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107 拘束

 ◆


「それでどうだ、ネビア? その後、マイルズの様子は?」


 港町ポートラルゴに存在する安宿の一室。

 現在、その部屋はネビアという奴隷女の私室代わりになっていた。

 といっても、ネビアが宿代を払っているわけではなく、この部屋にずっと住んでいるわけでもない。セレネ公国のマイルズという商人がネビアを囲って、一時の逢瀬を楽しむために借り受けているというだけ。

 その部屋の洋服棚にはきらびやかな女性物の服がいくつも並んでおり、一時的とはいえ奴隷が住む部屋にはとても見えなかった。しかも洋服棚に飾られたたくさんの服だけではなく、何種類ものアクセサリーや調度品類がテーブルの上に無造作に置かれている状態。


 それらの品はすべてマイルズがネビアに対して贈ったものだった。

 総額にすれば、相当な額になるだろう。

 普通に考えて、マイルズがネビアに相当に入れ込んでいなければ、これほど奴隷女に金をかけたりしないはず。

 といっても、ネビアという奴隷女にマイルズがそれだけの価値を見出したとしてもそれほど不思議な話ではなかった。

 実際にネビアはマイルズが夢中になってもおかしくない容姿の持ち主だったし、ベッドの上で男を喜ばす技術も巧みだったからだ。


「ちょっと、ディーン。勝手に私の部屋の中に入ってこないでくれる? もしマイルズ様がこの場に居たらどうするのよ」

「大丈夫だ。宿の外であいつが出ていく姿を確認したからな」

「だとしてもここは私の部屋よ。勝手に入ってくるなんて失礼じゃない? それに見てわからない? 私は今、着替えている最中なのよ?」


 その言葉どおり、ネビアは今身体に何も身に着けていない状態。

 マイルズが出ていったのはついさきほどのことなんだろう。

 床には脱ぎ捨てられたネビアの服が散乱している状態だったし、生々しい情事の痕跡がいまだ残っている様子もあった。


「それとももしかして私とやりたかったの? いいわよ。ちゃんとお金を払ってくれるなら、1回ぐらいあなたの相手をしてあげても」


 そう言って誇らしげに自らの裸体をディーンに見せつけるネビア。

 そんなネビアの裸体を不躾に眺めたあと、誰ともなく言い捨てるようなディーン姿があった。


「ふんっ。なんで金を払ってまで俺が毒蛇の相手をしなければならんのだ。わかっているのだろ。マイルズの進捗状況を聞きたかったのと、イザベラの話をしにきただけだ」

「マイルズ様のことね……。あなたもこの部屋の様子を見ればわかるでしょ。心配しなくてもあいつはすっかり私の虜になっているわよ」

「それならそれで使徒の印はどのぐらい成長したのだ?」

「まだね。薄っすらとすら浮かんでいないもの」

「むっ。それはいったいどういうことだ」

「言葉どおりの意味よ。もしかしたらセレネ公国の人間は私たちとは何か違うのかも知れないわね」

「だが、マイルズと関係を持ってからけっこう経つのだろ。さすがにおかしくないか?」

「別にそんなことはないと思うけど」

「まさかあちらも闇の使徒で、ネビアのほうが騙されているのではなかろうな」

「馬鹿にしないでくれる? あなたはこの私がハメられているって言う気? 私だって相手が使徒かどうかぐらいの判断は付くし、闇に落ちにくい人間が居ることぐらいあなただってわかっているはずでしょ」

「それはそうだが……」

「そもそもこんなにも私に貢いでくれているのよ。正直、本気でマイルズ様の愛人になっても構わないと思えるぐらい。これのどこをどう見たら、私が騙されているって言うのかしら」


 自らの奸計に相当自信を持っているのだろう。

 ディーンという男に本気で怒り出すネビア。


「別にネビアの手腕を疑っているわけではない。何か様子がおかしいというだけだ。それにディアルガー提督は油断が出来ない相手。今回の一件で闇の使徒や貴人ではないことだけははっきりしたが、常に我々のことを警戒している様子もある」

