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49 感傷

 ◇


 地球人とまるで変わらぬ感触に、俺は少しばかり感傷に浸っていた。

 ベッドの隣で俺の腕に抱き付いて寝ているラァラのぬくもりのせいで、馴染みの娼婦だったアイリーンのことを思い出していたからだ。


 といっても、別にアイリーンに対して愛情があったわけでもない。身体の相性がよく、俺の好みの容姿だっただけだ。

 それに男に媚びるのが上手い女で、まるで王様にでもなったような気分にさせてくれたってのもある。

 まあ、レッドだったこの俺はそうたびたび通えるような状況でもなく、犯罪者相手だろうが客の秘密を口外しないという契約のせいで、馬鹿高い金を払う必要はあったが。

 だが、アイリーンがそれだけの価値を持つ娼婦であったことは間違いない。

 3年間、暗い宇宙空間に身を潜めていたこの俺にとって、他人と触れ合って安らげる唯一の機会といってよかったほどだ。


「どうしたの? 何か考え事?」


 そんな過去の幻影を重ねていた俺にラァラが心配そうに問いかけてくる。

 まさかほかの女のことを考えていたなんてことも言えず、返答に詰まった俺は誤魔化すようにラァラの身体を抱き寄せる。

 そのまま俺の身体へと抱き着き、ちょこんと俺の胸の上に顎を乗せてくるラァラ。

 その顔には、恋人に向けられる愛情が込められているような気がした。


「ちょっとだけ村のことを考えていてな」

「うふふ。そろそろ自分の村が恋しくなってきたのかしら?」

「ん? ……そんな顔をしてたか?」

「何かを思い出してるような、そんなふうに見えたから」

「村を離れて、まだ10日ちょっとしか経ってないんだ。ラァラの気のせいだろ」

「そうかもね。ねえ、ディーディーたちの村ってどんなところなの?」

「どんなところかと言われても、山間の盆地にある何の変哲もないただの農村としか説明のしようがないな。村人はそんなに多くないし、こんな宿屋だってない。まあ、水と土壌に恵まれているおかげで、農作物だけはよく育つが」

「へええ。きっとのどかな暮らしぶりなのね。そういう生活も憧れるけど……」

「村に一緒に付いてくる気にはなれないってか?」


 もちろん俺に付いてくると言われても困るだけだ。

 だが、それと同時に何となく納得がいかない気持ちもあった。

 娼婦であるアイリーンと同じとまでは言わなくとも、ラァラが今見せている愛情が見せかけだと言われてるような気がしたからだ。

 それが身勝手な感情であることもわかっているつもりではいる。俺だってラァラに対して多少の情を持ち始めているが、そこまで愛しているわけではないのだ。

 結局のところ、完全にラァラに惚れられているものと思っていたせいで、あっさりと拒絶されたことに納得ができないのだろう。


「ごめんなさい。本当はディーディーに付いていきたかったけれど、どうもがいたところで結局この私はアグラへの貢ぎ物でしかないから」

「だが、アグラへの貢ぎ物にするといっても現在は形ばかりの話で、氏族の長への貢ぎ物にされるという話だったよな?」

「ええ、そうよ」

「それが嫌でラァラは故郷を捨てたんだろ? だったらもうとっくに関係なんか切れているんじゃないのか。故郷のやつらに見つかって連れ戻される心配でもしているのか?」

「そうじゃないわ。自分の中に流れているマトゥーサ人の血が騒ぐのよ。この身はアグラに捧げられるべきものではないのかって」

「マトゥーサ人の血か……」


 血に刻まれた契約だとでも言いたいのか。

 ラァラには赤い瞳に宿る運命には逆らえないと思っている様子がある。俺と今以上に距離を縮めることを拒んでいる理由はおそらくそこだろう。

 俺には何故そこまでラァラが頑なに拒むのか理解できなかったが、神や邪神の存在を身近に感じる世界での話だ。俺には理解できない何かがそこにはあるのかも知れない。それほどアグラがこの世界では特別な存在ということにもなるが。


 ただ、エルパドールから新しく届いた報告でも、ことアグラ関連となると極めて情報量が少ない。どうやらアグラがイシュテオールを裏切ったことにより、アグラに関わる話のほとんどが禁忌となっているような雰囲気があり、ろくに記録が残っていなかったそうだ。 


「ラァラの故郷はどの辺りなんだ?」

「うーん。集落を出たのはかなり昔の話で、はっきりとは覚えていないのよ。マガルムークとドゥワイゼ帝国の間だってことは確かなんだけど、もう一度戻れと言われても多分たどり着けないと思うわ」

「となると、深樹海のどこかか?」

「そういうことね。いまさらディーディーに隠すつもりもないけれど、どこも似たような風景だったから」

「なるほどな。それでマトゥーサの末裔というのは多かったのか?」

「私たちマトゥーサの末裔のことが気になる?」

「いや、そうだな。ラァラがあまり話したくないのなら話さなくても全然構わないが」

「ううん。本来なら他人に話していい内容ではないのだけど、ディーディーのことは信用しているからね」


 そんなラァラの言葉を聞き、俺は僅かばかりの罪悪感に駆られた。

 俺がラァラを利用して情報を得ようとしていることは、自分自身には隠しようがない事実だったからだ。

 そうはいっても、是非とも知りたい情報であることには違いない。アグラ関連の話は今のところエルパドールからはあまり得られそうにない。

 だが、それでラァラに不審がられてしまっては元も子もない。俺としてはあくまで睦語りの続きとしてそちらに誘導したつもりだが、いささか拙速に過ぎたのかも知れない。


「そうか。まあ、ここだけの話だ。他人に漏らしたりはしないからそこは信用してもらっても構わないぞ」

「ふふ。大丈夫よ、信じているから。そうね、私の居たラムール氏族は500人ぐらいだったかな。ただ、ラムール以外の氏族もたくさんあって、深樹海の色んな場所に散らばって住んでいるらしいの。全体でどのくらいのマトゥーサ人が居るのかは私にもわからないわ」

