32 ザルサスの標印
「ったくよ。だから俺様は言ったんだ。アグランガル教のやつらなんか皆殺しにしろとな。おそらく今回の件も連中の逆恨みだろうよ。バームのやつも可哀想になあ」
「ジル、声がデカい。それに証拠もなくそんなことを言うのはどうかと思うが……」
「何だよ、俺はただ自分が思っていることを口にしただけだぜ。何か文句あっかよ。ふーん、そうか。マスターは邪教徒の味方をするってえわけかい。念のため、ラカム村長に報告しておくか」
「俺はそんなつもりじゃ……」
「それじゃあ、いったいどんなつもりだってんだ」
「いや、それは……。すまん俺の言い方が少し悪かったようだな、ジル」
「はんっ。謝るんだったら、最初から突っかかってくるんじゃねえよ」
「ふっ」
「あん、誰だ。今笑いやがったのは?」
そう言いながら、肩を怒らせ睥睨するように周囲を見渡すジル。
見事なまでにジルの態度が村長の威光を笠にきたものだったので思わず苦笑してしまったが、どうやらこの俺だと気付かれずに済んだようだ。
ただ、俺と目が合うと、何かを感じ取ったのかのようにジルがこちらへとやってくるのが見えた。
「んっ、誰かと思えば村の英雄様じゃねえか。そういやあんたがドレイクにトドメを刺したんだってな。いったいどんなインチキを使ったのやら」
噂をすればなんとやらだ。ジルの話題が会話の中に出た途端、酒場にやってくるとは。
それにしても、こいつとはつくづく相性が悪いらしい。
ほかの住人は感謝とは言わぬまでも、おおむね好意的な視線を向けてくるようになったのに、ジルだけは相変わらず俺に敵意の視線を向けたままだ。
いや。
今の話っぷりにしてもさっきのラァラの話にしても、やたらと他者に対して攻撃的な性格をしているような感じがする。
おそらくこいつは、自分が格下だと思った相手には誰に対してもこんな感じなのだろう。
「倒せるなら倒しても構わないという依頼内容だったんでな」
「何が倒しても構わないだ。実はあれだろ。ほかの魔物にやられたとかで、元々死んでたんじゃねえのか?」
「湿地帯にドレイクが住み着いてディララ村のみんなが困っているところへ、ちょうど別の魔物がやってきて、ドレイクを倒したあと音もなくどこかへ消え去ったってか? そりゃまた何とも都合のいい展開があったもんだな」
「くっ。そりゃああれよ、あれ」
「そもそも依頼を出したのは俺のほうじゃないんでね。仮にドレイクが元々死んでいたのなら、そんなものを誘導してくれと依頼してきたあんたらのほうの不注意って話になるんじゃないのか?」
「なんだあ? 俺らが悪いって言うのか? けっ、他国の冒険者風情がずいぶんと調子こいてくれるじゃねえか」
「ジルさん。口を挟むようだけど、一緒に付いていったダンたちが生きているドレイクの姿をしっかりと目撃しているはずだから」
「だがなあ、ラァラちゃん。こんな青二才が本当にドレイクをやれると思うか? この野郎、依頼を受けるときに何故かやたらと自信満々だったしな。何か裏があるにちげえねえ」
「ディーディーにはそれだけの実力があると私は思っているけど。それにそんなことはもうどうだっていいじゃない。ドレイクの脅威がなくなったことは、疑いようのない事実なんだし」
図らずも真実を言い当てたのがジルだったというのが面白い。
たとえ気に食わない相手に難癖を付けた結果がたまたま当たっていたに過ぎないとしてもだ。この村の住人たちは裏に何かあって俺が行動しているなんて、これっぽっちも疑っていない様子なのだから。
「そうよ。間違いなくディーディーがドレイクを倒したんだからね。みんなでドレイクをどうやって倒したのか、ついさっきまでコルトたちが自慢げに喋ってたもの」
遠くのほうからラァラに加勢する声がかかる。
「だが、ユーリ嬢ちゃんはその現場を実際に見ていたわけじゃねえんだろ。コルトまでグルだったらどうすんだよ」
