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14 白鷺騎士団

 ◇


『だがな、村長。斥候隊がキメラを見つけて帰ってくるまで、こちらとしても大々的に騎士団を動かせんのだよ。安易に山狩りなどをしたら下手に被害を出しかねないのでな』

『それはもちろんわかっております。ですが、騎士団の方々がこのリアード村に来られてからすでに10日が経とうとしております。キメラ討伐にかかる間の糧食を我らで負担するのは当然のことながら、冬に向けての蓄えもこれからというこの時期。あとどれほどの日数がかかるものなのか、不安になってきたというのが正直な気持ちでして』

『貴様っ! このような何もない辺鄙な村に領内の貴重な戦力をわざわざ割いているのだぞ。しかも、貴様らのような下々の者を害獣から守るためだけにな。それをあろうことか、我らのやり方に不満を申すとは』

『サイクス、止めておけ』

『レオン団長。ですが、こやつ――』

『む、むろん、私をはじめとするリアード村すべての住人が、ご領主様のご慈悲と、わざわざこうしてご足労くださった白鷺しらさぎ騎士団の方々に深く感謝しております。ただ私どもと致しましても、この冬を越せるかどうかの瀬戸際でして……』


 村長宅で話し合われている会話の内容を俺はピットを通した音声として聞いていた。

 領主ジークバード伯爵のお膝元でもある、エルセリア王国の主要都市リンガーフッドに駐屯していた白鷺騎士団が、ここリアード村にたどり着いたのが今からちょうど10日前のこと。

 それからろくな動きも見せず、斥候役らしい騎士団員数名を野に放っただけで、残りの騎士団員たちは斥候がキメラを見つけて戻ってくるまでの間、リアード村の外に張りめぐらされた幕営で修練をして時間を潰しているような状況だった。

 そんな様子を延々と見せられていたのだ。俺のほうはあくびが出そうになっていた。


『だいたいだな、そちらの情報がいい加減だったせいで、これほどまでに手間取っているのがわからないのか? それを我ら騎士団のせいにしようとは』

『そう言われましても、私どもは村人の死体があった場所と、そこからさらに北に行った場所で木こりたちが恐ろしい唸り声を聞いたという話をありのままにお伝えしただけで……』

『サイクス、私は止めろと言ったはずだが』

『くっ、申し訳ありません。以後、口を慎みます』

『それに、けっして騎士団の方々がどうこうなどと申し上げているわけではございませんが、つい先日も騎士団の方から酒が足りていないという要望をお受けしたばかり。リアード村はそこまで大きな村でもなく、このままでは騎士団の方々を満足にもてなすことができなくなりそうだという話でして』

『ふむ、我々としてもこれ以上長期に渡る滞在は考えていないので安心してくれ。場合によっては討伐を一時断念するやも知れんがな。今一度村長に尋ねるが、村人がキメラに殺された場所が北東の方角で、その後さらにその場所から北でキメラらしき唸り声を聞いたということで間違いないのだな』


 現在キメラが居る場所は斥候部隊が今調べている地点から西の方角に20キロメートルほど進んだ先。

 人間の味を覚えたキメラが狩場を変えない傾向にあると言っても、餌を追い求めて多少移動することは考えられる。

 そうである以上、村長が騎士団に話した情報と食い違いがあってもおかしくはないのだが、アケイオスがキメラを追い払ったことが少なからず影響しているようにも思える。

 といっても、斥候部隊の捜索の手はだいぶキメラへと迫っている。

 おそらく発見は時間の問題だろう。

 この分なら早ければ明日にでもキメラと遭遇するはずだ。

 あまりにも捜索に手間取っている様子だったので、斥候部隊のフリをした自動機械をこっそり紛れ込ませ、キメラの情報を流させようかと考え始めていたところだ。

 まあ何があるかわからない。

 下手に小細工をろうさないほうが無難といえば無難だろう。


『はい、間違いございません』

『ふむ。となると、そのあと腹がくちくなって移動したと考えるのが妥当か……。ならば、もう少し捜索範囲を広げるべきかも知れんな』

『ですが、レオン団長。斥候部隊を分散させてしまうのは少しばかり危険ではないかと愚考致します。土地勘もなく、この険しい山あいの地でばったりとキメラに出会ってしまった場合、少数では満足に対処できるかどうか……』

