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44 星詠み

 ◇

 

 ゆるやかな起伏を描きながらも、まっ直ぐ丘に向かって延びている大通り。

 その大通りをルメロの背を追いかけるように歩いていた俺の目に、遠目からでもその巨大さがわかるほどの威容を放つグラン城が見えてくる。


 グラン城だけではない。ジェネットの町自体この世界で見た中では一番大きな町だ。

 それに城壁の外の沈んだ空気とは違い、ジェネットの街並みにはまるで別の空間に迷い込んでしまったと錯覚しそうになるほど活気に満ち溢れている様子があった。


 城壁の外に農作業に出掛けていたのか、農具らしきものを肩に担いで帰路を急ぐ農夫。

 店先に並べてあった売れ残りの果物をひとつひとつ傷んでいないか丁寧に調べた後、袋の中へと仕舞い込んでいる中年女性。

 狭い路地の入口付近で、いかにも娼婦といった風体の女が客引きをしているような姿も見える。


 通り過ぎざまに見かける住人のほとんどが人間で、その顔にはこの町は絶対に安全だとでも言いたげな、安心し切った表情が浮かんでいた。

 立地的に王都ドガからはだいぶ離れていることもあるだろう。戦争などとは無縁の平和な暮らしが、ここジェネットの町では営まれている様子がある。

 が、俺はそんな人混みの中にもぽつぽつと亜人の姿を見かけていた。


「城壁の中に住んでいる亜人も居るんだな」

「ん? ああ、そりゃそうだよ。いくらアンドリュース卿だって、昔からこの町に住んでいる亜人を追い出したりはできないからね。問題を起こさないかぎりはだけど」

「外に居る亜人の避難民を受け入れることは難しいのか?」

「うーん、今の状態では難しいんじゃないかな。食料の問題もあるけれど、安易に避難民を受け入れてしまうと、治安の悪い地区が出来上がってしまうからね」

 

 俺としても、ここの領主の判断にあれこれと文句を付けるつもりはない。

 ジェネットの町がどういう状況下なのか俺はまったく知らないし、たとえ不公平だろうが自領の民を優先するのは領主からすれば当然の判断であるような気がしたからだ。

 だが、城壁の外に居るのは亜人だけ。おそらく避難民であっても人間の場合はジェネットの町の中へと招き入れているのだと思う。

 食料や治安のためだという理由が苦しい言い訳だということは、ルメロ自身がよくわかっているのだろう。

 そう即答してくるわりに、ルメロの顔には苦々しげな表情が浮かんでいた。


 と、そんなルメロに向かって、ひとりの亜人の男が視線を向けているのがわかった。

 城壁の外に居る亜人たちとは違い、顔色もよく身なりもそれなりに小綺麗な様子。

 そんな亜人がキョロキョロと辺りの様子をうかがったあと、何気なさを装いながらルメロのほうへと近付いてくる姿が目に入る。

 ラウフローラも即座に気付いた様子だったし、この俺も気付いたぐらいだ。

 ルメロの身辺に絶えず気を配っている護衛のカイルが、亜人の姿に気付かないはずもない。

 そのカイルがまったく反応しないことを考えれば、亜人の男とは顔見知りなのかも知れない。

 その予想を裏付けるように、亜人の男がルメロの横に並ぶと、一緒の方向に歩きながら声を潜めてルメロに話しかけてきた。


「殿下! 助かりました。これで城壁前の兵士もだいぶ大人しくなるかと思います。それもこれも殿下にご足労いただいたおかげ。こちらの無茶なお願いを聞いてくださり、本当にありがとうございました」

「いや、構わないさ。ガディー」

「このご恩は後日必ず……」

「それで斬られた者の様子はどうだい?」

「あっしは城壁の上から確認しただけなので、はっきりとしたことはわかりませんが、何とか命だけは助かった模様です」

「すまないね。少しばかり到着が遅かったみたいで、僕が駆けつけたときはすでに斬られたあとだったんだ」

「元々、白狼族のやつらが下手に騒ぎ立てたのが原因なんです。殿下が気になさる必要なんざあ、ありませんよ」


 突然やってきて感謝を述べ始める亜人に、これしきのこと何でもないとでも言いたげにルメロがケロリとした様子で答えていた。

 

