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17 魔導砲

 ◆


 酒場の喧騒だろうか?

 どこからか楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 もう日は沈み始めており、港へと続く石畳にはかがり火の灯りに照らされた影が長くうっすらと伸び始めていた。

 そんな中、10名ほどの集団がポートラルゴ唯一の大通りをぞろぞろと歩いて行く姿が見える。

 先頭を歩いていたのはエレナとハワード。

 そしてその少し後ろにマーカス少年が続き、武装した兵士たちがその3人を守るような形で周辺を警戒しながら一緒に港へと向かっている様子だった。

 そんな光景を遠巻きに眺めていた街の住人たちには、一旦仕事の手を休め、いったい何事が起きたのだろうと声を潜めて成り行きを見守っているような雰囲気が見受けられる。

 夕闇に閉ざされようとしている港町ポートラルゴの一角には、いつになく緊迫した空気が流れていた。


「それで、そのセレネ公国とやらの人間はいったい何と言ってきたのかしら? 航海中、海で遭難したとか、たまたまこのポートラルゴにたどり着いたわけではないという話だったわね?」

「はい。何でもセレネ公国近海で座礁している難破船を発見したのが事の発端らしく、船内で見つかった地図からこちらの大陸のことを知ったようです。相手側の話を聞くかぎりでは、どうやら南のラーカンシア諸島連邦あたりの船ではないかと。ただ地図と言っても、東の海岸線とエルセリア近海の島々の位置が記されている程度らしく、大陸内部にある国家の位置関係などはそこまで把握していない模様でした」

「それじゃあ、その情報を頼りに西の大陸に向かって船を漕ぎ出したところ、運よくエルセリア王国までたどり着いたってこと? まあ、話の筋としてまったく通らないわけではないけど、頭からすっかり信じられるような話でもないわね。それで肝心の目的のほうはどうなの? そのあたり、相手側は何か言ってきた?」

「我が国エルセリア王国に対し、外交条約締結と通商を求める、といった感じの内容でした」

「ふーん、外交と通商ねえ。その話が本当で、商売相手になってほしいってだけならそれほど問題はないのだけど……」

「エレナ様は何か裏があるとお考えですか?」

「西のドゥワイゼ帝国も怪しいし、ほら最近噂になってる北のマガルムーク王国の動乱。あの国も最近は随分ときな臭い状態だっていう話じゃない? そんな時期に、いきなり新しい国が見つかっただなんてことを知らされるとね」


 エルセリア王国から見て西にある大国、ドゥワイゼ帝国。

 そのドゥワイゼ帝国に領土的野心があることは、各国の貴族階級の間では周知の事実であった。現皇帝アウグストゥス3世の御代になってからは特にその傾向が強く、10年ほど前にも南西にあった小国アルメリアを併合したばかりだ。

 この大陸に覇を唱える国があるのだとすれば、おそらくドゥワイゼ帝国だろう。

 そう平民までもが噂するほど、他の国より国力が抜きんでているというのも、また疑いようもない事実だったのだ。


 といっても、これまでエルセリア王国とドゥワイゼ帝国の間では比較的良好な関係が続いており、過去敵対関係にあったという歴史もなく、すぐに何かを仕掛けてくるとはエルセリア王国の人間にしても考えていなかった。

 エルセリア王国の軍事力もそう引けを取らないからだ。

 単純な数字の比較だとさすがに劣勢ではあったものの、もし攻め込まれたとしても小国アルメリアのように戦う前から帝国の圧力に屈してしまい、あっさりと降伏してしまうなんて事態には陥らないだろう。