「コルトはともかく、ダンさんまでそんな嘘を吐くとは思えないもん。それともジルさんはみんなで嘘を吐いてるって言うの?」
「そこまでは言ってねえだろ。ちっ、どいつもこいつも」
寄ってたかって言い返されたことでずいぶんと面白くなさそうな顔を浮かべたジルが、そう吐き捨てる。
ただ、それ以降は喧嘩腰になって食ってかかるような真似もしなかった。
ラァラだけではなく、ユーリやラウフローラに対してさえ何も言おうとしないあたり、もしかしたら女には弱い性格なのかも知れない。
それに、ジルはどうやら酒を飲む気分ではなくなったらしい。
そのあとは俺の顔をひと睨みしただけで、背を向けると早々に酒場から去っていった。
「ディーディー、あまり気を悪くしないでね。ジルさんっていつもあんな感じだから」
「あんなことぐらいで気を悪くしないから大丈夫だ」
「それならいいけど……。それじゃあ、私はマスターにディララ村から去ることを話してくるから。それにこれまでお世話になったお礼も言わないと」
「遅くても明日の昼までには出立したい。それまでに旅の準備のほうもしといてくれるか。ああ、それともし途中で気が変わったり、何かトラブルがあった場合は、ここの二階の部屋を一泊延長したんで、部屋のほうまで来てくれるか」
「ええ、わかったわ」
名残惜しそうに俺の腕を離すラァラ。
そして、俺たちの座るテーブルから離れると酒場のマスターが居るほうへと歩いていく。
その後ろ姿を静かに見送った俺は、誰も邪魔が来ない場所で単独行動の結果を聞くため、ラウフローラを促して酒場の二階へと上がっていった。
◇
「話はわかった。それで、そいつが犯人だという推測の信頼性は?」
「99%間違いないわね」
「……そうか。動機のほうは見当が付いたか?」
「そっちのほうは何とも。順当に考えれば無差別殺人ってところだと思うけど」
「だとすれば人格障害タイプか」
「かも知れないわね。で、どうする? ディララ村の住人にこのことを伝える?」
「だが、どうやって? 科学的な証拠なんか、この世界ではものの役にも立たないぞ」
「手なら一応あるわよ。科学的な証拠を出せない以上搦め手を使うしかないし、確実にその搦め手が上手く運ぶとは言い切れないのが問題だけど」
「失敗したときにこちらが不利益を被るような事態になったら元も子もないが」
「その点は任せて。何とでも言い抜けられる自信があるから」
「そうか。それなら後は、そこまでしてディララ村の連中に犯人を教える必要があるかだろうな」
俺たちはこの村にとって部外者どころか、言うなればこの世界の部外者だ。
詳しく事情も知らないのに口を出していいものか迷う問題でもあった。
「のちのちになって新たな犠牲者が出た場合、あのとき村の連中に警告しておけばよかったと自責の念に駆られることもあるんじゃない? 後顧の憂いを絶っておくことも、ときには必要よ」
「よしてくれ、ローラ。俺がそんな感傷的な人間に見えるか? それにそこまで親しい間柄の人間も居ない。あくまで情報が欲しくて、たまたま立ち寄った村に過ぎないんだ」
「そう。それならこの話はもう終わりね。ラァラさんはジェネットの町に移るからいいとしても、ユーリちゃんや冒険者さんたちはこの村に残ることになるでしょ。念のために確認しておきたかっただけだから」
「いや、ローラ。前言を翻すようだが、準備だけはしてもらうつもりでいる。バームの一件がどういう話の流れになるかで、状況もだいぶ変わってくるだろうからな」
「ええ、了解よ」
「それでもし仮に村の連中に犯人を伝えるとしてだ。いったいどういう手品を使うつもりなんだ?」
今もラウフローラが部屋の外の状況をチェックしているはず。
二階の薄い壁に耳を押しつけた誰かに盗み聞きをされる心配がないとはいえ、大声で話し合えるような内容でもない。
暗い小部屋の中、俺は顔を寄せるようにしてラウフローラとその方法について話し合っていた。
◇
