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26 ドレイク

 ◇


 その場に片膝をつき、遠方に広がった湿地帯に目を凝らす。

 距離にすれば200メートルぐらい先だろうか?

 その距離でも裸眼でしっかりと確認できるほど大きな生物が、周囲に生えている葦のような植物をなぎ倒しながら移動していた。


 間違いない。あれがドレイクだ。

 映像で見た個体と姿形はほとんど変わらず、現実に見るとより迫力があるような気がする。

 ただ、あのときの映像は主にアップで映していたからか全体像が画面外に見切れている場合も多く、そのときの印象より胴体部分が短く、尻尾部分がとても長いように感じた。

 二足歩行が可能なのもあの長い尻尾でバランスを取っているからか?

 これでそれなりの移動速度の持ち主なのだから、ディララ村の住人が脅威に思う気持ちも頷けるってものだ。

 といっても、現在は緩慢な動きをしていたので、一見した感じのんびりと魚かなんかをつついている穏やかな生物のようにも見えた。


「Lc-53地点で見つかった個体より、少しばかり小さいようね。全長は約6.8メートル。アケイオスの報告では、周辺一帯をくまなく捜索したけどほかの個体は見つからなかったそうよ。それにピットによる捜索にも引っ掛からなかったみたいね。ただ、さっきエルパドールに確認したけど、ドレイクって普通は小規模な群れをなす習性があるらしいの。あの個体は餌でも探しているうちに集団からはぐれてしまったのかも知れないわね」

「ふーん。それならそれで好都合だ。あれ一匹なら倒すのにたいした手間がかからなくて済む。問題は誘導のほうだな。林までの距離が思っていた以上にある」

「直線距離でおよそ8キロメートル。普通に走れば林まで到達する前に追いつかれてしまう計算ね」


 俺はNBSによって身体能力が強化されているので、この世界の住人に比べればずいぶんと足が速いはず。

 その俺を以ってしても追いつかれてしまうのだから、そもそもこの依頼に無理があるとしか思えなかった。

 むろん自分が囮になるのではなく、ほかの野生生物を餌にしておびき出す方法だって考えられる。

 といっても、これだけ長い距離を移動させるとなると、どこまでコントロールできるか怪しいもんだ。

 それこそ100メートル間隔で餌を用意しなければならなくなりそうだし、途中でドレイクが満腹になって餌に対する興味をなくしたら、そこで仕切り直しということになってしまう。

 まあ、実際に試してみなければどうなるかわからないが、そういう方法で誘導ができるのなら、村の連中だってとっくに試しているはずだ。

 

「林の中まで行けば、多少障害物を利用できるんだがな」

「なんなら、ここで方を付けてしまうという選択肢だってあるけど?」

「いや。何とかドレイクを誘導しようとしたが、やむなく戦闘状態に入ってしまったというていをとりたい。その様子を見せつけるために冒険者のやつらをわざわざB地点に配置したんだからな。今さら作戦を変えるべきではないだろう」


 ディララの冒険者連中との話し合いの中で、俺は現在ドレイクが居る湿地帯をA地点、林の中に入ってすぐの崖に沿った見晴らしが良さそうな場所をB地点、さらには目的地である小川周辺をC地点という感じに設定していた。


 村から付いてきた冒険者は全部で4名。

 そのうちのひとりはA地点での監視役に付き、残りの3名はB地点にて待機。

 B地点である林の入口までドレイクを誘導してきた俺たちが、万が一にも捕まりそうになっていた場合は、崖の上から弓で援護し、俺たちの逃げる時間を稼ぐという段取りになっている。

 あくまで体裁上そういう形を取っただけで、むしろドレイク退治の邪魔にならないように大人しくしていてくれたほうがこちらとしては助かるのだが。

 とはいえ、彼らも仕事だ。

 余計なことをするなとも言えない。まあ、冒険者連中の態度を見るかぎり、積極的に何かをしようとしているようにも見えなかったが。


「それにしても、さっきから監視役の姿がどこにも見当たらないな。たしかバームだったか? いったいどの場所からこちらの様子を覗いているんだ?」

「さあね。途中までは姿を捕捉していたけど、途中で見失ってしまったわ。いざとなったら怖気づいて、逃げ出したとかなんじゃないの?」


 A地点に残った監視役はほかの冒険者が離れるとき一緒に、風下のほうに行くと言って俺たちから離れたあと、それきり姿が見えなくなっている。

 ラウフローラですら現在その所在を掴めていないくらいだ。近くに居るはずはないと思うのだが。

 ラウフローラの言うように直前になって逃げ出したというか、監視の任を満足に果たせないほど遠く離れた場所まで後退した可能性は考えられる。

 どちらにしろ、ここで何かをするように頼んだわけではないのだ。居ても居なくてもまったく問題ないのだが。


「ドレイクの視力は低いという話だったよな。その話が本当かどうかは知らんが、現にこの距離に居てもまったく気付かれた様子がない。じっと身を潜めていれば、そうそう見つからないはずだろ?」

