37 反乱の行方
◆
甲高い剣戟の音と怒号が重なる。
場所はマガルムーク北部、王都ドガの南西に位置するウルシュナ平原。
現在、その場所では第2王子シアード率いる王国軍と、宰相マクシミリアン侯爵が率いる反乱軍との間で一進一退の攻防が続いていた。
第2王子シアードが率いてきた王国軍7200名のうち、現在死傷者が300余名。
一方、宰相マクシミリアン侯爵の軍は直属の騎士団1500名にくわえ、侯爵に味方する貴族勢約2700名、そして800名ほどの亜人が合流したことにより一時的に総勢5000名ほどに増えたが、その後の王国軍との衝突により被った死傷者が約500名とやや劣勢。
ただ、いまだにどちらに付くか態度を決めかねている貴族も居たため、勝負の趨勢が決したとは言えない状況。
数的に有利なはずの王国軍側が、現在占拠されている王城内に取り残された人間の安否や、王都ドガに残された住民の安全を危惧しているせいで大胆な作戦を取れないことも今の膠着状態を生み出している原因だった。
だが、日和見している貴族は抜きにしても、正規の騎士や従士だけでも3000を超す戦力がいまだマガルムーク国内に残されている。予備役や民兵を徴兵することまで考えれば、さらに兵力は増すことになるだろう。
マガルムーク国内ではこの反乱は早々に鎮圧されるだろうという見方が大勢を占めていたほどだ。これほど内乱が長引くと考えた人間はごく少数に過ぎなかった。
それにはマクシミリアン侯爵に味方する貴族が思いのほか少なかったことも関係している。
実のところを言えば、事はマクシミリアン侯爵の計画どおりに進んでいなかったからだ。
いかに王位の簒奪という貴族としては不義に当たる行為だとしても、栄枯盛衰がこの世の習い。マクシミリアン侯爵ほどの大貴族ならば味方しようという貴族が現れないはずもない。
現に当初の目論見より少なかったとはいえ、侯爵に味方した貴族もそれなりには居た。
侯爵だって何の勝算もなく王位の簒奪など企てるわけもなく、その辺りの根回しも欠かさなかったはずだ。
しかも、半年前の王都奇襲により、首尾よくマガルムーク王ガルミオスとその跡継ぎである第1王子グレコイシス、さらには第3王子デズモンドまで討ち取っている。
マガルムークの権勢の行方がマクシミリアン侯爵のほうにありそうだと踏んだ貴族が、こぞって侯爵の元へ馳せ参じてもおかしくない状況だった。
そうならなかったのは、マクシミリアン侯爵に味方することをほかの貴族たちに躊躇わせる、とある事情があったせいだろう。
「閣下、中央右手がやや手薄のようです。このまま力任せに押し切っても突破できそうですが、如何致しますか?」
「うーむ、このままでは消耗戦になってしまいそうだが、下手に今の陣形を動かさないほうが無難だろう。一気に本営までなだれ込んで叩くことも考えなくはないが、乱戦になればこちらも相応の被害を覚悟しなければならなくなる。それに乱戦ともなれば魔法使い部隊を使えなくなってしまうからな」
副官のグレインの問い質す言葉にガウルザーク将軍がそう答える。
ガウルザーク将軍といえば個の武勇もさることながら、指揮官としての有能さも周囲に認められている人物。
現に西の大国ドゥワイゼ帝国の侵攻をこれまで何度も食い止めてきたほどだ。
といっても、ドゥワイゼ帝国は今のところ本気でマガルムークに侵攻しようという気がないらしく、様子見程度の小競り合いを仕掛けてきたに過ぎなかったのだが。
それでも堅実な手腕には一定の評価がおかれていた。そのため西部方面の守りを任されていたガウルザーク将軍は、王都への奇襲では難を逃れている。
そういったわけで現在は第2王子シアードの元で逆賊討伐の指揮を任されていた。
「それは逆賊のほうも一緒では?」
「それはどうかな? あちらは亜人を歩兵部隊として、戦の前面に押し立ててきている。味方の被害など無視して、魔法使い部隊に大規模殲滅魔法を使わせるやも知れん」
「いくらマクシミリアン侯爵だとはいえ、そこまでするでしょうか?」
「あの御仁ならやりかねん。それどころか、何とか王城から逃げ延びた者の話が真実ならば、邪悪なことに手を染めている可能性が高いからな」
「閣下は死人が蘇って襲い掛かってきたという話が本当だと?」
「わからん。ただ、はるか昔ネクロマンシーを扱える妖術師が存在したという記録は残っている。あり得ない話ではないな」
「禁忌の邪法ですか……」
「いくら突然の襲撃だったとはいえ、近衛兵がそう易々と王城内への侵入を許すとも思えんのだ。闇夜に紛れてグールを放ったのち、その混乱に乗じてマクシミリアン侯が城内に兵を潜り込ませたと見るのが正解のような気がしてならん」
