39 小さな同行者
しばらく経ったあと、外に様子を見に行ったラウフローラがさきほどと変わらぬ様子で戻ってくる。
主要な街道からは外れているが、盗賊などによる被害がまったくないわけではない。
そう冒険者連中から聞いていたので、何か問題が起きたのかと一瞬だけ身構えたが、帰ってきたラウフローラの様子からすると、これといって問題は起きていない様子だった。
まあ、絶えず周辺を警戒するようアケイオスに言ってあるのだ。
危険な魔物なら排除するだろうし、怪しい人物が近付いてきたときにはラウフローラを介して連絡を寄越す手筈になっている。
アケイオスからの連絡がなかった時点で、心配する必要がないこともわかっていたのだが。
「大丈夫よ。人が居たけど、物取りの類いではなさそうな感じだったから。少しだけ話してみたけど、私たちと同じくジェネットの町に向かう途中らしいわ」
「ディララ村の住人か?」
「いいえ。ウォルボーという町から来たと言っていたわ。ただ、商人や旅人などではなさそうな感じだったけれど」
「となると、避難民っぽいな」
「その可能性はあるけど、聞いてみないことには確かなことは言えないわね」
「ウォルボーといえばディララ村の西にある農村ね。歩いて2日ぐらいだったかしら? だけど、あそこだって王都ドガからはけっこう離れているはずなのに……」
避難民と聞いて、いくぶんか険しい表情になるラァラ。
長引く内乱に不安を隠せない様子で、半分ほどローブのフードの下に隠された顔が曇っていくのがわかった。
「もしかして南のほうにまで戦火が広がっているのか?」
「どうかしら? 情勢が芳しくなさそうだと判断して、早めに避難してきたことも考えられるし、内乱とはまったく違う理由かも……」
と、そこまで言ってラウフローラが口を濁す。
すぐそばにラァラが居る手前、迂闊には喋れない内容なのかも知れない。
だが、穴ぐらの外からこちらを覗き込んでくるふたつの顔に気付いた俺は、その理由に見当が付いた。
「もしかして、あの子供たちがそうなのか?」
「ええ、そうなのよね」
物乞いかと見間違うばかりの薄汚い恰好に、明らかにやせ細った体躯。
そこには寒空の中、ボロボロの貫頭衣一枚を身に纏っただけのみすぼらしい子供ふたりの姿があっただけ。
とはいえ、片方の子供のほうはそこそこの年齢のようにも思える。やせ細った体つきが幼く見えているだけで、その顔には大人びた表情が浮かんでいたからだ。
一見したところ、その子供たちは姉と弟のように見えるが、周りに親の姿は見当たらなかった。だとすれば、その子供ふたりだけでウォルボーの町から旅して来たってことになるが。
といっても、港町ポートラルゴやディララ村の住人を見ても、このぐらいの年齢から独り立ちしている人間はそう珍しくなかった。
それに出会った相手にいちいち年齢を聞いて回っているわけでもないのだ。この世界の住人の見た目と年齢が、俺の認識とズレている可能性だってある。子供に見えて実は大人だったなんてことも充分あり得る話だ。
ただ、そんなことよりこの俺を驚かせたことがある。
その子供たちの頭のてっぺんに、どこか見覚えがあるようで、そして見慣れないものが付いていたのだ。
「多分、白狼族の子供ね」
そんなラァラの呟きが俺の耳に入ってくる。
基本的には人間とほぼ変わらず、一部動物のような特徴が混じった顔。
といっても、その差異は微々たるもので、多少顔に人間と違う特徴が見られることと、頭部のやや高い位置に獣のような耳が付いていること、そして臀部に尻尾が存在していることぐらいの違いか。
身体や手足、肌などは人間と何ら変わらなかった。
ラァラが言った白狼族という話も、何を以ってそう判断したのか俺にはさっぱりわからなかったほどだ。
この子供たちこそが亜人なのだということは俺にも見当が付いたが、あまりにもドールと似通っているその姿には驚きを隠せなかった。
おそらくさきほどラウフローラが言い淀んだのはこのことだろう。
むろん亜人の容姿についてはある程度俺たちも予想していたし、ドールに近い姿形という可能性も考えなくはなかった。だが、ここまで酷似しているとは思わなかったというのが正直なところだ。
