23 竜種
まるで屋根裏部屋のように薄暗く、狭苦しい一室。
宿屋の二階に設けられたそんな小部屋で目覚めた俺は、現在ベッドの端に腰掛けてラウフローラから話を聞いている最中だった。
左手に装着したマルチプルデバイスが光を放ち、空中にある光景を形作る。
細く流れる川のそばを、餌でも探しているように左右に顔を振りながら徘徊している生物の映像だ。
ぱっと見、爬虫類のようにも見えるが、後ろ脚が真っ直ぐに伸びているところを見るとおそらく違うのだろう。
それに周りの風景との対比からすると、かなりの大きさのように思える。
世界最大級のワニならば同じくらいの全長があるかも知れないが、こいつはそれにくわえて体高も相当なもんだ。
これほどの大きさの爬虫類は、地球では太古の昔に絶滅しているはずだ。
ただ、どことなく既視感を覚える生物でもあった。
「今映っているのは、以前Lcー53地点にて発見した個体サンプル名Dー117の映像よ。こちらの世界での名称はドレイクに該当するようね。外見的特徴は、中生代白亜紀前期に棲息していたと見られる動物界・脊索動物門・脊椎動物亜門・爬虫綱・双弓亜綱・主竜形下綱・恐竜上目・竜盤目・獣脚亜目・テタヌラ下目・スピノサウルス科であるバリオニクスと酷似。全長、約7,5メートル。二足歩行で、主に湿地帯や河川近くを棲息地としているみたい。肉食で、前肢に付いたかぎ爪と獰猛な顎を使って獲物を捕食しているって感じね」
「ふーん、バリオニクスねえ。映像で見てもかなりデカいことがわかるな。それにしても、まさか恐竜が居るとはな」
「定義上、恐竜と呼ぶべきではないと思うけど。両者の間にはゲノム上における関係性が認められないから、あくまで恐竜に似た生物というだけ。この世界では竜種と呼んでいるらしいわ」
「へええ、竜種ね。ってことは、この世界ではドラゴンのことをドレイクと呼ぶってことか?」
「いいえ、そうじゃないわ。住人たちの話を聞くかぎりでは、どうやらドラゴンはドラゴンで別に存在するらしいの。といっても実物の確認はまだで、本当に居るのかどうかわからないけど」
「ふーん。じゃあドラゴンとドレイクは同じ竜種ではあるけど、厳密には別種という扱いか」
「ええ、そうなるわね」
「本当に居るのなら是非、見てみたいもんだな。キメラのような魔物が居たぐらいだ。ドラゴンだって実在していてもおかしくはない。まあ、ドラゴンなんて言っても、ちょっとデカいだけのトカゲかも知れんが。それでドレイクのほうの危険性は?」
「余裕をもって対処できるレベルでしょうね。ただし、アンノウンスキルが現段階において不明だけど。といっても、キメラのような飛翔能力は持ち合わせていないと思うわ」
アンノウンスキル――キメラが吐いたブレスや空中飛翔のように未知の攻撃や能力のことだ。
とはいえ、そういった攻撃なしでも充分脅威に違いない。
この俺だって、NBSや防御シールドに守られていなければけっして安全とは言えないのが現実だろう。ましてや、銃器すら所持していなさそうなこちらの世界の住人では獰猛な魔物にとっていい餌でしかない。
それでも20名ほど戦える人間を揃えれば村人でも退治は可能、と。
そのことから考えれば、キメラに比べればかなり危険度が低い相手と見ていいのかも知れない。
それにしても、リアード村といいディララの村といい、この世界の住人は常に外敵からの脅威に身をさらされているようだ。
それだけ人類が安全な生活圏を確保できていない証拠なんだろうが。
「湿地に住み着いたっていうドレイクは1匹だけか?」
「多分ね。今、アケイオスが確認をしているけど、近くにほかの個体は見当たらないそうよ」
「ゲイツによると、その1匹ですら現在の村の戦力では退治できないという話だったが……」
「一応は冒険者らしい人間も数名村に残っている様子なんだけど、彼らだけではどうにも荷が重いって感じの話っぷりだったわね」
「なら、いっそのこと俺たちで駆除してしまうか? それでディララ村の住人が恩に着てくれれば、よそ者の俺たちにも好意的になるはずだ」
「このままジェネットの町に移動したほうがいいんじゃない?」
「なんだ、ローラは反対か?」
「反対というわけじゃないわ。ただ、あまり意味がないような気がするだけ。もうこれ以上、この村では新しい情報を得られないと思っているから。何か重大な事実を隠しているというより、住民自身も何が起きているのかあまり理解していないような感じだったし」
今、俺たちが知りたいのは王都ドガでの内乱の情報だ。
ただ、亜人の立場もエルセリア王国で聞いていた感じとはちょっとばかり違っていただけに、そのへんも実情を確かめたい。そして、マガルムーク人から見たエルセリア王国、さらにはドゥワイゼ帝国との関係性も知りたいところだ。
セレネ公国の件に関してはまだ情報が入ってきていないらしく、ディララ村内では口の端にも上っていなかった。
というわけで、やることがなくなり早々に寝入ってしまった俺をよそに、ラウフローラがこっそりと情報を集めていたのだが、あまり有益な情報は得られなかったらしい。
ただ、わかったことがいくつかある。
それは少し前に亜人がこの村から出て行ったことだ。しかも、大半は自ら進んで出て行ったのではなく、この村の住人が亜人を追放したような口ぶりであったようだ。
どうやら現在王都ドガで起こっている内乱がその原因らしい。
というのも、一部の亜人が徒党を組んで反乱軍の勢力に加担したことが問題になっているとのことだった。
ここディララの村は王都からだいぶ離れているため、反乱軍に加わる亜人もそこまで多くなかったみたいだが。
