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13 港町ポートラルゴ

 ◆


「ボウズ。まさかとは思うが盗品とか紛い物じゃないだろうな?」


 目の前の客に対して、少しばかり失礼な物言いをするベルモンド。

 といっても、普段の彼はそんな非礼な人間というわけでもなかった。

 客商売だ。

 揉み手をし、おべっかを使うような真似はしないまでも、客が不快感を感じない程度の愛想は使うよう普段から心掛けているつもりだった。

 それがどうしたことか、今回は少しばかりいつものベルモンドらしからぬ応対を取っていた。


「そんなわけあるか! 誕生日に親父から貰った物だって言っただろ。我が家に代々伝わる本物のサファイアの指輪だ」

「ふーん、誕生日ねえ……。たしかジーンとか言ったな。そんな大事な物を売っぱらっちまおうってのかい?」

「だから言ってるだろ。のっぴきならぬ事情があるんだって。それともこれは他人様から盗んだ物で、この俺が盗賊に見えるとでも言うのか?」

「いや、さすがにそこまでは言ってないだろうに。念のため、確認しただけだよ」


 それは港町ポートラルゴでのひと幕。

 どうやらジーンという名の少年が指輪をこの店に売りに来ている真っ最中だったらしい。

 だが、なにやら揉めている様子で、その場には少しばかり険呑とした空気が流れていた。


 商売人として、それなりに道を極めたと自負するベルモンドとしても、目の前の少年が盗賊の類いなのかも知れないと、頭から疑ってかかっているわけではない。

 身なりは汚れもなくそれなりに小奇麗だし、着ている服自体もそこそこ上質な部類に入るはず。

 目の前の少年が路地裏に勝手に住みついているような手癖の悪いガキどもとは違う部類の人間だということは充分にわかっていた。

 当然、買取だってしている。

 本来なら、問題なく取引が交わされるはずだった。

 だが、年端も行かぬ少年が売りにきた物としては指輪が少々高級過ぎるのだ。それと、これはベルモンドの直感に過ぎないが、何となく目の前の相手に奇妙な違和感を覚えていたこともある。


 とはいえ、指輪自体におかしな点は見当たらない。

 指輪のアーム部分はシルバーらしいが、見事な彫刻細工が施されており、そのアーム部分を一周する間にサファイアとおぼしき宝石が等間隔に16個ほど埋め込まれていた。

 おそらく王都で購入すれば80万ガルドは下らない代物だろう。


「じゃあ、何だよ? これは正真正銘本物だからな。つうか偽物かどうか調べる方法ってないのか?」

「そんなもんあったら苦労せんよ。まあ、目利きに関しちゃあ商売人としての経験が物を言うわけで、その辺りはあまり疑っちゃあいないさ。うーむ、どうだろう? 20万ガルドってとこで」


 サファイアの指輪をひととおり調べ終えたベルモンドの頭の中で、即座に計算が働く。

 万が一盗品だったところで、こちらはそうと知らずに売買したのだ。

 罪には問われまいと。

 見たところ、持ち主の名前が彫ってある様子もない。ならば、素知らぬ顔をしてさっさと売り払ってしまえばいい。

 そう考えたベルモンドは指輪をおもむろにカウンターの上に戻すと、あまり気乗りしない様子で買取額を提示した。

 ベルモンドの経験上、この手の客はたいていが訳有りだ。どことなく売り急いでいる様子があるし、まとまった金が必要だという焦りが伝わってくる。

 おそらく最初に覚えた違和感の正体は、そんな少年の焦りが長年営んできた商売人としての勘に引っかかり、警戒心となって表れたのだろう。

 ベルモンドは最終的にそう結論付けていた。


「おいおい。この指輪がたった20万ガルドぽっちって嘘だろ……。いくらなんでも、そんなわけがねえ。これよりしょぼいそっちの指輪だって40万ガルドで売ってんじゃねえか。もう一度、よく見てくれよ」

「嫌なら他所をあたりな。こっちとしちゃ買取らなくてもいっこうに構わないんでな。といっても、ポートラルゴじゃあ装飾品関連はうちが一手に引き受けてるから、隣街にでも行くしかないが」