「そうね。奴隷として贈られたはずなのに、たいした用事を言いつけられたわけじゃないし、屋敷にはまったく近付けようとしないもの。まあ、ロジャー様からも不用意に接触するなとは命令されているけれど」

「マイルズのほうはまあいい。ロジャー様からももし使えそうな人間がいれば、出来るだけ手駒にしろと言われただけだからな。駄目なら駄目で、また別の人間を探せばよかろう。問題はイザベラのことだな」


 ディーンの物言いにネビアが一瞬黙ったあと、重々しそうに口を開く。


「駄目そうなの?」

「ああ。あいつはもう助からないかもな。仮に助かったところで、ずっと寝たきりの状態になるはずだ。なにしろ忌々しいイシュテオールの波動を至近距離で食らってしまったのだ。会場からけっこう離れた場所に居たムイスとカーラですら、何とか立ち上がれるかという状態みたいだ」

「そう……。私もあなたも運が良かったわね。ほぼ影響が出ない場所に居て」

「どうかな。イザベラがあんな状態になったせいで、我々が闇の使徒であるとディアルガー提督にバレたかも知れぬ。我々も安心してはいられぬよ」

「それならそれでどうする気? ディアルガー提督とは敵対するなと言われてるし、任務をほっぽり出して、ここから逃げ出すわけにもいかないでしょ?」

「ロジャー様の読みどおり、セレネ公国という存在そのものが貴人の仕業という話だったら良かったのだが……。イシュテオールの波動でまったく悪影響が出ていないところを見ると、少なくともセレネ公国の要人の中に邪教徒は居ないらしい」

「ふーん。思っていたよりもマズイ状況になっているというわけね」

「もし今以上に危なくなったと判断したら、俺は真っ先に逃げ出すからな。ネビアも万が一の場合をよく考えておいたほうがいい。俺からそれだけは忠告しておく」

「わかったわ……」


 それだけ言ったあと、もう用事は済んだとばかりにネビアに背を向け、黙って部屋から出て行くディーン。

 そしてひとりきりになったネビアのほうは、裸のまま自分の頬に手を当てて何事かを考え込み始めた様子だった。


 安宿の中に再び静寂が訪れる。

 が、そんなネビアも、そしてたった今この部屋から出ていったディーンも、これまでずっとふたりの様子を何者かに覗かれていたことにはまるで気付いていない様子だった。


 ◇


「なるほどな。そういうわけか」


 セレネ公国の屋敷内。

 厳重に警備されたフローラ姫の部屋で、俺はラウフローラとともにモニタの画面を眺めている最中だった。

 その画面の中では、ついさきほどまで奴隷の男女が密談を重ねており、その会話の内容のほうも俺はしっかりと耳にしている。

 その後、女のほうは部屋の中に残ったままだったが、男の奴隷は部屋から出ていった様子。

 ふたりともセントルーア商会のロジャー・アボットと名乗る男から贈られた奴隷で、これまでさほど注意を払ってこなかったのだが、現在は状況が少し変わっている。

 聖女からの忠告もあったし、贈られた奴隷のうちのひとりが会場のすぐそばで倒れていたからだ。

 ほかにも何人か会場で倒れた人間は居たが、俺たちとはあまり関わりがない相手。

 聖女の話からすれば、そいつらがイシュテオールの神罰を受けたことに間違いはなさそうだったので、奴隷たちのことが問題になってきたという次第だった。


「聖女様は、神罰があたった者が必ずしも邪教徒だとはかぎらないようなことを仰っていましたが、こうなってくるとそれも怪しいですね」

「ああ。会場内で倒れた人間はすべてチェックしておいたほうが良さそうだな」

「それに使徒の印ですか……。邪教徒になると、何か印が現れるということなんでしょうか?」

「だろうな。対象が自動機械だったために印が現れなかったってことなんだろうよ。念のためにどのようなものか確認しておきたかったのだが」

「いずれにせよ、このふたりは邪教徒で確定。残りの奴隷も邪教徒である可能性が非常に高いように思えます。どう対処しますか?」


 ネビアとディーンに関しては邪教徒で間違いないはず。

 それにイザベラもそうか。

 そうなるとほかの奴隷も邪教徒だと考えるのが自然だが、これまで特に目立つ行動は取っていない。

 いったい何の目的があるのか俺たちも探っているところだった。


「難しいところだな。この世界の奴隷の処遇は所有者の裁量にある程度任されているみたいだが、気まぐれに処分したとあらば、さすがに外聞が悪い。処分するのにも相応の理由が必要になってくるが……」

