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58 スタンピード

「プッチかい。いや、私たちは見ていないけどね。どこかそこら辺で遊んでるんじゃないのかい?」

「……いえ。それが色々と探し回ってみたのですが、どこにも見当たらなくて」


 シリィの言葉を聞き、レミの顔が次第に曇っていく。

 種族ごと、あるいは出身の村ごとといった感じで、てんでバラバラに城壁の外に居着いているものの、全部で300人ちょっとの人数でしかない。それにプッチぐらいの年齢の子供ともなれば、そこまで数は多くなく、比較的目立つはずだ。

 それでも見つからないということは、おそらくこの辺りには居ないということなのだろう。


 レミの顔が曇ったのも当然だ。

 ジェネットの街周辺は比較的安全だとはいえ、まったく魔物が出ないわけでもない。それにしばらく西に向かえば薄暗い森が広がっており、土地勘がなく子供であるプッチがひとたび奥深くへと迷い込んでしまえば、自力で帰ってこれるかどうかすら怪しかった。

 

「それで、いつ頃プッチが居なくなっていることに気付いたのだ?」


 色んな場所を探し回ってもどこにも居ないというレミの言葉を受け、イオスがレミにそんなことを尋ねる。


「だいたい1時間ぐらい前だと。私が川まで水汲みにいっている隙に姿が消えていたんです」

「レミを探しにひとりで川まで行こうとして、どこかですれ違いになっちまったんじゃ?」

「それが川のほうに行っていないかとも思い探してみたのですが、そちらにも居なくて」


 そもそも川がある方面は一本道が続いており、すれ違いになることはあまり考えにくい。

 もちろんプッチが道路沿いに点在している農場などに寄り道していればそのかぎりではないだろうが、それならばそろそろ帰ってきてもいい頃合いのはず。1時間経っても帰ってこないということは、迷子になっているか、それとも帰ることができない何らかの理由があるせいだろう。


「とはいえ、街の中には入れないだろうしな。だとすれば、森の奥にでも入ってしまい、そのまま迷子になったというところか。仕方がない。俺が探してこよう」

「イオス様……」

「ひとりで大丈夫かい? 何なら私も探しに行くけど」

「いや、いい。シリィはマルカの世話もある。この場所からあまり離れないほうがいいだろう。それに子供の足だ。そう遠くまで行くこともあるまい。おそらくすぐに見つかるはずだ」

「申し訳ありません、イオス様」

「気にするな、レミ。今日はもう特にやることもなかったからな。どうせ夕飯まで暇だから、装備の手入れでもしようかと考えていたところだ」


 そう言って腰を上げたイオスが、心配ないとでも言いたげに不安そうなレミの頭をひと撫でする。


「あの……。私も一緒に付いていっても?」

「すまんがここで待っていてくれ。ひょっこりと帰ってきたプッチと行き違いになる可能性もあるからな」

「でも……」

「レミ、旦那に任しときな。一応、ほかの連中にもプッチのことを探すようには伝えとくからさ。もしかしたら偶然誰かが見つけるかも知れないからね」

 

 そのままくるりと背を向けたイオスに、背後からそんなシリィの声が聞こえてくる。

 イオスはその言葉に応えるように背中越しに軽く手を挙げたあと、黙ったまま天幕から出て行った。


 ◇


 港町ポートラルゴにあるセレネ公国にあてがわれた屋敷の二階の一室。

 現在、この部屋はラウフローラの寝室ということになっており、メイドも勝手に入室できないことになっていた。

 俺はその部屋で、調度品に見せかけた装置から投射されているホログラムモニタに映った一階の様子をバルムンドと一緒に眺めている最中。

 そのモニタの中には、来客であるエレナとマーカス少年、そしてラウフローラとリリアーテの4人が談笑している姿が映っていた。

 一応その場には孫六も居たが、こちらはリリアーテの膝の上に乗って、テーブル上にあるフルーツをつまんでいるだけ。

 基本的にはエレナとラウフローラの間で会話が交わされている様子だった。


『へええ、びっくり。お国ではそんな感じなんですね』


 さきほどからエレナが喋っている内容はセレネ公国に対する質問がほとんど。

 暮らしぶりはどんな感じだとか、女性の立場はどういったものなのかとか、貴族同士の恋愛や婚姻はどういう形になるのかとか、おおむねそんなところだ。

 むろん軽く挨拶を済ませたあと、エレナが昨日のエルセリア王国側の非礼を詫び、それに対してラウフローラが一応のこと謝罪を受け入れ、再交渉の場に着くという話がまとまった後のことだったが。


