36 出立
「却って後味が悪い結果に終わってしまったかも知れないわね」
「いや、最終的な判断をしたのは俺だ。確かに最善の結末とはいえないが、それも仕方ないことだろう。それよりも外の様子はどうだった?」
ゲイツの一件があってすぐ。
俺は早々に酒場の二階へと引き上げていた。
情報を集めにいったラウフローラの帰りを、さきほどまで部屋でひとり待っていたのだ。
「主だった人間が集まって遺体を埋葬していたわ。それとダンさんたちが例の呪い師を見つけ出して、絶対に始末をつけてやると息巻いていたわね。おそらく偽名だと思うけど、名前はサルジウスというらしいわ」
「とっくによその町に行っているのにか?」
「一応、ギルドのほうでお尋ね者として各地に手配する手筈になったみたい。内乱のせいでどこも混乱しているでしょうし、記録映像がないこの世界でそれにどれほどの効果があるのかは疑問だけどね」
「指名手配みたいなもんか。まあ、見つけ出すのは難しいだろうな」
「あと、その話になったとき、キュプロークスの瞳を使ってサルジウスの顔を思い出せないかとコルトさんに聞かれたので、いくら何でも記憶が古過ぎるから無理と言って断っておいたわ」
「コルトの件は了解した。そう言うしかないだろうな。それで娘のほうは?」
「アリアちゃんね。まったく起き上がれないような状態だったから、周囲の騒ぎに気付いても何が起きたのか理解していないと思うわ。不幸中の幸いというか、父親が死んだことを知らないのが唯一の救いでしょうね。病状も相変わらずだったわ。肺が相当弱っている様子ね」
「となると、ゲイツはそのサルジウスというやつに、ただ騙されただけってことになるが……」
娘が助かると思ったからこそ、ゲイツだってあんなことを仕出かしたはずだ。
その話が嘘だというのなら、ゲイツがした行為は何も意味がなかったってことになってしまう。
「ええ、そうなってしまうわね。もちろん実際には身体内部で何らかの変化が起こっていて、治るまでに時間がかかるという可能性もあったけれど、容体が一切変化していなかったことから考えると、それも見込みが薄かったと思うわ」
「魔法が存在するぐらいだ。邪神とはいえ、神の奇跡みたいなものがあるのかも知れないと思ったんだがな」
俺がそう思ったのも、ゲイツが死んだときに目に見えない何かを感じたからだ。
いや、俺だけじゃない。
冒険者たちもあのとき何かを感じている様子があった。
だが、あとでラウフローラに聞いてみたところ、俺たちが感じたものをラウフローラは一切知覚していないと言う。
ということは、物理現象以外の何かが、あのとき起きていたことになってしまいそうだが。
そうは言っても確かめようがない。
それに俺たちはほかにも多くの問題を抱えている状況。
ずっとゲイツのことだけに気を取られているわけにはいかなかった。
「ほかに報告は?」
「マナ動力炉のほうも試してきたわ。確かに何らかの方法でマナ粒子の動きを感じ取っているみたい」
「やはりか……」
「ええ。私の動力系統を変えて試してみたけど、一部の人間がマナ動力炉のほうにだけ反応していたわ」
ドールには動力炉が二種類付いている。
メイン動力炉である小型核融合炉と、補助動力炉であるマナ動力炉だ。
これは宇宙船であるウーラアテネも一緒で、基本的には小型核融合炉のほうを使用しているが。
これらの動力源はその機械によって様々に違い、例えばピットならマナ動力炉のみが採用されているし、自動機械の場合は小型核融合炉のみを動力炉として積んでいるといった具合だ。
何故ならマナ動力炉も小型核融合炉も一長一短だからだ。
ゲートリングを使ったワープの使用や、エネルギー弾など兵器の使用に関しては高エネルギー量が必要なためマナ動力炉でないと問題がある分、それだけエネルギー効率は高い。
ただし、宇宙空間だとマナ燃料を補給する際に苦労するという難点もある。広い宇宙空間のそこらじゅうに補給施設が存在しているわけではないからだ。
