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51 折衝役

 ◇


 太陽の日差しが水面の上で乱反射する。

 ここ数日ほど続いている晴天と、今のところ大陸から吹いてくる強い季節風に遭遇していないおかげで、洋上は比較的穏やか。

 といっても、船底部の両脇に備え付けられたフィンスタビライザーが船の揺れを調整しているので、荒波の日でも船酔いに悩まされるようなこともないはずだが。


 現在、俺は魔導船ヴィクトーリア号の甲板の上に立ち、前方の様子を眺めている最中だった。

 地球だと船を使っての航海など金持ちの道楽でしかなく、俺も娯楽としての釣りを楽しむために多少乗ったことがある程度。

 甲板にかかるほどは波しぶきがたたない穏やかな海上の様子と、どこからか漂ってくる潮風の匂いに、俺はさらなる別世界へと迷い込んだような違和感を覚えていた。


 と、遥か前方に港町ポートラルゴが見えてくる。

 ちょうどその中間地点辺りには、魔導船アフロディーテ号の船体も小さく見えていた。 

 一度ポートラルゴに寄港したことがある魔導船アフロディーテ号が先導役となり、正式な交渉人を乗せた魔導船ヴィクトーリア号を連れてやってきたというのがエルセリア向けの筋書き。

 しかもアフロディーテ、ヴィクトーリア2艘の魔導船だけでなく、ほかにもセレネ王国から複数の商船を引き連れてやってきたことになっている。

 わざわざそんな大船団を組んでやってきたのは交易品の輸送のためでもあったが、エルセリア王国に対しての示威行為という一面もあった。


 あちらからすればいきなりセレネ公国の人間だと言われたところで、名前も場所も知らぬような謎の国家に過ぎない。2国間で対等な交渉の場に付くどころか、下手をすればまるで相手されない可能性すら考えられる。

 むろんそのために安価な塩や鉄鉱石など、エルセリア王国にとって得になるような餌を用意してあるのだが、それだけではいささかインパクトに欠けるような気もしていたからだ。

 セレネ公国が魔導砲を積んだ船や大型の商船を大量に保有しているとわかれば、エルセリア王国だって無下には扱わないはず。ある程度こちらの武力や勢力を大きく見せることで、できるだけ有利に交渉を進めようという狙いがあった。 

 

 マガルムークから帰ってきて、すでに2週間以上が経過。

 こうやって魔導船ヴィクトーリアに乗り込むまでの間、この俺はウーラアテネ内にて足止めを食らっていた。


 その間、何をしていたかといえば、情報収集にエルセリア王国内での食料集め、セレネ硬貨の鋳造、隠れ里の整備や自動機械の擬体化などと多岐に渡るものだった。

 といっても、この俺が直接何かをしたわけでもない。

 ウーラと話し合ってドールたちに細々な指示を与えたり、自ら現場へと赴き進捗状況の確認をする必要はあったが、忙しかったかと言われればそこは微妙なもんだ。

 結局のところ、それらの作業工程が片付かないことには俺のほうも動けなかったというだけ。まあ、久しぶりの人付き合いに少しばかり気疲れしていたこともあり、いい骨休めになっていたが。


 東に向かわせたピットが海を越えた先にある東大陸にて、ドデカい銀鉱脈を見つけてきたことにより、本格的な採掘作業も始まっている。

 銀鉱脈といっても比較的銀鉱石が多いというだけで、金や銅、鉛、亜鉛、錫、鉄、石英、ニッケル、タングステン、コバルト、ビスマス、モリブデン、アンチモン、水銀と、幅広く様々な鉱石が分布している良質な鉱脈。

 これで、この世界の通貨を手に入れるために、ちまちまと合成宝石や人造宝石をエルセリア金貨と交換する必要もなくなるってわけだ。

 合成宝石や人造宝石の場合、元となる物質さえあれば簡単に作れるというメリットはあるが、一気に大量に出回ると怪しまれてしまうので交換量を抑える必要がある。

 だが、セレネ硬貨という話になってくれば、エルセリアと国交が結ばれさえすれば、ある程度流通させても問題がなくなってくるはず。


 エルセリアやマガルムークの通貨を調べても、混ざり物の比率に多少ばらつきがあり、これといった偽造対策も施されていない様子。

 ポートラルゴの商人たちから話を聞いたかぎりでは、確実に偽造を見破る方法もなく、俺たちが偽造硬貨を作ってもおそらくバレやしないだろう。そうはいっても、商人たちが知らなかったというだけで、魔法的な仕掛けが施されている可能性は捨てきれない。

 念には念を入れて、エルセリア硬貨やマガルムーク硬貨を偽造するのではなく、セレネ硬貨を流通させる形にしたってわけだ。


 それと食料を買い集めているのはルメロに送るためだ。

 実験農場のほうでこちらの世界の作物も一緒に栽培するようにはなっていたが、収穫できるようになるにはもう少し期間がかかる作物も多い。

 品種改良や成長促進技術により収穫までの期間をかなり短くできるとはいえ、現時点では品種改良も設備面においても不十分だったし、そもそもライ麦のように本来ならば一年近くかけて収穫できるようになる作物をわずか一か月足らずで成長させるのはさすがに無理がある。