外見が子供型のドールだって存在しないわけではない。こんな世界でもなければ、目の前に居る子供たちのことをドールだとしか思わなかったはず。
そんなふうにジロジロと見ていたせいか、オドオドとした様子で年上っぽい女の子のほうが俺に話しかけてくる。
「も、申し訳ございません、旦那様。隅っこでいいので、この場所の一部をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ん? ここは誰の土地でもないんだ。俺たちに断る必要なんかないぞ」
場所を借りるも何も、ここはただの穴ぐらでしかない。
一瞬、言われた俺のほうが戸惑ってしまったほぐらいだが、姉らしき亜人の胴体にしがみ付き小刻みに震えている男の子の亜人の姿を見て、この世界での亜人の立場を俺は思い出していた。
そんなことにまでいちいち断りを入れなければならないほど、亜人という存在は弱い立場なのだと。
ただ、こんなところで偶然にも亜人と出会えたのは俺たちにとって幸運かも知れない。
ジェネットの町で情報を仕入れようにも、俺たちがあまりにも亜人について知らな過ぎるせいで、余計な疑いを抱かれ兼ねないからだ。
できればジェネットの町にたどり着く前に、多少でも亜人についての知識を仕入れておきたいところだった。
当然、ラウフローラからエルパドールのほうにそういった連絡が送られているはずだが、生憎とエルセリア王国では亜人の姿をまったく見かけていない。エルパドールが情報を得られるにしても、それにはかなりの時間がかかるだろうと踏んでいた。
「ウォルボーの村から来たんだってな。名前は?」
「はい。私はレミと申します。そしてこっちは弟のプッチ。ほら、プッチ。旦那様にご挨拶なさい」
「……プッチ」
「もうっ! きちんとご挨拶しなさいと教えたはずでしょ。申し訳ありません、旦那様」
「いや、いいんだ。というか、その旦那様というのは止めてくれないか。俺はディーディーという一介の冒険者に過ぎないんだ。えーと、妹のローラにはさっき会ったよな。で、こっちの綺麗なお姉さんがラァラだ」
「ラァラよ、よろしくね。レミちゃんにプッチくん」
「はい。こちらこそどうぞよろしくお願いします、ディーディー様。それにローラ様にラァラ様も」
そう言って深々と頭を下げてくるレミの仕種に倣ったのか、プッチもちょこんと頭を下げてくる。
その可愛らしい様子に少しだけ笑顔が戻ったラァラが、続けてレミへと話しかけていた。
「ジェネットの町に向かっている途中だと聞いたけど、大人の人は居ないの?」
「はい。今は私たち姉弟だけです」
「そうなのね……」
仮にレミのほうはそれなりの年齢だとしても、こんな子供ふたりで旅をするのはあまりにも危険だ。
俺としてはふたりの親がどこに居るのか気になっていたが、ラァラが何も聞かないところを見ると口に出すべきではないのかも知れない。
というのも、おそらくこの世界には孤児が多いからだ。
目の前のふたりの格好を見ても、まともな生活を送っているとは思えず、現在持っている荷物も、ちょっと村の外に採集にでも出掛けるといった感じの、草で編んだらしい小さな肩掛け鞄がひとつだけだった。
そんなことを聞いたところで、両親は居ないという言葉が返ってきそうな気がして、質問するのを躊躇われた。
「だけど、いったいどうしてふたりでジェネットへ?」
「それは……」
そんなラァラの疑問に対し、レミが口ごもったまま黙り込んでしまう。
その様子からすると、あまり話したくない内容らしい。
となると、ローラが言っていたとおり内乱とはまるで関係ない理由なのだろう。戦火から逃げて避難してきたのなら、そう話せばいいだけだ。喋れない内容ではないはず。
「ごめんね。初対面なのにちょっと失礼だったわね」
「いえ、そんなことは……」
「すまん、俺からもちょっとだけいいか。少しでも現在の戦争の状況を知りたいんだ。ウォルボーの様子はどうだった? ディララ村は今のところ安全な様子だったが」
「すみません。戦争についてはあまりよく知らなくて」
「そうか。何か聞けるかと思ったんだが」