当然、地球圏から離れれば離れるほど入手は困難になってくるわけで、万が一ドールや宇宙船がエネルギー切れで、止まってしまったなんていう事態になったら洒落にならない。
一方、核融合炉の燃料である水素なら、宇宙上のどこに居ても比較的簡単に入手が可能。宇宙に存在する元素のうち、90%以上が水素だと言われているほどありふれたものだ。
とはいえ、小型核融合炉のほうは小型とはいえピットに積めるほどのサイズではなく、値段もそれなりにする。
水素から重水素やトリチウムを生成したり、低レベル放射性廃棄物の減衰処理も同時に熟さなければならないためだ。
といっても、初期投資に金がかかるだけで、燃料である水素を購入する必要がないというメリットはあるのだが。
ピットのように小型なもので燃料切れを起こしてもそこまで困るものではなく、たいして燃料を消費しない機器は、逆にマナ動力炉を使用したほうが安上がりに済むこともあり、マナ動力炉のほうを積んでいるという感じだった。
「マナ粒子か。だが、素粒子レベルのものをどうやって感知してるというんだ?」
「さあ。ただ、そこまではっきりとわかる感じでもないみたい。ピットのときにはマナの乱れがわかるようなことを言っていたダンさんも、さっき試したときには何も反応しなかったのよね」
「ダンの場合は言われて初めてマナだと認識できる程度ってことか。それで相手に気付かれる距離はどれくらいだ?」
「そこまで試せなかったのでわからないわ。ただ、エルパドールからの報告には上がっていたはずよ。気付かれる距離はその人その人によって違うらしいわ。1メートル以内に入るまで何も感じていなさそうなケースもあれば、5メートルほど離れているのに気付かれたっぽいケースもあるって」
「その報告は受けている。結局、その点は個人差がありそうなので不明のままか」
「ええ。だけど、白鷺騎士団のザッカートという人間が20メートル以上離れていたピットに気付いた様子があったことからすれば、けっこう個人差が大きいと思ったほうがよさそうね」
「となると、ピットはあまり不用意に使えないことになるな。まあ、遠目からの偵察程度ならそれほど問題がないのかも知れんが」
「ドガの町での情報収集はどうするつもり? このあとピットを向かわせる予定だったわよね?」
「そっちは中止するしかなさそうだな。亜人やアグランガル教に関しての情報のほうを優先したい」
「了解。予定どおり、このままジェネットの町ということね」
亜人がどこに行ったのか、ディララ村の住人たちも詳しくは知らないみたいだ。
ただ、北に行けば戦争の真っ最中だし、南に向かうと危険な大断崖地帯が行く手を阻んでいる。
向かうとすれば東か西だろう。
そして、ジェネットの町が比較的近いことを考えれば、まず亜人たちが向かう先はジェネットの町ではないかと踏んでいた。
亜人にしろ、アグランガル教にしろ、ジルが言っていたような邪教徒である可能性は低いと思っている。
それに話を聞くかぎりでは亜人というのはこの世界では無力な存在であり、俺やセレネ公国にとって邪魔になり得る勢力だとも思えない。
だが、人間やイシュティール教と亜人の根深い禍根を理解しておいたほうがいい気がする。
俺はそんなラウフローラの報告を聞きながらも、まだ見ぬ亜人の姿を思い浮かべていた。
◇
夕日が長い影を作る。
昼にはディララ村を離れる予定が、出立がすっかり遅くなっていた。
ゲイツの一件のせいでドレイクの剥ぎ取りが予定より押してしまったこともあるが、ラァラがダンにミアンゼ草を煎じるときの注意点を詳しく教えていたため、だいぶ遅くなってしまったということもある。
昨日までゲイツが佇んでいた場所。
俺とラウフローラ、そしてラァラの3人はその村の入口に立って、ディララ村の住人からの見送りを受けていた。
「寂しくなるな」
「ジェネットの町なんてここからすぐじゃない。それにいつかまたこのディララ村にも戻ってくるつもりよ」
そんなことを言っているわりに、ラァラの顔はどことなく寂しげな様子だった。