 というわけで、足りない分の食料をエルセリア王国内の各所で目立たないように買い集める必要があった。

 といっても、ルメロの元へは一度に大量の食糧を輸送する必要がない。

 すでにドールのグランベルはジェネットの町へと出発済みで、荷馬車の中には少量の食料しか積まなかったぐらい。

 ルメロとの話がまとまっていないうちから大量の食糧を運ぶわけにもいかない。

 ただし、ルメロとの話が決裂したとしてもジェネットの町で売り捌ける程度の積み荷なら運んでもおかしくないだろうと判断したってわけだ。

 いずれにせよこれで儲けようとしているわけではないのだ。損をしたところでまったく構わないのだが、体面を取り繕うためにそうしたという感じ。


 あとはグランベルと、その補助役である学習型AIを搭載した自動機械オートマタのマヤが上手いことやってくれることを期待するだけだ。

 外見的な興味をひくかどうかは賭けになるが、俺は駄目元でルメロに対してハニートラップを仕掛けるつもりでもいた。

 ウーラによるサポートだってあるし、マヤには相手の反応をうかがいつつ、だんだんと相手の好みの性格に合わせていく学習型AIを搭載させたため、ルメロが特定の女性に惚れているとかでもないかぎり多少は興味を示すはずだ。

 それに寝所での駆け引きのほうはやり手の娼婦さながら。相手が機械だとわかっていてもなお、入れ込んでしまう人間も居るぐらいだ。

 かといって、それでルメロのことを操ろうとまでは考えていない。寝物語にでもマガルムークの内情を聞き出せれば御の字といったところだろう。


 と、そんな感じにこれまでに得た情報を元に新たな計画を押し進めている状態だった。

 一点だけ誤算があるとすれば、西に向かわせたピットがいまだマトゥーサ人とやらの集落を発見できていないことだろう。

 けっこうな広範囲を探しているというのに、いっこうにそれらしきものが見つからないのだ。こうなってくると結界とやらに、視覚だけでなく探査レーダーをも欺く何らかの仕掛けがあるとしか思えないのだが……。


 科学的な手段に対抗する仕組みをこの世界の結界が持っているというのもどこか不思議な話だったが、実際のところ超音波を使って相手の位置を知る動物だって居るぐらいだ。おそらくそんな動物たちに対抗する手段と同じ原理で、レーダーのことも誤魔化していると考えたほうがよさそうだ。


 まあ仕方あるまい。すべてがこちらの思惑どおりに運ぶわけでもない。

 それにこの世界を知る上でアグラとマトゥーサ人に関しての情報も重要であることには違いないが、今のところ優先度としては低いほうだ。

 今は直前に控えたエルセリア王国との折衝のほうに全神経を傾けるべきだろう。


 俺がそんなことを考えているうちにも、どうやら港町ポートラルゴへと到着したらしい。まるで雲を斬り裂くような轟音を発し、来訪を告げる空砲が魔導船アフロディーテ号から発射されていた。


 ◆


「アルフォンス殿。遠路はるばるの長旅、誠にお疲れ様にございます」


 ベーリット・ルイス・ジークバード伯爵の居城、リンガーフッド城には現在、とある来客が訪れていた。

 それはエルセリア国王からの勅命を拝受し、はるばる王都からやってきた使者アルフォンス男爵とその家臣たちだった。

 勅命を受けた使者といっても、アルフォンスの身分は男爵。実を言えば、他国に対しての使者としてはいささか礼に欠ける、下位の貴族が使者に選ばれたという経緯があった。

 表面上はセレネ公国との外交問題であったものの、その実あくまで相手は謎の勢力に過ぎないという考えの人間が多かったからだ。

 そのことからしてもエルセリア王国側がセレネ公国という存在をそれほど重要視していないように思える。

 ジークバード伯爵が早馬を使って次々と情報を届けていたが、そこまで正確な状況が伝わっていなかったことがあるのかも知れない。この世界では、手紙と伝聞が主な伝達手段であり、途中で多少話が食い違ってしまうこともわりとよく起こっていたからだ。


 だが、たとえアルフォンス男爵がジークバード伯爵よりだいぶ下位の身分であったとしても、こと王命を受けてやってきたとなると手厚く遇する必要性が出てくる。

 応接間の上座にはジークバード伯爵ではなく、アルフォンス男爵のほうが座っていたぐらいだ。そのアルフォンス男爵のほうは我が物顔で上座へと座り、この城の主であるジークバード伯爵と対面していた。


「いえいえ。これも陛下から与えられた重要な役目なれば」

「然り。誠に重要なお役目にございますな。して、陛下はセレネ公国に対して、いかように接せよと仰せでしたか?」

「はて? 今、ジークバード卿はセレネ公国とおっしゃられましたかな? この私が聞き及んだかぎりでは、無礼にも海賊風情が偉大なる我が国と対等に取引がしたいと抜かしておるとか。何とも笑えない冗談ですな」