「水棲生物の視力が陸上生物より劣っている傾向にあるのは事実よ。だけど、嗅覚や聴覚が異常に発達していることも充分に考えられるわね。それにアンノウンスキルにも注意しないと。油断は禁物よ」

「ああ、そうだったな。充分に気を付けるつもりさ」


 別に油断しているつもりはない。この世界の生物に対する脅威をあまり感じていないだけだ。

 巡視艦によるエネルギー弾がウーラアテネのすぐ真横を通り過ぎていったときの緊迫感に比べれば、平常心そのものと言ってよかった。


「そろそろ行動を開始する?」

「そうだな。予定どおり、所定の位置に付き次第こちらから合図を送る。その合図を確認したら動き始めてくれ」

「了解よ」


 それだけ言うと、俺はそっと立ち上がりその場で身をひるがえす。

 これからしばらくは別行動だ。俺はラウフローラと別れると、南にある林のほうに向かい、ひとり静かに移動していった。


 ◆


「ダンの兄貴。あいつら、ここまでやって来れると思うか?」


 切り立った崖の上。

 草木に覆われた地面の上に、布一枚敷かないままの状態でひとりの男がどっしりと腰を落ち着けていた。

 無造作に足を前方に投げ出し、後ろ手をつくという、何とも緊張感のない格好だ。

 その様子だけを見れば、すぐ間近に危険が迫っているなどとは誰も思わなかっただろう。

 少なくとも男のほうは、ここである程度時間を潰したあと、そのまま村に帰ることになりそうだと軽く考えていたぐらいだ。


「さあな。そんなのは俺の知ったこっちゃない。どういう結果になろうが、俺たちは遠くから事の成り行きを見守っていれば済む話だ。わざわざ身体を張る必要もないし、正直なところどちらでも構わないんでな」

「そりゃそうだけどよお。何も起きそうにないのに、じっと待ってるだけってのも退屈でな」

「にしても、少しだらけ過ぎじゃないか、コルト? これでも一応仕事中だぞ」


 コルトと呼ばれた男と違い、ダンのほうは半分地面に屈みながらもいつでも立って動けるような体勢を取っており、しっかりと辺りに気を配っている様子がうかがえる。

 わざわざ身体を張る必要はないと言いつつも、報酬の分だけはしっかり働こうという意欲の表れのようにも思えた。

 ダンだけではない。崖の南側ではジャックというもうひとりの冒険者が歩きながら周辺の警戒にあたっている様子だった。


 リーダー格でそれなりにベテランのダン。

 まだまだ年若いが、身体つきが大柄でがっちりしているジャック。

 そして身が軽く飄々とした性格の持ち主であるコルト。

 さらにはひとりだけ別行動で、A地点での監視を受け持ったお調子者のバームも居る。

 4人はそれぞれが普段は個人で依頼を受けている冒険者だった。といっても、早い者勝ちの依頼でかち合ったり、複数人で協力してこなさなければならない依頼だって中にはある。お互いのことをよく見知っている関係だったが。


「だってよお。聞けば、特に策もなく自分の身を囮にして、ここまでドレイクを引っ張ってくるって話だったろ。己の実力を過信した若造の考えそうなこった。どうせ今頃はドレイクの腹の中だろうよ」

「それならそれで、村長にそう報告すればいいだけだ。そんなんで報酬を貰えるんだから文句なんてないはずだが」

「でもさ、ちょっとだけ惜しい気もするよな」


 と、南側の警戒にあたっていたジャックが近付いてきて、ふたりの会話に加わってきた。

 そんなジャックのことを見上げるようにしながら、座ったままのコルトが疑問で返す。


「惜しいって何がだ?」

「ローラちゃんだよ。兄貴のほうはくたばっちまっても全然構わないが、妹のほうは助けてやりたくならないか?」

「いや、別に……。ってか、なんで見ず知らずのよそ者のために、この俺が危険な目に遭わなきゃならないんだ?」

「か、仮にだぞ。危ないところを助けてあげた縁が元で、あんな可愛らしい子に惚れられて夫婦になるってことがあるかも知れないだろ? そうだったらこの俺も必死こいて頑張るんだがなあ」