踊り子なんてこんな生活だと強がってはいたが、別れはやはり辛いものなのだろう。
ただ、何故かはわからないが、そんな中にもラァラが他人と多少距離を置こうとしている様子が見られたのも事実だった。
「俺たちは依頼でジェネットに行くこともあるからな。そのときは酒場に寄って、酒でも飲みながらまたラァラの踊りを見させてもらうことにするか」
「おお、そうだな。ラァラ、そんときゃ優先して俺たちの席に付いてくれよ」
「ディーディーもまた来てくれよな。そ、それとローラちゃん。どうしても人手が必要になったらこの俺を呼んでくれよ。俺なんかでも何か役に立てる仕事があるかも知れないからな。どこにでも駆け付けるからさ」
「ありがとう、ジャックさん」
「そうそう。このジャックだって魔物をおびき寄せる餌代わりぐらいにはなるからな」
「餌代わりって……。せめて盾役と言ってくれよ、コルト」
「まあ、なんだ。お前ら兄妹にとっては、あまりいい記憶として残らなかっただろうが、今度来たときには心から歓迎するからよ。絶対にまた来いよな」
コルトのひと言で、その場にしんみりとした空気が流れ始める。
ダンやジャック、そしてユーリの顔にも、少しだけ寂しげな表情が浮かんでいた。
「あーあ、本当に帰っちゃうんだ。ディーディーがエルセリア人じゃなきゃ、私も一緒に付いていったんだけどなあ」
「なんだ、ユーリ。エルセリア人になるのは止めたのか?」
「うーん。色々と考えたけど、やっぱりそう簡単には祖国を捨てられないかなって。お父さんやお母さんとだって、別れなきゃないけなくなるし」
ユーリはディララ村を離れることを直前で思いとどまったらしい。
この俺に対してかなり熱を上げている様子だったが、さすがにそこまで無分別ではないか。
いずれにせよ、今の状況からすれば断わるしかないのだが。
短期間なら誤魔化せても、滞在が長くなれば俺とラウフローラが隠れ里に住んでいないのがバレてしまう。
「またいつか会えるだろ。しばらくは塩が入ってきそうにないからな。もしかしたら買い付けの途中で再びこの村に立ち寄ることがあるかも知れん」
「うん、絶対にまた来てね」
「約束はできないが、出来るだけそうするつもりだ」
俺のその言葉にユーリが顔を綻ばす。
「兄さん、そろそろ行きましょうか。すっかり遅くなってしまったので、このままじゃあ今日中に休憩地までたどり着けなくなってしまうわ」
「ああ、そうだな。ラァラ、もう別れのほうは済ませたか?」
「ええ、大丈夫よ。ごめんなさい。私のせいでずいぶんと予定を遅らせることになってしまって」
「これぐらいなら問題ない。それじゃあ行くとするか。ダン、コルト、ジャック、ユーリ、元気でな」
「ああ、そっちも元気でな」
ディララ村に背を向けて3人で歩き出す。
来たときと同じように、なだらかな丘陵が俺たちのことを出迎えていた。
ラァラもだんだんと遠ざかっていくディララ村を何度も振り返り、振り返りしながら、俺たちの後ろを離れないように付いてきていた。
◆
「あら、ダン。今起きたの? もうお昼近くになるわよ。今朝はずいぶんとお寝坊さんなのね」
「ん? もうそんな時間なのか? すまんな、マーサ。昨晩はいささか深酒をしてしまったようだ」
「あんなことがあったんだもの。たまには仕方ないわ。というか、もう少しぐらい眠っていても構わないのよ?」
「いや、もう大丈夫だ。それよりもアリアの様子は?」
「大丈夫。朝起きたときはぐっすりと眠っている様子だったから」
「そうか……。アリアが起きたらゲイツが旅に出たことを話さなければならないな。しばらくこの家で過ごしてもらうことになると。ただ、詳しく話を聞かれたらどう答えればいいものか……」
二日酔いが酷いのか。
手で頭を押さえたダンが眉間にしわを寄せてマーサにささやく。
「ええ、いつかはある程度本当のことを話さなければならなくなるでしょうね」
「それはそうだろうな。だが、何と言って説明すれば、アリアのことを傷つけずに済むのか。今から頭の痛い問題だ」
