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24 赤い女

 赤い女といっても、けっして皮膚や髪の色が赤かったわけじゃない。

 比較的、肌が白いディララ村の住人と比べても、その女は透き通るように真っ白な肌の持ち主で、髪の色はこの世界においても珍しくはない黒髪。

 

 それでも俺が赤い女だと思ったのは、煽情的に肩をはだけさせ胸元まで大きく開いたドレスが、見事な赤い色だったせいもある。

 だが、ことのほか印象的に俺の目に映ったのはアルビノのように真っ赤な瞳だった。


「ラァラよ。隣に座ってもいい?」


 その言葉を聞いたラウフローラの瞳に一瞬だけ強い眼光が宿ったあと、小さく頷くのが見えた。

 おそらく武器などを隠し持っていないかスキャンし、問題ないと判断したってことだろう。

 というのも、積極的に近付いてくるような相手に何か問題があれば、それとなく忠告をする手筈になっていたからだ。


「ああ、構わないが」

「ありがと。あなたがたのお名前を伺っても?」

「エルセリアから来た冒険者のディーディー。こっちは妹のローラだ」

「エルセリアから来たっていうのは聞いてたけど、兄妹だったのね。それは知らなかったわ。初めまして、ディーディーにローラちゃん」


 ラァラが横に座った途端、俺の鼻に甘い香料のような匂いが漂ってくる。

 グラマラスなプロポーションと美しい横顔。

 ぷっくりと分厚い唇は男を誘うかのように真っ赤に映え、優し気に垂れ下がった目尻は少しだけ母性を感じさせる。

 物言いも親しみが持てるもので、ゲイツやディララ村の住人のような、よそ者に対する拒絶反応があまり見られなかった。


 年の頃は20代中頃か。

 女性としての魅力もさるものながら、微笑むだけで若い男を勘違いさせてしまいそうな雰囲気の持ち主だ。

 だが、それと同時にどこか怪しく感じるのは、吸い込まれそうな赤い瞳のせいだろうか?

 この世界でも赤い瞳をしている人間は初めて見た。

 まあ、亜人が居ることに比べれば、瞳の色なんて取り立てて騒ぐほどの差ではないだろうし、こういった他者と違う特徴については極力触れないようにしたほうが無難だろうが。


「ああ、よろしくな。それで俺たちに何か用事か?」

「用事ってほどのことじゃないけど。素敵な男性が居たから、お話がしたくなったじゃ駄目?」

「駄目ってことはないが。こんな朝っぱらからわざわざ酒場なんかにやってきたんだ。何か重大な用件でもあるのかと思っただけさ」


 美人にそんなことを言われたら、悪い気はしない。

 健康的な男なら相好を崩してもおかしくはない場面だ。

 だが、現在は顔を変えていることもあり、素敵な男性と言われても素直に喜べない状況だった。それにラァラという女は酒場に入ってきた瞬間から、ほぼ真っ直ぐこちらへと向かってきている。

 酒場の入口からでは俺の顔などよくわからなかったはずなのに。


「ああ。この酒場って私の仕事場なの。といっても、基本的に仕事は夕方からなんだけど」

「仕事場? 昨日は見なかったわね」


 途中でラウフローラが口を挟む。

 基本的に住人との会話は俺が受け持つことになっていたが、細かいことで気になった点があれば、ラウフローラも口を挟むという取り決めになっていた。

 別に会話全般をラウフローラに任せても問題ないのだが、どんな情報を優先して得るかは事前の話し合いで決まっているし、兄妹という設定上、俺が率先して会話したほうが自然だろうと考えてのことだ。 


「昨日はお休みだったからね」

「なるほど。じゃあ、昨日の若い女の子、名前は何と言ったか……あの子と一緒に働いているってことか」 

「ユーリちゃんよ。まあ、あの子と一緒に働いているといえばそうなんだけど、私のほうは客の要望に応えて歌ったり踊ったりするし、気に入ったお客がいれば夜のお相手もするって感じね」


 初対面だというのに、あっけらかんと自分のことを商売女だと白状するラァラ。

 どちらかといえば性に対して奔放な社会なのだろう。

 この場所が酒場とあらば、なおさらの話なのかも知れない。俺の隣に腰掛けたあと、ごく自然な流れでぴったりと身体を寄せてくるラァラの様子からも、男の扱いに相当長けていることがわかる。