「ダンたちが村に戻ってきたようね。今は広場に居るみたい」
「やっと戻ってきたか」
「ええ。アケイオスの報告では荷車を使って現場からバームの死体を運んできたようね。生体反応を見ると、広場のほうに村の住人がどんどん集まってきているみたい」
「俺たちも酒場の外に出て、一応どんな様子か見ておくか。今後のためにもどういう感じに決着が付くのか見ておきたい」
「そうね、そうしたほうがいいかも。アケイオスのほうは村に近寄らせることができないので周辺の警戒任務に戻すわよ」
「ああ、そうしてくれ」
そう言ったあと、俺はラウフローラと一緒に階段を下り、そのまま酒場からも出て行く。
外はもう真っ暗な闇が支配していたが、広場のほうを向くと煌々と灯りがともっているのが見えた。
そちらへ近づいて行くと中央に大きなかがり火が焚かれており、周囲には手に手に松明を持った住人たちが続々と集まっている様子。
ダンやコルト、ジャックの姿はもちろん、村長のラカムやジル、ゲイツやラァラ、酒場のマスター、ユーリなど、俺の見知った顔はすべてその場に揃っていた。
いや、ディララ村の規模からすれば3,4割の住人がこの場に集まっていそうだ。
女子供や身体の自由が利かなそうな老人がほとんどいなかったことを考えれば、村のかなりの人数がこの場に集まってきていることがわかる。
「ずいぶんと物々しい雰囲気だな。それに何か揉めているようだが?」
「ディーディー……」
人だかりの輪の外でひとり状況を見守っている様子のラァラのそばへと近付き、そっと声を掛ける。
村の住人がひとり殺されたとはいえ、しょせんは冒険者に過ぎない。
ある日突然帰ってこなくなったり、死体になって村に戻ることもそう珍しくはないはず。
なので、そこまで村の住人が騒ぐような話ではないような気はするが。
実際にディララ村ではどんな感じだったのかはわからないが、俺がエルパドールから情報を仕入れたかぎりではそういう話だったはずだ。
だとすれば、やはり例の刻印が問題ということか?
「私もついさっき来たばかりでそこまで状況を呑み込めていないのだけれど、ジルさんがどこかに亜人が隠れているはずだから、村の男衆総出で山狩りをすべきだと主張しているみたいなの」
「山狩り? 今からか?」
「そうみたい。ゲイツさんやダンは、犯人はもうとっくにどこか遠くに逃げているはずだから、あまり意味がないと言っているようだけど」
山狩りと言ってもこの場合は、山中を探すというより湿地帯を含めた辺り一帯を捜索するってことだろう。
だが、バームの殺害があった時間は俺たちがドレイクを誘導し始めた前後のはず。
今頃になって捜索しても見つかりっこないというゲイツやダンの意見のほうが正しいように思える。
それどころかこんな夜中だ。
下手をすれば捜索に出た村人が魔物に襲われ、二次被害を出しかねない。
そもそもこれは犯人が外部の人間だという前提の話であり、俺とラウフローラはそんなことしても見つからないことを知っていたが。
「そうだったのか。へええ、山狩りねえ」
「そんなことよりも、イシュテオール様の御許にバームがたどり着けるよう一刻も早く弔ってやらないといけないのに」
「バームに身内は居ないのか?」
「未婚だし、たしかご両親とも早逝しているようなことを言っていた気がするわ。兄弟が居るかどうかまではわからないけど、そんな様子がまったくなかったところを見ると、少なくともディララ村には住んでいないでしょうね。そのあたりはジャックに聞けば、多分知っていると思うけど」
「なるほどね」
少なくとも誰かが遺体に縋りついて泣いているような状況ではなかった。
荷車に乗せられたバームの身体の上にはゴザのようなものがかけられ、傷跡も隠されている。アグランガル教の刻印とやらも、今は確認できない状態だった。
と、村長のラカムが集まった村人相手にあることを聞き始める。
「村の外で怪しい人物を見かけた者はおらぬか?」