「そんなに氏族がいるのか。人里離れた場所に上手いこと隠れ住んでいるんだろうが、よくこれまで見つからなかったもんだな」

「だって結界があるもの。マトゥーサ以外の人間が近くに来たとしても、そのまま深樹海を彷徨うだけよ。それに、それこそ私がディーディーたちのことをマトゥーサじゃないかと勘違いしたように、エルセリア王国の近くにもいくつか氏族があるみたいなのよね」

「結界か……。なるほど、そういうことか。それで氏族間に横の繋がりみたいなものはないのか?」


 比較的早い段階でリアード村やポートラルゴの町が発見できたため、早々に西方面からはピットを引き上げている。

 結界というものがどういうものなのかいまいち不明だったが、魔法か何かで方向感覚を狂わせたり、幻を見せて近寄らせないようにしていると見るのが正解か?

 ただ、そうなってくると、西方面にも再びピットを調査に向かわせたほうがいいのかも知れない。ちょうどマガルムークの王都ドガへと向かわせる予定だったピットが空いたところだ。

 依然としてマナ動力炉に気付かれる問題は残っているが、そこは遠方からの観察に徹して気付かれないようにするしかないだろう。


「昔はあったらしいけど、今はそうでもないみたい。氏族によって、掟や考え方が多少異なるからそこまで交流はなかったわ。他所からたまに商売人がやってくるぐらいだったもの」

「すまん。それはどういった類いの考え方が異なるということなんだ?」

「アグラに対する考え方ってことよ。ラムール氏族はそれでも比較的緩いほうだったけど、もっと厳格にアグラのことを信奉をし続けている氏族だってあるの。今もなおアグラの復活を待ち望み、アグラの教えに縋って清貧に生きている氏族がね」


 俺の理解し得るかぎりでは、アグラという存在は遥か昔にいなくなっているはずだ。

 そうでなければアグラという極めて特殊な存在が、歴史の表舞台から姿を消していることへの説明が付かない。

 にもかかわらず、一部の氏族が復活を待ち望んでいるということは、アグラが不老不死に近い存在であり、何か表には出られない理由でもあるのか、それとも新しく誰かがアグラに選ばれる見込みがあるということになりそうだが……。


「アグラの復活なんて、本当にそんなことがあり得るのか? 遥か昔、マトゥーサ人とともにイシュテオール様から断罪されたはずだが」

「マトゥーサの血が色濃く残っている連中は、今もなおアグラとの繋がりがあることを感じているの。だから、いつかイシュテオール様からの赦しを得られる日が来ると信じているのよ」

「繋がり? もし本当にそんなものがあるのならアグラの居場所だってとっくにわかっているはずだろ?」

「違うの。居場所がわかるわけではなく、ただ漠然と存在を感じるのよ。アグラがこの世界のどこかに存在しているってことをね」

「そういうことか。それじゃあもしかしてラァラも何かを感じていたりするのか?」

「実を言うと私もほんの少しだけ。その繋がりがあるかぎり、私が自由になれないこともね」


 そう言ったきり、俺の胸に顔を埋めて黙り込んでしまうラァラ。

 本当はアグラとの繋がりなどすべて消し去って自由になりたいのに、どうしても逃れられない運命だと諦めているということなのか。

 そんな苦悩の想いをラァラから感じ取った俺は、それ以上アグラの話を聞くことができなくなってしまった。


「明日、村に帰ってしまうのよね」


 しばしの沈黙のあと、ラァラが顔を伏せたまま俺にそんなことを聞いてくる。

 ルメロの元へグランベルを派遣するためにも、早々にここを引き上げたほうがいいと俺とラウフローラは判断していた。


「ああ、ジェネットの町の状況もだいぶわかってきたので、明日の朝ここを発つつもりだ。戦争が落ち着くまでは塩の購入も難しそうだったんでな」

「そう……」

「しばらくしたら、またやって来るさ。これでラァラとの縁が切れたわけじゃないんだ」

「ごめんなさい。ディーディーの誘いを断ったのは私のほうだっていうのに、未練がましい態度を取ってしまって」

「今の話でラァラの事情も多少は理解したつもりだ。多分、仕方がない話なのさ。といっても、アグラとの繋がりという話になってしまうと、部外者であるこの俺には本当の意味で理解できているとも思えないがな」

「ねえ、ディーディー。もし私がディーディーの子供を欲しいと言い出したらどうする?」


 不意にそんなことを聞いてくるラァラに戸惑う。

 地球人の遺伝子の中にホモサピエンスだけでなく、ネアンデルタール人の遺伝子も僅かながら含まれていることからすれば、近似種との異種交配で子供が生まれてくる可能性がないわけではない。

 だが、この世界にずっと残ることに決めたわけでもないこの俺には、この世界で子孫を残す行為が正しいのかどうかわからなかった。


「子供が欲しいのか?」

「ううん、ちょっと聞いてみただけ。ごめんなさい、今の話は忘れて」


 俺の胸から顔を上げ、そんなことを言ってこちらを見つめてくる赤い瞳。

 その瞳には、どこか諦めにも似た感情が隠されているような気がした。

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