15 突撃
『突撃!!』
騎士団長レオンの口から発せられた突撃命令が朗々とその場一帯に響き渡る。
身の丈ほどもありそうなタワーシールドを並べ、ぐるりとキメラの周りを取り囲んでいた重装歩兵が一か所だけ隙間を空けるように左右へと展開すると、その後方から隙間を縫うようにしてランスを手にした騎兵部隊がキメラに向かって突撃を開始していた。
と、それまで獲物を品定めするかのように重装歩兵たちの間を行ったり来たりしていたキメラが口を大きく開け、前方に向けてブレスを放つ。
その攻撃が、一番槍を入れようと先頭を走っていた騎兵たちに見事に直撃した。
その身にフルプレートメイルを纏っていたおかげだろう。
騎士にはそこまで直接的なダメージがなかったようだが、騎乗している馬のほうはどうやらそうもいかなかったらしい。
ほぼ全身を馬鎧で覆っているとはいえ、馬の動きを阻害しないようどうしてもむき出しになる部分が多い。そこにキメラのブレスが当たったことで、先頭集団に居た馬が狂ったように暴れ始めていた。その乱れが急に行き場を失くした後続の騎兵にまで混乱を招く。
最終的にまったく統制が取れなくなってしまった騎兵部隊は、今一度体勢を立て直すために後方へ一旦退かざるを得ないような状況だった。
「突撃失敗だな。キメラをおびき出したところまではよかったんだが、そのあとがあまりにもお粗末過ぎる」
『騎兵の直線的な動きで、あのブレス攻撃を避けるのはかなり難しいかと』
「まあ、試しに一当てしてみただけかも知れん。さすがにあれしか策がないってこともないだろ」
フライトデッキ内の外部スクリーンいっぱいに映っていたのは、キメラ対白鷺騎士団による戦闘。
今朝方、キメラと接敵したあと踵を返すようにその場から逃げ出した斥候部隊は、集団戦闘がしやすい平坦で障害物があまりない地形までキメラのことをおびき寄せていた。
ひとりだけ別方向に抜け出したやつがいたので、おそらくそいつが本隊に知らせにいったのだろう。
リアード村付近に幕営を張っていた白鷺騎士団が行動を開始したのは、しばらく経ってからのことだった。
そしてキメラと付かず離れずの追いかけっこを繰り返していた斥候部隊が、何とか騎士団本隊と合流。
すぐさま重装歩兵がキメラのことを取り囲むと、キメラとの間に何度か軽い接触が起きていたものの、本格的な戦闘にまでは至っておらず、さきほどようやく騎兵が登場したところだ。
だが、その突撃が失敗。
さらに混乱した騎兵に追い打ちをかけようとするキメラに対し、一部の重装歩兵が勇敢にも立ち向かっていったが、そいつらもキメラの爪撃にあい、軽々となぎ倒される始末だった。
アケイオスから与えられた傷もとうに癒えたのか、キメラの動きは予想外にも素早く、今のところ騎士団のほうにはまったくいいところが見られない。
「あのブレス攻撃に対処するには遠距離攻撃が一番なんだろうが、弓兵による攻撃ではキメラに通用しないものと踏んだんだろうな。そこら辺は間違っちゃあいないんだろ?」
『はい。アケイオスが計測したキメラのデータと、この世界で現在までに判明している製造技術レベルを元に算出した結果では、通常の弓矢程度ではほとんど効果が得られないと出ております。もう少し大型のバリスタのような兵器ならば、それなりに打撃を与えられるものと思われますが』
「となると、騎士団が次にどんな策をとってくるかだな……」
そんな感じにウーラと話し合っていた俺は、近くに置いてあったラーヴァの果実酒で口を潤わせたあと、再び視線を外部スクリーンへと戻す。
「重装歩兵が持っているタワーシールドの材質も気になるな。あれは何で出来ているんだと思う?」
『ピットの映像だけでは判断が付きませんが、キメラの攻撃でそれほど傷付かなかった点から考えれば、それなりに衝撃強度の高い金属かと』
この世界の技術レベルなら衝撃強度が高い金属といっても、せいぜいが鉄製だろう。
製鉄技術がどれくらいかによって強度にも違いは出てくるが、それが鋳鉄だろうが錬鉄だろうが、はたまた鋼だろうが、鉄である以上総じて重いはず。
全身鎧を着込んだうえに、そんな鉄製のタワーシールまで動かしているとなると、相当な膂力の持ち主ってことになる。