 こちらとしてはあれしきのことで交渉を決裂させるつもりもない。そのせいでジークバード伯爵から甘い相手だと思われようが構わないというのが正直なところだった。

 それというのも、俺たちが欲しているものは金でも物でもなかったからだ。

 エルセリア王国にやって来た他国の貴族としての明確な地位。いや、この世界の住人としての立場と言ったほうがより正確かも知れない。それさえ保証されれば、後はどうでもいいというのが本音だった。


 もちろん俺たちがこの地での商品の流通を握れば、エルセリア王国に対する影響力を持つことにも繋がる。そんな感じにエルセリア王国を経済的に依存させるという狙いがあったのも事実だ。

 形式上、エルセリア王国からも何点か商品を購入して、ほとんどプラスマイナスゼロに近い形になるように交易する気ではいる。

 が、最初からこちらには特にこれといって欲しいものがない。ほとんどのものを自力で入手可能なのだから。


 強いて挙げるとするならば、魔法関連の品と人間ぐらいのもんだろう。

 魔法関連は研究のために必要だし、人間は労働力のためにというより、セレネ公国の基盤をより確かなものにするために必要だった。

 いつまでも自動機械オートマタやVR技術なんかを使って、セレネ公国というものが実在するかのように見せかけることも難しい。奴隷でも何でも連れ帰ってセレネ公国の住人ということにしてしまえば、形だけでも何とか取り繕うことができるってわけだ。


 ただ、魔法関連の品は市井に出回っているもの以外は入手が困難らしく、人間のほうは奴隷貿易という話になってしまうだろう。

 実際にエルセリア王国内で奴隷売買が行われていることは確認済みで、奴隷購入も数人ならばおそらく問題ないだろうとも思っていた。

 だが大量の奴隷を、しかも外国人が購入するとなれば、さすがに問題が出てくるはず。

 少なくとも事前の了承が必要なはずで、領主であるジークバード伯爵に労働力としての奴隷を大量に必要としているというでっち上げ話をこちらから持ち掛けるつもりでいた。


「それでどう思う? バルムンド」

「それはエレナ・ジークバードのことですかな?」

「ああ」

「特におかしな点はないかと。相変わらず好奇心旺盛なお嬢さんといった印象ですかね」

「だが、いきなりあの恰好だ。謝罪のためにドレス姿になったとも思えない。おそらくそれ以外の目的があるはずだ」

「ええ。おそらくそれはそうなのでしょうね。ですが、多分あれは私たちがやろうとしていることとそこまで変わらないのでは?」

「ん? それはどういうことだ?」

「ジークバード伯爵からすれば、今回の一件で両国の関係が悪くなるのは望まない展開のはず。かといって、その埋め合わせに私たちが欲しているものを差し出そうにも、いまいちそれが何なのかわかっていない状況だと思われます。そうなったときに手っ取り早い手段は婚姻関係でしょう。つまりジークバード伯爵は自分の娘を我々に差し出す意志があることを暗に仄めかしているのではないかと」


 そんなバルムンドの推測に俺は膝をうつ。

 そう考えれば、エレナが突然ドレス姿になって現れたことにも確かに納得がいった。


「なるほど。政略結婚というわけか……」

「はい。あくまで可能性のひとつとしてにはなりますが、多少目的が違うのだとしても、こちらがエルセリア王国内部に女性を送り込もうとしているのと同じように、ジークバード伯爵も娘を使ってセレネ公国に対して色仕掛けを仕掛けてこようとしているのではないのかと」

「考えることはどこの世界でも似たり寄ったりってことか。だが、だとすればターゲットは誰になる?」

「おそらくはこの私でしょうね。娘を嫁がせるのならば、ある程度セレネ公国の意思決定が可能な人物で、地位的にも釣り合いが取れる相手にと考えるはずです」

「お前は妻帯者だし、エレナとは年齢的にも相当離れているという設定だったが」


 提督としての威厳や貫禄を演出するために、敢えて肌年齢を高く見せたり目尻に皺をくわえたりして、バルムンドの顔が50歳程度に見えるように変更を加えてある。

 ともすれば交渉の場で見たジークバード伯爵よりも年上に見られ兼ねないほど。そんなバルムンドに娘であるエレナを嫁がせようとしているのが俺には少しばかり違和感があった。


「そこはあまり問題視しないのでは? エレナ・ジークバードが王族だというならばともかく、あくまで一領主の娘に過ぎません。現状わかっている範囲のエルセリア王国内の婚姻関係に鑑みても、第二夫人、第三夫人という立場ならそこまで問題にはならないかと。むろんほかに適任者が見つかれば、そちらの方とという話になってくる可能性はありますが」