「あー、無理無理。諦めろ」

「なんでだよ。そんなのどうなるかなんてわからないだろ?」

「ジャック、そういうことはてめえの面をよく見てからほざいたほうがいいぞ。ってか、さっきだってさんざん無視されてたくせによ」

「うっせえな。あれは多分、ローラちゃんが恥ずかしがってたんだよ」

「始まったよ、ジャックのやつの妄想が」


 コルトがジャックのことを、くつくつと笑いながら馬鹿にする。

 それを聞いたジャックも顔を真っ赤にしながら怒鳴り始めた。

 ふとりともすでに警戒心がずいぶんと薄れている様子で、これが依頼中だということも忘れたのか、大声を出して騒ぎ出している始末だ。

 それというのも、この場所が5メートルほど登った崖の上であり、大きく迂回しないかぎりはドレイクも近寄ってこれないだろうという安心感があったからだろうが。


「なんだとお! あんただって、ラァラさんラァラさんって、いつもいつも夢みたいなことばかり言ってんじゃねえか!」

「それは俺だけじゃねえだろ。村の男連中のほとんどがラァラさんのことを狙ってんだ。それこそ嫁持ちのダンの兄貴でさえな」

「ぶっ! なんでそこで俺の名前が出てくんだよ」


 急に話の矛先が飛んできたダンが、周囲の警戒もそこそこに後ろを振り返り、コルトたちの会話に加わる。

 ダンだけは今が依頼中であることを思い出し、コルトとの馬鹿話に付き合うのを控えていたのだが、自分の名前が出たことで思わず反応してしまったようだ。

 コルトと同じく、どうせ何事も起きないだろうと頭の中では軽く考えていたのかも知れない。


「だってそうじゃねえか。酒場でよくラァラさんに酒を奢って、一緒に飲んでるだろ」

「俺はな、お前らと違ってわきまえてんのよ。ああいう都会の女とは、酒を酌み交わしながら甘い雰囲気を楽しむのが大人の遊び方だってな。酒場の踊り子の言葉を真に受けて、鼻の下を伸ばしている馬鹿どもと一緒にすんな」


 その言葉を聞いた途端コルトの身体が跳ね上がるように前のめりになり、ダンのほうへとその身を寄せてくる。

 

「なあなあ、ダンの兄貴。あれってやっぱり嘘なのか?」

「ん? あれってなんだよ?」

「あれに決まってんだろ。ラァラさんがよく言う夜の話」

「ああ、夜の相手をするっていうやつか?」

「そうそう、それだよそれ」

「アホか。あんなもんは男女の駆け引きに決まってるだろ。男をその気にさせておいて、貢がせようってだけだ。実際にラァラが村の誰かのお相手をしたって話を一度でも聞いたことがあるか?」

「あ、いや。それは……」

「まあ、絶対にないとは言えないからな。お前が大金持ちになりでもすれば相手をしてくれるかも知れんな」

「くそっ」

「つっても、まだラァラなんかマシなほうだぞ。お前らも一度都会に行ってみればわかる。ほかの踊り子なんか、俺たちのような貧乏人には見向きすらしないからな。話しかけても露骨に無視するしよ。はなっから金をたんまり持っていそうなお大臣様だけしか相手にしないって感じよ」

「ほええ、そうなんか。そいつはずいぶんとお高くとまってんだな。俺も――」

「待てっ! 今、崖の下で何かが動いたような気がする」


 なおも何かを言い続けようとしていたコルトだったが、ダンの制止の声により遮られる。

 その声に反応して、近くの弓へと手を伸ばすコルト。

 そして、すぐさま崖に半分身を乗り出すようにして、ダンが指し示す方向を覗き込み始めた。

 その動きを見ると、伊達に冒険者稼業を続けていないのがわかる。今まであれほどだらけていた人間とはとても思えないほど素早い動きだった。


「どこだ?」

「ひと際高いスギの木があるだろ。そこからまっすぐ左方向だ。隠れてはいるが、多分兄貴のほうだな」

「兄貴だけか?」

「ああ。今のところ妹の姿もドレイクの姿もまったく見当たらん」

「あそこか。俺のほうも確認した。木の影に隠れた状態で、後方に向かって弓の照準を向けているみたいだが」

「もしやローラちゃんが食われちまったんで、兄貴ひとりで逃げ出してきたんじゃ……」


 やや落胆したような声でそんなことを呟くジャック。

 だが、そんなジャックでも弓に矢を番え、いつでも射ることができるように臨戦態勢だけは整えている様子だった。

 

「ダンの兄貴。あっちのほうを見てくれ! 今、林の向こう側にチラッとだけ何か見えた!」


 3人の中では一番目がいいコルトが、はるか遠くのほうを指さしながらそう叫ぶ。

 そちらのほうを見ると、確かに何かが林を割ってこちらへと近付いているのが残りのふたりにもわかった。

 だが、ふたりにとってそれは小さな点に過ぎず、それが何なのか判断できるような距離にはまだ接近していない。

 

「おいおい、嘘だろっ! あいつら本当にドレイクを連れてきやがったぞ!!!」

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