「私もどう話せばいいのかわからないけど、私たちに出来ることはゲイツさんの分まであの子を娘として愛してあげることでしょうね」
「ああ、そうだな。とりあえずアリアの様子を見てくるか」
「私も行くわ」
そう言うと、ふたり揃ってアリアの眠っている隣部屋へと入っていく。
「アリア、入るぞ」
ダンとマーサが部屋に入ると、そこに見えたのはベッドの上で上半身だけ起こしてぼーっとしているアリアの姿だった。
寝ているうちにダンの家へと連れてこられたアリアは、ここがどこかもよくわかっていなさそうな雰囲気。
「起きてたのか、アリア」
「ダンのおじちゃん? ここは?」
「ここはな、俺の家だ。アリアは急な話で驚くだろうが、ゲイツが仕事で遠くの場所に旅立つことになってな。アリアには今日からゲイツが帰ってくるまでの間、この家に住んでもらうことになった」
「え? どういうこと? お父さんはどこ?」
「それがな、すでに旅立ってしまったんだ。ゲイツも最初はアリアにそのことを伝えてから旅立つ予定で居たのだが。仕事を依頼してきた人間がどうしても先を急ぐと言い始めてしまってな」
「それじゃあお父さんはもう旅に出ちゃったの?」
そう言って、ベッドから降りようとするアリア。
その様子を見たマーサがベッドへと腰掛け、横からアリアの肩を抱きくようにして止めていた。
「すまんな。昨日、アリアがまだ眠っていたときの話なんだ」
「昨日お父さんが家に帰ってこなかったから、また飲みに行って遅くなっているんだと思っていたけど、そういうことだったんだ」
「ゲイツさんもすぐに帰ってくると思うから、いい子にして待っていましょう。それまではあまり無理をしちゃ駄目よ、アリアちゃん」
「うん。でも、病気はもう治ったから大丈夫」
「ん? 病気が治った? それはいったいどういうことだい?」
「今朝、起きたら病気が治っていたの。今はもう、ちっとも苦しくないもの。お父さん、このことを知ったら喜んでくれるかな?」
ダンとマーサが顔を見合わす。
確かによく見ると現在のアリアは顔色もよく、昨日までのぜーぜーとした荒い息遣いも一切していない。
本当に病気が治っているのかはわからないが、少なくとも昨日までのアリアの様子とはまったく違うことはダンやマーサにもすぐにわかった。
「あなた。ゲイツさんの言っていたとおりのことが……」
「よせっ! そんな馬鹿な話があってたまるか!」
「でも……」
「やめてくれマーサ。たとえアリアにとっては望ましい結果だとしても、それだけはあってはならないことなんだ。アリア、本当に苦しくないんだな?」
「うん。お姉ちゃんがくれた新しいお薬をのんでからあまり苦しくなくなったの。それにすごーく甘いお薬でのみやすかったのよ」
「お姉ちゃん? ラァラのお姉ちゃんかい?」
「ううん、知らないお姉ちゃんだったよ。金髪の綺麗なお姉ちゃんがね、お父さんから頼まれて、アリアの病気を治すための薬を持ってきてくれたんだって。よく利く薬だから病気もすぐによくなるわよって言っていたの」
その金髪の綺麗なお姉ちゃんにダンは心当たりがあった。
ただ、その人物が何故アリアの薬を持っていたのかまでは見当も付かない。
だが、貴重なアーティファクトを複数所持しているような人物だ。もしかしたら噂に聞く万能薬のようなものを持っていたとしても不思議ではないとダンは思った。
「金髪……そうか」
「あなた……」
「もっとはやくあの兄妹がこの村に来てくれていればな……。いや、さすがにそれはあまりにも虫の良すぎる話か」
誰とはなしにダンが呟く。
アリアの隣に座っていたマーサも、あらかじめダンから色んな話を聞いていたからか、何となく事情を呑み込んだ様子だった。
突然、父親が旅立ってしまったと聞いて寂しそうな表情を浮かべるアリア。
そんなアリアのことを不憫がりつつも、どこか慈しむような視線で見守るダンとマーサ。
昨日まで深い悲しみに包まれていたディララ村は、新しい朝を迎えようとしていた。