「だが、あの様子を見るかぎりエレナ本人がそのことを理解しているとも思えないぞ?」

「確かに。エレナ・ジークバード本人からはこちらのことを篭絡しようとしている雰囲気をあまり感じませんね。ただ、女性の地位が相当低い様子ですので、自分が政略結婚の道具として扱われることを理解していたとしてもそれほどおかしくはありません」

「まあ、封建制度下の貴族の娘とあらば、そういう認識を持っていてもおかしくないか……」

「ただ、さきほども言ったようにあくまで可能性のひとつとしての話に過ぎません。それにたとえその推測が当たっていたとしても、現段階では様子見といった感じに過ぎないかと。ジークバード伯爵からすれば、セレネ公国に本当にそれだけの価値があるのかを見極めてからの話になるでしょうね」


 モニタ内では相変わらず差し障りない世間話が続いていた。

 ただ、エレナに何か裏に目的があって話しているようには見えない。バルムンドの言うとおり好奇心旺盛な貴族の娘というだけ。

 たとえ伯爵の言いつけでドレス姿になったのだとしても、本当にその真意を理解しているかどうかは疑わしかった。


「すみません、レッド。アケイオスから緊急連絡が入っているようです」 

「わかった。繋いでくれ」


 俺がそう言うなりすぐさま別のモニタ上にアケイオスの顔が映る。

 どうやら現在は薄暗い森の中に居るようで、周囲に亜人の姿もなく、建物すら一切見当たらない寂しげな光景がその場には映っているだけだった。

 亜人関連のことについては基本的にアケイオスの判断に任せてある。

 にもかかわらず連絡を寄越してきたということはアケイオスでは判断できない何らかの事態が起きたのだろう。


『すみません。避難民の補助で魔物退治に赴いていた隙にどうやらプッチが何者かに攫われてしまったようです。すぐにピットの記録映像を遡って確認したのですが、途中でピットの視認範囲から外れてしまったみたいで。範囲外に出る前のプッチの行動からある程度の目星を付け、周辺を捜索してみたところ、近くにもみ合ったような痕跡があり、馬車の轍が残されていることを確認しました』

「人攫いか……。そういやルメロもそんなことを気にしていたな。それはいつ頃の話だ?」

『おそらく1時間から1時間30分ぐらい前のことかと』

「1時間半前か。けっこう経っているな。だが、馬車を使っているのならばどこか別の場所に連れて行く気だろう。ならば、まだ間に合うかも知れん。その辺りの判断もすべてアケイオスに任せると言ったはずだが?」

『いえ。実はそれだけではないのです。問題なのはその馬車の轍を追跡している最中、どこからか現れた大量の魔物がジェネットの町の方向へと移動している様子を目撃したことです』

「魔物だと?」

『はい。しかも、これまでに類を見ないほどの異常な数でした。道中、何十匹か斬り伏せましたが、始末しても後から後から湧いてくるという状況でして。この地付近で明らかに何らかの異常事態が起こり、魔物が集団で移動を開始したようにしか思えません』

「それとプッチが攫われたことが関係していると?」

『わかりません。ただの偶然なのかも知れませんし、そうではない可能性も』

「たまたま魔物のスタンピードが起きた可能性はあるな。それでどうだ? 魔物のほうはアケイオスひとりで対処できそうか?」


 火事だったり、ほかの猛獣に追われたりして一時的に恐慌状態に陥った動物が集団で同じ方向へと逃げ出すことはよく知られている話だ。

 魔物といえど、何らかの要因で似たような異常行動を取ってもおかしくはない。


『時間さえかければ魔物の対処自体は問題がありません。いざとなれば町中にはグランベルもおりますし、マヤを戦闘に使うことだってできますので。ただ、そうなってくると、どうしても目立ってしまうことになりますが』

「ジェネットの町に向かったというのは確実なのか?」

『今のところまだはっきりとは。ただ進行方向はおそらくそちらの方角で間違いがないかと。まもなくピットによる観測データがそちらに送られるはずです』

「そうか。出来ることならばプッチは助けてやりたい。だが、そのためにグランベルやマヤを増援に送るのも避けたいところだ。お前だって必要以上に目立ってほしくないぐらいだからな。そうだな、町中には兵士も居るんだ。適度に魔物を間引いて、残りはアンドリュース伯爵の兵たちに任せるしかあるまい」

『了解しました。とりあえず、プッチの救助を優先。そのあとは様子を見ながら、城の兵に手を貸します』


 それだけを確認すると、アケイオスは自分から通信を切ったらしい。

 モニタの画面がプツリと途絶えると、その場には相変わらずエレナとラウフローラが仲良く談笑する声が聞こえていた。

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