 正直なところ、こういった女は嫌いじゃない。

 レッド時代、馴染みの娼婦だったアイリーンという女と、どことなく似た雰囲気の持ち主だったせいもある。

 俺がラァラという女から受けた第一印象は、ほかの住人に比べればずいぶんとマシなものだった。


「まさかこんな朝から客を取ってるのか?」

「あら、商売で声をかけたとでも勘違いした?」

「違うのか? こう言っては失礼だが、この酒場もずいぶんと賑わいに欠けた様子なんでな。そんな折、たまたまやってきた冒険者がいいカモに見えても不思議ではないと思ったまでさ」

「今はまだプライベートな時間だし、商売っ気を出したわけじゃないわ。ディーディーのことが気になったというのが本心よ」


 そう言って、まっすぐに俺のことを見つめてくる赤い瞳。

 男なら思わず頬が緩んでしまいそうな言葉だが、相手は何と言っても商売女だ。この手の甘言蜜語(*1)をそのまま鵜呑みにするわけにもいかない。

 といっても、裏に何かあるんじゃないかと勘ぐっているわけでもなかった。

 この世界の冒険者という職業は、いわば何でも屋みたいなものらしい。

 収入はそこまで高くなく、いいカモになるほどの金を持ち合わせていないってのが一般的な認識のはず。

 粉をかけるのならば、もっと懐具合がよさそうな人間にするだろう。

 それに、この手のやり取りが挨拶代わりだということも充分わかっているつもりだ。話半分に聞いておくのが正解に違いない。


「そりゃ光栄だな。ラァラみたいな美人とは是非お近づきになりたいところなんだが、現在ちょっとだけ問題を抱えていてな……」

「そういえば、塩の買い付けに来たんだって?」

「ああ、知ってるのか。だが、ゲイツさんにこの村では取引できないときっぱり言われちまってな。ジェネットの町に移動してみようかと考えているところだ」

「へええ、そうだったのね」

「俺たちに売らないのは、この村でも塩が不足しがちだからか?」

「そうでしょうね。塩どころかあまり物が入らなくなってきているみたい。力になりたいけど、正直なところ難しい問題ね」

「それほどドガの情勢が厳しいってこと?」

「さあ、どうかしら? 私も北の情勢はよくわかっていないから」

「北から人が流れてきているって話だったよな。そいつらから何か聞いてないか?」

「えーっと、そうね。現在はウルシュナ平原の近くで正規軍と反乱軍がにらみ合っている状況みたい。周りの町や村も巻き込まれる危険性があるから一時的に避難するって人たちが、少し前にこのディララ村を通り過ぎて行ったわ。ディララの住民でも避難した住人が居たぐらいだしね。多分、ジェネットの町かフォートレ辺りに行ったんじゃない? あっちのほうが王都から離れていて安全だから」

「亜人もなの?」

「え、ええ。そうね、彼らもだいぶ前にこのディララから出ていったわ」

「そうか……」


 ラァラが予想外に好意的な態度だったので、何か掴めるかもと一瞬期待したのだが、ほかの住人たちと同様、目新しい情報は得られそうになかった。

 亜人のことを聞いたとき、少しだけ口ごもる様子も見られたが、その理由ならわかる気がする。

 ラァラが関わっていたかどうかにかかわらず、村全体の意志として亜人を追放したとなればバツが悪くて当然だろう。

 それに部外者に対して、村の問題を軽々しく口に出来ない事情も理解できなくはない。

 ただ、こうなってくると、ラウフローラの助言どおり早々にジェネットの町へ移動したほうがいいのかも知れない。


「実はね、私もそろそろ出ていこうかと考えているところなのよ」

「このディララからか?」

「ええ、ここに居てもあまり稼げそうにないしね」

「ご家族は?」

「……両親はとっくの昔に亡くなっているし、ずっと天涯孤独の身よ。あっちの村に行ったりこっちの村に行ったりしながら、歌と踊りとこの身体で何とか食い繋いでいるって感じ」