『人員を増やすしかあるまい。第2、第3中隊の中でも身軽な者を選んで、各斥候にそれぞれ宛がうつもりだ。その分、動きは鈍るだろうがな。人選はサイクスに任せることにしよう』

『はっ、承知致しました』

『村長、そういうわけだ。あと数日の辛抱だと村人たちに伝えておいてくれ。酒の件はこちらから注意しておく』

『は、はい。よろしくお願い致します』


 そんな言葉が聞こえたあと、少し間を置いて扉がバタンと閉まる音が聞こえてきた。

 おそらく騎士団長であるレオンと副団長のサイクスが、揃って村長宅から退出したのだろう。


 ここ数日間のやり取りから、なかなか難しそうな力関係が見えてきた。

 騎士団長と副団長のふたりが、この世界の身分制度の一種である騎士爵を持っていることは村人たちの会話の中にたびたび出てきた。

 身分的に言えば準男爵であるリアード村の村長と、この騎士爵は同じ準貴族にあたるらしい。そしてこの準貴族というのは、貴族ではないが国から土地の所有を認められており、貴族と平民の中間にあたる身分という話だ。


 確かに昨日までのやり取りでは、村長がさきほどのふたりに特に気を遣っている様子が見受けられた。

 その口ぶりからすると、同じ準貴族でも騎士爵のほうが上であるのか、はたまた実際には騎士団長辺りは一応貴族で、重複して騎士爵も有しているということだって考えられる。

 いや、騎士団の団長ともなれば、そちらの可能性のほうが高いか?

 そこら辺の力関係がいったいどうなってるのか、いまいち掴めていないのだ。


 その関係が今日になって少しだけ変化していることにも俺は気付いた。

 どことなく村長の口ぶりに無礼な様子が混じっていたし、酒関連の話に至ってはおそらく嫌味に近いはずだ。

 そんな嫌味混じりの言葉を返せるぐらいなのだから、両者の力関係はそれほど一方的なものではないはず。

 村長は代官として領主からこの地を任されているとの話なので、騎士団長や副団長と同様ジークバード伯爵直属の家臣ということにもなるはず。

 むろん村長の言い分があくまで言葉どおりの意味でしかなく、リアード村の食料事情が極めて逼迫ひっぱくしているような状況下であったため、つい声を荒げてしまったという線も考えられるが。


 これ以上は情報が少なくて何とも言えない。

 だが、少なくともこの世界にはある程度段階的な身分制度があり、王侯貴族や準貴族、平民のほかに賤民と呼ばれる奴隷や流民なども存在することだけはわかった。

 とはいえ、今言っている身分階級にしても、村人たちによる会話やエルパドールがそれとなく住民に話を振って聞き出した内容を元に、ウーラが推測して地球の階級制度に当て嵌めただけのものだ。

 現時点でどこまで信頼できるものかわかっていないのも事実だった。


「ようやく動きがありそうだな」

『はい。一両日中にも騎士団のほうに何かしらの動きがあるかと思われます。それとアケイオスからの報告では、キメラのほうに目立った動きはありません』

「ふむ、それにしてもこちらが思っていたより大々的だな。たかが辺境の村ごときにこれほどの戦力を割くような領主様なら、この世界がたとえ封建制度だとしても、比較的良心的な執政をしてるってことなんじゃないか?」

『その点はまだ断定するのが早いかと。一般論として、統治する者からすれば、領地や領民は自分の財産だと考えるのが合理的な考えかと思われますので。むろんリアード村を防衛することでのメリットが薄いようなら見捨てるという選択が選ばれることも十二分に考えられますが、村がキメラに襲われ、税収が減るような事態になるのはけっして好ましく思わないでしょう』

