白だった。

 ルメロやアンドリュース伯爵への贈り物だけでも、かなりの散財をしている様子がある。そんな散財をしているぐらいだから裏に何かあるのだろうが、罠に嵌めようとしている感じには見えない。あくまでルメロたちと関係を結びたがっているようにルメロの目には映っていた。

 普通に考えれば、それだけでディーディーのみならずグランベルのことまで信用するのはいささか軽挙のようにも思えるが、それほどまでに星詠み《スターゲイザー》というギフトを選択の拠り所としているのだろう。


 ルメロはそういう意味でグランベルのことを信用していると言ってよかった。

 むしろ属性が月であるアンドリュース伯爵よりも信用していると言ってよかったのかも知れない。

 そんな考えなどおくびにも出さずに、アンドリュース伯爵と密談を重ねるルメロの姿がその場にはあった。


 ◆


「今回の食料の調達、本当に助かったよ」


 ベルナルド商会の屋敷の1階にある応接室。

 そこで現在ルメロはグランベルに対して頭を下げていた。

 今のルメロの言葉どおり、ルメロの屋敷やグラン城の食料保管庫には相当な量のライ麦粉がベルナルド商会を介して運び込まれていたからだ。


「ルメロ殿下、頭をお上げください。我々としては余剰分の作物をお売りしただけの話。感謝しなければならないのは我々のほうですよ」

「だけど、あの価格では儲けなど出ていないはずだよね?」

「損して得取れとよく申しますからな。商人にとって大事なのは目先の金ではなく、上客を掴むことだと先代から教え込まれておりますので」

「なるほどね」

「それに元々処分に困っていたわけでして、ルメロ殿下がお気になされるようなことではないかと」

「だけど見返りに何も要求されないというのも、それはそれで怖いんだよね」

「忌憚のない私心を申せば、初めにお願いしたとおり岩塩の取引に関して多少でも配慮していただければ。といっても、エルセリア向けの分を専有したいとまでは申しません。我がベルナルド商会に対して優先的に販売していただけるだけで結構ですので」

「ふーん。前にも言ったと思うけど僕にそこまでの権限はないんだ。でも、わかったよ。一応アンドリュース卿にはそのように取り計らってもらえないかと伝えておく」

「有難うございます」


 ルメロがそう答えながら鷹揚に頷く。

 ゲランベルの返答に一応は満足できたからだろう。

 グランベルの正体がエルセリア人であろうと古き民であろうと、岩塩の流通量が少なくなっている状況であることには違いないはず。ルメロにはグランベルの岩塩を欲しているという答えが筋の通った話であるように思えた。


「それでいつ頃ご出陣に?」

「ん? 耳が早いね。もしや情報の入手先がどこかにあるのかな?」

「いえいえ。これだけ大量の食料を仕入れておられるとなれば、出陣が近いことぐらい気付きますので」

「まあ、そりゃそうか。そうだなあ、5日後ぐらいになりそうな感じだね。ちょうど今カイルが連れていく兵の最終確認をしているところさ」

「そうでございましたか。それで戦況のほうはいかがでございましょう?」

「気になるかい?」

「商売人としては当然ながら気になるところです。それにルメロ殿下には是非ともこの戦争に勝ち残っていただかねばなりませんので」

「ずいぶんと正直だね。それはシアード兄上ではなく、この僕に賭けていると受け取ってもいいってことかな?」

「……はい。そのとおりにございます」

「そうか。まあ、内乱に関しては何とかなると思うので心配しなくてもいいよ」

「左様でございますか」

「ああ、なんだかんだ言っても貴族たちの王家への忠誠心ってものはそこまで軽くないからね。ところでマヤの容態はどんな具合だい?」

「もしよろしければ、今自分の部屋に居るはずなので是非会ってやってください。2階に上がってすぐ右手側の部屋になります」

「わかった。グランベル殿は気にせず仕事を続けてくれ。ちょっとマヤの様子を見てくるだけだからさ」


 そう言って長椅子から立ち上がるルメロ。

 その姿に深々とお辞儀をしてくるグランベルをその場に残し、ルメロは応接室を出ると2階への階段を上っていく。

 と、グランベルから教えられた右手側にある部屋のドアが半分ほど開けっ放しになっているのが見えてきた。


「マヤ」


 が、マヤに声を掛けた瞬間、ドアの隙間から見えた光景にルメロは驚き、その場に固まってしまった。


「きゃっ!」

「す、すまない。着替え中だとは思わなくて」


 遠目にもわかるほどの透き通るような白い肌に、女性らしく見事な曲線を描く裸体。

 腰紐で縛られているため下半身は服で隠されていたが、上半身裸のマヤが濡れタオルのようなもので身体を拭いている最中だった。


 慌てて後ろを向くルメロと、すぐに身なりを整えようとするマヤ。

 だが、恥ずかしそうにマヤが後ろを振り向いたせいで、魔物にやられた傷痕が背中に残っていることがルメロの目にもしっかりと見えていた。


「ル、ルメロ様……。こちらこそ申し訳ございません。見苦しいものをお見せしてしまい。普段、使用人ぐらいしか2階には来ないので」

「いや。そ、その、グランベル殿に用事があって立ち寄ったのだけれど、マヤに会っていってくれと言われてね」


 慌てて弁明し始めるルメロだったが、所詮相手は平民に過ぎない。

 未婚女性の裸を見てしまったからといって、ルメロが責任を取る必要などどこにもなく、弁明する必要すらなかったのだが。


「そ、そうだったのですか。本来ならこちらからご挨拶に伺わなければならないところなのに。ルメロ様のご来訪にまったく気付かず申し訳ございません」

「いいんだ。それでその用事というか……、早い話兄上から出征要請が届いてね。あと何日かでジェネットの町を離れることになると思う」

「え?」

「どうやら兄上率いる王国軍がマクシミリアン卿に手酷くやられてしまったらしいんだ。といっても、一気に趨勢すうせいが傾くほどではないので安心してよ」

「そんな。それにしたってルメロ様まで戦争に駆り出されるなんて」

「王族である以上、どうしても避けられない責務だからね」

「それはわかりますが」

「心配しなくてもいい。充分に勝算のある戦いだからさ」

「ですが、いざ戦争となれば何が起こるか……」

「マヤ」


 ルメロが無遠慮にもツカツカと靴音を鳴らし、部屋の中央にまで押し入る。

 そしてマヤの眼の前まで赴くなり、断りもせずにマヤの柔らかそうな身体をその両腕で抱きしめていた。


「ルメロ様……」

「すぐに帰ってくるから安心してよ」

「は、はい」

「それと、この戦争が終わったらマヤのことを貰い受けたいと、グランベル殿にお願いしてもいいかい?」


 そんなルメロの言葉にマヤが小さくコクリと頷く。

 そのまま恥ずかしそうにルメロの胸に顔を埋めてしまったマヤの顎にルメロの手が伸びると、すぐに唇同士が触れ合っていた。

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