「か、海賊……。まさかセレネ公国のことを海賊として扱うと? それは本気ですかな?」

「扱うも何も実際にそうなのではございませんか。ジークバード卿のほうこそ、深き海を越えたその先に、我々の知らない国があるなどという滑稽な法螺話を本気で信じておられるのですか?」


 まるで小馬鹿にしたかのようなアルフォンスの物言いに、ジークバード伯爵の顔に不愉快そうな表情が浮かぶ。

 実際にアルフォンス男爵がジークバード伯爵のことを小馬鹿にしたのかどうかはわからなかったが、少なくともふたりの関係がけっして良好とは言い難いものであることだけは見て取れた。

 おそらくアルフォンス男爵が王党派と呼ばれる王権を支持する勢力に属しており、エルセリア北方地域の雄であるジークバード伯爵とは相入れぬ関係ということが関係しているのだろう。

 といっても、ジークバード伯爵のほうにはエルセリア国王と敵対しているという認識がなく、王党派のほうが一方的に北方貴族の長であるジークバード伯爵のことを敵視しているだけであったが。


「ふむ。少なくとも海賊などではないでしょうな。アルフォンス殿も実際にあの魔導船を見ればおわかりになるはずかと。たかが海賊風情が所持できる大きさの船ではないですからな」

「しかしながら、その魔導船とやらも早々にどこかに雲隠れしてしまったという話ではありませぬか。おおかた図体だけのハリボテだということが露見するのを恐れたのでしょうよ」

「然に非ず。その件に関しては、きちんとご報告申し上げたはずだ。セレネ公国の人間の話では、何でも一度本国へと戻り、交易品を積み込んでから再びやってくる予定だと。現に今もポートラルゴにはバルムンド・ディアルガー提督が残っておられる。提督とは今のところ軽い挨拶程度しか交わしておりませぬが、とても海賊などとは思えぬ品性の持ち主であるように思えた。あれらすべてが海賊の演技だと言うのなら、たいした役者でしょうな」


 はっきりと否定したジークバード伯爵の言葉にアルフォンス男爵が鼻を鳴らす。 


「ふんっ。どうですかな……。まあいいでしょう。仮にセレネ公国という小国が実在したとしてですな、我がエルセリア王国がまともに相手をする必要がどこにありましょうや?」

「あちら側が提示してきた交易品の品目と、おおよその提示額をご覧になられたでしょう?」

「ええ。むろんのこと一応は目を通しましたが」

「いずれも我が国にとって利する取引ばかり。特にマガルムークから岩塩が入りにくくなっている現状、何とか塩だけでも入手したいというのが本音ですな」

「そんなもの今居るやつらを全員捕らえ、拠点を吐かせたのち根こそぎ奪ってしまえばいいだけの話。いや、そうですな。そのセレネ公国とやらを属国にしてしまうという手もありますな」

「何を馬鹿なことを。それではどちらが海賊なのかわからぬではありませんか」

「それもこの世の習い。奇麗事ばかりでは貴族など務まりませぬぞ」

「そんなことをして、万が一セレネ公国が我が国を攻撃してきたらいかがいたすおつもりか?」

「そんなもの蹴散らしてやればいいだけ。それとも何ですかな? ジークバード伯爵はそのセレネ公国とやらに我が国が負けるとでも?」

「そのようなことは申しておらぬ。だが、昨今はドゥワイゼ帝国だけでなく、マガルムークのほうも雲行きが怪しい状況。下手に敵を作るのは得策ではないとご意見致したまでだ」

「なるほど。ジークバード卿のご意見として、一応頭の中に入れておきますよ」

「そうではなく、陛下がどういうおつもりなのかをお尋ねしたい。陛下が友好的に接してきた国のことをぞんざいに扱えと命じられるようには思えませぬが」 

「とにかく! 陛下から勅命を拝したのはこのアルフォンスに間違いござらん。ジークバード伯爵には3日後の交渉の場で、余計な口を挟まないでもらいたいものですな」

「くっ……」


 まるで部下にでも厳命するかのようにきっぱりとした口調で、格上であるジークバード伯爵に対してそう申し渡し、勝手に席を立ち応接間からも出て行ってしまうアルフォンス男爵。

 そんなアルフォンス男爵の顔にはジークバード伯爵への敵意さえ浮かんでいるように見えたほどだ。その様子を見ても王党派と北方貴族との間に確執があることだけは確かだった。


 といっても、その場に残されたジークバード伯爵のほうは、腕を組んでそれきり黙り込んでしまっただけで、怒りをあらわにするようなこともなかったが。

 ただ、しばらく何事か考えている様子のジークバード伯爵が突然顔を上げたかと思うと、何やら応接間の外に向かって声を掛けていた。


「マーサ。すまぬがレオン団長を呼んできてくれ。至急、頼みたい用件があるとな」

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