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117 魔法の仕組み

 ◇


 分厚い強化ガラスの向こう側に女の姿があった。

 その女とガラス1枚を隔てた状態で視線が合う。

 現在、俺はラウフローラと一緒にウーラアテネに戻っていた。

 久しぶりにマガルムークを訪れるついでに途中でドナの様子を見ておきたかったからだ。


「あらぁ、格好いいお兄さんじゃない。私と気持ちよいことしなぁい? ここから出してくれるならぁ、たっぷりとサービスしちゃうんだけどなぁ」


 患者が着る病衣のような格好で、ドナが俺に色目を使ってくる。

 俺の隣にはフローレンスも居たのだが、そちらはまったくの無視。

 巻き毛をくるくると自分の指でもてあそびながら媚びるようにしなを作ったドナは、恥ずかしげもなく服をまくって局部を俺に見せつけていた。


「結構だ。女のほうは間に合ってるんでな」

「なんでよぉ。ここから出してってばぁ」

「あんたがこちらに協力的になったら考えなくもないが?」

「協力してるわよぉ」

「それはどうかな。聞いたかぎりでは、素直にフローレンスの指示に従おうとしないらしいじゃないか」

「だってぇ、この女何回も何回も同じことをやらせるんだものぉ。それに、すぐにバチバチってのをするんだからぁ」


 バチバチというのは微弱な電気ショックのことだろう。

 逃走防止用にドナに嵌めた腕輪の機能で任意でコントロールできるようになっている。

 もちろんそんなものがなくても隔離部屋から逃げ出すことは不可能に近いが、念のためだ。

 イザベラたちとは違いドナはこちらの言うことを大人しく聞くつもりがないらしく、フローレンスも手間取っているとのこと。頭のほうが空っぽで現状をあまり理解していないのだろう。


「まあ罰を受けたくなかったらフローレンスの言うことをよく聞くことだな。そんなことお断りだっていうのもあんたの勝手だが。まあ、好きにするがいいさ。それじゃあな」

「ちょ、ちょっとぉ。そ、そうだわ。あたしと取り引きしない?」


 そんなドナの言葉を無視し、強化ガラスを不透過にする。マイクのほうも切ったのでお互いの声が一切聞こえなくなっていた。

 そんな状態でもドナがドンドンと強化ガラスを叩く音だけは聞こえていたが。


「それでフローレンス、どんな感じだ?」

「失敗ですね。擬似的にドナの魔法を再現してみましたが、まったく発動しませんでした」


 こうしてドナにあれこれさせているのは魔法の再現のためだ。

 そもそもドナの確保を優先したのは、こいつの持つギフトが氷魔法という魔法と関連性がありそうなものだったからだ。

 そのドナのギフトを科学的に再現してみろと言われれば簡単に再現が可能だが、どこまでが魔法でどこまでがギフトなのかもまだ判断が付いていない状況。

 イザベラたち奴隷が持つギフトだって魔法だと言われれば頷ける話だったし、ルメロのギフトも魔法が関係ないとは言い切れない。

 魔法の危険度をそれほど重くみているわけではないが、ルメロのほうも魔法だとすれば科学での再現は不可能のような気がする。

 俺自身が魔法を使ってみたいという欲求を持っていることも否めないが、何もそれだけじゃない。

 魔法の仕組みを完全に解明できれば、それだけ対処のほうも楽になるはずだ。


「一連の流れは完璧に再現できたのだろう?」

「はい。人造魔核の製造にも成功しましたし、そこまでのマナのプロセス自体は間違っていないはずです。ですが、現実には魔法が発露するまでに至っていません。いったい何が足りないのか」

「そうか……。となると、巷で言われているように神への信仰が関係しているのかも知れないな」

「対案のご許可はいただけませんか?」

「今のところは難しい。罪人でも見つかればともかく」


 フローレンスの言う対案とは実際に魔法が使えない者に対して人造魔核を移植し、魔法が使えるようになるかどうかを調べるというもの。

 が、マナそのものが反応如何によっては高エネルギー反応を示す素粒子。安全対策のほうが万全だとはいえ、未知の技術ゆえ絶対はない。万が一制御できずに大暴発でも起きたら被験者のほうは無事では済まないはずだ。