 道理でタイミングよく騒ぎの現場に現れたはずだ。

 ガディーと呼ばれたこの亜人がさきほどの現場に居合わせたのか、それとも騒ぎを聞きつけたのかは知らないが、マズいことになったと注進しにいった結果、ルメロが急遽駆けつけたという感じなのだろう。

 たまたまルメロが現場に居合わせたなどと言われるより、そのほうが俺としても納得がいくものだ。 


「まあ、この僕にできることと言えばあれくらいだけどね。また何かあったら、僕に言ってくれればいいから」

「すみません、殿下。ありがとうございます。それで、お連れの方々は? 殿下のお知り合いですか?」

「ああ、ディーディーたちのことかい? 実を言うと僕もついさっき知り合ったばかりなんだよね。遥々、エルセリアからやって来たんだって」

「エルセリア人ですか……」


 エルセリア人と聞いた途端、ガディ―という亜人がスッと目を細めるのがわかった。

 その顔から察するに、エルセリア人に対してあまり良い感情を持っていないように思える。

 だが、訝し気な様子で俺たちのことを見つめてくるそんな亜人の視線に気付いたのか、ルメロが俺たちのことを弁護するように亜人のことをたしなめていた。


「ガディー。エルセリア人だからって、マガルムーク人とそこまで違うわけじゃない。皆が皆、亜人を嫌ってるわけじゃないんだ。さっきだって怪我した亜人に貴重な薬を分けてやっていたぐらいだからね。けっして悪人じゃないことはこの僕が保証するよ」

「そうだったんですか。すみません、少しばかり神経質になっているみたいでして」


 エルセリア人全体が亜人によく思われていないのは俺も理解しているが、どうやらそれだけではなさそうな感じ。

 神経質になっているということは、以前に何かあったということか。

 それにしては嫌悪感というより、怪しげな余所者を見るような目つきで見てきているが。


「この男はガディーと言ってね。この町に住む亜人たちのまとめ役みたいな感じさ。ガディーも悪気があったわけじゃないと思うから、ディーディーも気を悪くしないでよ」

「いや。亜人たちからどう思われているのか、俺たちだってそれなりにわかっているつもりだ。だからといって、これぐらいのことで気を悪くしたりなんかしないさ」

「違うんだよ。なんて言うか、現在ちょっとだけこの町で問題が起きていてね。そのせいでガディ―もピリピリしていたんだと思う」

「問題?」

「まあ、たいした問題ではないからそこは気にしないでよ。あっ、あそこにある宿屋だよ、ディーディー。おすすめはやっぱりグラン・オーロックスのステーキだね。美味しいから是非、一度食べてみてよ」


 ていよくルメロに話をはぐらかされた気がするが、しつこく問いただすのは止めておいた。

 現在起きている問題とやらが気になりはするが、ルメロの個人的な問題ではなく、ジェネットの町で起きているという話。街中で情報収集すれば、ルメロに聞かなくてもどのような問題かはわかってくるはずだからだ。


「わざわざ宿屋まで案内してもらって悪かったな。おかげで宿を探す手間が省けた」

「どうせ帰りがけにここを通る予定だったからね。気にしないでよ」

「なかなかよさそうなところだな。その分、値段は張りそうだが」

「そうでもないから安心してよ。良心的な値段だと思うからさ。そうそう、このあと一緒に夕飯を食べていくつもりだったけど、今日はこれで失礼するよ」

「なんだ? そうなのか?」

「ガディーと話さなければならないことができたのでね。ディーディーたちはすぐにこの町から出立する予定というわけではないんだよね? 明日にでもこの宿に立ち寄るから、そのときにエルセリアの話を聞かせてもらっても構わないかな?」