「グールなど御伽噺のみの存在かと思っておりましたが」
「イシュテオール様がこの世に顕現し、邪神と戦われたという伝説の時代の話だ。グレインがそう思うのも無理はないが……」
半年前の奇襲時、辛うじて城内から脱出できた文官の話によれば、マクシミリアン侯爵の兵が王城を占拠する以前にひと騒動あったそうだ。
正体不明の全身鎧姿の騎士が、よたよたとした足取りで玉座の間へと向かい廊下を歩いていたことが事の始まりだった。
その騎士が周囲が制止する声も聞かず、向けられた剣先にもお構いなしの様子でそのまま歩いていこうとしたため、近衛兵たちが已む無くその場で切り伏せたそうだが、兜の下に隠されていた顔を見た瞬間、その騎士の異常性に気付いたらしい。
その顔が死んでから数か月経っていそうなほど腐敗していることに。
そして、次から次へと現れる似たような全身鎧姿の騎士を近衛兵が対処しているうちに、今度はマクシミリアン侯爵の兵が城内になだれ込んできたというのが大まかな流れだった。
とはいえ、その文官自身が直接その現場を目撃したわけではなく、騒ぎの最中そんな叫び声が上がったのを耳にしただけ。それに本当に顔が腐敗していたとしても、その騎士がそういう病気だった可能性もあり得る。
現在はマクシミリアン侯爵の兵が王城や王都ドガを占領している状態で、内部の様子は一切わかっていない。
マガルムーク王ガルミオスとふたりの王子については、王都ドガの城壁前にその首が晒されていたため弑逆されたことがはっきりしていたが、そのほかの人間に関しては虜囚として捕まっているのか、はたまた皆殺しにされてしまったのかすら定かではなかった。
いまだ真相は藪の中に隠されたまま。
中には、マクシミリアン侯爵の邪悪さを喧伝するためにそんな作り話をしているのではないかと疑ってかかる人間も居るぐらいだ。
そういったわけで逃げ延びた文官が語った内容は、事実の裏付けが取れないままマクシミリアン侯爵がグールを使役したという恐ろしい噂話として、マガルムーク国内へと広まっていた。
「その話が本当だとしたら、マクシミリアン候は現在の戦局をひっくり返すためにグールを使ってくる可能性があるのではないでしょうか?」
「だが、それで戦に勝利したところで邪悪な存在との関係がつまびらかになってしまっては意味がない。名分上はガルミオス王の悪政に憤りを覚え、義によって兵を挙げたとしているマクシミリアン候からすれば、あまり使いたくない手段のはずだ」
「では、そこまでグールのことを警戒する必要がないと?」
「いや。現状そうだというだけで、マクシミリアン候の進退が極まった場合どう出てくるかまでは予想が付かん。充分な備えはしておくべきだろう」
「わかりました。ただ、真実が不明である以上、兵たちの間でおかしな噂がたってもマズいですね。グールの一件は伏せたまま、奇襲があるかも知れないので注意するように伝達させておきます。特に夜間の歩哨には充分注意するようにと」
「うむ、そうだな。そのように計らってくれるか。グールではなく、マクシミリアン候に付くと決めた貴族が後方から襲い掛かってくる可能性もあるのでな」
「はっ。了解致しました」
「それではこの俺もひと働きしてくるかな」
「閣下直々にお出ましになられるのですか? 閣下には出来ればここで指揮を取っていていただきたいのですが」
「軽くひと当たりしてくるだけだ。その間の指揮はグレインに任せる」
それだけ言い放つと、ガウルザーク将軍が自分の騎馬へと跨り、颯爽と駆け出していく。
指揮官自らが供も連れずひとり戦線に赴くなど浅慮な行いのようにも思えるが、毎度のことなのかグレインは諦めた顔をしてその様子を黙って見守っているだけだった。
ともあれ、逆賊の討伐をしに来たにしては、王国軍のほうの動きもいまいち鈍い様子。ガウルザーク将軍の堅実な性格が現れているのかも知れないが、逆賊の討伐に時間をかけ過ぎて国内が混乱してしまっては意味がない。
とはいえ、反乱軍が臨時の徴収だと言って付近の農村部から無理やりかき集めた食料もそろそろ底をついてくる頃だろう。
そうなれば反乱軍だってこれまでと同じように、旗色が悪くなったからといって王都ドガへと逃げ帰り、城壁の中に閉じこもるわけにもいかなくなる。
一見、悪戯に時を費やしているだけのようにも見えたが、ガウルザーク将軍はそのタイミングを持っているようにも思えた。
◆
「あっ、このお魚も美味しいわね。それとこの上にかかっている白いソースが絶品だけど、いったい何からできているのかしら?」