といっても、キメラが相手だからなのか、攻守の役割はわりとはっきりしているようで、重装歩兵は現在武器を手にしていない。
あくまでキメラをけん制することが目的であって、防御に専念するってことなんだろう。
それであんな重そうな盾を使っているのだとすれば、一応はわからなくもないのだが。
「ん? 後ろのほうで何か動きがあるみたいだぞ」
スクリーン上に映っていたのは、負傷した騎馬と騎兵の近くに寄って何事か呟いているひとりの騎士団員の姿。
その男の顔には見覚えがあった。たしかザッカートと呼ばれている男だったはずだ。
見覚えがあったのは、そのザッカートがピットの存在に薄々勘付いているような様子があったからだ。
まあ、完全にはバレていないようで、たまにピットがある方向をじっと見つめては、何か考え事をしているような雰囲気が見受けられたってだけだが。
それにザッカートからはどことなくほかの騎士団員より地位が高そうな印象も受けている。
周りの騎士団員と比べても装備が軽装で、貧弱そうな体型。およそ戦闘に似つかわしくないその風貌から、俺は参謀などの文官なんじゃないかと見当を付けていたのだが。
「ウーラ、あれを見ろ。これって例のやつなんじゃないか?」
『ええ。多分魔法の一種ではないかと』
「マジか……。だが、我々の常識では説明が付かないのも事実だ。今はありのままを受け入れるしかないか。それにしてもいったいどういう仕組みなんだ? まさか本当に魔法なんてものが存在するとはな」
港町ポートラルゴからエルパドールが持ち帰ったものの中で、一点だけ俺やウーラが非常に興味をそそられた品があった。
結果的に起こる現象としては取り立てて特別でも何でもない。
単に小さな火を熾すことしかできない発火装置。
だが、その仕組みがウーラを以ってしても、まるで解明できなかったのだ。
可燃物も見当たらず、着火エネルギーになる装置がどこにも付いていない。
科学的に言えばあまりにも非常識なその物体。
色々と話し合った末、ウーラと俺はその物体がひき起こす現象を超常現象として処理することに決めた。いわゆる物語やゲームによく出てくる魔法としてだ。
そしてその火を熾す道具を敢えて訳すならば、魔道具ということになるのだろう。
今、スクリーン上に映っている現象はその魔道具と同じ性質のものであるような気がしている。
なんせ、さきほど騎馬や騎兵の受けた傷が、男が手をかざしているだけで徐々に治っていくのだから。
もちろん裏に何かからくりがあって、そう見せかけている可能性がまったくないわけではない。
といっても、そんなことをする意図がまったくわからないし、少なくとも火を熾すための魔道具のほうにそんなからくりは一切見つけられなかった。
『問題はこの世界の住人が魔法を使って、どのようなことが可能であるかでしょう。現時点ではあの魔道具の仕組みを解明できておりませんが、発火現象そのものに関しては充分に理解が及ぶものです。結果的に起こる現象が科学を使っても再現可能であるのなら、こちらとしても対処のしようがあるかと思われます』
「魔法に対して、こちらは科学で対抗するってわけか。現状、それしか打てる手がないってのも少々心細いが……」
『我々にとっては未知の現象でしかありませんが、けっして万能ではないはずです。できることが限られているからこそ、この程度の文明社会しか築けていないのでしょう』
「それは確かにな。魔法で何でもできるようなら、こんな未開な社会であるわけがないか」
ウーラとそんな会話を交わしているうちに、外部スクリーンに映った状況にも変化が訪れていた。
ときおりキメラの攻撃で吹っ飛ばされながらも、何とか囲いから逃がさないように踏ん張っている重装歩兵の後ろで、ゾロゾロと騎兵たちが動き出す。
『約半数の騎兵が反対側へと移動中です。おそらく今度は両方向から同時に攻めかかるつもりなのではないかと』
「どちらかが囮になっている間に、もう一方が逆側から突っ込む気か。そこまで芸があるってわけでもないが、悪くない作戦ではあるな。ただ、上空に逃げられた場合、どう対処するつもりだ?」
キメラの飛行能力、あれをどうするか。
そこに今回の戦闘の鍵が握られていると言っていいだろう。
