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53 交渉

 ◇


「それはいったいどういうことですかな?」


 俺の目の前でバルムンドがまなじりを上げて、相手の言葉を聞き返していた。


 ひと通り互いの自己紹介が終わり、いざ交渉を始めようという段になってアルフォンス男爵の口から出てきた言葉が、俺たちにとってあり得ないものだったからだ。

 聞き捨てならないとでも言いたげなバルムンドの表情もわざと作ったものには違いないが、こちらの予想外だったのも事実。

 エルセリア王国の使者であるアルフォンス・ノーストン男爵の口から出た言葉は、セレネ公国とまともに国交を結ぶ気がないと言い切っているようなものだった。


「どういうことも何も、今このわしが申したとおり。そのほうたちが申すセレネ公国とやらを、偉大なるエルセリア王国の保護下に置いてやるという話だ」

「なっ」

「アルファオンス殿……」


 ストレイル男爵の屋敷内に設けられたセレネ公国とエルセリア王国間における交渉の場に驚きの声が上がる。

 だが、それはセレネ公国側の人間ではなく、エルセリア王国側の人間の口から漏れた言葉だ。


 テーブルのこちら側に座っているのはバルムンドとリリアーテ、ラウフローラの3名。

 その向かい側にはエルセリア王国の使者であるアルフォンス男爵のほかに、ジークバード伯爵とその娘エレナ、そしてストレイル男爵が座っていた。

 そのほかにもアルフォンス男爵の護衛らしき兵士が数名、会談の場には居たが、それはこちら側も同じ。この俺も護衛役としてラウフローラの斜め後ろに立ち、黙って会談の行方を見守っているという次第だった。


 明らかに寝耳に水といった様子のストレイル男爵。

 そしてその隣に座っているエレナの呆然とした表情を見ても、打ち合わせなどは一切していないことがわかる。

 アルフォンスの名前を口にしたあと、腕を組み、目を瞑ったまま天を仰いだジークバード伯爵だけは何かしら知っていそうな雰囲気もあったが。 


 そもそもエレナやストレイル男爵は数合わせに過ぎず、アルフォンス男爵とジークバード伯爵のふたりが実質的なエルセリア王国側の代表者のはずだ。

 ストレイル男爵に至っては昨日、ラウフローラに対する盛大な歓迎の宴を催したばかり。だとすればアルフォンス男爵がこんなことを言うつもりだと事前に知っていたとも思えない。

 非礼を通り越し、侮辱とさえ思えるアルフォンス男爵の物言いに、セレネ公国側だけでなく交渉の場全体がざわついているように思えた。


「本気でおっしゃられているのですかな? だとすれば話になりませんな」


 少しだけ怒気の籠った声色でバルムンドがそう言い放つ。

 こちらからでは中央に座っているラウフローラの背中しか見えなかったが、おそらく険しい表情をしているに違いない。

 その俺からしてもエルセリア王国にどんな意図があって、こんなことを言ってきたのかまるで理解できなかったほどだ。

 そうは言っても、何らかの理由があってこんな強気な態度に出てきたに違いない。最初に強気に出て相手からの譲歩を引き出すのは、外交における常套手段だと言えるだろう。


 だとしてもセレネ公国のことを何ひとつわかっていない状況で、いきなり脅しをかけてくるとは思わなかった。

 とはいえ、必ずしも裏があるとは言い切れないところもある。この世界の人間全体として、いささか短絡的とでもいうべきか、相手のことを軽視する傾向があるように思えたからだ。


「我らの提案を断ると?」

「当然でしょう。私たちはこの場所に交易をしにきただけ。エルセリア王国に対して保護を求めた覚えなどありませんからな」

「そんなことを言ってもいいのかね? どうやら貴様らは我がエルセリア王国の強大さを理解していないようだな」

「そういうご使者殿こそ、セレネ公国のことを何ひとつ知らないのでは?」

「ふんっ。張りぼての船を使って大挙して押しかければ、こちらを騙せるとでも思ったか? おおかた大昔に深き海へと逃げ出した裏切者の末裔辺りが、身の程しらずにも国家を名乗っているだけであろう」