「人間の代わりにある程度知能の高い魔物を使うのはいかがでしょうか?」

「ふむ。それなら試してみても良いが。だが、魔法というものが神への信仰に関係しているのだとすれば、魔物に期待するのは難しくないか?」

「リアード村付近で遭遇したK-1のような例もあります。あれが魔法だったのかどうかはわかりませんが、調べてみる意義はあるはずです」

「そういえばそうだったな。わかった。魔物での実験は許可する」

「承知しました。それとセレネ公国での農作物の栽培が順調に進んでいます。この分ならある程度地球産の農作物を出荷できるかと」


 ここで言うセレネ公国とは東大陸の西側で見つかった無人島のことだ。

 格納庫の近くにある実験農場とは別に、その無人島の土地を農作地へと変え、自動機械に地球産の農作物を育てさせている最中。

 その計画がようやく軌道に乗ったという報告だった。


「セレネ公国からの食糧援助という形にして、マガルムークへ送るか。戦地になった地域付近は食糧難の町が多いはずだ。問題はシアード王子が受け入れるかだな。新興国からの提案をどうみるか……」

「マガルムークにとっては願ってもない提案だとは思いますが、裏があると勘繰って慎重になるかも知れませんね」

「セレネ公国の国家承認が条件だけでは足りなそうだな。ジェネットの町南部にある大断崖地域の領有権でも主張するか?」

「それは逆に厳しいのでは?」

「なあに。あくまで駆け引きのために値を吊り上げているように見せかけるだけで、最終的にマガルムーク国内におけるセレネ人の保護、安全保障辺りで手を打つつもりだ」

「そうでしたか。レッドはこの後はマガルムークへ?」

「ああ。ジェネットの町でグランベルやラァラに会ったあと、隠れ里エルシオンを経由してから王都方面にまで足を伸ばすつもりだ。ドゥワイゼ帝国の出方も気になっているんでな」

「王都ドガへも赴くので? 現在王都ドガにはマクシミリアン侯爵の公開処刑のためにけっこうな人数が集まっていると聞きましたが」

「いや。今回ドガへは近付かないつもりだ。ルメロが王都ドガに向かったみたいなんでな。もし近くですれ違いでもすれば、何でこんなところに来ているんだと怪しまれるだけだろう」

「承知しました。お気を付けください」


 そこまでで話を切り上げた俺にフローレンスが頭を下げて見送ってくる。

 エルセリア王国のほうはおおむね方が付いた。

 南部のロレーヌ伯爵や闇の使徒が怪しい動きを見せているものの、どうやらその標的はセレネ公国やジークバード伯爵ではなさそうな気がする。なので、ひとまずは静観という形だ。

 そういうわけで久しぶりにディーディーの姿に戻った俺はウーラアテネを出て、ラウフローラと一緒にジェネットの町へと向かっていた。


 ◆


 セレネポートの西側。

 中心部からは少しだけ離れた土地にいくつもの建造物が建てられていた。

 臭いとまでは言わないが、もみ殻や餌の腐ったような匂い。

 農作業に携わるものなら一度は嗅いだことのある匂いで、そこまで気になるほどの匂いでもないのだろうが、商人であるガザムにとっては多少気になる匂いだった。

 だが、そんな匂いも商売の前では何ほどのこともない。

 目の前にお宝が眠っているのだから。


 どうやらここはセレネ公国が新しく建てた採卵養鶏場という施設らしい。

 エルセリア王国において卵は比較的貴重なものだったが、猟師だったり冒険者などがたまに納品しにくるので、まったく手に入らないわけでもない。

 ただし鳥の肉はあまり量が取れないし、卵だって滅多に産むもんじゃない。

 そのせいでわざわざ鳥を飼育することなど考えたこともなかったガザムだが、ここに来て180度見方が変わっていた。

 なにしろ空を飛べなく、毎日卵を産んでくれる変わった鳥だ。

 その有用性にいち早くガザムは目を付けていた。


 卵の流通を独占できれば、けっこうな利益を確保できるのでは?

 その流通量から考えて、かなり価格が暴落するだろうことも理解しているが、安くなった分購入数も上昇するはずだ。

 セレネ公国が提示している卸値に輸送費や利益分を上乗せしたとしても、平民が手に入れられるレベルの売価に抑えられるはず。

 今後平民が貴族のようにふんだんに卵を使用した料理を作るようになるかは賭けだったが、充分に勝算の見込める商売だとガザムは睨んでいた。


 問題は輸送のほうだ。

 猟師や冒険者の手によって持ち込まれる卵の半分くらいはすでに割れていたなんてことがザラ。

 もちろんそういう場合は買い取りを拒否しているのだが、そのあとに割れてしまうケースも多々ある。ガザムがこれまで商売としてあまり旨味がないと考えていたのもそのせいだ。