 そう言うベルモンドの顔に、心なしかニヤついたような表情が流れ始める。

 こちらは危ない橋を渡るのだから、多少儲けさせてもらっても構わないだろ――まるで、そんなことを言いたげな表情だ。

 商談相手が少年ということで足元を見ているのだろうか。

 ベルモンドはそんな様子を少しも隠そうともせず、思いっきり顔に出してしまっている。

 もしこの場所が王都や交易の中心地であったなら、ベルモンドの口からもここまで強気な発言は出なかっただろう。

 しかし、ポートラルゴは漁村が少しばかり発展しただけの港町に過ぎない。盛んに海洋交易が行われる中継地というわけでもなく、こと装飾品に関してはいくつもの商店が軒を並べるほどの需要がなかった。


「なっ! 35万、いや30万ガルドでいいからさ。ほら、ここの部分なんかふたつの曲線が上手いこと絡み合ってるんだぜ。こんな精巧な細工、そうそうお目にかからないはずだぞ」

「たしかに細工自体は見事なんだが。うーむ、それでも出せて25万ガルドだな。それ以上は出せん」

「ぐっ、クソ……わかったよ。25万ガルドで手を打つ。もってけ、泥棒!」

「あいよ。それにしても本当にいいんだな? この指輪を手放しちまっても。のっぴきならぬ事情ってのも、おおかた女関係だろうに。まあ、うちとしちゃ知ったこっちゃないが」

「うっせーな。余計なお世話だってえの。つうか、こんながめつい商売ばかりしてっと、いつか痛い目みるぜ。あそこの商人は業突く張りだって噂が流れ始めても知らんからな!」

「おっと、そいつは商売人にとっちゃあ誉め言葉だな。それと、後になってやっぱ無しにしてくれなんて泣きついてきても無駄だぞ。売り値で買い直してもらうことは可能だが」

「チッ……」


 カウンターに出された貨幣をひったくるように奪い取ると、舌打ちだけをその場に残し、店を後にする少年。

 一方、ベルモンドのほうは舌打ちをされたことなど、まったくもって意に介していなかった。

 商売柄、ケチを付けられることなど慣れっこ。

 今、ベルモンドの頭の中にあることは儲けのことだ。

 すでにこのときには少年のことなど頭の中からすっかり消え去り、指輪の値付けをいくらにするかで一杯になっていた。


 ◆


 クォウ、クォウと海鳥たちの鳴く声が波止場を賑わせていた。

 もうすっかり日が傾きかけた夕暮れ時。

 辺りの猟師たちも今日の仕事はお終いとばかりに、漁で使った引き網を片付け始めている最中だった。周りを飛んでいる海鳥たちも、そのおこぼれに預かろうとして集まっているのだろう。


「へえ、波止場ってこんな感じなんだな」


 桟橋に佇む少年の口からそんな言葉が聞こえてきた。

 といっても、おそらく誰に言うともなく漏れた感嘆の言葉だろう。なぜなら少年の視線は水平線の向こう側を向いていたし、今の今まで誰かと話している様子もなかったからだ。

 ただ、その言葉を偶然耳にし、反応した人物がひとり。波止場のすぐそばで漁に使った網を片付けていた老人だった。

 どうやら老人はその少年に興味を持ったようで、一旦手を休めると気さくにも見ず知らずの少年に話しかけようとしていた。


「若いの、もしや港町は初めてかね?」

「ああ、あいにくと東のほうには今まで来たことがなかったんでな。この町にも今朝方着いたばかりさ。そういうじいさんはこの町が長いのかい?」

「そりゃあ、おぎゃーっと生まれ落ちてからこの方ずっとさ。物見遊山で王都へ見物に出掛けたことはあるが、それ以外でこの町から出たことはありゃあせん」

「へええ、ずっとかい。まさかとは思うが、ここの領主様って他の町への移住を禁止してたりすんのか?」


 ちょっとだけ驚いたような少年の顔。

 ほとんどこの町から出た事がないという老人の言葉を受け、少年の顔にはあり得ないといった表情がまざまざと浮かんでいた。

 

「はて、そういった話はとんと聞いた試しがないの。領内なら届け出すれば問題ないはずじゃが。お主の住んでるところは違うのかね?」

「だよなあ。いや、この町は初めてだからそんなこともあるかと思って一応聞いてみただけさ」

「なんじゃ、そうか。ワシがこの町に住み続けるのはな、単にこの町とここに住む人々が好きだからじゃよ。このポートラルゴで漁師の息子として産まれ、そしてくたばるまでこのポートラルゴでずっと魚を取り続けるつもりさね」