「ってことは、ディララの生まれじゃないのか? マガルムーク出身ではあるんだろ?」

「もういいじゃない、寂しい私の人生の話は」


 ラァラの表情が少しだけ曇る。

 その顔に、両親や出身地のことはあまり触れられたくない内容だと書かれてあるような気がした。

 なかなか情報が得られないという状況に加え、ラァラの赤い瞳の色が気になっていたのもある。少しばかり調子にのって、突っこんだことまで聞き過ぎたのかも知れない。

 身分制度がある社会だ。ときには血縁関係や出身地がタブーになることだってあり得るのに。


「気を悪くしたのならすまん。無遠慮にあれこれ聞き過ぎたな」

「そんなことはないけど。あまり愉快な話でもないからね」


 その場に一瞬の沈黙が流れる。

 と、その沈黙を打ち破るようにドタドタと騒がしい足音を響かせながらこちらへとやってくる人物がいた。


「おっ、居た居た」


 そいつは見知った顔だった。

 昨日、酔っぱらいながら俺たちに絡んできたジルという男だ。


「どうかしたの、ジルさん?」

「おっと、ラァラちゃん。こいつらにちょっとだけ用事があるんで、借りていってもいいかい?」

「私は構わないけど」

「お話中のところ悪いね。あんたらも昨日はすまんかったな」

「いや、まったく気にしてないんでな。それで、俺たちに用事とは?」

「それそれ、それなんだわ。いやあ、なんて言うかよお。昨日はあんな態度を取っちまって悪かったと俺も反省してな。どうにかあんたらの力になれないかと思ったわけよ」


 あきらかに胡散臭いジルの物言いに、思わず俺は苦笑しそうになった。

 常にラウフローラが相手の表情を読み取ったり、接触しなくてもわかる範囲でバイタルの状態をチェックしているので、嘘や隠し事があるかどうかもある程度は見抜ける。

 もちろん、それらのデータは個人個人によって信頼度に差が出てくるし、相手が嘘を吐いていたとしても、すべてを見抜けるわけではないのだが。

 だが、今回の場合、ラウフローラに尋ねるまでもなさそうな感じだ。ジルという男の昨日の態度を見ても、よからぬことを企んでいるような気がする。

 むろん、純粋に好意から出た言葉という可能性だってなくはない。が、裏に何かあるかも知れないという警戒だけはしておくべきだろう。


「で、だ。俺があんたらの窮状きゅうじょうを村長に説明したところ、困っているときはお互い様。条件次第では余っている分を譲ってやってもいいんじゃねえか、って話になってな。と言っても、こっちだって今は塩が不足してるぐらいだ。早い話、あんたらがちょっとばかりこちらの仕事を請け負ってくれれば、その代わり塩の取引をしようじゃないかって話だ」

「ふーん。聞いた感じ、悪くない提案なんじゃない? どんな仕事を頼むかにもよるけど」


 ジルの話にラァラも頷く。

 話自体は俺も納得のいくものだ。だが、昨日の今日でこんなことを言ってきたからか、どうしても怪しさを拭えないでいる。


「それは村長の口から直接話すとよ。なあに、簡単な仕事さ。ってなわけでよ、今からちょっくら村長のところまで行くから、この俺に付いてきてくれないか」


 取ってつけたようなジルの媚びへつらう顔を見ても、額面どおりの言葉だとそのまま受け取るのには無理があった。

 ジルだけではない。

 いざ出ていくときになって、俺たちの出立を引き延ばすかのように立て続けに話しかけられたせいで、ラァラまでグルなのではという考えが頭をよぎる。

 といっても、ラァラが俺たちに何かをそそのかしたわけでもない。それにラァラはこの町から出て行くつもりだと言っていた。ラァラまでグルというのはさすがに勘ぐり過ぎか。


 横目でこっそりラウフローラの様子をうかがってみたが、胡散臭そうな目でジルの様子を眺めているだけで、そこまで過剰な反応は見られなかった。

 おそらく、何かあったとしても対応できないほどの問題ではないと考えているのだろう。


「わかった。とにかく、その話とやらを聞いてみてからだな」


 そう言って俺はラウフローラに目配せしたあと席から立ち上がると、満足そうに頷くジルと一緒にディララの酒場を後にした。



*1 相手の気を引いたり取り入ったりするための甘い言葉。お世辞。

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