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40 ジェネットの町

 ◇


「すごく大きいねえ、姉ちゃん」

「そうね。このワイルドボア1頭で、ウォルボーの住人全員を賄えそうな気がするわ」


 目の前にある大きな魔物の肉の塊を見て、プッチの目が大きく見開く。

 ジェネットの町へと向かう途中、偶然にもワイルドボアと鉢合わせし、俺が弓で頭を射貫いて殺した――表向き、そういう形にはなっている。

 実際にはアケイオスに連絡して、この世界で食用になっている魔物を俺たちの居る方向へと誘導させたのだが。


 ジェネットの町へ向かいがてら、ついでに倒した獲物にしては少しばかり大きかったが、さすがにレミの言葉は大袈裟だろう。

 まあ、実際ウォルボー村に何人の住人がいるのか知らないので、何とも言えない話ではあったが。


 とはいえ、ディララ村での食事風景からしてもそうだし、麻痺毒入りだと説明したにもかかわらず、冒険者のコルトがドレイク肉を物欲しそうに眺めていたことからしてもそうだ。

 この世界における食肉の供給量が極めて低いのは間違いない。


 養畜をまったくしていないことは考えづらいが、基本的には狩猟に頼っている様子。となると、冬が近付けばそれだけ獲物が捕りづらくなるってことは考えられる。

 保存肉にしてもどれほどの量が現在市場に出回っているものなのか。

 そう考えれば、肉そのものが手に入りづらいという事情があるのだと思う。

 単にレミたちが亜人だという理由から、入手できる肉の量が少ないだけなのかも知れないが。


「美味しそう。ローラ、本当にこのお肉を食べてもいいの?」

「駄目よ、プッチ。いくらローラ様が構わないとおっしゃられても、これはディーディー様が倒した獲物だから私たちがいただくことはできないの。それと、きちんとローラ様とお呼びしなさいと言ったはずでしょ」

「さっきローラ……様が食べてもいいって言ったもん」

「あら、ローラでいいのに。それにレミもプッチも一緒に食べてくれないと困るわよ。余った内臓や肉は捨ててしまうことになるから」

「え? せっかくこんな大物を倒せたのに、残った肉を捨ててしまうのですか?」

「ええ、そうなるわね。勿体ないけど、ジェネットの町まで余った分を持っていくとなると、かなりの荷物になってしまうからね」


 石を積み上げた簡易的な竈の準備を俺とラァラがしている間、ワイルドボアの解体を済ませたラウフローラが白狼族の姉弟とそんな会話を交わしていた。


 わざわざそんな真似をしているのも、レミが遠慮して俺たちから食料を受け取ろうとしなかったからだ。

 いや、遠慮ともちょっと違うのかも知れない。

 こちらが喋りかければきちんと答えが返ってくるし、敵視されているとまでは思えない。

 夜中、寒かろうと思い眠っている姉弟に余っている掛け布をかけてやったら、起きてきたときに恐縮した様子でお礼を言ってきたぐらいだ。今のところ、関係としては良好なはず。


 ただ、こちらの思惑どおり亜人について色々と突っ込んだ話を聞けたかと言えばそうでもない。

 レミの態度が表面的なもので、俺たちに対してどこか壁を作っているような雰囲気があったからだ。

 おそらくそれは人間という種族全体に対してのものだろう。

 この世界の人間が亜人のことを見下しているのだから、亜人のほうも陰で人間のことを嫌っていてもおかしくはない。そんなお互いの確執がそこには見え隠れしているような気がした。


 それでも黙って俺たちに付いてきたのは、これまでの旅がそれだけ不安だったからだろう。

 ろくに武器も持たないレミたちが道中魔物にでも見つかっていれば、ここまでたどり着けたかどうか。無残にも原野に屍を晒すような事態になってもおかしくはない。


 そんなレミはともかくとして、プッチのほうはラウフローラやラァラに少しだけ懐き始めているようにも見える。

 だが、まだ幼いプッチに難しい質問は無理だろう。まあ、プッチから有益な情報を得ることは最初から期待していなかったが。


「そっちの火の準備ができたようだから肉を焼き始めるわね。ディララ村で手に入れた塩を使っても構わないわよね、兄さん」

「そうだな。予定より多く手に入ったんだ。多少なら問題ないだろ」


 俺のその言葉にラウフローラは頷くと、ある程度の大きさに切り分けたワイルドボアの肉に塩をふっていく。

 そしてラウフローラが鉄網の上に肉を乗せると、辺りからジュージューと肉が焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。


 その光景をプッチがいまにも涎を垂らしそうになりながら見つめていた。

 低水準ではあるものの、一応この世界でも生活道具に鉄製品を使用している形跡が見られる。鉄網なんかはそれほど問題がなさそうだが、胡椒などのほかの調味料については使用しないほうが無難だろう。