「俺だって自分の住んでる村が嫌いではないさ。それでも一生あそこで畑を耕して暮らすだなんてごめんだね」

「若いうちはそんなもんかも知れんの。ワシの知り合いにも似たようなことを言って、ここから出てった者もおる。だがのう、旅先でそいつに出会ったやつの話だと、この港町や潮の匂いが懐かしくなると、しきりに恋しがっておるそうじゃ」

「そんなもんかねえ。でも、その言い方だとそいつは結局のところ帰って来なかったってことだろ? 俺はそいつの生き方のほうが共感できるなあ」

「まあ、人それぞれじゃろうな。どっちの生き方が正しいなんてこともなかろう」

「なあ、じいさん。じいさんは船乗りなんだろ? この海のどの辺まで行ったことがある?」


 まるで遠い昔を思い出すように紡がれた老人の言葉も、少年の胸にはたいして響かなかったらしい。そればかりか会話の内容がコロコロと入れ替わることに、老人としては苦笑を浮かべるほかなかった。


「なんだ、船乗りに興味があるのかね?」

「うーん。そういうわけじゃなく、このでっかい海はいったいどこまで続いてんのかなあと思ってさ。もしかしたら、あの向こう側には別の国があって、誰か住んでるのかも知れないと思うと、わくわくするだろ」

「お主の夢を壊すつもりはないが、これでもワシはポートラルゴ周辺の海域を誰よりも知り尽くしておるつもりじゃ。残念ながら東の海は、行けども行けどもだだっぴろい大海原が広がっているだけじゃな。南洋のほうに行けば、いくつか島があってそこに住む人々がおるらしいがの」

「そりゃ、じいさんが知らないだけじゃないのか? その大海原を越え、東へ東へと向かった船乗りが誰かひとりぐらい居ないもんかねえ。それか東から流れ着いた人間とかさ」

「海ってもんを詳しく知らんから軽く考えておるようじゃが、そんな甘いもんではないぞ。そこいらにある船でちょっとでも沖合に出れば、すぐ高波にさらわれて終わりじゃよ。南の連中が乗っとる最新の大型船なら多少マシじゃが、それでもそう遠くまで行けぬはずさ。何より深き海にはでっかい海獣が住んでいて、小舟なんかひと呑みじゃわい」


 それまで柔和な表情を崩さなかった老人も、少年の物言いにさすがにムッとしたのか、少しばかり眉を上げる。

 人生のほとんどを海の上で過ごしてきた人間としては、そこだけは譲れぬ部分だったに違いない。


「へえ、海獣かあ。相当デカいんだろうな……」

「ああ、デカいなんてもんじゃない。まるで山のようさね。ワシも一度遠目に見たことはあるが、ありゃ恐ろしい化け物じゃったよ。そいつが餌を求めて海の上に長い首を出している最中だったので、早めに気付けたが。ワシは運が良かったよ」

「なあ、やっぱりそいつって人間を食らうのか?」

「どうじゃろうな? 食われたやつに聞いてみないことには確かなことは言えんじゃろ。もしお主にその機会があったら、天国からこっそりこのじいさんに教えておくれ」


 そんなことを言ってニヤリと笑う老人。

 そのせいで浅黒い顔の目尻に皺が寄り、よりいっそう好々爺とした雰囲気が浮かび上がっていた。

 少しばかり失礼な少年の物言いにもそこまで腹をたてず丁寧に受け答えしている辺り、基本的に気のいい性格の持ち主なのだろう。


「ははは。もし俺が船乗りになったら、天国からなんかじゃなく海獣の腹を掻っ捌いて、直接その中身をじいさんに見せてやるよ」

「ほお、そりゃあ豪気なこった。まあ期待せずに待っておくとするかの」

「なんだよ。どうせじいさんもあり得ないって思ってんだろうが、俺はそのうち何かドでかいことを成し遂げる人間だぜ。海獣退治かどうかはわからないけどな」

「はっはっは。お主みたいな若いもんの将来の夢といえば、手柄を立てて騎士様になることじゃろうからの」

「騎士様かあ、そいつも悪くはないかもな。なあなあ、話は変わるんだが、そこの魚ってせっかく網に引っかかったってのになんで捨ててたんだ?」

「ん、あれか? あれはじゃな、ゲレゲレという魚で言ってしまえば外道(*1)じゃ。ゲレゲレは毒持ちなんじゃよ。食っても多少痺れたり腹を壊すぐらいのもんで、死ぬようなことはまずないがの」