「それはブールブランソースですね。エシャロットというタマネギをワインで煮詰めたあとバターと混ぜ合わせ、そこに塩、胡椒を加えたものになります」
「へええ。今度家に帰ったとき、料理長のフランメルに教えてあげなきゃ。このお魚はギールなんでしょ。あのギールがこんなにも美味しくなるんですもの」
「確かに確かに。これほど豪華な晩餐ならディフリード男爵ですら舌鼓を打つこと間違いなしでしょうな。ああ、ディフリード男爵というのは我が国一の美食家でしてな。美味しいものを食べるためなら、いかような労力も惜しまないという人物なんですよ」
「おふたかたにご満足いただけたようで何よりです。何分にも、先の見えない航海だったため、日持ちする食料ばかりでそこまで調味料を積んでいなかったもので。これもきっとポートラルゴ産の魚が美味しいからでしょうな」
ポートラルゴの港からほど近く、大通りに面した一画。
その場所にあった元商館をセレネ公国の臨時の大使館として、バルムンド・ディアルガー提督はストレイル男爵から宛がわれていた。
港町ポートラルゴに上陸したのはディアルガー提督含め13名。
残りの船員たちはすでにセレネ公国に向けて魔導船で引き返しており、ディアルガー提督たちは遠い異国の地であるこのエルセリア王国に単独取り残される形になっていた。
「いやいや。ギールだけではありませぬぞ。このワインという酒も素晴らしいですからな。ラーバ酒とは一味違った味わいというか……。これほど美味な食事は王宮の晩餐会でもなければなかなか味わえないものです」
「昨日いただいたポークソテーとかいうお肉の料理も美味しかったしね。ねえ、マーカス」
「はい、エレナお嬢様。ほっぺたが落ちそうでした」
「むむむ、肉料理ですか。それは是非ご相伴に預かりたかったものですな」
「まあ。ストレイル卿ってば……」
「ははは、申し訳ない。出された料理のあまりの美味しさに、つい図々しいことを。とはいえ、我がエルセリアの食べ物もけっして負けてはおりませぬぞ」
「それはもう。入港のおり、ポートラルゴの屋台で売っている料理をいくつかつままさせてもらいましたが、美味しいものばかりでした」
「そうでしょう、そうでしょう」
ディアルガー提督の見え見えの世辞にストレイル男爵が破顔する。
下賤な屋台料理といえど、自分が治めている領地の料理を褒められただけに悪い気がしなかったのだろう。
「そういえば、セレネ公国の方々は生のお魚を好んで食されるんですって。ほら、何と言ったかしら? ポートラルゴには魚を使った珍味があったでしょ。あれをセレネ公国の方々に味わっていただいたらどうかしら?」
「ララミスの酢漬けですな。なるほど、生魚がお好きならあれをお気に召してもらえるかも知れませぬな」
「ほほう。ララミスの酢漬けですか。ポートラルゴの珍味とあらば、是非一度食べてみなくてはなりませんな」
なごやかな雰囲気の中、3者での会食が進む。
本来ならばストレイル男爵のほうが自身の邸宅にディアルガー提督を招くのが筋だろうが、いまだ両国間には国交が結ばれていない。
ディアルガー提督は今のところストレイル男爵の賓客という立場に過ぎず、商館を貸し与えてくれたお礼に食事に招いたという経緯だった。
「よろしければ今度はディアルガー提督に我が家のほうまでお出でいただきたいものですな。そのときにララミスの酢漬けも用意させますので」
「それは確かにいい案ね。お父様から正式に接待役を仰せつかった以上、この私が責任を持ってディアルガー提督をおもてなし致しますわ」
ディアルガー提督が持ち掛けてきた交渉は現在のエルセリア王国にとって垂涎ものの取引。
特に今不足している塩を始めとして、鉄鉱石などの鉱石もドゥワイゼ帝国やラーカンシア諸島連邦から流れてくるものと同額程度であれば是非にも欲しいところだった。
だが、セレネ公国などエルセリア王国にとっては聞いたこともない未知の国に過ぎない。どうなるかは今後の話し合いの結果次第でしかなかった。
正式な接待役などと本人は言っているが、エレナのほうはディアルガー提督からの口添えがあったせいで伯爵も連れて帰るわけにはいかなくなり、お飾りとしてこの場に招待されているだけ。
本当の接待役であるストレイル男爵からしても、交渉が上手くまとまってくれることを祈っている様子だったが。
どんな相手であろうが、交易の中継地点がこの港町ポートラルゴになれば自らの懐具合も温かくなるため、ストレイル男爵にとっては諸手を挙げて歓迎すべき話だからだろう。
エレナの言葉を受けたディアルガー提督の顔ににこやかな笑顔が浮かぶ。
両者ともその裏に隠された思惑を一切表に出さないまま、終始なごやかな雰囲気の中、会食が進んでいった。