 町から町への輸送が難しいところにある。荷馬車で運ぼうものならほとんどの卵が割れてしまうだけ。

 その問題が今はすっかり解決しているのだ。


 ハニカム構造のゲルパッケージ。

 セレネ公国の商人から卵を買えば、そんなへんてこりんな名前の包みまでおまけで付けてくれるという話だった。

 しかも無料で。

 採卵養鶏所の亜人から説明を受けても何のことやらさっぱり仕組みがわからなかったが、どうやら海中にある海藻から作られたものらしい。

 あんなものにそんな使い道があったのかと驚いたが、物は試しにとばかりに1メートルほどの高さから落としてみたところ、本当に中身の卵が割れていなかった。

 亜人も絶対に割れないとまでは保障しなかったが、これなら荷馬車での輸送にも充分耐えるはず。さらにセレネ公国の冷蔵荷馬車を使えば、王都まで充分に日持ちするはずだとその亜人も請け負っていた。


 そう。

 信じられないことに現在ガザムは亜人に対してへりくだった態度を取っていた。

 それは亜人に対して差別意識が根強く残るエルセリア王国ではあまり見られない光景だ。

 ましてやガザム自身がノーランド商会というエルセリア王国において有数と見做されている商会の幹部。

 たとえその亜人がセレネ公国の人間であったとしても、普通なら取らなかった行動だろう。


「ラングル殿。本当に毎日3000個以上の卵の出荷が可能なのでしょうか?」

「ええ。これでも全然少ないほうですよ。やろうと思えば鶏の飼育数を1棟辺り3万匹から5万匹まで増やすことも可能です。エルセリア王国内における需要を考えて、現在は低く抑えているだけの話で。卵が売れなければまったく意味がありませんからね」


 少し会話しただけでガザムはラングルのことを亜人だと見くびるのを止めていた。

 亜人とはとても思えないほどの見識の持ち主だったからだ。

 商売のこともよく理解しているらしく、現在のエルセリア王国での卵の相場から流通量まで把握していたほど。

 ハニカム構造のゲルパッケージの仕組みや食中毒の危険性についても、このラングルから教えてもらったぐらいだ。

 採卵養鶏所のほうを見ると、人間たちに混じって働く何人もの亜人の姿がある。

 建物の中で鶏たちの世話をしているのはどうやら亜人の子どもたちらしい。

 おそらくセレネ公国ではこれが一般的な光景なのだろう。


「いやいや。この価格帯なら飛ぶように売れるはずです。庶民には値段が高過ぎて、気安く手を出そうとしなかっただけなのですから」

「まあ、卵なんて元から食べられているものですからね。ただし、セレネ公国のように今すぐ一般庶民にまで広く受け入れられるとは考えていません。なので、こちらとしても様子を見ながら少しずつ飼育数を増やしていく予定です」


 そんなラングルの言葉に感心したように頷く様子を見せるガザム。

 むろん今後の取り引きのために多少下出に出ている部分もあったが。


「そこでご提案なのですが、我がノーランド商会にエルセリア王国でのすべての販売をお任せしていただけませんか?」

「すべてですか?」

「はい。むろん多少買い取り価格に色を付けさせていただきますが」

「うーん。私どもとしてはお売りする相手がどちら様でも構わないのですが。たしかセレネポート商業組合なるものが発足したはずです。そちらでの調整はお済みでしょうか?」

「あ、いや。それは……」

「独占契約となると、のちのち問題が起きるかも知れません。商業組合のほうでご納得していただいているのならば、当方と致しましてもノーランド商会様に独占契約を結んでいただきたいのですが」

「そ、そうですか。わかりました。すぐにでも商業組合に掛け合ってみます」


 食料品だけ見ても砂糖や酒、香辛料などと旨味のありそうな商売のネタがそこら中に転がっているような状況だ。

 卵の販売でそこまで利益が出ると考えている商人は今のところ少ないはず。

 ほかの商会が高級品や需要がある品々を奪い合っている隙に、ひとり抜け駆けしようと考えていたのだが。

 親鶏の販売はすでに断られているので、こっそり盗む出すことも少しだけ考えたがそれは止めておいた。

 エルセリア王国には存在しない鳥だ。

 そんなことをすればセレネ公国に睨まれるだけで、ほかの商売も出来なくなってしまう。

 そう考えて独占契約を提案してみたものの、ランガルから思わぬ返事をもらっていた。

 セレネポート商業組合内での調整などと口では言っているものの、実際にはゴードウィン商会の意向に沿っているだけだろう。

 ドラガンがディアルガー提督にそうお願いしたのかも知れない。


 とぼけた顔をしているくせに、なかなか狡猾な商人だ。

 いや、ラーカンシアの商人ならそれぐらいはやって当たり前か。

 いずれにせよドラガンのご機嫌をうかがわないと話にならなそうだ。

 どのような対価を提示するべきか。

 このときガザムは笑顔の下でそんなことを考えていた。


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