 そんなあまりにも無礼なアルフォンス男爵の言葉にその場に居るほかの全員が絶句する。

 さすがにこうなってくると駆け引き云々の話ではない気がする。セレネ公国の人間を挑発して怒らせ、この話をぶち壊す気でいるのなら、こんなことを言ってきたことも頷けるが。


「アルフォンス殿! いくら何でも口が過ぎますぞ」

「ジークバード卿、余計な差し出口は控えてもらいたい」

「いや、口出しさせてもらう。セレネ公国の方々、今のアルフォンス男爵の発言はお忘れくだされ。お怒りになられるのも御尤もながら、どうかご寛恕いただきたい」

「此度の使者はこの私であると先日申し上げたはずですが?」

「さすがに今の発言は看過できぬ。セレネ公国の方々に対してあまりにも失礼であろう」

「ジークバード卿は陛下に逆らうおつもりですか? 勅命を拝したこの私に従わないということは、つまりそういうことになりますぞ」

「ぐっ……。そうではない。がしかし、たとえセレネ公国と国交を結ぶことに否定的であったとしても、ものには言い方というものがあるであろう」

「否定的なわけではありませんよ。セレネ公国と名乗る怪しい集団を我が国の保護下に置いてやると申しているだけのこと。そのうえで国交を結べば良いとは考えておりますとも」

「他国の正式な使者殿を前にして、よくもそんなことが言えるな。そのような傲慢な態度がエルセリア王国の本質だと思われては敵わん」

「そうですかね。所詮相手は海賊のようなもの。こちらが取り繕う必要などありましょうや?」


 俺たちの目の前でいきなりエルセリア王国の人間同士が揉め始める。

 そのやり取りを演技だと見るべきかどうか、俺は迷っていた。

 一応、ラウフローラがエルセリア王国側の人間のバイタルの様子をチェックしているはずだが、今のところ嘘を吐いているサインは出ていない。ということは、自然な反応である可能性が高いといえば高いのだが。

 だが、仮にも一国の使者がこんなにも粗野で品性に欠けた人間だというのは何となく裏に何かあるのではないかと勘繰ってしまう。


 いずれにせよ、交渉が決裂する可能性をまったく考えていなかったわけでもないのだが。

 それならそれでマガルムークやラーカンシア諸島連邦、或いはドゥワイゼ帝国辺りに商売相手を変えればいいだけの話。どうしてもエルセリア王国にこだわらなければならない理由もないのだから。

 現状を考えればマガルムークと接点を作っておいたほうが、俺たちにとって有利な展開に運びそうな気がしているぐらいだ。

 交易の面でなら多少譲歩しても構わないが、外交面で不利な条件を突きつけられるのだけは避けたいところだ。なので別にこちらが無理に下出に出る必要もない。それだったら交渉が決裂したほうがマシだろう。


 と、バルムンドが隣に座るラウフローラと小声で話すフリをして、その後ろに控えている俺にどうすべきか判断を仰いでいることに気付く。

 基本的にどう対応するかは前もって決めてあるので、この場はバルムンドとラウフローラに一任することになっていたが、突然エルセリア王国側の使者同士が揉め始めたのだ。バルムンドが判断に迷うのも致し方ないことだろう。

 エルセリア王国側の人間たちは皆、アルフォンス男爵とジークバード伯爵のやり取りに気を取られているらしく、俺たちの様子に気付いた様子はない。

 俺はあらかじめ決めておいたサインを出して、バルムンドに方針を伝えた。


「ふふふ。どうやらエルセリア王国のご使者殿は我らのことを、この大陸から逃げ出した者の末裔だと勘違いしているみたいですね」


 と、アルフォンス男爵とジークバード伯爵の口論を遮るように、ラウフローラの口から嘲笑うような呟きが漏れる。

 むろん、それはラウフローラに対し、バルムンドを介して俺の指示が伝わった結果だろうが。


「違うと言い張るのかね?」


 挨拶以外で初めて言葉らしい言葉を発したラウフローラに、アルフォンスが小馬鹿にしたような口調で問いかけてくる。

 ただ、それに対しての返答はラウフローラからではなく、バルムンドの口から語られていた。


「ええ。そもそも我らがセレネ公国の建国王は、ガイア帝国から枝分かれした王族。卑劣な裏切り行為に遭い現在は袂を分かっておりますが、2000年の歴史があるガイア帝国とは表裏一対だとも言える国。エルセリア王国が何千年続いているのかは存じ上げませんが、2000年以上前にこちらの大陸から我らの祖が逃げ出したとでも言われるのですか?」