いくらなんでも、キメラの飛行能力について何も知らないということもあるまい。だが、騎士団にそれらしい対空兵器を用意している様子はなかった。
やみくもに突撃すれば何とかなると踏んでいるほど愚かだとも思えない。隠し玉とでもいうべき何かがあるはずだが。
そんなことを考えていると、重装歩兵たちがやや後方へと退き、騎兵による突撃が開始されていた。
ドドドドドド、と砂埃を上げて両方向からキメラを挟み撃ちせんと騎兵部隊が疾走する。
それを見て前方にブレスを一度放ったあと、翼をゆっくりとはためかせるキメラ。
案の定、キメラは上空へと逃げる気らしい。
その巨体がふわりとその場で空に舞い上がろうとしていた。
が、そのとき。
突撃しようとしていた騎兵たちとはまた別の方向から稲妻のようなものが迸る。
辺りに響き渡るキメラの咆哮。
その攻撃の出所を見ると、どうやらさきほどのザッカートらしかった。空中に逃げようとしていたキメラの四肢が、その攻撃に邪魔されたせいで再び地面へと着く。
「へええ、騎兵は囮ってわけか。それにしても、何もないところからいきなり何か現れたように見えたが」
『一見したところ、放電現象のようにも見えますね』
「だとすれば、魔法による電撃って感じか?」
『電撃かどうかまでは判断できませんが、キメラには一応効いている様子です』
どうやらザッカートの魔法はキメラの動きを一時的に阻害するために放たれた模様だった。
キメラが動けなくなったと見るや、騎兵がキメラの両脇を駆け抜け、ドーム状の捕獲網をかぶせていく。
そして後方に下がっていた重装歩兵たちが再び前に出て、捕獲網の四方に付いた鎖を掴み、束になって引っ張り始める。最終的にキメラの身体を押さえつけるような感じにからめ捕ると、その瞬間ザッカートの魔法も止まっていた。
おそらくあの魔法は長時間の使用が厳しいのだろう。ザッカートの疲労が映像からもよく伝わってくるようだった。
キメラが拘束されると、すぐさま騎兵による突撃が再開されていた。
四方へと引っ張られた鎖と鎖の合間から、スピードの乗った重い一撃がキメラの脇腹に突き刺さる。
拘束したといっても、捕獲網を上からかぶせたような状態。
これで上空への逃げ道を塞いだことは確かだが、力任せに地表から逃げることなら可能なはず。現にキメラのほうも、どうにか捕獲網を食い破り、その場から逃がれようと必死に暴れ始めている。
だが、そのつど四方八方から騎兵の攻撃にあい、中央へと押し戻される始末。
頼みのブレスも捕獲網に邪魔されて、ろくに身動きが取れないような状態では充分な効果が発揮できないようで、あとは一方的に攻撃されるのみだった。
「勝負あったな……」
『ええ。この分ならシミュレート結果より被害が少なく済むものと思われます』
「ああ。電撃っぽい魔法にも驚かされたが、もしかしたらあの捕獲網にも何か仕掛けがあるのかも知れん」
『可能性としては考えられますね。捕獲網をかけられたあとキメラの抵抗が随分と弱まったように感じられます』
「こちらが思っていたより手際もよかったが、魔法が関与していると考えたほうがよさそうな気がする。だが、この程度の獣相手にこれだけの人員を割く必要があるなら、魔法以外の戦闘能力に関しては知れたもんだが」
『はい。残された懸念材料は魔法だけかと。動くのはもう少し魔法についての情報を集めてからに致しますか?』
「いや、予定どおりでいい。確かに魔法というものが存在することについては驚かされたが、あの魔法を見るかぎり、そこまで脅威になるとも思えん」
『承知致しました。ただちにバルムンドに行動を開始するよう指示します』
「ん。それとラウフローラの容姿変更もな」
現段階での計画上、エルパドールとバルムンドに続き、ラウフローラにも変更を施すことにした。
このあとラウフローラに重要な任務を任せるつもりだからだ。
俺のお気に入りでもある天使のような翼が今後見れなくなるのはちょっとだけ残念だが、この世界であの姿はあまりにも異質過ぎる。
まあ、いつでも元に戻せるのだから、そこまで気にしているってわけでもないが。
さらにいくつかの指示をウーラに出した俺は、再びスクリーンへと目をやり、この戦闘の顛末を最後まで見届けることにした。