「へええ、毒持ちかあ」

「それに、元々あまり旨い魚でもないしの。ほれ、あそこらを飛んでる海鳥たちでも、このゲレゲレには手を付けようとせんじゃろ」

「あのさ。これ、ちょっとだけ貰っていってもいいか?」

「どうするつもりじゃね? 別にこんなもの、いくらでも持っていって構わんが、悪さに使うつもりならやれんな」

「ちげえよ。もしかしたら村の畑を荒らす獣避けにならないかと思ってさ」

「なるほどの、そういうことか。そんなんで上手くいくとも思えんが、悪さに使わんと約束するのなら好きにすりゃええ」

「ありがとよ、じいさん。代わりと言っちゃあなんだが、村の畑でとれた芋だ。ふかし芋にしてあるから、ぜひ食べてくれよ」


 毒があるという話を聞いたからなのか、ゲレゲレを慎重に布で包み、背負い袋の中へと仕舞い込む少年。そして、その背負い袋の中から今度は芋を取り出すと、老人に差し出していた。

 

「どれ、ありがたく頂くとするかの。ほお、こりゃ美味そうじゃわい」

「そんじゃな、じいさん。一週間ほどこの町に滞在する予定ではいるけど、表通りで色々と買い物もしなきゃならないんでもう行くわ。また寄るかも知れないけど、とりあえず元気でな」

「おう、お主もな。もし将来船乗りになりたくなったら、いつでもワシの元を訪ねて来るがええ。そこら辺の者を捕まえて、漁師のゼベット爺さんの居場所を聞けば、ワシのところまで案内してくれるはずじゃからの」


 その言葉が終わる前に少年は老人に背を向けて歩き始めていた。

 掛けられた言葉にもまるで振り返ろうとせず、背中越しに手を挙げて軽く返しただけ。

 少年は能天気にも調子外れの鼻唄を奏でながら、町の中心街に向かって歩いていく。

 老人はひとしきりその後ろ姿を見送ったあと、風変わりな若者だなと思いながらも再び網を片付ける作業へと戻って行った。


 ◆


 かがり火も届かぬような町外れの砂浜に、怪しい人影がひとつ。

 皆がもうすっかり寝静まっていそうな闇夜の中、寄せては返す波の音の合間に、ジャリッジャリッと砂を踏み鳴らす音が紛れ込んでいた。

 どうやらその人影は、町のほうから海へと向かい歩いている最中のようだ。

 といっても、その歩みは一直線に海へと伸びており、とても海岸線を散歩しているようには見えなかった。

 こんな夜分遅くにいかなる目的があると言うのだろうか。

 もしこのとき住人の誰かがその光景を目撃していたら、その行動を不審に感じて呼び止めていたかも知れない。

 だが、現在周囲にはその人影以外、誰か居る様子もない。たしかに時間的な問題もあったが、そもそもこの場所は町から少しだけ離れており、普段から近付く者もあまり居なかったのだ。


 波打ち際まで来たその人影は、押し寄せる波をザブザブとかき分け、そのまま何のためらいもない様子で海の中へ押し入っていく。まだ真冬ではないとはいえ、夜の海は凍えるほど冷たいというのに。


 ゆっくりと暗い海の中に呑まれていくその姿。

 膝、腰、下半身、肩まで、と。

 残るは顔だけになっても、その人影にはいっこうに引き返す気配がなかった。やがて頭のてっぺんまでもが海の中へ消え去り、遂にその姿はまったく見えなくなってしまう。


 その状況から判断すれば、世をはかなんだ何者かが、海に命を捨てに来たようにも思える。

 だが、それにしては背中に大きな荷物を背負っていたり、どこかに向かっているような確かな足取りだったりと、何かがおかしい。


 田舎から出てきたというお喋り好きの少年が、1週間ほど港町ポートラルゴに滞在したあと忽然と消えた事実に、このとき町の住人は誰も気付かなかった。




 *1 釣り用語で、美味しくなかったり、目当ての魚ではないため釣れても嬉しくない魚。

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