 戦争状態が長引けばそのうち横やりが入り、神聖イシュティール教国が停戦調停を申し入れてくるのも目に見えていた。

 大地母神イシュテオールを信奉する信者は世界中至るところに存在している。

 民草に甚大な被害が及ぶような過度な戦乱は、大地母神イシュテオールの教義からすれば看過できない事態ということになってくるからだ。


 北にあるマガルムーク王国や南のラーカンシア諸島連邦、さらにはドゥワイゼ帝国よりも西にある国々に助けを求めるという手だってある。

 ドゥワイゼ帝国が今以上に領土を拡げようとする動きを見せれば、他の国だってさすがに黙っていないはず。

 もしエルセリア王国が占領でもされれば、明日は我が身になってしまうのだから。

 が、いつ何時ドゥワイゼ帝国が侵略の動きを見せるのか、常に警戒の目を光らせているのは当然の話。

 マガルムーク王国内で戦乱の兆しがあり、北方方面の情報が入りにくくなってしまった現在ではなおさらの話だった。


「ドゥワイゼにマガルムークですか……。ドゥワイゼ帝国にせよマガルムーク王国にせよ、怪しい動きがあることは事実ですが、そこまで海軍力が高いという話は聞いたことがございません。それにあの最新鋭の船に魔導砲。あんなものを秘密裡に開発していたのに、そんな最新技術を軽々と我々に見せてしまうのもどこかおかしな話であるように思いますが」

「魔導砲? 最新鋭のすごい船だっていうのは聞いているけど、魔導砲とやらの話は初耳だわ」

「私もはっきりと実物を拝んだわけではありませんが、セレネ公国の船は魔導砲という武器を積んでいるようなのです。何でもその魔導砲があるからこそ、深き海も安全に航海できるという話でして、海獣など恐るるに足らぬ存在だと豪語しておりました」

「海獣って、もしかして物語なんかによく出てくるあの海獣のことかしら?」

「はい。実際に海獣を退治するところを見たわけではないので何とも言えませんが、あの大きな音を聞いただけでも、ただならぬ武器であるような気が致します」

「大きな音を出す武器ねえ。それじゃあ大きな音を出して、海獣を追い払うってこと?」


 可愛らしく小首をかしげながらそんなことを尋ねるエレナ。

 その様子からすると、どうやらいまいちピンとこないらしい。

 海の男たちにとって海獣がどれほど驚異的な存在なのかをエレナが知らなかったせいだろう。

 海獣などといっても、エレナにとっては物語の中で聞いた存在でしかない。エレナ同様実物は見たことがないとはいえ、長年ポートラルゴに住んでおり、その脅威を少なからず肌で感じているハワードとは、いささか温度差がある様子だった。

 そんなエレナの様子を感じ取ったのか、ハワードが慌てた様子で説明を補足する。

 

「あ、いえ。単にセレネ公国の船がポートラルゴに着いたとき、まるで天から雷が落ちてきたかのように、ものすごく大きな音がしたというだけです。あちらの国には、他国に来訪を告げるためにからの魔導砲を撃つ、礼砲という習慣があるらしく、その音がストレイル男爵様のお屋敷まで響き渡ってきたという次第でして。本来なら魔法の雷を発射するらしいのですが」

「へええ、魔法の雷ねえ。それはザッカートが得意としている雷魔法のようなものかしら?」

「実際に魔導砲なるものを発射するところを目にしていないので、私には何とも……」


 そんな会話を続けているうちにも、エレナたち一行は港にある桟橋へと到着していた。

 その場に立ち止まったエレナが、キョロキョロと辺りの様子をうかがい始める。

 だが、木製の桟橋近くに見えたのは、漁師たちが普段乗っているような小さな手漕ぎ船だけ。

 薄暗くなった砂浜にも小舟が何艘か乗り上げていたが、その様子をぐるりと見渡したエレナの顔には怪訝そうな表情が浮かび始める。


「それで、いったいどの船がセレネ公国の最新鋭の船なのかしら?」

「あちらにございます」


 エレナに尋ねられたハワードの指さす先は、エレナの予想とは違い、遠い沖合の方角だった。

 その方角に見えたのは、海の沖合に小さく映った船影。

 灯りも届かないような真っ暗な海が視界を不明瞭にしているせいか、帆船の影がぼんやりと映っているだけで、いったいどんな船なのかエレナにはまるで見当も付かない。


「なんであんな遠くに泊まっているわけ? もしかして知らない国の船だからあまり近付かないようにと、こちらから警告しているとか?」

「いいえ、けっしてそのようなわけでは。私どもが何かを言ったわけではなく、相手側の都合なのです。何でもあの船は喫水が相当に深いらしく、ポートラルゴ湾岸のような浅瀬だらけの地形では、船を近くまで寄せられないそうです」