「何か適当な理由を付けて、本国に送ったことにするのはどうでしょうか?」

「奴隷全員をか? その場合、俺たちが邪教徒の存在に気付いたと、ロジャーにも伝わってしまうことになると思うぞ」

「むしろそのほうが抑止力になるのではありませんか?」

「どうだろうな。こいつらが邪教徒の中でどういう立場なのかにもよるだろうが、セレネ公国のことを見くびって報復してくる可能性がないわけじゃない」

「それならそれで返り討ちにすれば済む話でしょう。フランテール湖畔に近い森の中で戦った貴人もたいした存在ではありませんでした。過信は禁物ですが、必要以上に警戒しても後手に回るだけかと。この世界の価値基準に合わせて、少々乱暴でも強気な態度を取るべきだと、レッド自身が判断を下したはずですよ」

「それはそのとおりだが……」

「それなら何故?」

「邪教徒が善良な存在じゃないってことぐらい俺だって理解しているつもりだ。が、そんなものはこの世界の住人の問題。セレネ公国に敵対する気なら容赦しないが、今のところあっちから手を出してきたわけじゃないんだ。ゼ・デュオンとかいう貴人を排除したのはこちらの都合だし、今回のことだって俺たちが出した餌に相手が食い付いてきただけの話なんだからな」


 俺だって善良とはとても言い難い人間。

 さすがに悪党どもに手を貸してやるつもりはないが、この世界の住人の代わりに俺たちが率先して悪党を排除する必要性も感じていない。

 俺の判断基準はそこに利害関係があるかどうかだ。

 邪教徒たちがセレネ公国に敵意を持っているのならすぐにでも排除すべきだが、バルムンドとは敵対するなと命令されているみたいだし、こいつらの目的はどうやら情報収集のような気がする。


「もしかしてイシュテオールのことが気になっているのではありませんか?」

「ん? それはどういうことだ?」

「勝手にイシュテオールの手駒にされそうなのが嫌で、レッドがイシュテオールの思惑どおりの行動を取ることを拒絶しているように私には感じられます」


 ラウフローラにそう言われて俺ははっとする。

 もしかしたらラウフローラに指摘されたとおりなのかも知れない。


「はんっ。そうなのかもな。だが、邪教徒が取るに足りない相手だというなら、放置しておいても問題ないってことにもなるぞ」

「我々の邪魔になり兼ねませんよ」

「まあそりゃそうだが……」


 ラウフローラの指摘にしばし考え込む。

 俺が邪教徒のことをそこまで脅威に感じていないのも事実だが、それが甘い考えだったってことも充分にあり得る話だ。

 

「わかった。治療するという名目で、具合の悪そうなイザベラという奴隷女をウーラアテネのほうに連れていって尋問する。ほかの奴隷に関しては、イザベラから邪教徒やロジャーの情報を聞き出してからだな」

「イザベラがどこかに連れて行かれたとわかれば、ほかの奴隷はここから逃げ出してしまう可能性が高いように思えますが。さきほどの男も逃げ出す準備をしている様子でしたし」

「それならそれで好都合だろ。逃亡した奴隷を処分したという話なら、こちらの名分も立つ。まあ、敢えて何人か逃がして、ロジャー以外に繋がりがあるかどうかを探ってもいいけどな」

「なるほど。そうですね。それも悪くないかと」

「俺もウーラアテネに行って、直接この耳でイザベラの情報を確認する。モーライズ村の少女のことも多少気になっていたんでな。深夜になったらこっそりポートラルから抜け出すんで、エアバイクを近くの場所に待機させておいてくれ」

「わかりました。そのように手配しておきます」


 そう言ったあと、すぐにラウフローラがウーラと通話を始める。

 俺はその声を聞きながら、モニタの中に見えるネビアという邪教徒を改めて観察するように眺めていた。

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