村の中で意見が二分しているので、その答えによってどうするのか決めるつもりなのだろう。
だが、皆お互いがお互いの顔を見合わせただけで、名乗り出てくる村人はいっこうに現れる気配がなかった。
ほとんどの村の住人にとって、生活圏は村の外部も含まれているはず。
農地だって外にあるし、冒険者が少なくなった今、自ら肉を調達するために獲物が居ないか探す村人や、これから訪れる冬用の薪のために木こりする村人も中には居るだろう。
いくら外は危険だからといっても一切村の外に出ないで生活するわけにもいかない。
だというのに、亜人はおろか不審人物を一切見掛けなかったらしく、ジルの言い分に同調する村人は思いのほか少なそうな雰囲気だった。
その様子を黙って見ていたラカムがジルを睨む。
「ジル。そもそも前回は絶対に亜人の仕業だと言い張るお前の言い分を村の連中が信じたこともあって、仕方なく亜人たちを追放したのだぞ。むろんそれ以前に内乱のせいで、村人同士がギクシャクしていたのも事実だがな。しかしながら、今回は亜人も居ないし目撃情報もまったくない。だと言うのに再び前回と同じ事件が起きた。いったいこれはどういうことだ?」
「それは何と言うか。あいつら絶対どこかに隠れてるんですって。そうに違いありません」
「だが、このとおり誰ひとりとして、亜人の姿を見た者がおらぬではないか。だからと言って絶対に違うと言っておるのではない。単に村人に見つからぬよう上手く隠れて近付いた可能性だってあるのでな。そうではなく、お前は何を根拠に今回も亜人の仕業だと言い張っているのかと聞いているんだ」
「いや、それは……」
「こんな夜遅くに大勢の住人を山狩りのために使おうと言うのだ。実際に亜人の姿を見掛けたというならともかく、お前の妄想だけで軽々《けいけい》に村の住人を動かせんことぐらいわかるだろう」
村人の反応を見て即座にどちらに付いたほうが得なのか考えたのか、はたまた元々そんな気がなかったのかはわからないが、どうやらラカムは山狩りには反対の意見らしい。
それどころか亜人を追放したことも本当は乗り気ではなかったような口ぶりだった。
まあ、村長という立場からすれば亜人といえど村の住人が少なくなる事態は極力避けたいのが当たり前だろうが。
逆に言えば、ラカムはバームの一件をそこまで重く見ていないと言っているようにも聞こえる。村の住人とはいえ、代わりが効く冒険者がひとり死んだだけ。
そのためにわざわざ村の住人を動かす気はないと。
「待ってください、村長。ほら、これです。このアグランガル教の刻印が亜人の仕業だという何よりの証拠です」
そう言いながらバームの死体の上にかけられていたゴザを乱暴にどかすジル。
死者を冒涜するような行為はそれだけにとどまらず、ジルは傷跡が見えるようバームの身体を横向きの体勢へと無理やり動かしていた。
おそらく自分の味方だとばかり思っていたラカムに裏切られたことで相当焦っているのだろう。
周囲の人間がジルのその行動に眉をひそめていることに気付いた様子はまったくなかった。
「違うわ……」
と、そのとき俺の隣でラァラの呟く声が聞こえた。
その声は小さく、隣に居た俺だけにしか聞こえていなかったかも知れない。
「ラァラ? 何が違うと?」
疑問に思った俺がラァラにそう尋ねる。
「あれはアグランガル教の刻印ではないってことよ」
「ってことは、ラァラはあの印が何なのか知っているのか?」
「え、ええ。旅が長いと、様々な場所で色んな話を聞く機会があるから」
「それであれは何だと?」
「ごめんなさい、ちょっとだけ待ってもらえるかしら。ふぅ……」
そう言って一呼吸置いたラァラが、続いて聖句のようなものを唱え始める。
「偉大なる父、イシュテオールよ。しばしの間、邪悪なる者の耳を塞ぎ給え。そして悪しき者たちから我が身をお守り下さらんことを切に請い願う。ディーディー、あれはね、邪神ザルサスに生贄を捧げるための標印よ」