「そうだな。まだはっきりと決めたわけじゃないが、何日かはジェネットの町に滞在するつもりでいる。多分、明日の昼頃なら空いていると思うが」

「了解。そういうことなら、お昼頃に立ち寄ると思うからよろしく。それじゃあ、またね」


 それだけ言い終わると、その場から離れていくルメロ。

 俺たちに背を向けて、城のほうへと歩き始めたルメロに続き、カイルとガディーもその後を付けていく。

 そんな後ろ姿を見送っていた俺に、ラウフローラが小声で話しかけてくる。

 

「どうする? 兄さん」


 ラウフローラが言外に何を言いたいのかは察しが付いた。

 ルメロを尾行するか否かだ。

 だが、城の中にでも入られたらさすがにラウフローラでも追跡が難しくなる。

 それに明日にも向こうからやってくると言っているのだから焦る必要もない。ピットが使えなくなった以上、下手に動かないほうが無難だろう。


「いや。ひとまずは宿に入って、落ち着いたほうがいいだろうな」

「わかったわ」

「それでラァラはどうする?」

「そうね。歩き疲れたから、今日はここで宿を取って、仕事探しは明日からにするわ」

「そうか。それじゃあ中に入って夕飯にするか」

「ええ、楽しみだわ。以前、グラン・オーロックスは美味しいって聞いたことがあるもの」


 そんなことを言いながらラァラが楽しそうに笑う。

 さきほどまでずっと黙っていたことからしても、ラァラはルメロとあまり関わり合いになりたくなさそうな感じ。

 それにルメロのほうも何となくラァラのことを避けているような雰囲気が見受けられた。

 それが何故なのか気になりながらも、俺はラァラと一緒に宿屋の中へと入っていった。


 ◆


「カイル。ガディーはもう帰ったのかな?」

「はい。余っている食料を受け取ったあと、その足で屋敷から出て行きました。ずいぶんと殿下に感謝している様子でしたよ」

「たいした量を分け与えたわけでもないのに、その程度のことで感謝されてもね。それほど町の中の状況も悪化しているという証拠なのかねえ」


 グラン城がある小高い丘を下ってすぐ、高級そうな邸宅が道沿いに並んでいる光景が見えてくる。

 そんな高級邸宅街の一角に、ほかの建物と比べてひときわ立派に見える一軒の屋敷が建っていた。

 元は商館か何かだったのだろう。塀に囲まれた敷地内には、二階建ての屋敷のほかに大きな倉庫ような建物も見えた。


 その屋敷の一室で、椅子に腰かけたルメロが何やらカイルとふたりきりで話している様子。

 使用人には聞かせたくない話なのか、ルメロはすでに人払いを済ませたあとのようで、どことなく後ろ暗いとすら感じられる雰囲気がその場には漂っていた。

 といっても、ついさきほどまでは亜人のガディーも一緒で、3人で和やかに談笑していたくらいだ。密談といっても、単なる内輪話に過ぎないのかも知れない。

 そうではなく、ルメロが使用人のことをまったく信用していない可能性も充分に考えられたが。


「それはそうと殿下。そろそろ、お戯れの理由をお聞かせくださってもよろしいのではないでしょうか」

「ん? 戯れって、それはあのエルセリア人たちのことかい?」

「はい。殿下があの男に興味をお持ちになられた理由です。気まぐれであんな行動を取られたとは到底思えませんので」

「そうかい? 僕にはなかなか面白そうな人物だったように思えたけどね」

「そうでしょうか? 私には口の聞き方も知らぬ単なる田舎者にしか見えなかったのですが」

「ディーディーの態度や言葉をそのまま鵜呑みにしたら、そう思うのが普通だろうね」

「となると、やはり殿下の星詠み(スターゲイザー)の能力に引っ掛かる相手だったのですね」

「ちぇっ、つまらない。カイルにはもうバレていたのか。もうちょっとだけ黙っていて、後で驚かそうと思ったのにさ」