 王都ドガまで行けばまた違ってくるのかも知れないが、少なくともディララ村の酒場で出された食事には、あまり調味料を使っている様子が無かった。

 そうなってくると、遥々エルセリアから旅してきたことになっている俺たち兄妹が、ふんだんに調味料を使用するわけにもいかず、塩のみという単純な味付けで我慢するしかない。

 といっても、ワイルドボアの肉なら港町ポートラルゴの屋台で売られていたので、すでに食べた経験がある。筋張っていて多少硬いとは思ったが食べられないこともないという感じだった。

 まあ、この旅が予定外に長引いたとしてもあと2,3日の辛抱。ラァラや亜人の姉弟に隠れて、こっそりと携帯食を食べるような真似までしなくて済むはずだ。


「兄さん。中まで火が通った様子だからもう食べられるわよ」

「いや、俺はまだ腹が減ってない。ラァラやレミやプッチに先に食べさせてやってくれ」

「いえ、私たち姉弟は――」

「ローラも言っただろ。これだけの量になると、俺たちだけではどうせ食べきれやしないと」

「ですが」

「ジェネットの町まではあと半日ほどかかるはずだ。ここから町にたどり着くまでは休憩なしで歩くつもりだから、今のうちに食べておけ」

「そうよ、レミちゃん。あなたたち昨日の夜からほとんど何も食べてないでしょ」

「それは……」

「これしきのことで恩に着ろなんて言うつもりもない。俺たちとしては途中で倒れられても困るだけだ」

「……わかりました。ありがたくいただきます。ほら、プッチ。ディーディー様にお礼を」

「うん! ディーディー様、ありがと」


 よほどお腹が空いていたのだろう。

 目の前の御馳走を食べてはいけないとレミに注意され、一旦半泣きになったプッチの顔に笑みがこぼれる。

 そして焼きあがった肉の塊を受け取るなり、大きな口を開けて嬉しそうに肉にかぶりついていた。


「もう! プッチったら」


 そんなプッチ見て呆れたような口ぶりになるレミ。

 だが、その顔には笑顔が浮かんでいた。

 そんな微笑ましい光景にラァラの顔にも笑顔がこぼれていたぐらいだ。俺としてもわざわざひと芝居した甲斐はある。


 ただ、この調子ではろくに亜人についての情報を得られないまま、ジェネットの町までたどり着いてしまいそうな気がしている。

 それだけではない。

 マトゥーサ人の末裔だというラァラの話も、途中でレミたちがやってきたため中途半端に終わっている。俺としてはそちらのほうも気になっているところだ。


 そんなことを言っても、この世界に来てまだ1か月余り。今のところ身に危険が迫っているわけでもない。

 そこまで焦る必要がないといえばそのとおりなのだろう。

 レミたちについては、寝ているすきにラウフローラがDNAの採取や体内の構造を調査済みだ。

 それに少なくともこの世界の雰囲気を知ることができたのは大きい。それだけでも収穫はあったと考えるべきだろう。

 筋張って硬そうなワイルドボアの肉を美味しそうに食べる亜人の姉弟を横目に見ながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。 


 ◇


 そびえ立つ城壁の様子に、ジェネットの町がかなりの規模の町であることが遠目からでもわかった。

 城塞都市と言ってしまうと多少大袈裟かも知れないが、エルセリア王国との街道を繋ぐマガルムーク南東部の要所というだけはある。

 リアード村やディララ村はおろか、港町ポートラルゴよりも発展している様子があった。


 といっても、マガルムークとエルセリア王国は近年ずっと良好な関係が続いているという話。

 冒険者から聞いた話だと、ジェネットの町は中央から遠く離れた地方都市といった感じらしい。

 ただ、そこまで重要な拠点ではないこともあって、マガルムークにおいては権勢を弱めているが長い歴史を持つ、グラン家のアンドリュース伯爵が治めている土地らしい。

 さらに言うならば、現時点では戦火も及んでいないはずだと。


 その言葉どおりだとすれば、今俺の目の前には平和でのんびりとした牧歌的な風景が立ち並んでいるはず。

 確かにここに来るまではそんな雰囲気があった。

 いかにも田舎といった感じの農場らしき建物が、ぽつぽつと建っている光景を道中目撃しながら歩いてきたぐらいだ。

 だが、ジェネットの町が近付くにつれ、俺が感じたのは少しばかり不穏な空気だった。


「城壁の外に大勢の人影が見えるな」

「ええ、そのようね。ただ、大部分が亜人みたいだけど」

「そうなのか?」

「ざっと数えてみたところだと300人程度の亜人が居るみたい。ただ、少しだけ揉めている様子があるわね」

「揉めているって、戦っているわけではないよな?」

「いいえ、そうじゃないわ」

「何かあったのかしら? 大きな問題がなければいいのだけれど。それにしてもローラちゃんって目がいいわよね。私にはあの人影が人間なのか亜人なのか、今のところまったく判別できていないもの」