「2000年……。それはまた何とも。して、そのガイア帝国とやらは? 初めて耳にしましたが?」

「ジークバード伯爵。便宜上、我らはこちらの大陸のことを西大陸と呼んでおりますが、西大陸にいくつかの国があるように、東の大陸にもいくつかの国があるのですよ。その中でも権勢を誇っているのがガイア帝国であり、そんなガイア帝国総勢50万にも及ぶ大軍と、過去何度も対等に渡り合っているのが我がセレネ公国なのです」

「50万だと! 法螺を吹くのもたいがいにしておけ!」

「アルフォンス殿は信じておられないようですが、こちらとしては真実をお話しているだけ。それを証明するためには、実際にセレネ公国へとお越しくださるしか方法はありませんがね」


 実際にそういう話になれば、船旅の途中で強制的に眠らせ、VR空間に入ってもらうつもりでいる。その結果、多少なりとも違和感のようなものを覚えられるかも知れないが、よもやそれが仮想空間だと気付く人間はこの世界には居ないだろう。

 ゆくゆくはこの世界の人間を集めてセレネ公国の住民だと偽ることも考えていたのだが、そちらのほうはすぐにどうこうなる話でもない。しばらくはその方法で誤魔化すしかないと俺は思っていた。


「馬鹿を申せ。そんなことを申しておきながら、どうせ船に乗せた途端エルセリア王国の使者を捕らえる気だろうが」


 ジークバード伯爵はどうなのかわからないが、アルフォンス男爵のほうは我々の言い分など頭から信じていない様子。実際に大まかなこの世界の人口を概算して出した数字なので、絶対にあり得ないとまで断定できる話でもないはずだが。


「まるで話になりませんね。交渉は中断しましょう」


 と、ふいにラウフローラが席を立ち、バルムンドとリリアーテに向かってそう言い放つ。

 すぐにバルムンドとリリアーテもラウフローラに倣い自分の席から立つと、俺たちはラウフローラを先頭にしてそのまま交渉の場から出て行こうとしていた。


 さすがにここまでエルセリア王国側の態度が酷いとなると、まともに相手にする価値はない。

 確かに一般的な価値観の違いや、貴族が持つ他者に対しての横暴さについての報告も受けていたが、ストレイル男爵やジークバード伯爵のことを見てもアルフォンス男爵のような貴族はおそらく稀だろう。