「まあ領主の財産だという話はわかるが、そうは言っても現時点で村人がふたり殺されただけだぞ? しかも、おそらくリアード村は辺境にある小さな村に過ぎない。その程度の被害でわざわざ騎士団を動かすものかね?」

『キメラによる被害が我々が想定しているものよりもはるかに大きいことも考えられます。領主としても、放置しておくことでこれ以上被害が広がるより、早い段階で処理すべきだと判断したのかも知れません』

「確かに騎士団の連中にはキメラのことを恐れている雰囲気があるな。生身の人間では、あの巨体だけでも相当に厄介ということか。仮想戦闘シミュレーターの結果では、たしか死亡2名、重軽傷者17名だったよな? まあ、いずれにせよお手並み拝見ってところか」


 ウーラとそんな会話を交わしていると、ラウフローラがお盆の上に飲み物を乗せてやってくるのが見えた。

 大鷲をモチーフとした黒地に白が混じる1対の翼を背中にはためかせているその姿が、まるで天使のように見える。そして、その眼差しにあったのは俺に対する溢れんばかりの愛情だった。

 その感情が疑似的なものでしかないことなどわかってはいるが、ラウフローラが俺の身の回りの世話をする役割を担っている以上、仏頂面よりはよほどこちらのほうがいい。

 長いこと宇宙空間にひとりでいると、そんな些細なことでも多少は慰めになったりするものだ。


『そちらが先日、エルパドールが港町ポートラルゴにて入手してきたラーヴァという果実を絞ったものになります。成分を検出しましたところ、人体に有害な物質は含まれていませんでした。接種しても人体に影響は起きないかと』

「了解。……ん? これはあれだな。ライチとグレープの中間っぽい味か? 随分と甘ったるい感じはするが」

『糖度がけっこう高い果実のようです。このラーヴァという果実が港町ポートラルゴ一帯では、酒の原料としてや単純に絞っただけの飲料としても非常に好まれているという話でした』


 完全に安全性が証明されたわけではないが、ほかに適任者が居ない以上、自らが被験者に名乗り出るしかない状況だった。

 そういった理由から俺はエルパドールを田舎から出てきた少年に化けさせ、情報収集も兼ねて港町ポートラルゴで現地の食材を集めるよう指示していたのだ。


 一週間ほど町に潜伏させてみた結果、殊更怪しまれるような場面はなかった。

 港町ポートラルゴの様子もひとつだけ気になった点を除けば、おおむね想定の範囲内であると言っていい。

 まあ、多少おかしな少年が居るなと思われたかも知れないが、一番重要だった点はエルパドールの正体を見破らないことだ。

 機械であるドールが町の中をウロウロしてもバレないようなら、生身の人間であるこの俺が出ていって怪しまれることも、まずないはず。

 この分なら安心して次の計画を進められるってわけだ。


『さらに、エルパドールが持ち帰ったゲレゲレという魚から毒性があるシガトキシンが検出されました。このシガトキシンを大量に摂取することで起こる主な症状は、手足のしびれ、頭痛、嘔吐、下痢、関節痛等です』

「ふーん。たしか現地人も似たような症状が出るって話だったよな? ということは、毒耐性も地球人とそこまで変わらないと見てもいいのか?」

『この一例だけで断定はできませんが、基本的な人体構造が地球人とほとんど変わらない点を加味すれば、その可能性は大いにあるかと』

「エルパドールは任務に戻ったか?」

『はい。容姿変更を加えたあと、再度港町ポートラルゴへ向かわせました』


 現在の環境下において体調に変化はない。

 異常に高い数値を示しているマナ粒子に関しても、人体に影響が出る様子がなかった。

 そのほかにも、ウーラと相談して俺がこの世界に適応できるかどうか様々な観点から調べている最中だ。今のところは特に問題がなさそうな気はしているが。

 となると、そろそろこの世界の住人と接触を果たしてもいい頃合いなのかも知れない。

 キメラの一件をひと通り見届けたあと、俺は格納庫でもあるこの隠れ家を一旦離れ、行動を起こす予定だった。 

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