「亜人が反乱に加わった理由なら村人も知っていそうだが?」
「かもね。でも、そのことなら多少は予想が付くわよ」
「と、言うと?」
「亜人に関連して、裏切者や邪教徒というワードがやたらと話の中に出てくるのよ。この世界では、一般的にイシュテオール教という宗教が広く信奉されていることは知っているでしょ。なんていうか、そのイシュテオール教と対立する宗教を信奉する勢力が、今回の反乱軍の核になっているって感じの話の流れだったわ。仮に亜人がその宗教を隠れて信奉していたのなら、色々と辻褄が合いそうなのよね。はっきりそうだと断定することはできないけど、ディララ村の住人の言葉の端々から得られた情報を元に推測すると、その可能性が高いような気がするわ」
「身内の権力争いかと思ったが、宗教対立か……。それはまた何とも面倒くさそうな話だな」
身も蓋もない言い方をすれば、マガルムークの内乱や亜人のことなど、どうなろうと知ったこっちゃないというのが俺の正直な気持ちだ。
ただし、マガルムークの内乱が権力争いからくるものなら、それを上手く活用できないかと考えていたのも、また事実だった。
以前、マガルムークで内乱が起きていることについてウーラと話し合っていたとき、どちらかの陣営に肩入れしてみたらどうかという案が出たことがある。
公にセレネ公国の人間だとは名乗らず、秘密裡にマガルムークとのパイプを裏から繋いでおくという意味でだが。
さすがに自動機械やドールなど戦力の派兵までは考えていない。
こちらの世界のレベルに合わせた武器、食料の調達などだ。
普段なら怪しげな武器商人など相手にしない立場の人間でも、戦時下なら喉から手が出るほどそれらを欲しているはずだ。この手の話にも食いついてくるのではないのか、と。
結局、積極的に戦争に介入するのは時期尚早だと判断し、保留扱いにしたが。
ただ、問題の本質が宗教対立となってくると、下手に手を出さないほうが無難だろう。この世界の宗教的な価値観がまるでわかっていない俺たちには、手に負えない問題でしかない。
「だけど、多少おかしな点も見受けられるわ。内乱に亜人が加担したといっても、それはあくまでごく一部に過ぎないらしいの。反乱軍がほぼ亜人で構成されているのなら、人間対亜人という構図も頷けるんだけど、どうやらそうではないみたいだし」
「なにか亜人だけを目の敵にする理由があるってことか。だが、その質問は下手をすれば藪蛇になり兼ねないな……。どちらかと言えば、エルセリア人のほうが亜人に対して差別的なはずだ」
「ディララ村の住人が素直に答えてくれるとも思えないしね」
「そもそもマガルムークが亜人に対して寛容という前提が間違っているのかも知れんな。元から差別的な対象だったのに、内乱のせいでより住人の憎悪を掻き立てる対象になったとかならあり得るんじゃないか?」
「それは考えられるわね」
「エルパドールに命じて、イシュテオール教のことを詳しく調べさせたほうがよさそうだな。宗教というか歴史的な因縁が両者の間にはありそうだ」
「ドレイクのほうはどうする? 私たちで始末するのはいいけど目立ってしまうわよ」
「顔を変えてるんだ。一時的に目立ったところで、そこまで問題はないっちゃないんだが」
「待って、部屋に誰か近付いてくるわ。この反応は酒場の店主ね」
ラウフローラの言葉を受け、咄嗟にマルチプルデバイスをオフにすると、それらしくベッドに腰掛け直す。
今にも身支度をしていたと言わんばかりに旅装を整えているうちに、部屋の扉がノックされ、その向こう側から男の声が掛けられた。
「起きてるか? そろそろ時間だ」
「ああ、わかった。あとちょっとしたら出て行くから」
「部屋の掃除もあるから早めに頼むな。それであんたら朝食はどうすんだい? もし食べていくのなら、追加でひとり8マール頂くことになるけど」
「飯はそうだな……。それじゃあ頼むとするか」
「あいよ。2人前でいいんだよな?」
「ああ」
そんな返事が聞こえたあと、酒場の店主が階下へと戻っていくらしい足音が聞こえてくる。
「とっとと出て行ってほしそうだな。そうだな、このあとジェネットに向かう予定ではいるが、成り行き次第ではこちらからドレイク退治を持ち掛けるかも知れん。一応そのつもりでいてくれ」
「わかったわ」
そんなふうにラウフローラに今後の予定を伝えた俺は、荷物を持ってベッドから離れると、そのまま部屋の扉から出て行った。
朝食も相変わらず味の薄いスープと硬いパンだけだった。
アケイオスと合流すればエアバイクの中に携帯食があるのだが、この先いつもいつも携帯食を持ち歩くわけにもいかない。
こういった粗末な食にもある程度慣れておかねばならないだろう。
俺と同じものを食べているラウフローラでさえ険しい顔をしているぐらいだ。
まあ、あっちは味覚センサーがマズいものだという認識をした結果、それに伴う表情を作っているだけだが。
スープだって、あきらかに塩が足りてないのだ。
元からこんな薄味のスープを出している可能性もなくはないが、自分たちで使う分すら不足しがちな状況だと考えれば、ゲイツに頭から拒絶されたことにも納得がいく。
とりとめもなく、そんなことを考えながら食事をしていると、酒場の入口が開き、ひとりの女がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
かなり印象的な女で、酒場に入ってきた瞬間、俺はその女から目が離せなくなっていた。
ひと言で言い表すなら、真っ赤な女だ。
「あなたたちがよそから来たっていう冒険者かしら?」