「ふーん、船のことはよくわからないけど、きっとそういうものなのね。それにしても、これではどのくらいの大きさがあるのかすら見当付かないじゃない。ハワードさんはあの船に直接乗り込んでいって、その目で見てきたのかしら?」

「いえ。現在、ジークバード伯爵様へ指示を仰いでいる最中にございます。私のほうで勝手に判断して動くわけには参りませんので」

「まったく。なんでこうも形式ばった人間ばかりなのよ。でも、さっきはまるでその目で見てきたような口ぶりだったじゃないの?」

「申し訳ありません。実を言うと、私も漁師から聞いた話をそのままお伝えしているだけでして。セレネ公国の船がポートラルゴに入港してくる際、漁に出ていた老人が近くでその様子を見ていたそうです。とはいえ、セレネ公国の方々がそのあと小舟に乗って港までやってきましたので、そちらからもある程度事情を伺っておりますが」

「それなら、セレネ公国がどのあたりにあるのかも聞いた?」

「はい。エルセリア王国から見て、東南東の方角だそうです。およそ2週間ほどの船旅だったと。ただし、セレネ公国の船はものすごい速さで海を進むらしく、我々の船を使った場合どの程度かかるかまでは不明ですが」

「ふーん。それで最新鋭の船ってわけね。船が早く進む仕組みはわからないの?」

「そのことについては軍事機密らしく、終始言葉を濁しておりました」

「まあそれはそうよね。そんな簡単に最新技術を他国に漏らすわけがないもの。ただ、そうなってくるとドゥワイゼ帝国の線が薄いという意見も頷けるわね。仮にあの国がそんな船を持っていたのだとすれば、このことは秘密にしておいて、いざってとき奇襲に使ってきそうだし……」

「仮にドゥワイゼ帝国の船だとすれば、北航路が氷床や流氷に阻まれているため、どうしても南のラーカンシア諸島連邦の領海を発見されずに通行しなければならず、そう簡単にはいかないかと」

「まあ、あくまで可能性の問題よ。それはそうと、私もセレネ公国の船がどんな様子なのか詳しく話を聞きたいわ。悪いけど、その漁師をここに連れてきてくれる?」

「はっ、承知しました。おい、例の老人をここへ」


 ハワードが後ろに控えていた兵士たちへ命令を下す。

 おそらく、そう遠く離れた場所まで探しに行ったわけではないのだろう。そこまで時間をかけずに、ひとりの老人を連れて兵士たちが戻ってくる。


「そうそう、この者だったな。御老体、名は何だったかな?」

「ゼベットにございます」

「ふむ、ゼベット老か。それでなゼベット老、こちらにおられるご令嬢が先日の話を聞きたいと仰せなのだ。すまんが先日の話をもう一度してくれぬか。やんごとなき身分のお方ゆえ、失礼のないようにな」

「へ、へえ……。わ、わたくしごときが貴婦人様のお役に立てるのなら、いくらでも」


 ゼベット老人からすれば、ハワードですら恐れ多い相手だ。

 そのハワードがやんごとなきお方と言うからには、雲の上の存在に違いない。

 そう考えたゼベット老人はたちまちのうちに委縮してしまい、ブルブルとその身を震わせながらエレナに対して平身低頭していた。


「そこまでかしこまらなくてもいいわよ、ゼベットさん。私のことはエレナと呼んでちょうだい。ちょっとだけ船のことを聞きたかっただけだし、そんなに緊張しなくても大丈夫だから」

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