「いえ、その……」
レミにもプッチにもどこか俺たちのことを警戒しているようなフシが見受けられる。
だが、利発そうなレミは終始丁寧な言葉遣いを崩そうとはせず、言葉を選んでいるような様子もあった。
「反乱軍と合流した亜人が居ることはディララ村ですでに聞いている。だが、俺としてはどちら側に付いたとか、そんなことは正直どうでもいいんだ。これ以上、戦火が広がるようなら、あまりその場所には近付かないようにするつもりなので聞いているだけだからな」
「そうなんですか……」
「些細なことでもいいんだ。もし何か知っているようなら教えて欲しい」
「些細なことですか……。村に住んでいた若い男の人たちが戦争に行ったことぐらいしか」
「レミは白狼族ということで合っているんだよな? そのレミたちと同じ白狼族の男性がってことか?」
「あっ、はい。何人か黄虎族の方もいらっしゃいましたが」
「だが、若い男の人がってことは女性や子供、老人なんかはまだウォルボーに残っているんだろ? そいつらと一緒に村には残らなかったのか?」
「いえ、ウォルボーからみんな出て行ってしまったので」
「まさかとは思うが、レミたち以外の全員が戦争に行った連中に付いていったとか?」
「女性でも付いていった方が何人かおりましたが、全員が全員付いていったわけではなく。そのあと、亜人は村から出て行けと言われてしまったので」
「追い出されたってわけか」
「……はい」
「はあ。ウォルボーもディララ村と似たような感じなのね」
ラァラが呆れたようにため息を吐く。
ウォルボーもディララ村と似たような状況らしく、どうやら亜人に対する差別が酷くなっているようだ。
おそらく元々亜人に対して抱いていた悪感情が、今回の戦争を切っ掛けにして噴出したって感じなのだろう。
だが、そうなってくると、このあとレミたちがジェネットの町にたどり着いたところで結局同じことになってしまいそうだが。
「ということは、白狼族の残りの人たちとレミちゃんたちは一緒に村を出たんだよね?」
「そのとおりなんですが、途中でみんなとはぐれてしまって」
「その連中もジェネットの町に向かっていたのか?」
「そうするつもりだとは話していました」
「ならジェネットにたどり着けば合流できるな」
レミはともかくとして、弟のプッチのほうは見るからにまだ幼い。
歩くのもかなり遅いはずだ。おそらくそのせいで他の連中とは、はぐれてしまったのだろう。
だとしてもレミたちのような子供を置き去りにして先に行ってしまうのは、いささか冷たい行動のように思えるが。
とはいえ、いきなり住んでいた村から追い出されたのだ。とても他人に構っていられるような状況ではなかったのかも知れない。
と、そんなことを考えているとき。
グゥという音がどこからともなく聞こえてくる。
「姉ちゃん、お腹すいた」
俺たちとレミの会話などまるで無関心な様子で、レミの顔を見上げながら空腹を訴えるプッチ。
ただ、言われたほうのレミの表情はどこか沈んでいるように見えた。
「待ってね、プッチ。ブナの実がちょっとだけ残っていたはずだから」
「そんな隅っこに居ないで、焚き火にあたったらどうだ? 見たところ毛布なんか持ってなさそうだが、今夜はけっこう冷え込むと思うぞ」
「でも……」
「心配しなくてもいい。俺たち兄妹もこのラァラも、亜人に対する偏見がないからな。それに俺たちもちょうどジェネットの町に向かうところだ。ジェネットまで行くのなら一緒に付いてくるといい」
「ええ、そうね。食料も少しなら分けてあげられると思うわ」
「あ、その……ありがとうございます」
俺たちのそんな言葉を受け、レミにずっと浮かんでいた警戒の眼差しが少しだけ薄れたような気がする。
ただ、まだ完全には警戒を解いていない様子で、レミは弟のプッチを庇うようにしながらおずおずと焚き火へと近付いてくる。
この亜人の姉弟のことを憐れむ気持ちがまったくなかったわけではない。
だが、この亜人の姉弟をジェネットまで連れていくことに決めたのは、何もそんな老婆心からだけではなかった。俺はこのとき、亜人に関して知るいい機会だと考えていた。