 どういった理由があってこのような人物を使者として送ってきたのかは知らないが、エルセリア王国を相手にすることは一度考え直したほうがいいのかも知れない。


 だが――、

 交渉の場から出て行こうとする俺たちのことを見たアルフォンス男爵の口からは、俄かには信じ難い言葉が飛び出していた。


「このままこの場から無事に立ち去れるとでも? こやつらはエルセリア王国へと仇名す海賊である。者ども、海賊どもを全員ひっ捕らえよ!」


 その言葉を合図に後方に控えていた兵士たちがラウフローラへと飛び掛かる。

 あらかじめそういう命令を受けていたのだとこちらにもわかるぐらい、その動きは素早いものだった。


「ぎゃっ!!!」


 が、ラウフローラのことを捕らえようとした瞬間、兵士たちの口からは悲鳴が上がる。

 兵士たちはその場に膝を付いたかと思うと、そのまま前向きに倒れ、それきり動かなくなっていた。


 パチパチとした放電現象を伴っていたので、ラウフローラが電撃を放ったことは俺の目には明らか。

 だが、アルフォンス男爵のほうはその様子に呆然となっただけだった。おそらく何が起きたのかまったくわかっていないのだろう。


「なんという浅はかな真似を。仮にもこの私は元王族。自衛のための魔道具を所持していることぐらい、予想が付くでしょうに」


 後ろを振り向き、アルフォンス男爵に対して馬鹿にした様子でそう吐き捨てるラウフローラ。

 だが、それ以上は何も言わず、踵を返してその場から立ち去ろうとする。


「お、お待ちを。おそらく中央のほうに何らかの手違いがあったのかと。これはこのアルフォンスのやつが勝手に仕出かしたことで、エルセリア王国とは何の関係もござらん」

「ジークバード伯爵、今さらになってそのような言い訳は……」

「確かに提督のおっしゃられるとおり、言い訳にしか聞こえないでしょうな。しかしながら、あとちょっとで中央からの知らせが届く手筈なのです。ここはわたしめの謝罪に免じ、何卒ご容赦願いたく」


 椅子から立ち上がったジークバード伯爵がそう言って腰をおり、深々とこちらに向けて頭を下げてくる。

 何の知らせが届くのかははっきりと言わなかったが、今回の件と関係があることは間違いないだろう。ジークバード伯爵はどうやら、その知らせさえ届けば万事うまく事が運ぶと信じている様子だった。


「姫様、どうなされますか?」

「どうするも何も。提督はここまで虚仮にされて、すべてなかったことにしろとでも言うつもりですか?」

「それも新しい国との交渉とあれば、致し方なきことかと」

「ふう。そうですか……」

「この程度のことでいちいち腹を立てていては何も得られませんよ、姫様。忍耐は外交の基本ですからな」

「仕方がありませんね。一度だけは忘れることにしましょう。ただし、まだ交渉を再開すると決めたわけではありませので、あしからず」


 ラウフローラのその言葉に、ジークバード伯爵がほっと安堵の息を漏らすのがわかった。

 アルフォンス男爵のほうはいまだに放心状態らしく、倒れて動かなくなった兵士たちに声をかけることすら忘れている様子。

 と、俺は再び部屋を出ていこうとするラウフローラの真横へと並び、こっそりとラウフローラにだけ聞こえるように耳打ちする。


「あら、そうだ。すっかり忘れていましたわ。ストレイル男爵」

「はっ、わたくしめが何か? 個人的な意見を言えば、私はここにおられるアルフォンス卿とはまったく異なる意見だったのですが」

「そういう話ではありませんので、安心してください。先日の歓迎の宴の折に、たしか新しく作る港の候補地の話をされていたでしょう」

「ああ、その件ですか。私としてはセレネ公国との間に国交が結ばれれば、すぐにでも取り掛かりたいぐらいでして」

「ええ。ただ、何でもポートラルゴ側の利便面での立地条件は良いのに、海底側に浅瀬部分が多く、岩礁が邪魔で大型船が侵入できないような場所だとか?」

「いえ、あくまでその場所は候補地のうちのひとつというだけ。ほかにも候補地がいくつかありますので」

「岩礁が邪魔なようなら、こちらで消してしまいますがどうされますか?」

「はい? 岩礁を消してしまうとはいったい?」

「大型船も侵入できるようにするということです。消してしまっても構いませんよね?」

「ええ、それはまあ。漁師たちもあの岩礁部分はわざわざ迂回しているぐらいですので。ですが、いったいどうやって……」


 それだけを確認すると、ラウフローラは右手を持ち上げて、通信用のブレスレットを通し細々とした指示を与え始める。


「提督、フローラ様はいったい何を?」

「ははは、ストレイル男爵。申し訳ないが、姫様はどうやら完全には腹の虫が治まらなかったらしい。とはいえ、姫様は元来お優しいお方だ。住民たちに危害が及ばないよう配慮するはずですし、やり過ぎないと思うのでご安心ください。いずれにせよ、すぐに何が起きるのかわかりますよ」


 少しだけ困ったような様子でそう請け合うバルムンド。

 と、そのあとすぐ。

 港のほうからはドーンという物凄い爆音が響き渡っていた。

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