「殿下……。それで、いずれの者がそうだったのですか?」

「ディーディーさ。だけど、カイルだってこれを聞いたら驚くはずだよ。これがね、なんと征服者の星だったんだ」

「はっ、まさか! 属性は太陽ですか、それとも月? まさか闇夜なんてことは」

「大丈夫。太陽だったから安心してよ。そうじゃなきゃ、この僕だって征服者の星を持つ相手にノコノコと近付いていったりなんかしないって。太陽、つまり僕にとっては、味方になる可能性が高い人物だってことさ」

「ほっ……」


 ルメロの言葉にほっと胸を撫でおろすカイル。

 どうやらカイルにとっては、太陽かどうかという話のほうが重要だったらしい。

 ただ、今の様子からするとふたりの間でのみ通じる話なのだろう。

 もしこの場にほかの人間が居ても、ルメロが何のことを言っているのか、まるで理解できなかったに違いない。


「といっても、僕も最初は気付かなかったんだけどね。ほら、最近子供の誘拐が相次いでいるだろ。そんなところにディーディーたちが亜人の子供を連れてやってきたので、これは怪しいと思って声を掛けただけなんだよね」

「ガディーもだいぶ疑っている様子でしたからね。それにしても征服者とは何とも険呑な……。ということは、ディーディーという男は正体を隠しているということなのでしょうか?」

「それはどうかねえ? さすがに僕の能力もそこまで万能ではないからなあ。エルセリア人というのはおそらくそのとおりなんだろうけれど、身分を隠しているのかも知れないし、そうではなくこの先そういった特別な存在になっていくという意味なのかも知れない。その辺はどちらとも読み取れそうなんだよね。ただ……」


 と、それだけ言ってルメロが急に言い淀む。

 そんなふうに悩む素振りを見せるルメロに、カイルは後に続く言葉を促していた。


「はい。ただ、なんでしょう?」

「うーん。この話は王族の秘密にも関わる部分だから内密にね」

「むろんです。この私が殿下から聞いた話を少しでも誰かに他言したことがありますか?」

「いや、そんなことはないけどさ。そうだね、カイルには聞かせても構わないか。ディーディーの隣にラァラという赤い瞳をした女性が居たでしょ。あの赤い瞳って古い血が色濃く残っているせいで現れるらしいのさ。実を言えば、マガルムークの王族にもマトゥーサ人の血が多く流れていて、稀に赤い瞳の持ち主が現れたりするという話なんだよね」

「ということは、あの女性にも王族の血が流れていると?」

「うーん、そうとは限らないんだよね。市井にだって、同じように古い血が現れる人間も居るからね」

「なるほど。たしか、リミエル姫も少しだけ赤い瞳をお持ちでしたよね。あれはそういうことだったのですか?」

「うん。だけど陰で忌避されている存在でもあるってこと。裏切者のアグラに対して、絶対的な忠誠を誓ったマトゥーサ人の血が色濃く残っている証拠だと言い出す人間が世の中には居るからね」

「はあ……」

「征服者の星の持ち主の隣にそんな人物が付き従っているとなると、ちょっと危険だと思わないかい? 同じ太陽とはいえど、このあとの因縁次第では敵対しないとも限らないのが、星詠みの難しいところだからなあ」

「それは普通の人付き合いにおいても同じことでしょう。我らには殿下による星詠み結果というアドバンテージがある分マシかと」

「ま、それはそうなんだけど。それに月であるアンドリュース卿のような相手に比べれば、ずいぶんと気楽に接してもいいはずだからね。まあ、ディーディーがどういう人物なのか、この先じっくりと見極めさせてもらうつもりさ」


 そう言って、悪戯っぽくカイルに笑顔を向けるルメロ。

 その顔には年相応といった感じの無邪気さの陰に、王族らしい老獪さも隠されているように見えた。

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