「まあな。妹のローラは昔から目がよかったからな」


 俺たちのそんな会話を耳にしたのか、レミたち姉弟に少しだけ安堵の表情が浮かび始める。

 それだけ心細かったということか。

 ただ、すぐにも仲間たちの元へと走り出さなかったのは、揉めている様子があるというラウフローラの言葉に警戒心を強めたからだろう。


「レミ。ジェネットの町に向かった白狼族はだいたい何人ぐらい居た?」

「だいたい4,50人ぐらいだったと思います」

「ふむ。となると、ほかの町からもジェネットにやってきてるってことか。だが、ディララ村の連中が出ていったのはけっこう前の話だったよな、ラァラ?」

「そうね。たしか3か月ほど前の話だったかしら」

「知っている顔はありそうか?」

「ここからじゃ何とも言えないわね。もう少し近付けば知り合いかどうかもわかるとは思うのだけど」


 俺の問いかけに首を捻って答えたラァラと、レミたち姉弟を後ろに従えながら、ジェネットの城門に向かいゆっくりと進んでいく。

 と、俺の目にもだんだんと亜人たちの姿が見えてくる。ただ、ラウフローラの言葉どおり、何やら揉めている様子があった。


「町の中に入るなとはいったいどういうことですか? 私たちだって、れっきとしたマガルムーク国民のはず。なのに何故、町の中に入ってはいけないと?」

「駄目なものは駄目だ。アンドリュース伯爵様からのお達しで、現在ジェネットの町は他領からの移動を制限している」


 そんな怒声と冷徹な声が俺たちの耳に飛び込んでくる。

 城門の前に武装した兵士が数人。

 そして、その兵士に食ってかかっているのは、ひとりの亜人男性とその男を囲うように並んだ40人ほどの亜人のグループだった。


「ならば、せめて食べ物を。お金なら多少持っています」

「お前たちはやって来たばかりで知らないのだろうが、現在ジェネットの町は避難民で溢れ返っていて、食料が不足している状態でな。悪いが、自分たちで何とかしてくれ。ほら、そっちに座って居る連中だってそうしているんだ」


 そう言って兵士が目配せした方向に居たのは、どこか諦めきったような顔をして、城壁の外に固まって座り込んでいる亜人の集団だった。

 すでに何度か同じようなやり取りが交わされているのかも知れない。座っている亜人のほうの顔には、無駄なことはやめておけとでも言いたげな表情が浮かんでいた。


「自分たちで何とかしてくれって……。これから寒くなる一方だってえのに住む家もない、ほとんど何も持っていないあたしらにいったい何ができるって言うんだい」

「そんなことは我々の与りしらぬ問題だ。ただそうだな、大断崖地帯のほうまで行き、魔物でも倒してきて食料にしたらどうだ?」

「そんな……。それは死にに行けと言っているようなもんじゃないかい」

「あらかじめ言っておくが、万が一このグラン領内にある食料や物資に手を出したときには、連帯責任で厳しい処罰を下すからな。城壁の外とはいえ、避難民に勝手に住み着かれ、我々としては迷惑しているぐらいだ。そのことに関して目を瞑っているだけでも有難いと思ってもらわねば」

「くっ……」


 亜人男性と入れ替わるように若い亜人の女性が兵士に詰め寄っていたが、暖簾に腕押しといった感じ。まるで相手にされていない様子だった。


「シリィ姉ちゃんだ」

「知り合いなのか、プッチ?」

「うん」

「ウォルボーの村でよくお世話になった黄虎族の方です。あっ、ロブおじいさんも居る」

「なるほど。となると、今兵士たちと話しているのがレミたちの仲間ってことか」

「はい。あの……同族の人たちが居たのでここで失礼します。ここまで本当に有難うございました」

「ディーディー様、ありがとう」


 確かに同じ白狼族だけあって城門の前に居る亜人のほとんどがレミやプッチの姿と似ていた。

 だが、黄虎族のシリィという女性の亜人にしても、あらかじめ違う種族だと説明されていなければ、白狼族の仲間だと勘違いしていそうなほど。

 城壁の前に座っているほかの亜人にしてもそうだ。

 近くで見てみなければ確かなことは言えないが、そこまで大きな違いがあるようには俺には思えなかった。大きな特徴と言えば、耳と尻尾が付いていることぐらいか。


「よかったな、仲間と合流できて」

「そうね。レミちゃんもプッチくんも元気でね。私はしばらくこの町に滞在すると思うから、もし困ったことがあったら相談してね」

「ラァラ様……。それにローラ様も本当に有難うございました。それでは私たちはこれで」


 それだけ言ってレミたち姉弟が仲間の亜人が居るほうへ向かおうとする。


 ――が、咄嗟にラウフローラがレミたち姉弟の手を掴み、その場に押しとどめる。

 どういうやり取りがあってそうなったのかはよく聞き取れなかったが、何故ラウフローラがそんな行動を取ったのかは俺もすぐに気付いた。

 城門前に陣取っていた兵士のひとりが腰から剣を抜き、亜人に向けている光景が俺の目に映っていたからだ。 

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